既婚女性は真っ先に切られる
有坂さんは、どんな仕事だったらできるんだろうね。
上司は、二人きりで窓のある開放的な会議室で言った。
世の中を便利にするために、人のストレスを軽減するために、就職活動をした。
そんなことしか、今の有坂の脳内にはなかった。
初めシステム開発を頼まれて「無理!」と思ったことは忘れていた。
できないのはそれだけだったのに。
伝票処理、事務、経理、雑用、システム開発以外の仕事は恵は生き生きとやっていたのに。それを伝えることができなかった。
在宅とか、今の会社に囚われないことも考えてみよう。でも在宅って、人の目がないからついつい締切がねえ。
コーチングを学んだ上司は、本当に親身になって有坂のことを考えてくれたが、有坂はある日から十日間、腹痛で休む。有給は尽きた。
「抜本的解決策を考えてきてください」
人事グループのイケメンが言う。「養命酒を飲むとか」なんて上司が助け舟を出す。できることは全部やっている。
「どうしたいですか。こんなに休まれては、仕事が任せられない」
有坂は苦悩した。本当は責任感が強くて、自分を責めるがゆえに腹が痛いのだ。
「退職します。これ以上ご迷惑かけられません」
しかし猶予が設けられた。
「次の月曜日出社できなかったらクビ」
しかし有坂恵は、プレッシャーに弱い。
約束の月曜日、どうしても出社できなかった。
鬱の人間は、健康な人間が我慢できる腹痛でも、動けない。
恵は夫に告げた。夫は恵が働き続けることを家計のために臨んでいたが、それを
「これまでごめんね」
と恵を赦した。夫は優しかった。恵は上司にメールした。
「泣いているのでメールで失礼します。出社できません。ごめんなさい」
返事はすぐ返ってきた。「私も泣いています」
上司の顔は見えないから、本当か嘘かわからない。しかし有坂は上司の気持ちを思って泣いた。自分のことを本当に思ってくれたのだろう。
それから2か月の休職期間があって、有坂は退職した。体調は回復した。労災の傷病手当を勧められたが、有坂は「もう治ったから」と国民保険に変えてしまった。のちにかかりつけ医に「鬱の診断書書いてあげたのに」と言われ、何と有坂は自分の腹痛が自分の怠慢ではなく労災の鬱であったことを知る。十数万円だろうか、数十万円だろうか。損した、と有坂は長いこと後悔する。
そうして、有坂の短い会社員生活は終わった。後悔はしていない。




