3、代わりなら、いくらでも
「そういえば」
ヴェルナが、書類入れから一枚の紙を取り出した。
「昨日、倉庫の書類を調べさせていただきました。……こんなものが出てきましたが」
机に置かれた紙を、ミアは覗き込んだ。
見覚えのある字が、そこに並んでいた。ほかの誰の字でもない、ミアの字だ。
『冒険者ドルガ。判定、ランク2。判定者セラ、記録者ミア』
「そ、それがどうした!」
ドルガが立ち上がった。
「一年前は2だったんだよ! それから俺は死にもの狂いで魔獣を狩って、4に上がったんだ! 文句あんのか!」
「なるほど。では、伺いますが――」
ヴェルナの表情は変わらない。
「ランクが上がるには、判定を受け直す必要があります。そして判定を行えば、必ず記録が残ります。……ミアさん」
「は、はいっ」
「この支部の書類は、驚くほどよく整理されています。帳簿はどれも綺麗な字で記入され、倉庫の書類は年ごと、月ごとに束ねられていた。ここまで行き届いた支部を、わたくしはほかに知りません」
(押しつけられてただけなんですけどね……一生懸命やりましたけどっ!)
「ですから、断言できます」
灰色の目が、はじめてバルタスに向いた。
「この支部のどこにも、ドルガさんがランク4と判定された記録は存在しません。これだけ整理された倉庫で、紛失したという言い訳は通りませんよ。……支部長」
「……っ!?」
ヴェルナが、カウンターの奥へ視線を向けた。
「ドルガさんがランク4であると、みなさんはどなたから聞きましたか?」
先輩の受付嬢たちが、顔を見合わせた。
「し、支部長から……そう聞いていました……」
「じょ、冗談ではない! 私はなにも――」
「規約第二百十四条。上級監査官は、監査に必要な検査を命じることができます」
ヴェルナは立ち上がった。
「ドルガさん。この場で、ランク判定を受けなさい。拒否すれば規約違反とみなし、あなたの冒険者登録を抹消します」
「ふ、ふざけんな……!」
ドルガは周りを見まわした。だが、ギルド内の冒険者たちの視線は、氷のように冷たい。逃げ場はどこにもなかった。
セラが判定用の魔道具を運んでくる。ドルガの太い手が、のろのろとその上に乗った。
白い光が、ゆっくりとかたちを結んでいく――。
「……判定、ランク2です」
その場が、静まり返った。
「け、怪我だ! 怪我が治りきってねぇんだ! だから数値が落ちてんだよ!」
「そ、そうだぞ! ドルガは万全ではないのだ!」
わめくふたりの前で、ミアは静かに帳簿を開いた。
「ドルガさんの治療費は、この一年で二十三回、ギルドから全額支払われています。……全部、治っているはずですよね?」
「なっ……」
「それとも二十三回分の治療は、行われていなかったんでしょうか?」
ドルガの口が、開いたまま動かなくなった。
「神殿に照会すれば、実際に治療を受けたかどうかはすぐにわかります。受けてもいない治療の費用を請求するのは規約違反です」
ヴェルナが淡々と続け、それから、バルタスへ向き直った。
「バルタス支部長。あなたがリーンの本部にいたころにも、ギルドの資金を着服している疑いがありました。しかし証拠がそろわず、職員への度重なる横暴な行為だけが認められて、この街へ異動になった。……覚えていますね。あの処分を上申したのは、わたくしです」
「まさか! お……おまえは、あのときの……受付嬢!?」
「ええ。代わりなら、いくらでもいるはずの受付嬢です。……ですが、わたくしはもうあのときとは違います――」
ヴェルナは、一通の書状を机に置いた。ミアが夜中に書いた、あの監査請求だった。
「過去の余罪も含め、徹底的に調べさせていただきます。千六百年前にエウリーさまが冒険者のために作られたギルドの規約を悪用するなど、恥を知りなさい!」
ヴェルナが跳ね扉に向かって声を上げると、武装した街の衛兵たちが入ってきた。はじめから、表に待たせてあったらしい。
「虚偽のランク認定、ならびに治療費詐取の疑いです。ふたりを連行してください」
ドルガが暴れようとした。その瞬間、周りにいた冒険者たちがいっせいに武器に手をかけた。
誰ひとり、ランク2の男など恐れてはいなかった。
引き立てられていくドルガが、バルタスに向かって吠えた。
「お、おいバルタスっ! てめぇが持ちかけたんだろうが、『分け前をよこせばランク4ってことにしてやる』って! 俺ひとりに罪をかぶせる気かよ!」
「ま、待ってくれ! 私はそんなこと言ってない!」
衛兵に腕をつかまれたバルタスが、必死に振り返る。
「ミア! いや、ミアくん、ミアさんっ! き、君からもなんとか言ってくれ! なあ!」
ミアは、営業スマイルを浮かべた。
「まあまあ、支部長――」
そして、言った。
「あなたが我慢すれば、それで丸く収まる話でしょう?」
◇
「ミアちゃん、倉庫の片付けでもなんでも言ってね」
「そうそう。わたしたちに任せて」
先輩の受付嬢たちは、あれから急に愛想がいい。
(現金なんだから、もうっ)
本部へ戻る朝、ヴェルナはカウンターに立ち寄って、ミアに声をかけた。
「ミアさん。勇気を出して監査請求を送ってくれて、本当にありがとう。バルタスはリーンでの横領についても自白したわ。……それから」
「は、はい」
「あなたには本部も期待しているわ。これからも冒険者のために頑張ってね」
にっこり微笑むと、上級監査官は小さく手を振って去っていった。
(ヴェルナさん。できる女って感じで、かっこいい。わたしも頑張れば、あんなふうになれるかな?)
◇
数日後、神殿での治療を終えたリトがギルドに顔を出した。脚の傷は、跡も残らず綺麗に治り、もう杖なしでも歩けるそうだ。
治療費はギルドが全額負担した。受注資格のない者に依頼を渡していた以上、責任はギルドにある――それがヴェルナの裁定だった。ドルガから取り戻した金は、代わりに討伐をさせられていた少年たちに分けられるという。
「ミア姉ちゃん!」
カウンターの前で、リトが頭を下げた。
「こないだは、ごめん! 俺、勇気がなくて。……ドルガが怖かったんだ……」
「そんなこと、もういいよ。それより、リト。ランク判定を受けてみない? セラさーん!」
「えっ!? なんで?」
「いいから、いいから」
運ばれてきた魔道具に、リトの手が恐る恐る触れた。白い光が、ふわりとあふれる。
「――判定、ランク3です」
「え」
リトが固まった。
「お、俺が、ランク3……?」
「あなた、ドルガの代わりに仲間と何体も中型を狩ってたんでしょ? ……それと、これ」
ミアは掲示板から一枚の依頼書を剥がし、カウンターに置いた。
『旧ガヤルド王国領にて、猪型の中型魔獣二体の討伐。受注はランク3以上。報酬は金貨二十枚』
前回の討伐は失敗扱いとなり、ふたたび貼り出されていた、あの依頼だ。
「今度は、あなたの名前で受けられるよ」
「お、俺……や……やるっ! やります!」
リトの目のふちが、じわりと赤くなった。依頼書を胸に抱え、何度もうなずく。
「親父の借金、俺が返すんだ!」
「その意気だよ。……あ、でも無理はダメだからねっ!? 今度担ぎ込まれてきたら、怒るからね!」
「あはは、なんだよそれ!」
夕暮れの光が、跳ね扉の隙間からカウンターまで伸びている。
ミアは新しい帳簿を開き、今日の分の記録を書きはじめた。一文字ずつ、丁寧に。誰に褒められなくても、読みやすく綺麗な字で。
(ヴェルナさんみたいに、仕事に生きる女ってのも悪くないかも。でも……)
(玉の輿だって、まだあきらめてないけどねっ!)
「こんにちは、センチュリオの冒険者ギルド、ラグーツ支部へようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
赤毛の受付嬢は、今日もカウンターに立ち、荒くれ者たちを相手に“営業スマイル”を振りまいている。




