1、営業スマイル
短編として書いた「受付嬢ミア」を3話に分割しました。
朝の開店と同時に、冒険者ギルドのカウンターには列ができる。
「こんにちは、センチュリオの冒険者ギルド、ラグーツ支部へようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
依頼書を貼り出し、報酬を数え、汗と血の臭いのする冒険者たちの愚痴を聞き流す。赤毛の受付嬢ミアは今日も、一番右端のカウンターで“営業スマイル”を浮かべていた。
ミアは十七歳。このラグーツの街から徒歩で三日ほどの小さな村の出身で、実家は貧しい雑貨屋だ。父親は仕入れで街に来るたび、「早く嫁に行け」という手紙をわざわざギルドに置いていく。
(村に戻って誰かに嫁ぐくらいなら、一生ここで依頼書を貼ってるほうがましよっ!)
もっとも、ミアにも野望はある。
狙いは裕福な商人の跡取り息子か、下級貴族の三男か四男との縁談だ。そういう家に嫁ぐなら、綺麗な字が書けて、計算が速いほうが絶対にいい。だからミアは、誰に褒められなくても帳簿を丁寧に書く。受付の仕事は、花嫁修業も兼ねているのだ。
「ミアちゃん、今日も倉庫の整理お願いね。わたしたち、手が離せないから」
隣のカウンターの先輩たちが、そろって焼き菓子をつまみながら言う。
(それ、どこからどう見ても休憩ですよねっ!?)
もちろん、口には出さない。どうせやるなら、ぴかぴかにしてやるのだ。ミアは古い書類の山にくしゃみをしながら、一枚ずつ年ごと、月ごとに束ね直して棚に並べていく。きちんとそろった棚を眺めるのは、悪い気分ではなかった。
(ふふん。掃除と在庫の整理は、家でもやらされてたし、得意なんだから!)
◇
昼過ぎ、列の空気が変わった。
「おい」
順番を無視してカウンターに割り込んできたのは、傷ひとつない高そうな大剣を背負った大男――ランク4の剣術士、“鉄牙”のドルガだった。
「高額の依頼が入ったらな、掲示板に貼る前にまず俺に見せろ。いいな」
「申し訳ありません。依頼は全員に公平に公開する決まりですので」
「あぁ?」
太い腕がカウンターに乗り、酒くさい顔が近づいてくる。
(街に出てきたばかりのころは、高ランクの冒険者との縁談もありかも、なんて思ってたけど……)
(一年ここで働いて、その選択肢はきれいさっぱり消えました。理由は目の前のこれです)
ミアが笑顔のまま引かずにいると、ドルガはふんと鼻を鳴らした。それからカウンターの端のインク瓶をつまみ上げ――開いたままの帳簿の上で、ゆっくりと傾けた。
「なっ……!」
「口の利き方に気をつけな、受付嬢」
朝から書きつづけたページが、真っ黒に沈んでいく。
騒ぎを聞きつけて、二階から支部長のバルタスが下りてきた。汚された帳簿をちらりと見ただけで、面倒くさそうに言った。
「新入り。おまえが我慢すれば、それで丸く収まる話だ」
「で、ですけど、せっかく書いた帳簿が」
「書き直せばいい。ドルガはうちでいちばん稼ぐ男だ。おまえの帳簿とどちらが大事かくらい、わかるだろうが。嫌ならいますぐ辞めてもいいんだぞ」
バルタスは赤毛の受付嬢の顔も見ず、ドルガの肩を親しげに叩き、二階へ誘っていった。
その夜、ミアは閉店後のギルドにひとり残り、一枚ずつ帳簿を書き直した。
(こんなことで辞めるもんですか。それに、どうせ書き直すなら……)
前よりも丁寧に、綺麗な字で書いてやった。
◇
「ミア姉ちゃん、これ! この依頼、俺に回してくれよ!」
翌日の朝、カウンターに身を乗り出してきたのは、同じ村出身の新米冒険者リトだ。十五歳。病気の親の借金を返すため、ミアよりすこし遅れてこの街に出てきた。
差し出された依頼書には、こうある。
『旧ガヤルド王国領にて、猪型の中型魔獣二体の討伐。受注はランク3以上。報酬は金貨二十枚』
「ダメです」
「なんでだよ! 金貨二十枚だぞ!?」
「ダメに決まってるでしょ! リトはランク2なんだから。冒険者には必ずこなせる依頼を渡す、っていうのがギルドの決まりなの。中型なんてまだ早いよ」
「……ちぇっ、俺だって中型くらい……」
リトはこの一年、兎型の小型魔獣をこつこつ狩りつづけて、ランク2まで上がってきた。一年でランク2なら、かなり早いほうなのだ。それでも親の借金には、まだまだ追いつかない。
口を尖らせて掲示板へ戻っていく背中を眺めながら、ミアはちらりと酒場のほうを見た。
このラグーツの街のギルドには、ある噂があった――。
“鉄牙”のドルガは高額の魔獣討伐の依頼を受けても、自分では狩りに行かない。
金に困っている低ランクの子たちに狩りをさせ、魔獣から取れた魔晶石を回収し、報酬はほんのわずかしか渡さない。たとえ怪我をしたとしても治療も受けさせない。
(そういう噂だ)
だが、誰も口には出さない。ランク4――ギルドいちの高ランクににらまれて、この街で冒険者を続けられるはずがない。みんな、ドルガが怖いのだ。
もうひとつ、ミアには気になっていることがあった。
一年前、リーンから流れてきたドルガの登録を担当したのはミアだった。神聖術士のセラが判定し、ミアが記録した。あのときのドルガのランクは――2。
それが半年もしないうちにランク4になり、高額の依頼を次々と受けるようになった。魔晶石の持ち込みが増え、ギルドで大きな顔をするようになったのも、そのころからだ。
(セラさんは判定してないって言ってた。神聖術士は他にもいるけど、誰が判定したんだろう……?)
「ねぇ、リト。ランクって、半年で2から4に上げられるものだと思う?」
「はぁ!? 俺、ランク2になるのに一年かかったんだけど!?」
「そう……よね」
喉の奥に引っかかった小骨のような疑問を、ミアはそっとしまい込んだ。
証拠なんて、どこにもないのだから……。




