第1章 退屈な日常
人生には、出会ってはいけない人がいる。
そう言われることがあります。
しかし本当にそうなのでしょうか。
もし人生のタイミングが少し違っていたら。
もしあと数年早く出会っていたら。
もし互いに独身だったなら。
そんな「もしも」を考えたことがある人は少なくないと思います。
本作は、四十二歳の会社員・健一と、三十一歳の既婚女性・由香の物語です。
二人はマッチングアプリという現代的なきっかけで出会います。
最初は何気ない会話から始まった関係でした。
しかし、孤独や不満、誰にも言えない本音を共有するうちに、互いにとってかけがえのない存在になっていきます。
もちろん、この物語は不倫を肯定するためのものではありません。
不倫によって傷つく人がいること。
失うものがあること。
現実は決して美しいだけではないこと。
それらを描きながら、それでも人が誰かを求めてしまう弱さや切なさを描きたいと思いました。
人生は選択の連続です。
そして選ばなかった道への未練は、時として何年経っても心の中に残り続けます。
この物語が、皆様にとって「人を愛すること」と「人生の選択」について少し考えるきっかけになれば幸いです。
それでは――
健一と由香の物語をお楽しみください。
午後十時。
健一はリビングのソファに腰掛けながらテレビを眺めていた。
だが、内容はまったく頭に入ってこない。
ダイニングテーブルでは妻の美咲がスマートフォンを見ている。
会話はない。
娘の結衣はすでに寝ていた。
昔は違った。
付き合っていた頃は何時間でも話せた。
休日には遠出をした。
誕生日にはサプライズもした。
それなのに今は、
「お風呂入った?」
「ゴミ出しお願い」
そんな会話しかない。
夫婦仲が悪いわけではない。
喧嘩もない。
ただ、何もない。
健一はそのことが一番つらかった。
会社でも同じだった。
毎日同じ仕事。
同じ会議。
同じ電車。
気がつけば四十二歳になっていた。
人生の折り返し地点。
ふと考える。
このままあと二十年、三十年が過ぎていくのだろうか。
その夜。
健一は布団の中で眠れなかった。
スマートフォンを開く。
SNSを眺める。
動画を見る。
そして広告が表示された。
『新しい出会いを見つけませんか』
健一は苦笑した。
そんな年じゃない。
そう思いながらも指が止まる。
なぜか気になった。
誰かと話したい。
ただそれだけだった。
その時の健一はまだ知らない。
その小さな選択が、自分の人生を大きく変えることになるとは。




