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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

虐げられていた白髪の王子様を救ったら、溺愛されて王妃になりました

作者: 小花はな



「メイリー! そっち持って!」


「はい、先輩! お任せください!」



 ぽかぽかと今日は気持ちのいい洗濯日和。

 先月から王城の洗濯係として働くことになったわたしは、同じく洗濯係の先輩と一緒に広大な城の裏庭にたくさんのシーツを干していた。



「わぁー、風が気持ちいいー」



 干し終えた真っ白なシーツがパタパタと幾重にも風にはためく姿はちょっと壮観だ。

 清潔な石けんの香りが鼻腔をくすぐり、わたしは微笑む。



「メイリー、お疲れ様。この後は兵士達の洗濯物の回収を頼みたいんだけど、いいかしら?」


「はい、もちろんです! お任せください!」


「ありがとう。本当にあなた、働き者で助かるわ。王城(ここ)に来たのは農村部に住む家族の為だっけ? 頑張ってね」


「はいっ、頑張ります! では行って来ますね!」



 褒められて嬉しくなったわたしは先輩に深々とお辞儀をして、兵舎へと一目散に駆け出した。



 ◇



 わたしはメイリー・ウォーカー。

 この国――アーリア王国の農村で生まれた、五人兄弟の長女だ。

 アーリア王国は王都と農村部で貧富の差が激しく、わたしの家も例に漏れず大変に貧乏だった。

 子供の頃から両親を手伝い野菜を売ったりして生計を立てていたが、今年成人である16歳になったのを機にもっとたくさん稼げるようにと、特別な学の要らない王城の洗濯係に応募したのだ。



「失礼します、洗濯係のメイリー・ウォーカーです! 洗濯物の回収に来ました!」


「おお、待ったぜ。ほら、それ全部だ。頼んだぜ」


「あ、ついでにこっちも頼む」


「こっちも」



 兵舎の中にはたくさんの兵士さんが居て、彼らはわたしを見るなり洗濯物を投げ渡してくる。



「はいっ! お任せください!」



 わたしはそれらを必死で回収し、重くなった洗濯カゴを両腕で抱え上げた。

 洗濯係の仕事はなかなかに重労働で体力勝負だ。でも家でしていた農作業に比べたら休憩時間だってあるし、野菜を売っていた頃の何倍も稼げるのだ。弟妹達には生活の不安なく学校に通わせてあげたい。頑張らねば。


 そう決意を新たにし、わたしが兵舎を後にしようとした時だった――。



「うらぁぁぁっ!!!」



 ガッシャーーーーン!!と、何かが壁にぶつかったような酷い物音がしたと思うと、その衝撃で軽く兵舎が揺れる。



「えっ!? なっ、何!?」


「ああ、心配ねぇさ。いつもの〝稽古〟だよ」


「け、稽古……?」



 わたしがうろたえていると、ニヤニヤと笑いながら一人の兵士が窓の外を指す。

 それになんだか嫌な感じがしつつも窓を覗き込み、わたしは絶句した。



「なっ……!」


「うぅ……」



 見た目はわたしより5歳ほど年下だろうか? 

 なんとまだ幼い白い髪の少年が、赤い髪の男に剣を喉元に突きつけられていたのだ……!



「はっ! 弱い、弱すぎる!! こんな軟弱者がアーリア王家の血を引くなど、全く嘆かわしい! どうやらその白髪、見かけだけではないらしい。中身まで老人とはな」


「ははははははっ!!」


「違いねぇです!!」



 赤い髪の男が嘲るようにそう言った瞬間、男の背後に居た兵士達もドッとバカにしたように笑い出す。


 何、これ……? これが、〝稽古〟……?


 あまりの光景にザワザワと胸から嫌なものが込み上げてくる。



「っ、」

 

「あっ、おい!?」



 洗濯物を投げ出して駆け出すわたしを兵士の一人が呼び止めた。

 しかしわたしはそれを無視して、少年を背に庇い、男の前へと立ち塞がった。



「あ? なんだ貴様?」


「やめてください!! こんな小さな子に剣を突きつけるなんて、あなた兵士さんでしょ!? 弱い者を守る立場の人が、なんてことを……!!」


「は?」



 思いっきり怒鳴りつければ、赤髪の男はポカンとする。



「はっ……!」



 だが次の瞬間、ニヤリと嫌な笑いをしたと思うと、顔を歪めて大声で笑い出した。



「はははっ! はははははははっ!! 〝兵士〟? 〝弱い者を守る立場〟? 貴様、この国の(・・・・)王太子(・・・)に向かって、バカも休み休み言え!」


「え……?」



 男の言葉にわたしの頭は真っ白になる。


 お、王太子? 

 こんな……、こんな優しさのカケラもない人が……?


 あまりの衝撃と絶望で激しく脈打つ心臓。

 足が震えて崩れ落ちそうになる瞬間だった。



「兄上っ!!!」



 背後から悲鳴のような子供の声が聞こえ、わたしの左頬は火が出そうなほどに熱くなった。



「ぁ……! っ!?」



 どっと体が崩れ落ち、地面にポタポタと血が落ちる。



「!?」



 思わず痛む左頬を押さえると、手のひらにべったりと血が付き、わたしは頬を男に切られたのだと理解した。

 そしてそのまま霞む視線を上にやると、自らを王太子と名乗った赤髪の男がこちらを蔑んだ目で冷たく見下ろしていた。



「無礼で小汚いネズミめ。この俺をよもや兵士と間違えるとは、どうしてやろうか? 牢にぶち込むか? それとも今ここで……」


「あ、あ……」


「お待ちください、兄上!!」



 剣を目の前に突きつけられ、死の恐怖で体がブルブルと震えるわたしの前方に、白くふわふわしたものが飛び込んでくる。

 それがくだんの少年の髪であるのだと気づいた瞬間、わたしの目からは勝手に一筋の涙がこぼれ落ちた。



「なんだ、スノウ。貴様も斬られたいのか?」


「兄上、この者の服装をよくご覧ください。洗濯係の制服を着ています。恐らく農村部に出した募集で働きに来た者でしょう」


「はっ! だから王族の顔も知らぬ無知な田舎者という訳か。だがそれがなんだ? 知らぬのは無理もないからこの俺に大目に見ろと?」


「そうです。ただでさえ王城の働き手は日々減っています。どうか、寛大なご判断を」


「……ふん」



 二人の会話には全く着いていけてないが、白い髪の少年――スノウくんがわたしを庇ってくれているというのは分かった。

 赤髪の王太子の方はというと、何か考える仕草をした後、苦虫を噛んだ顔をして剣を鞘に仕舞った。

 それにわたしは内心ホッと胸を撫で下ろすが、しかし次の瞬間、王太子がとんでもないことを言い出した。



「ならばスノウ、この女を今から貴様の侍女に任命する。貴様がこの無知な田舎者を教育するのだ。――寛大な心でな」



 ◇



 メイリー・ウォーカー、16歳。

 王城の洗濯係だったはずが、なぜか第二王子付きの侍女になりました……。



「え、えっと、スノウ様! この度はわたしが余計なことをしてしまったせいで本当に、ほんと〜に申し訳ありません!!」


「そんなっ! 頭を上げてください、メイリーさん!」



 真新しい侍女服を着て第二王子の私室に入るなり土下座をしたわたしに、スノウ様が慌てたように駆け寄った。



「余計なことなんて無いです! 僕は貴女(あなた)が庇ってくれたこと、本当に嬉しかったのだから……」



 そう言ってスノウ様はわたしを立ち上がらせ、悲しそうな目でわたしの左頬を撫でる。



「すみません、跡が残ってしまいましたね。まだ未婚の女性に対して本当に兄上はなんてことを……」



 まるで自分が傷つけられたかのように苦しそうな顔をするスノウ様に、兄弟といってもあの王太子とは違ってこの方は心が優しいのだなとわたしは思う。


 ――あの時、わたしが頬を切られた後、スノウ様が慌てて王城の医務室まで連れてってくれ、自身が何者なのかも明かしてくれた。

 スノウ様はアーリア王国の第二王子で、年齢は11歳。わたしの弟も同じくらいの年頃だが、話し方や所作がまるで違う。現実味の無い話だったが、彼から漂う気品は疑いようもなく、事実としてスッと頭に入ってきた。



「キズのことは本当に気にしないでください。元々長年の農作業で体のあちこちにキズがありますし、あんな状況で助けに行かない方が後悔しますから!」


「メイリーさん……」



 にっこりと笑うと、スノウ様は驚いたように大きく目を見開く。

 その表情はとても可愛くて、こんな子を痛めつけていた王太子にまたフツフツと怒りが湧いてくる。



「でも今あの時のことを思い出しても酷いです。兄弟なら尚更信じられません。周りもいくら相手が王太子様だからって、同調して誰もスノウ様を助けようとしないなんてどうかしてます」


「それは……仕方ないんです。僕はこの(・・)見た目で(・・・・)、城の者達には嫌われてるから……」


「え?」



 見た目で??

 

 わたしはスノウ様を上から下まで何度も見て、何度も首を傾げる。

 だってそれはにわかには信じ難い話だったから……。


 なぜならスノウ様の容姿はふわふわの真っ白な髪に華奢な体。顔はお人形のように整っていて、まるで雪の妖精のように儚くも美しい見た目をしている。



「とても綺麗だと思いますが……?」



 素直に思ったままを口に出すと、スノウ様は困ったように笑い、部屋の隅にある食卓テーブルを指差した。



「詳しい話は食べながらにしましょうか。メイリーさんもお腹が空いたでしょ?」


「あ、は、はいっ!」



 見ればテーブルの上には二人分の食事が用意されていた。確かに今朝は準備でバタバタして何も食べていないからお腹は空いている。

 でも普通、偉い人と使用人が一緒のテーブルでご飯を食べるものなのだろうか? 

 学の無いわたしにはよく分からない。



「さ、食べましょう」


「は、はい……」



 マナーも何も分からないしいいのかなと思いつつも勧められるまま席につき、目の前にある真っ白なロールパンをちょっとだけちぎって口に運ぶ。



「……!」



 その瞬間、わたしの脳はあまりの美味しさに昇天しかけた。



「お、おいひぃ〜! おいひぃれす〜! スノウ様ぁ〜!!」


「そんなに? メイリーさんの口に合ったなら良かった」



 家では黒くて硬いライ麦パンだったし、それは洗濯係をしていた時も同じだった。王族ってこんな凄いものを毎日食べてるのか。知らないことばかりで目から鱗だ。



「この冷たいスープもお肉が入っていて贅沢で美味しいですし、このサラダも生の野菜がふんだんに使われていて贅沢で美味しいです!!」


「全部贅沢なんですね」



 柔らかいロールパンを口いっぱいに頬張るわたしを見て楽しそうに笑い、スノウ様はスープを口に運ぶ。その姿がとても優美で、つい食べる手を止めて見惚れてしまう。

 やっぱりこんな風に一緒にご飯を食べてはいるけれど、目の前の人はわたしとは全く別世界の人なのだと実感する。



「……美味しい。このわざと(・・・)冷え切った状態で出される食事を美味しいと思ったのはこれが初めてだ」


「え? わ、わざと? てっきりそういう料理なのかと思ってました」


「僕は嫌われていますからね」


「……見た目のせいで?」


 

 思わず尋ねるとスノウ様はテーブルにスプーンを置き、自身の白い髪に触れて「この髪はね……」と話し出した。


 

「アーリア王国より遠く離れた辺境。そこに住む民族のものなんだ」


「……? ……えっと、なんでそんな遠くに住む人達の髪色がスノウ様に?」


「僕の母がね、旅の芸人だったんです。彼女はたまたまアーリア王国を訪れ、王城で歌を披露し、それを僕の父である国王が気に入った」


「それでスノウ様がお生まれになった……?」



 おずおずと聞くと、スノウ様はこくりと頷いた。その表情は淡々としていて、感情が読めない。



「けれど母は産後の肥立ちが悪く、僕を産んで早々に亡くなってしまった。そうなると異民族の血を引く僕に味方は居なく、あっという間に王城で孤立した」


「ま、待ってください! 味方なら父である国王陛下が居るじゃないですか! わが子が孤立しているのに、助けてくださらなかったのですか!?」


「国王は母が死んだ時点でとっくに僕への関心は失っているよ。今は病で伏せっていますし、もしかしたらもう僕の存在すら忘れているかも知れませんね」


「そんな……」


「だから誰も僕を味方しない。国王が伏せってからは兄上が事実上国を動かしているし、国王が亡くなったその時が……僕の最期(さいご)だろうね」


「…………」



 衝撃で、完全に食事の手が止まる。


 王城はキラキラした場所なんだと思ってた。

 わたしが生まれた貧しい農村部と違って、希望と夢に溢れた場所なのだと……そう、思っていた。



「だからすみません。僕の侍女なんて貧乏くじ、メイリーさんにまで嫌な思いをさせてしまう。それを分かってて、兄上はあの時ああ言ったんです」



 だけど目の前にいるこの小さな王子様は、わたしが農村部に居た頃よりも幸せそうには見えない。



「僕、なんとか兄上に掛け合ってメイリーさんを洗濯係に戻してもらえるようにします」



 わたしが、わたしがこの子を――……。



「だから安心してくださ……」


「――いいえ、スノウ様。わたし、侍女は辞めません!!」


「え。」



 ぐっと拳を握りしめて宣言するわたしに、スノウ様が口をポカンとさせる。



「そんな話を聞いて洗濯係に戻るなんてムリです。スノウ様が孤立しているのなら、わたしが側に居ます! そしたらもう一人じゃないでしょ?」


「それは……。でも、なんでそんな、僕のために……」


「理由は、わたしもよく分かりません。でももしかしたらわたしにはスノウ様と同じ年頃の弟がいるので放っておけないのかも」


「…………」


「ただ一つ確かなのは、〝あなたはもっと幸せになるべきだ〟――そう、わたしは思ったのです」


「――――」


 思ったままを素直に伝えた瞬間、スノウ様から息を呑んだような気配がする。しかしそれからは黙ったまま、彼は何も言ってくださらない。



「……スノウ様?」



 それで不安になって名前を呼んで気づいた。

 スノウ様の瞳から、ポロポロと涙がこぼれていることに。



「ありがとう」



 その涙はこの世で最も尊く、美しいと感じた。



 ◇



 それからのわたしの日々はスノウ様一色だった。

 食事の時も、勉学の時も、鍛錬の時も。いつだってわたしは宣言通り、スノウ様の側を片時も離れずにいた。


 三年が経つ頃にはスノウ様の声が変わり。

 五年が経つ頃には身長が見上げるほどになった。


 そして、七年が経った現在(いま)は――。



「うわぁぁぁぁぁ!!」


「――――遅い」



 逃げ惑う男を長身で白い髪の男性があっという間に取り押さえる。

 あまりの早業(はやわざ)に周りの兵士達や王都の住民が固まっている中、わたしは長身で白い髪の男性――スノウ様へと駆け寄った。



「強盗犯の確保お疲れ様です、スノウ様。お怪我は?」


「大丈夫、僕は無傷だよ。ありがとう、メイリー」



 強盗犯を兵士に引き渡したスノウ様がわたしの腰に腕を回し、優しく微笑む。

 今年18歳となるスノウ様はあの頃の雪の妖精のような面影はなく、今やすっかり精悍な美男子へと成長を遂げていた。

 身長も出会った頃はわたしよりも小さく華奢だったのに、今ではわたしが見上げて首が痛くなるほど高く、体は彼の両腕にすっぽりと収まってしまう。



「それにしてもまた(・・)強盗ですか。年々王都での犯罪は増えていましたが、今年は多すぎですね」



 わたしはスノウ様の背に手を添えてポツリと呟く。


 元々アーリア王国はあまり治安がいい国とは言えなかったが、それでも王都は貴族等の特権階級の者達が多く住んでいることもあり犯罪は少なかった。

 それがどうしたことか、ここ最近はなんらかの犯罪が起きない日は無いのである。



「国を統治する立場の王太子(兄上)が自分の快楽ばかり優先し、農村の貧困にも貴族達の堕落にも向き合ってこなかったツケがここに来て回ってきたんだ」


「だからってそのツケをスノウ様に払わせるなんて酷すぎます! ずっと毛嫌いしてとんでもない仕打ちをしてきた癖に、スノウ様がとても優秀だと分かったら王国兵として国の治安を守れだなんて!」



 ――そう、この七年で最も大きく変わったのは、スノウ様を取り巻く環境だろう。


 スノウ様は本当に勉学も鍛錬も頑張られた。周囲の冷たい目にも負けず、王子として求められることは何もかも完璧にこなそうと努められた。


 だから……。



「スノウ王子殿下、強盗を捕まえて頂きありがとうございます!」


「素晴らしい早業。惚れ惚れしました!」


「スノウ王子って本当に素敵」


「強くてお優しくて、しかもあんなお美しいなんて。ぜひ次の夜会では踊って頂きたいわ」



 兵士達やどこかの貴族令嬢達がうっとりとスノウ様を誉めそやす。

 国のあちこちで活躍するスノウ様のことをもう誰もが知っているし、今や彼の髪色を見て蔑む者などもう居ないのである。


 それどころか……。



「あーあ。スノウ王子が国王になられたら、アーリア王国も平和になるのになぁ」


「バカ! そんなん王太子殿下に聞かれたら、牢にぶち込まれるぞ!」



 いつからか王太子よりも第二王子に国王になってほしいという声が王城や王都、あちこちで聞かれるようになった。

 以前の彼ろのスノウ様への態度を思うとなんて勝手なと思うが、スノウ様の方があの赤髪の王太子よりも王に遥かに相応しいというのは同意だ。比べるのもおこがましい。


 わたしだってこの七年間、何も勉強しなかった訳じゃない。

 もうこの国がどれだけ腐敗しているか、国王が病に伏せるのをいいことに王太子が何をしているのか、よく分かっている。



「メイリー。僕は兵舎に任務の報告をしてくるから、君は部屋(ここ)で待ってて。くれぐれも一人で部屋の外には出ないようにね」


「かしこまりました。お茶の準備をしておきますね」



 王城へと帰り着いてスノウ様の私室へと戻るなりそう言われ、わたしは頷いてスノウ様を見送る。

 しかしすぐに部屋の扉を叩く音がして、わたしは条件反射で慌てて扉を開けた。



「何か忘れ物ですか? スノウ様……」



 言いかけて喉が詰まる。

 だって、部屋の前に立っていたのは――。



「あっ!?」



 何かハンカチのようなもので口元を覆われ、瞬間眠気がやってくる。



「な……んで……」



 この七年、スノウ様の配慮で一度も顔を合わせずに済んでいた存在。

 意識が途切れる直前、目の前の赤髪の男(・・・・)は以前も見た、こちらを心底蔑んだ顔で笑った。



「相変わらず小汚いネズミが」



 ◇



「――――っ!」



 ハッと目を覚ますと、見知らぬ天井が視界に入り飛び起きる。

 部屋を見渡せば窓は無く、内装は豪華だが、なんだか冴え冴えとした雰囲気に、わたしはブルリと肩を震わせた。



「起きたか」


「!!」



 がチャリと扉が開き、赤髪の王太子が部屋の中へと入って来る。

 それにゾッと身をすくませれば、王太子はバカにしたように笑った。



「その怯え切った表情、懐かしいな。あの時、頬を切られた貴様の顔は傑作だった」


「……わたしになんの用ですか?」



 警戒しながら問いかけると、王太子は首をすくめる。



「ここ最近、随分な愚かな話を耳にする」


「え?」


「〝王太子よりも第二王子に国王になってほしい〟とな」


「!!」


「なれる訳がないだろう。下劣な芸人が生んだ子供に」



 言いながら王太子がわたしの方へと歩いて来る。それに身を固くしキッと睨みつければ、お腹に強い衝撃を受けた。



「うっ……」


「貴様のせいだ、何もかも。俺を恐れ、小さく震えることしか出来なかった出来損ないが、貴様におだてられて気を大きくした」


「違う!!」



 王太子の言葉に黙っていられず、わたしはお腹の痛みを堪え反論する。



「出来損ないなんかじゃない!! スノウ様は元々聡明でたくさんの才能をお持ちだった! わたしが居なくたって、あの方は立派な王になる!」


「ほう? ならば試そうじゃないか」


「!?」



 腰から剣を抜き構える王太子に、わたしは青ざめる。

 試すってまさかこの人、わたしを……!?



「王太子がこんなことしていいと思ってるの!?」


「問題ない。俺は王になる男だ。誰が王に意見出来る? 俺は絶対だ! 貴様を殺し、スノウが王になろうなどと思わなくさせてやる!!」


「……っ! いやっ……!」



 王太子がかぶりを振り上げた瞬間、痛むお腹を抱えて逃げ惑いながらも無意識に叫んでいた。



「いやああああああっ!! スノウ様ーーーーっ!!!」


「はっ、バカめ。ここは歴代の国王が使った王城の隠し部屋。この場所の存在すらスノウは知らな……ぎゃあああああああっ!!!」


「!?」



 ズバッと鋭い音がして、あっと思った時には王太子の断末魔が部屋中に響き渡る。



「あああああああっ!! 手がぁ!! 俺の手がああああああっ!!!」



 王太子が右腕を押さえ、床をのたうち回る。

 凄惨な光景に何が起きたか分からずゾッと身を震わせていると、



「こんな汚いもの、見なくていいよ」



 ふわりと誰かに抱きしめられた。



「ス、ノウ……様」



 馴染んだ腕の感触に確かめるように名前を呼べば、頭上から嬉しそうな声がする。



「うん。僕だよ、メイリー」


「あ……」



 そろそろと顔を上げれば、美しい純白の髪をサラリと揺らしてわたしを覗き込むスノウ様の端正な顔。

 それを見た瞬間、わたしの目からは大粒の涙が溢れ出した。



「スノウ様っ……!!」


「助けに行くのが遅くなってごめん。ちょっとこの場所を吐かせるのに手間取っちゃった」


「スノウ、貴様……っ!〝吐かせる〟とは父上に何をした!?」



 右腕を押さえ、冷や汗をかきながら王太子がスノウ様に向かって叫ぶ。

 それに対しスノウ様はわたしを抱きしめていた腕を緩め、冷ややかな目で王太子を見た。



「ご安心ください。命まではとってませんよ。ただ病が進んで僕と兄上の区別すらついてないようだったので、ちょっとこの部屋の場所を言いやすいように誘導してあげただけです」


「貴様よくもぬけぬけと! この王太子()にこんなことをして、ただで済むと……」


「――それですが」



 スノウ様が何か言いかけたのと同時に、たくさんの兵士達が部屋へと入って来る。

 そしてあっという間に王太子が床に取り押さえられてしまった。

 それにわたしは、そして王太子も何がなんだか分からないという顔をする。



「なっ、何をしているお前達!? 取り押さえるなら目の前の男だろ!! 下劣な血の見窄(みすぼ)らしい白髪をした男!! こいつを捕えろぉ!!!」



 王太子が必死の形相で叫ぶが、兵士達は身じろぎひとつしない。

 そしてそんな王太子の前にスノウ様が片膝をつき、そして何かの紙を見せつけた。



「今しがた国王から王太子の廃嫡と、陛下の退位。そして僕の国王即位が発布されたました。よって現アーリア国王はこの僕です」


「は……?」



 意味が分からないと王太子が顔を歪める。

 そしてわたしもまた、今の言葉が理解出来なかった。



「王? 王だと? お前が?? は、はは。バ、カな……。バカな……」



 それきり気力が尽きたのか、王太子はがっくりと項垂れる。



「連れて行け」



 スノウ様が鋭く兵士達に命じると、王太子は立ち上がらせられ、部屋を後にする。

 その様子に本当にスノウ様が王様になったのだと思い知らされた。



 ◇



「……メイリー、メイリー」


「!」



 放心状態のままスノウ様の私室に戻ると名前を呼ばる。

 それについ条件反射でスノウ様を見るが、次の瞬間わたしは慌てて顔を背けた。



「メイリー、どうしたの?」


「…………」


「ねぇ、メイリー」



 フルフルとわたしは首を横に振る。申し訳なさでスノウ様の顔が見れない。


 だって……。



「スノウ様はちゃんと注意してくださったのに、わたしが油断して扉を開けてしまったばかりにこんなことになってしまった。スノウ様の運命を大きく変えてしまった。申し訳ありません。わたしのせいで……」


「メイリー、顔を見せて」


「っ」



 言葉を遮るように再度名前を呼ばれれば、今度こそわたしは抗えなかった。

 そしてそろそろと顔を上げれば、優しい笑みを浮かべてあるスノウ様の美しい顔と視線がぶつかる。



「バカだな。メイリーのせいだなんてそんな訳ないだろ。全ては愚かなあの男の自業自得。むしろ僕としてはずっとあの男に復讐する機会を伺っていたから、メイリーが部屋に居ないことに気づいた瞬間、計画を実行するなら今だと思ったんだ」


「え?」


「僕はメイリーに消えないキズをつけたあの男がずっと憎かった。運命を変えたというなら、七年前のあの時から僕の運命は変わったんだ。母を失い、兄に疎まれ、なんで生まれてきたのかと自問する毎日だった僕をメイリーが救い上げてくれたんだ」



 驚き目を見開くわたしに笑いかけ、キズのある左頬をスノウ様は何度も愛しそうに撫でる。



「僕はメイリーが好きだ。ずっとずっと、君に出会った頃からずっと」



 言いながらスノウ様は「本当はもっと後に渡すつもりだったんだけど……」と言いながら、懐から小さな箱のようなものを取り出す。



「僕と結婚してください」



 そして差し出された美しく輝くダイヤの指輪に、わたしは息をのんだ。

 まさかずっと前から用意してくれていたのだろうか? スノウ様の真摯な言葉に胸がいっぱいになる。

 


「――――……」



 でも……。



「結婚、出来ません……」



 わたしは涙をこぼして拒絶の言葉を紡ぐ。

 するとスノウ様は頬を撫でていた手を止めて、穏やかに問いかけてきた。



「それはどうして?」


「だ、だって。わたしは学も無いし、頬には大きな傷もあるし。身分だって低いし……。こんなわたしが王様の……スノウ様の妻になんて、相応しくない」



 涙声で切れ切れに伝えると、唐突に息が苦しくなる。

 それにハッとすれば、スノウ様に強く抱きしめられいるのだと遅れて気づいた。



「バカだな……」


「っ、」



 スノウ様の言葉にビクリと震える。

 ああ、やはり落胆させてしまった……。



「申し訳ございませ……」


「違う、そうじゃない」



 謝るわたしを制し、スノウ様はまたわたしの左頬を撫でる。



「この傷は僕を庇って出来たものだ。そんな尊いものを僕が気にする訳がないだろう。学がないからなんだ。だったらその学の無さを誇っていい。だって僕は貴女が王族のことも僕のことも何も知らないお陰で救われたのだから。身分については僕がそんなことにこだわる男だって、本気で思ってる……?」


「スノウ……様……」



 彼の真っ直ぐな言葉にまた涙が溢れる。

 本当にわたしなんかが望んでいいのだろうか?

 こんなにも尊く、愛に満ちた方の妻に。


 ああ、でも、もう限界だ。


 わたし、わたしも――……。



「わたしもスノウ様が好きです! 大好きです! あなたの妻になりたい……!」



 ずっと我慢していたのに。

 わたしはただの使用人で彼は王子様。

 いくら近くても遠い届かない存在。

 そう思って、ずっと自分の気持ちを見ないふりしていたのに。


 ここまで求められたら、わたしにはもう拒絶など出来ない。



「愛してる。絶対に、幸せにする。メイリー」


「はい、はいっ……! わたしも、愛しています……!」



 逞しい腕で抱きしめられ、この日わたし達は何度も何度も口付けを交わし、愛を誓い合った。



 ◇



 その後スノウ国王の統治は腐敗しきったアーリア王国を建て直し、以前の姿からは見違えるほど豊かな国となった。

 スノウ国王の活躍は後世に語り継がれ、また王妃との仲睦まじい姿も広く国民に語り継がれた。


 二人の結婚式の際は、スノウ国王の白い髪に合わせた純白のウェディングドレスをメイリー王妃が身にまとっており、そのあまりの美しさに以降結婚式では白いウェディングドレスをまとう娘達が後を立たなかったという。




=虐げられていた白髪の王子様を救ったら、溺愛されて王妃になりました・了=



最後まで読んで頂きありがとうございました。

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