イライザの城
かつて、猫の街と呼ばれたこの場所にイライザの城は建っていた。
その城はやがてロビン親子のものとなり
千年の時を生きてきた『魔法猫』のサファイアと共に
今でもひっそりと建っていた
魔女と呼ばれた少女イライザが死んだ今、城の結界は解き放たれ街の人々は二十分も歩けば、誰もが城にたどり着けるようになり、ロビン親子は城の庭を、無料で街の人々に提供するようになった。観光客がおとしてくれる、僅かばかりのお金と、イライザの残してくれた絵画を時々売りさばきながら、城は守られてきた。
けれど、城の維持費には、思った以上のお金がかかった。ロビンの母親は、資金繰りに頭を抱えていた。
そんな時だった────
ドナが、ひと月分の食料を買いこんで車に積みこもうとしている時、昔の教え子に声をかけられた。
かつての教え子は、急いでドナの買い物袋を手に取ると「手伝いますよウェストール先生」と言い、買い物袋をトランクの中へ入れた。
ドナは、一瞬首を傾げた。
「ぼくですよ、ウェストール先生」とかつての教え子は、からかう様な笑みを浮かべていった。
ドナは、昔の教え子の顔をじっと見つめた後「ああっ......!ニック、貴方だったのね」と言って、目を輝かせた。
かつての教え子、ニックは「良かった......思い出してくれて」と言った後、安堵のため息をついた。
ドナは、かつての教え子ニック・ジャクソンと、しばらく立ち話をした後、また会う約束を交わした。数日後、ドナは約束した店で、ニックとお茶を飲みながら『城』を維持していくのは、とても大変なんだと、熱く語っていた。
ニックは、そんなドナをにこにこした顔で見つめていた。
「先生は......昔と少しも変わらないですね。相変わらず熱い人だ」と言ってニックは笑った。
「あらっ......ごめんなさいニック。城の維持費に、いくらお金が必要かなんて、貴方には興味のない話しだったわね」
「そんなことないですよ先生。ぼくも、あの城が大好きなんです。先生が、あの城を譲り受けたのを知った時は、本当に驚きました。もし良かったら、事のいきさつを話してもらえませんか?」
「ええ......いいわよニック」
ドナは、事の成り行きを話し始めた。
ニックは食い入るようにして耳を傾けた。ドナは、魔女と呼ばれた少女イライザに、両目をもらったことをニックに話した。ニックは驚いて、目を見張った。
「ウェストール先生の目が......また見える様になったことは、ぼくも聞いて知っていました......でも、まさか城の魔女から、目をもらっただなんて......とても不思議すぎて......」
ニックは信じられないといった顔をして、言葉を濁した。
「ニック。私の目を見れば、真実が解るわ」
そう言われてニックは、ドナの瞳の奥を覗きこんだ。
するとそこには、イライザの瞳が見てきた千年の歴史が映し出された。
ニックが驚いて、声を上げた。
「どう......今なら信じられるでしょう?」
「ええ......。先生は本当に、魔女から目をもらったんですね......」
ニックは冷や汗をかいていた。
ドナは、話の続きを話し始めた。
「さっきも話したように、もうどうにもならなくて......いっそのこと、城を手放してしまおうかと考えているんだけど......ロビンのことを思うとそうもいかなくて......」
ロビンの母親は、辛そうな顔をニックに向けていった。
「ウェストール先生......話をしてくださって有難うございます。そんなに思いつめないでください。その話し、しばらくの間ぼくに任せてもらえませんか?」とニックはいった。
「えっ......貴方に?」
「ええ、そうです。ぼくの父に相談してみます。父は、市長をやってるので多少は力になれると思うんですが」
ドナは、大きく見開かれた目でニックを見つめると、急いで椅子から立ち上がりかつての教え子の両手を握りしめた。
数日後、ドナはかつての教え子から嬉しい知らせを聞かされた。
ドナのスマホから聞こえる声は《父にあの城の(管理について)ことで、話をしてみました。父もあの城には興味を持っていたようで、父は......いえ、市長はぼくの計画に賛成してくれましたよ》と言っていた。
「それで......どんな計画なのかしら?」とドナは、恐る恐る話をきりだした。
《『城』の権利は、この街と(市と)先生の両方にあります。先生たちは城の管理者としてそのまま城に、住み続けることができます。命ある限り、あの城はあなた達のものです。市長は城が、この街にあることこそが重要なのだと考えています。だから城の権利と言っても......まぁ、あくまで書類上のもので、市長は城を今のままの状態で保存していくのが一番だと考えています》電話の声は、そこで一呼吸ついた。
ドナの喜ぶ声と、安堵のため息が、電話の向こうに届いた。
《まずは、おめでとうございますウェストール先生。あの素晴らしい城を、手放さずに済んで本当によかったです》電話の声はいった。
「ありがとうニック......貴方になら全てを任せても大丈夫だという気がするわ......」
さらに電話の声はいった。
《そして先生、あなたにはこの街の学校へ教師として、戻ってきて欲しいと思っています》
「まさか......そんなこと!」
ドナは同様しながらも「今の話し......本当なの?いったい誰が私を......教師として、必要としているの?」震える声で、ドナはいった。
《それは......多分ぼくです先生》と電話の声はいった。
「......ニック......」
電話の向こうで沈黙するドナに《先生......どうかしました?》とニックは訊いた。
「ありがとう......ニック。嬉しすぎて、何て言ったらいいのかしら......」
《......先生。詳しい話は、また後日お会いした時に》ニック・ジャクソンはそう言って電話をきった。
──────ドナはこれまでのいきさつを話し終えて一息ついた。
ロビンとジュリーは、レモレードを飲みながら話を聞いていた。
「母さんが時々城を留守にしていたのは......そういうわけだったの」
ロビンとジュリーは、相手の顔を見て頷いた。
「それで......母さんは、教師の仕事を引き受けたの?」
「ええ、そうよ」
ロビンとジュリーは再び顔を見合わせた。
「でもね、ロビン。まだちゃんとした返事はしてないの。教師を始めるかどうかは......貴方にちゃんと話してからじゃないと......」ドナは言葉を濁した。
「それに......今すぐってわけでもないの。『城』のことが落ち着いてからじゃないと......多分来年あたりになるかしら」
「いいと思うよ母さん。母さんには教師が向いてると思うから。ぼくに遠慮なんかしないでよ母さん」ロビンはいった。
良かったねロビン、とジュリーが目配せをしてきた。
「そこでね、ロビン......貴方も、母さんと一緒に学校へ行く気はないかしら?」
ロビンは驚きのあまり、椅子から立ち上がった。そして、もう一度椅子に腰かけた。
「まぁ......ロビン。そんなに驚くことだったかしら?」
「ええ驚くと思います。すごく」ジュリーも椅子から立ち上がっていた。
「あっ、でも母さん。突然そんなこと言われても......すぐには返事できないよ」
「ええ、そうねロビン。返事は、いつでもいいわ。決心がついたら母さんに教えて、ジュリー貴女も、学校へ戻ることを考えてみてね。ロビンは、貴女と一緒なら、初めての学校でも上手くやっていけると思うの」ドナは、優しい目でジュリーを見つめてきた。
「あたしと一緒に......ですか?」
「ええ。貴女とならきっと、ロビンは大丈夫だと思うの」
ドナは、きっぱりとした口調でいった。
「ほんとに?あたしと一緒なら......ロビンは大丈夫だと、本当にそう思うんですか?」
「ええそうよ。貴女となら大丈夫!」
「......母さん」ロビンは情けない声をだした。
「ねぇロビン。あたし......あんたと一緒なら......学校へ戻れるかもしれない」
「ジュリー......ぼくはどうすればいいの?」ロビンが訊いてきた。
「それは、ロビンが決めることよ」ジュリーがいった。
「すぐに決めなくてもいい?」
「もちろんよ」
「じゃあ、少しの間考えさせて......」
「いいわよロビン。心行くまで考えてね。ジュリーほ喜ばせようとか母さんを喜ばせようとか考えないで。貴方のしたいように、すればいいんだからね」
「母さん......ありがとう」
そこへ、どこからともなく現れたサファイアが、テ-ブルの上に置いた書類の上に飛び乗り、言った。
「ジュリー。ぼくも学校へいきたいな」
ドナは、驚きを顔いっぱいに浮かべたままサファイアに釘付けになった。
「ねぇ、ロビン。学校って楽しい?お昼に魚の干したのとか食べれるの?」
ドナは、椅子から立ち上がると、手を差し伸べて、サファイアの体を触った。
「貴方......本物のサファイアなの?おしゃべりできるぬいぐるみの猫だったりしない?」
「本物に決まってるよ。ぼくは魔法猫だからしゃべれるんだよ。図書室で、ぼくが〝空飛ぶ猫〟の絵本を呼んでるのを聞いたでしょ」
「サ......サファイア......!」
ドナは、助けを求める様にロビンとジュリーを見つめた。
「ねぇロビンのお母さん。この本はなに?ぼくが読める本なの?」サファイアがいった。
「こ......これは、この城を維持していく為に必要な、大事な書類と資料よ。これがあるから『城』を手放さずに済んだの......」
「母さんが城を手放すなんて考えていたなんて......」
ロビンは母親に詰め寄った。
「ロビン......落ち着いて。もしもの時の話よ。本気で考えていたわけじゃないのよ......でも、もうこれ以上は無理だったから......城を維持していく為には、沢山のお金が必要だったのよ......観光客だけでは、どうにもならない......状態だったの。そこへ、昔の教え子が現れて、さっきも話したように、結果的には『城』を手放さなくてもいい方向に話が進んだし......貴方に話さなかったのは、余計な心配をかけたくなかったからなのよロビン......。貴方は、私の為に、この城の為に、今まで充分頑張ってきてくれたし、もうこれ以上......貴方に苦労をかけたくなかったから......そう思ってのことなの......ロビン......母さんのこと、怒ってる?」
「......母さん......怒ってなんかいないよ」
「ありがとう......ロビン」
「そんなことより、もう少しぼくのことを信頼してほしかったな。ぼくはもう、そんなに子供じゃないし、ぼくもジュリーも、もう半分は大人なんだから、少しは頼ってよね」
ジュリーは静かにロビンに近寄ると、そっとその手に触れた。ロビンはびっくりしてジュリーに顔を向けた。
「ねぇロビン。学校へ行く決心がついた?」
「うん......決心がついたよジュリー」
そして、母親の方へ顔を向け、ロビンはいった。
「母さん......ぼく学校へ行くよ。ジュリーと一緒にね」
ドナは、目を潤ませながらロビンに近づくと、その体を優しく抱きしめた。
テーブルの上では、サファイアが書類の内容を声高々に、読み上げていた。
「まぁ......なんて頭がいいのかしら?サファイア貴方、とても優秀な生徒だわ!」
「ありがとうロビンのお母さん。この本ぼくが全部呼んであげるね」とサファイアがいった。
「ええ、お願いするわねサファイア。とても大事な書類だから、間違えずに読んでね」
そう言ってドナは、ロビンとジュリーに向かって片目をつぶった。




