ロビンとイライザⅠ──六年前──(3)
そんなふたりの姿を、イライザはバラの繁みから、少しだけ顔を覗かせて、こっそり見ていた。
「あの子の名前は、ロビンというのか......」イライザは小さな声でいった。
魔女アンジェリカに、呪いの呪文をかけられたその時から、イライザの耳はどんなに遠くの音も、聞きとることができる様になった。森の奥深くで、親鳥の帰りを待って鳴いているひな鳥の声や、山ゆりの葉が、風に揺れて互いの葉に触れ合う時、かすかに聞こえる音も、野ウサギが森の中でたてる、かすかな足音さえイライザの耳は聞き逃さなかった。
どこからともなく聞こえてくるその音は......長い間、イライザを苦しめ、怯えさせたが、千年の時を生きてきた、今のイライザには森が歌っている様に聞こえて、楽しくさえ思えた。
「私のことを魔女だと言っておきながら、魔女とは呼びたくないなどと......ロビン、お前はおもしろい子だな。......ニケは、私といた時みたいに楽しそうだ。ニケ......お前は、街へ降りて行って良かったのだな......」イライザは独りごとを呟きながら、バラの繁みから、ひっそりと、姿を消した。
イライザは城の窓から顔を出すと、城から遠ざかるニケと、ロビンの姿を見ていた。
イライザの耳に、ロビンの声が聞こえてきた。
──ぼく、サファイアに会う為にきたのに......サファイアはどうしていなかったの──
──猫はきまぐれだからな。もしかしたらお前が来たので、どこかに隠れておるのかもしれんな──
──えぇーーっ。どうして隠れるの?ぼくおみやげに、魚の干したのを持ってきたのに──
それを聞いて、イライザの顔に、かすかな笑みが浮かんだ。
「ロビンは、あの人に似ているな......魚の干したのは、サファイアの大好物だ。サファイアがここにいたら、飛び跳ねて喜んだだろうに......」
イライザは、顔を少しだけ横に向けると「残念だったなサファイア」といった。
どこからともなく、サファイアが姿を現した。
「それ、本当なの?」
「サファイア、どこに行ってたんだ?」
「ぼくは川に、イライザとぼくのご飯をとりにいってたんだ」
「そうか......それで魚はとれたのか?」
イライザが後ろを振り向くと、サファイアは銜えてきた魚を、イライザの足元に落とした。とれたての魚は、ピチピチはねながら、イライザの足元に転がっていたが、少しずつ元気をなくしていった。
「おいしそうな魚だが......私は生の魚は食べれない。サファイア、私の分の魚は焼いてくれないか」
「うん、わかったよイライザ。ぼくは、お魚が新鮮なうちに食べちゃうね」
「あぁ、わかった。サファイアは先に食べるといい」イライザは口元に笑みを浮かべた。
イライザは、サファイアが魚をむさぼる姿をじっと見つめた。
「イライザも食べたいの?」とサファイアが聞いてきた。
「私は、あとで食べるから心配するな」と言った後、イライザはさらに言葉を続けた。
「......先程、ニケと、ロビンという少年がこの城にやってきた......」
「母さんが......ここに来たの?えっ、どこどこ?」サファイアはキョロキョロ、あたりを見渡した。サファイアの口から、食べかけの魚が飛びだして、床に落ちた。
「ねぇ、母さんはどこにいるの?」
「もう、とっくに帰った。お前が川で、魚をとってる間にな」
「なんだ......そうなの。ぼく母さんに会いたかったな」サファイアはしょんぼりした。
「サファイア、お前はいつでも会えるだろう。会いたいと思った時......いつでもな......」
「そんなことないよイライザ......」
サファイアは、元気のない声でいった。
「最近の母さんは、ぼくを見ても知らんぷりしてることが多いし......いつも子猫と一緒だし......母さんはぼくのこと忘れてしまったんじゃないかと心配になるよ......」
「ニケが、お前を忘れるはずがない。それにサファイア、お前はもうりっぱな大人の猫だろう。この城には、お前の子供たちがいっぱいいるし、お前の側には、いつも私がいるじゃないか。な、サファイア!」
「うん。そうだねイライザ。ぼく元気がでたよ。イライザの魚を焼いてあげるね」
サファイアは、魚を銜えて元気よく部屋を飛び出すと、台所でイライザの魚を焼いて、すぐに戻ってきた。
サファイアは、テーブルの上に用意された皿の上に、焼きたての魚をのせた。
魚の焦げた匂いが、イライザの鼻をついた。
「美味しそうな匂いがする」
イライザは鼻で匂いをかいだあと、美味しそうに魚を口にはこんだ。
「ねぇイライザ。今度、母さんとロビンがここに来たら、ぼくにも教えて」
イライザは魚を口にほおばりながら「ああ......わかった」と素っ気なくいった。
「ねぇイライザ。ロビンはまた、ぼくに魚の干したのを持ってきてくれるかな?ねぇ、イライザはどう思う?」
魚を食べ終えたイライザは「ああ、そうだな......」と言いながら、窓から身を乗りだす様にして、空を見上げた。
サファイアはイライザの肩に飛び乗ると、一緒に空を見上げた。千年という長い年月──
イライザが幾度となく、見上げてきた空はどこまでも高くて、どこまでも広がっていた。
「ねぇイライザ。明日も、母さんとロビンはやってくるかな?」
「そうだな......明日も来るといいな」
イライザは、流れる雲を見ながら微笑んだ。




