ロビンとイライザⅠ──六年前──(2)
ニケは、ロビンが後からついてきてるのかどうか、気にする様子も見せずに、どんどん進んで行った。
街のはずれにある道を、まっすぐに進んでいけば、いつか城の近くにたどり着けるはずだと......ロビンは心の中で呟いた。
今日はニケと一緒なのだからと、ロビンは何度も心の中で呟いた。
城が────とうとう、目の前に現れた。
突然ニケは、毛を逆立てて警戒し始めた。
「ロビン私はここからはいかん。この城に入りたければひとりでいけ」
「どうして?」
「どうしてもだ」ニケがいった。
ロビンは魔女の住むという、城の扉に手をかけた。扉に取り付けられた、鉄のノッカーを二度、三度と叩くと、音が城中を駆け回り城の中へと消えていった。
「......静かだね。城の中には、誰もいないのかな?」その時ニケが、ロビンの後ろで両耳を立てた。
ニケは、ロビンの前から忽然と姿を消した。ニケの姿を見失ったロビンは、恐怖のあまり......大きな声でニケの名前を叫んだ。
「ニケーーッ!ニケーーッ!どこにいったの?ニケーーッ!」
ロビンの、ニケを呼ぶ声はどんどん大きくなっていった。ロビンの声に、バラの繁みが揺れた。
「ニケ?ニケなの?」
バラの繁みの中から出てきたのは、この城の『魔女』イライザだった。
────この時魔女イライザとロビンは────
千年の時を越えて少年は──魔女と呼ばれた少女と出会った──
千年の時を越えて少女は少年と出会った──
イライザは、目の前で怯えながら、立っているロビンを、まじまじと見つめた。ロビンは怯えながらも、上目使いにそっと魔女と呼ばれた少女イライザの顔を覗いた。
黒いフードの下に隠された、イライザの顔はとても美しかった。イライザが「お前は......ニケを知っているのか?」と聞いた。
ロビンは一瞬体を強ばらせると、無言で頷いた。
「お前はどうして、ニケを知っている?」
ロビンは、イライザの美しさに、ドキドキしながらも、警戒することを忘れなかった。
「ニケは......ぼくの友達なんだ」ロビンはか細い声でいった。
「ぼくの母さんは、ニケのことを人間だと思ってるけどニケは猫なんだよ」
ロビンはイライザの言葉を待った。するとイライザは「私の知っている猫もニケという」と言ってロビンを見た。
イライザが一歩、ロビンの前へ足を踏み出した。
ロビンの額から、一筋の汗が流れ落ちた。
ごくんと、つばを飲みこむと、ロビンは一歩後ずさりして、イライザの様子を窺った。すると、イライザは一歩、ロビンに向かって、足を踏み出した。
ロビンとイライザは、向かい合って見つめあった。
短い沈黙を破って、イライザが口を開いた。
「ニケとは、何処で出会った?この城へは......ニケと一緒でなければ、人は近づけないはずだが」イライザがいった。
ロビンの口の中は、すでにカラカラに乾ききっていた為、すぐには言葉がでなかった。
「......ニケと出会ったのは......草むらの中だよ」イライザは一瞬きょとんとした顔でロビンを見た。
イライザの美しい顔から、少しばかりの笑みがロビンに向けられた。
ロビンは緊張のあまり強ばった体の力を抜くとイライザに、笑顔を向けた。
「ニケはね、人間の言葉が話せるんだよ」
「私のニケも言葉が話せる」
「ニケは姿を消すことも出来るし(ぼくはまだ見たことないけど)空を飛ぶことも出来るんだよ。ニケは、あの高い空の上まで、飛ぼうと思えば飛べると思うよ......ぼくはまだ、ニケが飛ぶ所を見たことはないけどね」
ロビンの言葉に、イライザは空を見上げて、どこまでも広がる空の先へと、視線を泳がせた。
ロビンはイライザのフードの下で波打つ、美しい金髪の髪を見つめていた。
「なんて、きれいな髪なんだろう......」
ロビンの口から、感嘆の吐息が漏れた。
「ふっ、ませたガキだな」イライザがいった。
イライザの言葉に、ロビンの顔はまっかに染められた。
「それで......ニケはどこにいる?」
イライザは、あたりを見渡した。
「ニケは......さっきまで、ぼくと一緒にいたんだけど......」ロビンはイライザの方をチラッと見て、言葉を詰まらせた。
その時イライザの視界に、猫の姿が入った。イライザの顔は、一瞬にして凍りつき、その目は大きく見開かれた。
ニケの姿に似ていた猫が近づくと、イライザの目は、もっと大きく見開かれた。
イライザは、心の中で叫び声を上げた。イライザの叫び声は、ロビンの体を通り抜け、ロビンの後ろにはえていたスモモの木を直撃した。
スモモの木は、バリバリと音を立てながら二つに裂けて、地面に崩れ落ちた。イライザは息を荒げながら、猫をを見つめ続けていた。
ロビンは恐る恐る振り向くと、二つに裂けて息絶えた、スモモの木を見た。ロビンはスモモの木から目を離すと、イライザの見つめているものを捜した。
「猫ちゃん?」猫は驚いてどこかへ行ってしまった。
ロビンはニケに似てたね、と嬉しそうな顔をしてイライザの方を振り向いた。
イライザの姿は消えていた────
ロビンは、しっぽをピーンと立てながら、こっちへ向かって歩いてくる、ニケの姿を見つけた。
「どこに行ってたのニケ?」
ニケは二つに裂かれて、倒れているスモモの木の前で立ち止まった。
「どこでもよいだろう」と言ってニケは、スモモの木の横で毛づくろいを始めた。
「ニケ!くつろいでる場合じゃないよ。さっきまでここに『魔女』がいて、ぼくすごく恐かったんだからね」
ニケは毛づくろいの為の舌を、サッとひっこめて、「それで......その『魔女』はどこにいる?」とロビンにいった。
「もういないよ......」
「なんだ。そうか......」
毛づくろいをやめたニケは、二つに裂けたスモモの木をじっと見つめると「ロビン。これはお前がやったのか」と聞いた。
「ばかなこと聞かないでよ。子供のぼくに、こんなすごいことができると思ってるの?」
「いや、思っとらん」
ニケの目が、悪戯っぽく笑った。
ニケはスモモの木を見るのをやめて、ロビンの足元に顔を近づけてきた。ニケのヒゲがピーンとはられて、小さな耳をピクピクと動かした。
「ロビン......お前......」と言って、ニケはロビンの体の匂いをかいだ。
「お前......匂いが変わったな......人でも獣でもない匂いが、体の中に残っとるぞ」
ニケはそう言って、ロビンをじっと見た。
ロビンは思わず叫んだ。
「それって、きっと『魔女』のせいだよ。さっきイライザがニケに似た猫ちゃんを見て叫んだ時......イライザの声がぼくの体を通り抜けていくのを感じたから......」
ニケは毛づくろいの途中だったことを急に思い出したかの様に、再び毛づくろいを始めた。まず始めに、自慢のしっぽを舐めた。
「ニケ!ぼくの話を聞いてるの?ニケにそっくりな猫ちゃんもいたんだよ」
「ふん。私に似た猫の姿を見て逃げ出すとは、相変わらずばかな娘だ」
「どうして......イライザは、ニケに似た猫ちゃんの姿を見ていなくなったのかな......」ロビンは首を傾げた。
イライザの叫び声がロビンの体の中を通り抜けていった時ロビンは不思議な気持ちだった。それがなんなのかはわからないけれど......イライザの気持ちがロビンの中に、少しだけ残っているのは確かだった。
満足気な顔で、せっせと毛づくろいをするニケの側に、ロビンは腰をおろして空を見上げた。
「ねぇニケ」とロビンはいった。
「イライザは、ニケのことをとても懐かしそうに話してたよ。イライザは......ニケに会うのを恐がってたみたいだけど、ニケもイライザに会うのが恐い?」
ニケの舌先が、口にはさまったままで、ピタリと止まった。ロビンは横目でニケを見ると話を続けた。
「イライザは金色の長い髪をしていて......目は空の色をしていたよ。とてもきれいな子だった。ねぇニケ、イライザっていくつなの?」
ニケは聞こえないフリをして......毛づくろいが忙しいといった顔で、ロビンを無視し続けた。毛づくろいを終えたニケは、ロビンの方に体の向きを変えると、やっと話を始めた。
「あの子の年は十四だ。人間だった時の話だがな」ニケはピクリとヒゲを動かした。
「あれから......千年近くたっているから、あれの年は、千十四歳ということになるかな。......ロビン。お前はどう思う?イライザは......あの子は魔女に見えたか?」
「うん......そうだね。さっき魔法を使う所を見たし......魔女だと思うけど、でもぼくは......イライザのことを、魔女だなんて呼びたくないよ」
「お前は、いい子だなロビン」
ニケは目を細めながらいった。
「この城に魔女は、もう住んではいない。アンジェリカは死んだんだ。もう......魔女はいない」




