ニケとロビンⅡ──六年前──(2)
「 話を聞いていた男たちは、驚いてその男の顔を見つめていた。
「なにかい、その魔女はいい魔女で、街に不幸が起きないよう、強力な呪文で、街を守ってるっていうのか?」
話を聞いていた男は半信半疑な顔でいった。
「ああ、そうなんだ。その話、まんざら嘘でもないらしくてな。ここ数百年の間その街じゃ悪いことが一つも起きてないらしい。それは......あの城に住む魔女のお陰なんだと、若い男が言いふらしてるらしくてな。その男が言うには、悪い魔女に石にされていた所をいい魔女に助けてもらったと言ってるらしくて、調べてみたらその男は、数年前行方不明になってた男で、街に降りてきた時その男は数年前と変わらず、若い姿のままだったそうだ。その男が、あの城に住む魔女はいい魔女で〝この街は城の魔女に守られている〟と言って回ってたそうだ。今じゃその話、長い年月の間に街に根を下ろし、誰もがその話を信じる様になったという話らしいぞ」話を聞いてた男たちは、隣の者と顔を見合わせて頷いた。
更に男は、話を続けた。
「悪い魔女が城に住んでると思うより、いい魔女に街は守られていると思った方がいいってことに、街の連中は気づいたんだろうな......」
話を終えた男は、自分の最後の言葉に満足気に頷くと、その場から離れていった。
男の話に耳を傾けていた人達もその場から、離れていった。」
「私は、男からもう少し話が聞きたくなり男のあとをつけていった。
私は足音を立てない様、男に気づかれない様注意しながら、あとをつけていった。
男は突然立ち止まり、後ろを振り返ると「お前、さっきから俺のあとをつけてきてるな」といった。気づかれるはずがないと思っていた私は、驚いて、しっぽを逆立てると、男の顔を睨みつけ、一声鳴いた。
すると男は「おいおい。別にお前のことを怒ってんじゃないよ。俺はこう見えても、猫が大好きなんだ。俺より、俺の妹の方がもっと、猫が大好きだけどな。よかったらお前......俺の家に来ないか?美味しい魚を毎日食べさせてやるぞ俺は漁師だからな。美味しくて新鮮な魚を、毎日持ってきてやる。どうだ猫ちゃん?家に来る気になったか?」男はそう言って、私に手を伸ばしてきた」
「私の〝気配〟に気づくとは、この男只者ではないなと思ったが、男のことをあれこれと詮索するより、まずは腹ごしらえだと思い、私はその男について行くことにした。
口笛を吹きながら、私の前を歩いて行く男の後ろから、私は軽い足取りでついていった。男は時々後ろを振り向くと、私がちゃんと後からついてきてるかを確かめ、いるのが分かるとニッとした笑顔を見せた。
あまり気持ちのいい笑顔ではなかったが、私は人を見る目があるからな。男が悪い人間じゃないこと位は分かった。男は長いこと歩いていたが、家の前まで来ると立ち止まり、私に近寄ると、私を両腕に抱えて戸口を開け猫が大好きだという、妹のいる部屋へ私を連れていった。
小さな妹は、ベッドの上で横になっていた。私を見ると、あわてて跳び起き、瞳をキラキラ輝かせると「お兄ちゃん......その猫ちゃんどうしたの?」と聞いた。
「リーゼ、この猫はお前へのプレゼントだ」
私は、プレゼントにされてしまった。
まあこれも、致し方ない。成り行きよ、プレゼントされてしまったのだからな。
「可愛い猫ちゃん......お名前は?」と女の子に聞かれて、私は思わず『ニケ』と答えそうになっていることに気づき、あわてて「ニャーー」と鳴いた。
「ニャーーなの?」と女の子はいった」
「その子はロビン、お前やイライザと同じ......」ばかな子だったと言いかけて、ニケは口を前足で、ロビンの見てない隙に押さえた。
「男の家にきてしばらく経つと、女の子は長い間病気で寝ているらしいことが、私にもわかった。
時々医者がやってきては、首を振りながら出て行った。
あの男がしおらしい言葉使いで「先生、妹の容体はどうですか?」と医者と話すのを私は何度か聞いたことがある。
このヤブ医者め!と叫びそうになるのを、私は必死で堪えたもんだ」
「私は、千年の時を生きる『魔法猫』だからな。どうにかして、病気を治してやれんもんかと、あれこれ考えてる間に、ある日ポンとよい案が浮かんできた。
そこで私は、その子の体が良くなる呪文を唱えたんだが、そこへ兄が帰ってきた。私の呪文は、男に邪魔されて失敗に終わった。こんな所を見つかっては......もう、この家にはおれないと思い、私はあわてて窓から逃げ出す準備をした。
その時男が、私に話かけてきた。
もしかしてあんた魔女の飼ってた『魔法猫』じゃないのかと、男は私にいった。
驚いたのなんのって、私は正体がばれない様、わざとニャオニャオ鳴いて、普通の猫のふりをした。だが、男は私を腕にかき抱き、涙をはらはら流しながら「どうか......お願いします......妹の病気を治してください......」そう言って泣き続けた。
私はこんな風に、めそめそ泣き続ける男を見たことがなかったので、いい加減うんざりしてきて思わず「わかったから、私を離さんか」と言ってしまった。
男はびっくりして、私の体をベッドの上にほおり投げた。
めそめそ泣いているばかりか、私をベッドへほおり投げるとは、何と自分勝手な男なんだ。そう思ったら、急に気が変わって「さっきの話はなかったことにしてくれ」と男にいった。すると男は、まためそめそと泣き始め、ベッドで眠っていた妹を起こしてしまった。
「お兄ちゃん......どうしてそんなに泣いてるの?お兄ちゃんが泣いたら、リーゼまで悲しくなるわ」それでも、男は泣きやまなくて、しまいには、妹のリーゼも、私のことなどお構いなしに泣き始めた。
「ええーーいっ!ふたりしていつまで泣いてるつもりだ。これじゃまるで......私が悪者あつかいじゃないか!」私は思わず叫んだ。」
「リーゼが驚いた顔を私に向けた。男の方は泣きやむと、期待を込めた目をして、私を見つめてきた。
どんな魔法を使っても、このキラキラ輝く四つの目を閉じさせるのは無理だと思った私は「わかった、私がなんとかしてやろう」といって、ベッドから飛び降りた。期待に満ちた目で、私をじっと見つめてくる男を、ベッドから遠ざけると、私は妹のリーゼに呪文を唱え始めた。呪文は猫の口から、空気中へ流れ出し猫の声は部屋の空気を震わせながら、リーゼの体を包みこんでいった。
両手を胸の前で組み、祈る様にして私を見ていたリーゼに、私はいった。
「お前の兄さんに、左手を差し出し、その手を握ってもらえ」
リーゼは私に言われた通り、男に左手を差し出した。男が妹の左手を掴むと、リーゼの体は羽根が生えた様に軽くなっていた為、ベッドの上から滑り落ちる様にして、すっと立ち上がり、羽根が生えた様に軽くなった両脚は床に着く前に、宙に浮いていた。
男はあわてて、ふわふわと漂う妹の体を押さえこんだ。私はもう一度呪文を唱えた。
男がリーゼの体から手を離すと(私に言われて)リーゼは両の足で、しっかりと床の上に立っていた。」
「兄妹は泣きながら、互いの体を抱きしめ合っていた。
私はリーゼに体を軽くする呪文と、リーゼの足に〝床に足が着いたら、前へ進む様〟呪文をかけた。
「これからはひとりでも歩けるようになるだろう」と私はいった。
ふたりは抱きしめ合ったままで頷いた。
「体を軽くする呪文をかけてるから、風の強い日に外を歩く時は、充分気をつける様にな。ひとりだと飛ばされてしまうかもしれん」それからと、私は言った。
「あの医者はヤブ医者だ。ろくに診もしないで、金ばかり取っていたからな。街へ行って新しい医者に診てもらった方がいいだろう」ふたりは、替わるがわりに私の体を抱きしめ、私の体中の毛を、涙で濡らした。泣くのをやめたリーゼは、私の前にすっと立ち、軽やかなステップを踏んでみせた。「病気になる前の妹は、ダンスがとても上手かったんだ」男の顔は嬉しそうだった。
「ありがとう。魔法猫さん。ずっとこの家にいてね」リーゼは、大きな瞳で、私を見つめてそういったが、もう私の気持ちは決まっていた。
「今から魚を取りに行って来る。昼までには戻るから楽しみに待っててくれ魔法猫!」
男は、あわてて外へ飛び出した。
「歩けるようになって......今とても嬉しいわ。猫ちゃんには、とても感謝してる......もう一度歩けるようになったら......どんなに嬉しいだろうって、いつも思ってたの......だから猫ちゃん、本当にありがとう」リーゼはいった。
リーゼはもう一度、私の体を抱きしめてきたが、もう私の毛を濡らすことはなかった。
私は男が帰って来る前に家から姿を消した」
ロビンは感動のあまり、涙をポロポロ流していた。
「リーゼ......本当に良かったね。歩けるようになって良かったね。でもニケ、それじゃ、リーゼはずっと歩き続けることになっちゃわない?」
「ロビン私はそんなまぬけではないぞ。リーゼが歩けるよう呪文をかけたのは確かだが、それは最初のうちだけだ。その後のリーゼは自分の力で歩いたんだ」
「えっ?」
「リーゼが歩けなかったのは心の病気だったからな。そのことに気づいていた私は、魚の礼にちょっと、手助けしてやっただけだ。
しかし......お前といい、あの男といい、リーゼといい......私の知ってる奴は、本当に泣き虫ばかりだな......」
ニケはそう言った後、また遠い目をして空を見上げた。
「ねぇニケ。もっと話してよ」ロビンがいった。
「今日は、ここまでだ」ニケがいった。




