第11話 はじめての恐怖
毎晩の夜のお勤めで、ラチェットはげっそりなり、
フラフラしているのをグラインダーと二ブラは心配していた。
げっそりしているラチェットは目の下に影があり儚げでこれまた美しい。
グラインダーと二ブラは王妃シュレッダに少しは手加減するように言ったが、
一向に聞き入れる様子はなかった。
ラチェットが倒れるのが先か妊娠が先かという、
なかなか緊迫した状況だったがめでたく
王妃ご懐妊となり、
グラインダーと二ブラは胸をなでおろした。
それからしばらくしたある日-------。
シュレッダ王妃
「ああ、陛下。
僕のラチェット。
しばらく陛下から離れなきゃならない。
シュレッダはラチェットを抱きしめた。
ラチェット
「どうしたんですか?シュレッダさん。
シュレッダ
「僕はね、陛下を見ると陛下の大事なお子が出て来そうになるんだよ。
お腹も突っ張るし。
ラチェット
「それは大変です!
どうしましょう!
ラチェットはシュレッダのお腹を何度も優しくさする。
ラチェット
「赤ちゃん、大きくなるまで出て来てはいけませんよ。
お母様を困らせないでくださいね。
と言って、シュレッダのまだ膨らみのないお腹に頬をすり寄せてキスをする。
シュレッダは恍惚の表情をしたが、眉をしかめてラチェットを引き剥がした。
シュレッダ
「ふう、陛下、僕はお子を実家で産んで参ります。
しっかり産みますからご安心を!
そうしたらすぐに、陛下の元に帰って来ますからね。
では!
シュレッダは断ち切るように、去って行った。
ラチェット
「ああ、心配です。
毎日お見舞いに伺いましょうか!
二ブラ
「それは絶対にやめてください。
グラインダー
「そうそう、赤ん坊を抱っこするなら、
陛下もちゃんと飯を食って筋肉つけなきゃな。
ラチェット
「そうでした。頑張ります!
そう言うとラチェットは自らプリンを作りに厨房に向かった。
ラチェットはプリンで生きていると言っても過言ではないくらい、
プリンしか食べていなかった。
グラインダーと二ブラは最近、仕事が忙しくなり、ラチェットにはウェルズがいつも付き添っている。
ラチェットは王と言っても名ばかりで、
国の政治はポリッシャー伯爵始め12人の大臣達で効率よく行なっている。
ラチェットの仕事は夜の跡継ぎ作りと、
ラチェット目当てに会いに来る謁見者たちの相手だった。
大きめのプリンを二つ作ったラチェットはウェルズと一緒に暖かいバルコニーでいっしょに食べた。
ウェルズは一口でプリンを飲み込んでその上、卵を5、6個丸呑みした。
その夜はシュレッダが実家に帰ったので、ひさしぶりにラチェットは大きなベッドに1人だった。
いつも添い寝してくれるウェルズがなかなか来ないので、
バルコニーで星を眺めていた。
すると不思議な声がどこからか聞こえた。
どこかで聞いたような、やさしい、ラチェットを呼ぶ声だ。
その声に導かれて、
気がつくとラチェットは王宮の外に出て、城の庭園を歩いている。
突然、庭の垣根の後ろから、仮面の男が姿を現した。
仮面の男
「やあ、ラチェット久しぶりだね。
ラチェット
「あなた様は!
お会いしとうございました。
私の兄上様、そうなのでしょう?
仮面の男はふふふと笑って手を差し出した。
仮面の男
「そうだよ、可愛いラチェット。私とともに来るんだ。
ラチェットは仮面の男の手を取ろうとした。
その時後ろから
「行くんじゃない!ラチェット!
という声が聞こえた。
振り向くとそこには同じ仮面の男が立っていた。
「それは私ではない。ラチェット逃げるんだ。
ラチェット
「兄上様-----
が、仮面の男はラチェットの手を掴んで自分のマントで包むと、
笑いながら煙のように姿を消した。
ラチェットは気がつくと暗くてジメジメした硬い石畳の上に横たわっていた。
身体中が痛くてギシギシする。
両手をロープで縛られて、手首からジワリと血が滲んでいる。
暗闇に目が慣れて来ると、どうやらそこは牢獄だった。
ラチェットの周りには頑丈そうな鉄格子がはめられている。
しばらくすると、奥の階段から明かりが見え、
仮面の男がランプを手に降りて来た。
ラチェット
「あ、あなたは誰なのですか?
仮面の男
「くくく-----
ラチェット
「あ、あ------
仮面の男は黒鉄の仮面を外して投げ捨てた。
金髪碧眼の美しいが冷たい感じのする男だ。
仮面の男
「覚えてないかい?我を
ラチェット
「あ、あなた様は------
ああ、私の初めてのお客様!
仮面の男
「くくく、そうだ、私はお前の初めての男だよ。ラチェット
仮面の男は鉄格子の扉を鍵で開け、中に入り、
ラチェットの顎を持ち上げた。
仮面の男
「また一段と美しくなったか。
男は片方の口の端を上げて笑った。
仮面の男
「ラチェット、お前はもう我のものだ。
仮面の男はラチェットのネグリジェを上から引き裂いた。
ラチェットはガタガタ震えて涙を流している。
仮面の男
「待ち遠しかったぞ、ラチェット。
我が花嫁よ。存分に可愛がってやるぞ。
仮面の男は禍々しい魔力を吐き出しながら、
ラチェットを壁に押し付け、唇に口付けようとした。
その時、ラチェットの口からか細いかすれた声が聞こえた。
ラチェット
「いやです------。
仮面の男
「何?
ラチェット
「や---めて--ください---
ラチェットは正面から仮面の男を睨みつけた。
仮面の男はラチェットを横から殴り飛ばした。
ラチェットは勢いで壁にぶつかり、ぐったりと床に崩れ落ちる。
仮面の男
「手間をかけさせるんじゃない。可愛いラチェット。
仮面の男はラチェットの長い髪を掴んで持ち上げる、
痛みでラチェットの意識がもどり、かすかに目を開けた。
口からはどろりと血が流れている。
そのまま男は首筋に舌を這わせまくった。
あばらが折れているのだろう、ラチェットの口からは苦しそうな呼吸が出ている。
もはや喋ることも身動きすることもできない。
その時、牢獄の空間の一部がねじれ、二ブラ、グラインダー、ウェルズが現れた。
グラインダーはラチェットの姿を見るなり叫んで走り出した。
二ブラが叫ぶ。
二ブラ
「待て、そいつはやばい!
グラインダーは2人に近づく前に身体中が何かに切り刻まれてたおれた。
ウェルズ
「まさか---帝王---
二ブラ
「闇の帝王自ら来たと言うわけか。いやしかし、まだ完全体ではない。
仮面の男
「ウェルズか、久しいな。
そんな魔導師の犬に成り下がったのか?
我の元に戻れ。ともにエルフどもを地獄の底につき落とそうではないか。
二ブラ
「ウェルズ------
二ブラはウェルズから距離をとった。
ウェルズ
「そうですのう、それも楽しいかもしれんのう。
じゃが、わしは何百年かぶりに、
怒りで身体中の血液が沸騰しておるのじゃよ。
よくもラチェットをこんなにしてくれたわい。
これはゆるすことなどできんわい!
二ブラ
「おお、ラチェットの魔力おそるべし。
二ブラ
「しかし、力の差がありすぎる-------。くそっ何か手は-----
その時、また空間がゆがみ、
ものすごいスピードで鳥のようなものが飛び出て来た。
それは羽根の生えた人間で、
青い光を放つ剣を振りかざし、
一刀で仮面の男を切り裂いた。
仮面の男は苦しみながら、闇の空間を開きその中に吸い込まれていった。
翼の生えた銀髪の美しい青年はラチェットを抱き上げると、
小瓶の薬を口移しで飲ませた。
銀髪の青年
「可哀想に、ラチェット。
エルフの秘薬だよ。これで大丈夫。
そう言って、二ブラにラチェットを渡した。
二ブラ
「来てくれると思ったよ、ハニー。
銀髪の青年
「間に合ってよかった。
ラチェットのお兄さんがアランの所に知らせに来たんだ。
お兄さんは死んでもずっとラチェットを見守ってる。
ウェルズ
「ほおほお、こりゃまた、わしの天敵が現れたわい。
銀髪の青年
「蛇のウェルズ!
久しぶり!
ウェルズ
「久しぶり----って。
わしはお前さんに切り刻まれたんじゃがの。
銀髪の青年は太陽のようににっこり笑った。
銀髪の青年
「じゃあ、僕はあいつを追うよ。
絶対にラチェットを守ってね、メト、ウェルズ。
そう言うと、銀髪の青年は、新たな空間を開き入っていった。
二ブラ
「ふう、しまった、グラインダーの分の薬も貰うんだった。
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ラチェットは一面の花畑にいる。
いきなり後ろから抱きとめられた。
「ラチェット、無事でよかった。」
まっすぐな金色の髪がラチェットの顔に垂れ下がっている。
ラチェット
「兄上様、兄上様ですね。
ラチェットが振り向くと兄は仮面をしていなかった。
ラチェットに似た整った顔だが、右目の周りが赤くただれている。
ラチェットは兄の顔に触れて抱きついた。
兄はラチェットの頭を優しく撫でる。
兄
「すまなかったな、ラチェット。
私が病などにかからなければ、お前に辛い思いをさせることはなかった。
ラチェット
「いいえ、いいえ---
ラチェットはふるふると首を振る。
ラチェット
「私は嬉しいのです。
兄上様にお会いできて、1人じゃないと思えるのです。
私にも家族がいるんだと----。
兄
「いつもお前を思っているよ。
いつも一緒だ。ラチェット。
兄は優しく微笑みかけた。
そして、ラチェットは目が覚めた。
ラチェットの身体は痛みはないが動く気配がない。
二ブラ
「ああ、まだ動けないでしょう。
薬が直してくれてる。
しばらくじっとしててください。
二ブラはラチェットの額に手を置いて熱が無いのを確認した。
ラチェット
「あの、私はいったい-----
二ブラ
「陛下が仮面の男に拉致されたのを、
私達で助け出したんですよ。
あの男は、なくなったラチェット様の兄上のふりをして
陛下を呼び寄せたんです。
本当に間に合って良かった。
ラチェット
「うう-----二ブラさん---
ラチェットは恐怖体験を思い出した。
ラチェット
「う---うわああん-----
ラチェットは大声で泣き出した。
ラチェット
「怖かったんです-----怖くて怖くて-----
しゃくりあげて泣いているラチェットを
二ブラは抱き上げて膝に乗せ、
ぎゅっと抱きしめてやった。
二ブラ
「怖くない、怖くない。
もう大丈夫です。私がこうやって抱いていますから。
あの野宿の時みたいに、何か面白いお話をしましょうか。
昔々のエルフのお話ですよ。
ラチェットが再び眠るまで、
二ブラはずっと話し続けた。
つづく




