異変
キヌオとの闘いから一夜明け、翌日。
ここは市立運動公園。
「しゅ、出血が……」
「先輩、おつかれさまでした」
「スルー!?出血してるのよ!」
「もう傷は塞がりかけてますよ」
「それがたった今開いたの!」
普通ならば病院で療養のため久々の休日を、などというわけにもいかない。
ヒーローは年中無休なのだ。
と、森に言われた俺は例によってトラウマーと闘い、今しがた倒したところだ。
「……昨日みたく手伝ってくれないのね」
「昨日は私不在故の緊急事態でしたから」
「今も怪我してるんですけど」
「1日でほぼ左肩の傷が完治するくらいの超人的な肉体を持ち合わせている先輩に手伝いなど不要かと思いまして」
「たった今その傷口が開いた所なの!」
「それはさっき聞きました」
しかし我ながら驚異的な治癒能力である。
「元々俺には特殊能力があったのかもしれないね!」
変身前は筋力も運動能力も皆無な俺にもちっとはヒーローっぽい所があったのかもな。なんてなけなしの自画自賛をしなければやっていけない程の毒舌っぷり。
「って痛い!久々に痛い!傷口も痛い!」
久々である。こうやって右腕を後ろにクイッと――
「って何感傷に浸ってるの俺!痛い!」
「まだ一人称が『俺』のままです」
7歳年下の後輩マネージャーは相変わらず手厳しい。
ただ少し、ほんの少しだけ。
森との距離が以前よりも縮まった、ような気もする。
そして――
「めもり!」
「ん、もう大丈夫だよ、少年」
「ありがとな!」
「当たり前でしょ?」
俺の中でも、何かが変わり始めていた。
「世界の平和は私が守るんだから!」
その翌日。
森に呼び出され、いつものようにトラウマー退治へ向かう。
「今日は強い反応が確認されました」
「強い反応ってーと、やっぱ強いトラウマーってことなのか?」
「そう、だとは思うんですが……」
珍しく森の歯切れが悪い。
「森?」
「と、着きました。ここです」
目の前には広い運動公園。そしてその中央で暴れているひときわ巨大なトラウマー。
あれ?ちょっと待てよ。
「ここって……」
「……はい。昨日トラウマーと闘った場所と同じ、市立運動公園です」
おいおいマジかよ。
ここはそんなにトラウマを抱えた奴が大勢集まる場所だってのか。
「いやまあ、人はそれぞれ大なり小なりのトラウマを抱えてはいるんだろうけど」
それにしたって二日間連続で同じ場所で、なんて今まではなかったぞ。
どうにも嫌な予感がする。
「これが偶然だってのか?」
「……どうやら偶然でもないようですね」
森がトラウマーを指差す。
「あれを見てください」
森の指差す方、巨大なトラウマーをよく見ると、
「……え……?」
「助けてー!めもりー!」
トラウマーの手に捕まっている子供。
「どういうことだよ……」
それは、昨日助けたはずの少年だった。
「あの子のトラウマーは倒したはずだろ!?」
「とにかく、変身してください」
今まで起き得なかった事態に困惑しているのはどうやら俺だけではないらしい。
「急いで!」
森が声を荒げているのを俺は初めて聞いた。
めもりへと変身した俺はすぐさまトラウマーの元へ走る。
「少年!」
「めもり!」
少年は苦しそうに、しかしすこし安心した様子で俺に気付く。
「大丈夫!?今助けるから!」
とは言ったものの。
「ぶおおおおおおおお!!」
間近で見ると余計にデカい。
今までのトラウマ―は大きいものでも2メートルくらいだったのに、こいつは優に10メートルはある。
「こんなデカいのどうやって倒せってのよ……」
メモラアルタクトで足を切り崩して、ってのが定石なんだろうけど、そもそもメモラアルタクトは何でも斬れて大きさ自在の魔法の剣じゃない。
普通よりも少し切れ味の高いただの剣だ。
「こんなにぶっとい大根足を斬るにはちっとばかり役不足よね……」
ならどうする。1本で足りないなら100本使えばいい、か?
「ぶおおおおおおおおお!!」
「めもり助けてー!」
「けど100本も刺してる暇もない、よね……」
何かの拍子にあの少年が握りつぶされでもしたらそれこそ本末転倒だ。
「めもりー!」
あまり迷ってる暇もないらしい。
「くそ!どうする……?」
「先輩!『メモレアルタクト』を!」
右往左往していた俺に森から指示が出る。
「森!?」
「私が引きつけるのでその間にあの子を!」
「……了解!」
いつも迷っている俺に森は的確な指示を出してくれる。
頼もしい限りだ。俺にとってのヒーローは森なのかもな。
「集まれ星々の光!スターズメモレアルタクト!」
強烈な光と共に約200もの、ご存知メモレアルタクト――通称SMAWロケットランチャーが現れる。
森はその中の1基を手早く拾い、トラウマーの頭部に、いや正確には……
「そうか!目を狙って!」
「先輩!早く!」
「了解!」
森の意図を理解した俺は迷うことなく巨大なトラウマーに向かって走り出す。
「喰らえ!スターキャノン!」
森の掛け声と共にメモレアルタクトは火を吹き、見事トラウマーの右目に直撃する。
「ぶおおおおおおおお!?」
相変わらずいい腕だ。俺なんかよりよっぽどタクトの扱いが上手い。
つーか技名あったのかよ!というツッコミを我慢しつつ、
「もう大丈夫よ!」
「めもり!」
その隙に少年を助ける。
「ぶおおおおおおお……」
トラウマーの奴、余程痛かったのか右目を押さえてのたうち回ってやがる。
なるほど、武器も使いようってことか。
これならなんとかなりそうな気がする。
「よし、じゃあちょっと離れててね。今から君のトラウマーをやっつけてくるから」
地面に降り立ち、少年を立たせ、のたうち回っているトラウマーを再び見据える。
「う、うん……」
そういや昨日も同じ台詞を言ったっけ。もう少し台詞にバリエーションが――ってちょっと待てよ。
「そういえば……!」
大事なことを忘れていた。
慌てて少年を見る。
「……」
少年は怯えたように目を伏せる。
「何で、君のトラウマーがまた……」
しかも昨日より巨大な姿の、まるで――
「それは……」
少年が弱々しく、何か言おうとした時、
「より、強いトラウマってのはね、心の奥底に眠ってるものなの♪」
「!?」
俺の問いに女性の声が答えた。
「その子のトラウマはまだ、消えてなかったってこと♪」
声の聞こえた方を振り向くと、そこには茶髪でミニスカート姿の可愛らしい女性と、
「森!?」
その側にぐったりと倒れている森の姿があった。
「初めましてめもりちゃん♪ウチが『ウール三姉妹』三女、メンコよ♪」
「『ウール三姉妹』……!」
そしてメンコと名乗るその女性が指を鳴らすと、
「さあ、楽しいショーを見せてね♪」
森の中から、“俺”そっくりの、
“めもり”そっくりの――
いや、“森めもり”そっくりの女の子が現れた。
「逃げてください……先輩……」
その女の子はまるで――
「そいつは私の……『トラウマー』です……」
『美少女ヒーロー☆めもり』そっくりだった。
美少女ヒーロー☆めもり episode8
「異変」