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森めもり


「集まれ星の光、メモロアルタクト」



鈍い光と共に、森の手に一冊の本が現れる。


「……ッ!」

また頭に鈍痛が走り、今度は誰かの声が聞こえる。

「この本は……先輩の記憶です」


「……記憶……?」

今の声……森?

「そうだ……その本、前にどこかで……」

前にも今と同じようにその本を持った森が俺に話しかけていて――


「……こんなつもりじゃなかった。こんな形で、先輩に記憶を返すつもりじゃなかったのに……」


消え入りそうな声で森が呟く。

「……森……?」

一体どうなってるんだよ。“記憶”って何なんだよ。


「ごめんなさい、先輩」


「!」

森は、目に涙を浮かべていた。


「さようなら」


「森――」


視界が光に包まれる。

眩しくて、とても目を開けていられない。堪らずに俺は目を閉じる。


























「あの、すみません」

「ん?どうかしたか?お嬢ちゃん」

「……私、お嬢ちゃんって言われる年齢じゃないんですけど」

不機嫌そうに学生手帳を見せる森。

「17!?こ、これは失礼した」

確かこの時の俺は、17でも十分お嬢ちゃんだろ、とかそんなこと考えてたっけ。

「……で、俺に何か御用ですか、“お嬢さん”」

「……お願いがあるんです」

「お願い?」

「はい、ヒーローになっていただけないかと」

「……へ?」

我ながら見事な間抜け面である。


昔から腕っ節が絶望的に弱く、運動神経0で身体の丈夫さだけが売りだった俺は、この時、20を過ぎて「ヒーローは10代の若さが売りの1つ」という謳い文句に追い立てられ、このままヒーローとして生き続けることを半ば諦めかけていた。

そんな俺にとって、森が放った一言は夢か幻、はたまたドッキリか新手の詐欺ではないかと疑うほどに信じられないものだった。


この世には「ダークケイト」という悪の親玉がいて、その存在に気付いた森は変身ベルトを自ら作り出すが、どうやら自分では変身できないということが分かり、途方に暮れていたところ、偶然俺が通りかかり、この人がヒーローに相応しい、という直感の元、こうして頼んでいる次第である、頼れるのは最早俺だけ。どうか世界の平和を守ってくれないか、というかなり胡散臭い説明に当初は疑いの眼差しを向けていた俺だったが……


「このベルトを付けて、『変☆身』と叫んでください」

「これが変身ベルト!?すんげーデザインって痛い痛い痛い痛い痛い!」

「早くしないとこのまま腕がねじ切れることになりますが」

「わかった!わかったよ!」

「へ、へん……しん……」

「切れますよ、腕が」

「だー!わかったわかったやればいいんだろ!へ、変☆身」


その後、変身ベルトから無数の星が散りばめられ、それは右腕やらなんやらを覆って、見事俺は美少女ヒーローになるわけだが、もうこれ以上己の黒歴史を見るなんて耐え切れないので割愛させていただく。


「……やっぱり、あなたに頼むしかないみたいですね」

「…………マジですか」

「お願いします」

「…………マジか……」



とにかく、これで晴れて『美少女ヒーロー☆めもり』は誕生したわけである。



それから俺は、24歳のもうすぐおっさんと呼ばれてもおかしくない年齢で見た目――というか設定上、17歳の美少女ヒーローをやることに日々、黒歴史が次々と生まれていく様に並々ならぬ後悔を感じながらも森に脅されたり、助けてもらったりして、なんだかんだでヒーローとしてやっていくわけだ。





そう、これは俺の記憶。


どうやら今俺は、自分の記憶を見ているらしい。

これが森の使った『メモロアルタクト』と呼ばれるあの本の力によるものなのなら、俺はこれから、さらに昔の記憶を見ることになるのだろう。

そもそも今思えばどうにもおかしなことばかりだ。

森が俺に変身ベルトを渡す時の話が強引すぎる。

それに、俺はいつから、何をもって彼女を“後輩”と認識していたのかわからない、というより覚えていないというべきなのか。

きっとこれらの謎は、森の“トラウマ”と何か関係があるに違いない。

「よし……!」

例えそこにどんな事実があったとしても……。

俺は知りたい。知らなければならない。





俺は更なる過去へと遡るため、記憶のページを読み戻し始めた。













         美少女ヒーロー☆めもり episode10

     


              「森めもり」







トラウマー達が次々と襲いかかってくる。

変身ベルトの星を右に回し、

「集まれ星の光!メモラアルタクト!」

1本の剣を左手に取る。

「邪魔……するな!」

力任せに剣を振るう。

2匹薙ぎ払い、1匹を蹴り飛ばす。

5匹まとめて右手で殴り飛ばし、1匹を斬る。

「どっけええええええ!」



きっと今頃先輩は全ての過去を見ているのだろう。

全ての記憶と、全ての過去を知って、あの人は何を思うのだろう。

私を、どう思うのだろう。





























「わたしね、おおきくなったらヒーローになりたい!」



きっとそれは、珍しいことなんかじゃなくて。

誰にでもあるような子供の頃の夢。


「めもりさんじょー!」


いつか自分の元へ妖精が現れて、ヒーローになる。

そんな夢を抱いていた私が唯一、珍しかったこと、他人と違ったことは、その夢への執着心だった。

その執着心は呪いのように私の心につきまとい、中学生になっても夢を諦めることはなかった。


しかし、思春期の心には夢と同じくらいに、むしろそれ以上に、現実いう名の壁が現れ始める時期でもある。

まだかまだかといくら待ちわびても、一向に私の前に妖精が現れる気配はない。

「ひょっとして……このまま私はヒーローになれないの……?」

容赦なく現実は私の心を弱らせていく。

そして高校に進学した年。追い詰められていた私は、何を思ったのか友人にこんなことを口にしてしまうのであった。



「……ねえ私ってさ、ヒーローになれると思う?」



今思えば、きっと誰かに聞いてもらいたかっただけなのだろう。

家族を疎ましく思う、反抗期真っ只中だった私は、唯一自分のことをわかってくれる存在であると思っていた、学校の友人に自らの悩みを打ち明ける。

すると友人は冷たい目で私を見て、こう言い放った。


「めもりあんた、さ、何言ってんの?」


高校生として、当然の反応。

現実にヒーローという存在はいても、それになれる人なんて世界中で数えるほどだけ。

夢物語を丁度見終わった女子高生にとっては、その言葉が酷く滑稽なものに聞こえることを予想することも、理解することも、その時の私には到底できるはずもなかった。





翌日から学校に私の居場所はなくなった。



そうして私の“トラウマ”は生まれた。



『美少女ヒーロー☆めもり』を夢見た私は、その強すぎる想いに自ら身を焦がし、その想いはそのまま“トラウマ”という形へと変化してしまったのだ。













「はあ……はあ……」

重く巨大な扉を開ける。

「よく来たね」

玉座に座っている少女。

「歓迎するよ、めもりちゃん」

無邪気な顔で笑うその少女の名は――ダークケイト。

全ての元凶。『ウール三兄弟』や『トラウマー』を束ねる、最悪の王。

「……歓迎される謂れはないわ」

「何言ってんのさ、僕達、“仲間”じゃないか」

さも予想外の言葉を聞いたと言わんばかりに驚いた素振りを見せるケイト。

「……仲間だって言うなら表のトラウマー達は一体何だったのかしら」

「君に会うのも久々だからね、称号に見合った強さは健在なのか確かめさせてもらったのさ」

「……こっちはそんな称号貰った覚えもないし、貰うつもりもない!」

思わず声を荒げる。

「まあとにかく、君の強さは健在だった。安心したよ」

「黙れ!」

「“最強”の称号はやはり君が持つに相応しい」

「そんなもの私にはいらない!」

「自らをトラウマー化することのできる“最強”の人間」








「おかえりなさい、僕の可愛いめもり」




 













学校に居場所がなくなった私は登校することも少なくなり、家に引きこもるようになった。

初めこそ口うるさくしていた親もいつしか諦め、やがて何も言わなくなった。

毎日起きて、用意されたご飯を一人で食べ、ネットをして、寝て。

そんな生活を送ることに時折酷い後悔と罪悪感を感じながら、けれど何もできず、数ヶ月が経ったある日のこと。


「なに……これ……」


夕方、起床し家に誰もいないことを確認した私は3日ぶりのシャワーを浴びようと洗面所に行き、鏡を見た瞬間、数ヶ月ぶりに声を上げた。

「……これ、私……?」


青を基調とした、可愛いワンピースに手袋、ブーツを履き、星の髪飾りを付けた、紺色の髪のポニーテールで、大きな瞳、長いまつ毛。


鏡に映る私は確かに、あの日夢に描いた『美少女ヒーロー☆めもり』の姿となっていたのだ。



「……私……ヒーローになれた……『美少女ヒーロー☆めもり』になれたんだ!」





私が夢見たヒーローの姿は、“トラウマー化”という形となって私を、優しく、そして残酷に包み込んだ。




「やった!やったあー!!」






そう、『美少女ヒーロー☆めもり』は、私がトラウマー化した姿だったのだ。








「じゃじゃーん♪やっぱヒーローにはこれが必要よね!」


大きな星の付いたベルトを鏡の前で試着する。

「この中央にある星を回すと、武器が出てくることにしよう!」

「……掛け声はそうね、集まれ星の光!……とかでいいかな」

何の迷いもなく、自ら“作った”ベルトと初めての武器『メモリアルタクト』は、私の興奮をより一層かき立てた。

私はついに夢を叶えたんだ。

皆が笑い、蔑んだ私の夢を、私は自分の手でつかみ取ったんだ。

これで誰にも笑われない。私はヒーローなんだ。



「お姉ちゃん……だれ?」

「私は、めもり。『美少女ヒーロー☆めもり』よ!」

人々の悪い思い出から生まれる怪物『トラウマー』と闘いを繰り広げる日々はすぐに始まる。


「ありがとう!めもり!」

「当然よ!世界の平和は私が守るんだから!」


私はヒーロー。皆をこの世の悪から守る者。

そのためだったら、何でもできる。

誰にだって負けない。




私は何故『ヒーロー』になれたのか。何故『トラウマー』を知ったのか。

『ヒーロー』とは何なのか。

そんなことはもうどうでもよかった。

今、自分がある“姿”を見て、心の奥にある“何か”を見ずに。

ヒーローだから、と思い込んでなんとなくトラウマーと闘って、なんとなく勝って。

あの日の引きこもっていた、死人のような自分に戻らないために。

与えられたものに、“与えられたと思い込んだ”ものになんとなく従って、私は闘い続けた。





そして、ある日。





忘れもしないあの日、









私は、『赤井正太郎』という一人の男と出会うこととなる。






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