一話
都会での生活に疲れ、心も体も限界を迎えた主人公・新太は、
十年ぶりに故郷の島へと帰ることになる。
かつて「彼女にふさわしい自分になりたい」と焦り、
島を飛び出した少年は、
いつしか自分の弱さを隠すために、
帰ることすらできなくなっていた。
そんな新太を迎えたのは、
ひまわりのように明るく、
昔と変わらない笑顔を向けてくれる幼馴染・凛花。
――これは、
“逃げるように都会へ行った少年”と
“ずっと待ち続けていた少女”が、
再び歩き始める物語。
上巻では、
二人の再会と、止まっていた時間が動き出す瞬間を描きます。
「都会じゃ、こんな景色見れないよなぁ。」
掲げたスマホからパシャリと音が鳴る。
目の前に広がるエメラルドグリーン。鼻先をくすぐる潮の香り。
やけに綺麗だと思うのは、きっとメンタル的な要素もあるからだろう。
「みんな、元気にしてるといいな。」
時刻は朝の5時30分。
人が活動するには、いささか早い時間帯だ。
「よし、行くか……。」
ほの暗さと静けさの中、“ぎゃりり”とキャリーケースを引く音だけが島に響く。
―――はずだった。
とてとてとてっ
それらに混ざる、軽やかな足音。
音源は、やがて僕の背後へと近づいていき―――
「待って!! 新太だよね?」
「へっ?」
くるりと振り返る。
するとそこには、肩まで伸びた黒髪と、健康的に焼けた肌が映る女性が立っていた。
その顔を見た時、古い記憶が脳裏を駆け巡った。
「ひょっとして……凛花、なのか?」
彼女の顔に、満面の笑みが浮かぶ。
「久しぶり、新太!! 帰ってくるなら言ってよ
もう~。」
「い、いやぁ、ごめん。つい忘れて……。」
「うわ、ひどーい。」
言いながら、ケラケラとしている凛花を前にして、
僕の心は複雑だった。
《どうしよう……この人には、
一番会いたくなかったんだよなぁ。》
彼女の名前は、花園 凛花
俗に言う幼馴染であり、僕が片思いしていた
人でもある。
まぁ、大学で上京して以降、
めっきり連絡が減ったのだが……。
「こっち来たの何年ぶり?」
「確か……3年、ぶりかな?」
「あれ、意外と短い?もっと長いもんだと。」
うぅん?と首を傾げる彼女。
「言ってもそんな、時間経ってないでしょ?」
「分かんないよ?新太、東京行ってから全く帰ってこなかったんだから……。」
「うっ。」
「おかげで、私もおばさんも心配してたんだよ?」
「それについては返す言葉が。」
「……ほんとにそうだよ。」
ジトーっとした目が向けられる。
《見え張って、帰りませんでした―――とは、口が裂けても言えないな。》
後ろめたさと申し訳なさで、胃の中がキリキリと痛み始めた。
「でもまぁ、今回帰ってきてくれたからね。特別に許したげる。」
悶え始めた僕を見て、満足そうに凛花は言った。
ちらついた八重歯が、小悪魔っぽさを引き立たせる。
「これからおばさん家?なら、途中まで一緒に行こうよ。」
「え、まぁ。いいけど……。」
「えへへっ、やったね。」
後ろに手を組んだまま、ご機嫌そうに隣を歩く彼女。
ともすれば、鼻歌でも聞こえてきそうな雰囲気だ。
《帰ってきたのが、よっぽど嬉しかったのか?……分からないな。》
浮かんだ疑問をかき消すように、キャリーケースの音が鳴った。
昇り始めた太陽が、前に向かって二つの影を伸ばす。
それはまるで、数年来の溝を埋め合うように、寄り添い重なっていた。
「にしても今日は、随分と早い到着だね。元々、7時ぐらいじゃなかった?」
「まぁ、色々あって今の時間に―――って、どうしてそれを?」
「え?あ、えっと~、それは……。」
途端に視線を泳がせる凛花。
さっきまでとはまるで違う、余裕のない表情だ。
「な、なんとなく、そんな気がしただけっ!
別におばさんに聞いたとか、そういうんじゃないからっ!!」
「は、はぁ……?」
彼女の剣幕に押され、とりあえず納得することにした。
ちなみに、どこか大事なところを聞き逃した気がするが……。
「でもそれを言うなら、そっちも朝早くない?」
「それは、新太を待っt―――やばっ。」
「ん?」
何か聞こえたような。
「あ、朝の散歩をしてたのよだから気にしないでっ!!」
「え?お、おう。」
相変わらず、早口で聞き取り辛いな。
僕と話すとき、彼女はたまにこうなる。
―――なんでだ?
「荷物重いでしょっ?こっち持ってあげる!」
「お、おう。ありがとう。」
大きく誤魔化すように、肩のバッグを奪った凛花。
同時に自分の顔へ、パタパタと風を送っている。
《時間帯的に、そこまで暑くないと思うけどな。》
なぜか歩く速度を上げる隣に合わせて、最早、徒歩が競歩になりかけた頃
見慣れた一軒家が視界に飛び込んできた。
「おっ、見えてきたんじゃない?」
「あぁ、そうだな。」
庭にそびえたつ琵琶の木、表札に書かれた “小島” の文字。
「やっと、帰ってきたよ……。」
数年ぶりの我が家の光景に、懐かしさを覚えるのだった。
少し設定を変更しました。




