『オタクにも春はやってくる』
春だ。
春と言えば、出逢いの季節。新しく入ってくる新入生、出逢うはずのなかった二人が顔を突き合わすボーイミーツガール。それは俺が今まで観て読んで来た数多くの聖典からも周知の事実だ。
……ただ、それはあくまで二次元だけの──想像の中のお話。現実に存在したとしても、極々限られた少数の選ばれた人間だけが享受できる青春であって、こんな校舎の隅っこの部室で一人縮こまってラノベを読んでいる一オタクの俺には訪れるような都合の良いものではとてもとても……。
コンコン──
唐突に、部室の戸がノックされる。
初めはまた横暴な生徒会の嫌味な部活動巡りかと思ったが、それにしてはノックの丁寧さが段違いだった。
「? どうぞ」
とりあえずノックに返事をする。
「失礼します」
まるで受験の面接に臨むかのような指運びで扉を開いたのは、一人の女の子だった。
制服のリボンから見て、先週入ってきたばかりの新入生らしい。
女の子は部室を一望するように眺めると、入り口近くに座っていたたった一人の俺を見つけ、何やら意気込んだ様子で小さく深呼吸してから向き直る。
と──、
「あ、あの!」
その大きな黒の瞳をさらに大きく見開いて、女の子は前のめり気味に口を開く。
「○○西出身、中野せつな! た、ただの人間には興味ありませんッ!!」
聞いたことのあるような自己紹介を──しかし中途半端に叫ぶと、勢いで閉じた目を開いてチラリと俺の方を見てくる。
「…………、この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上……?」
期待されているような気がして、俺はその続きを暗唱する。
オニキスのような瞳が、まん丸になって俺の顔を反射していた。
「知ってるんですか……?」
「そりゃあ、ハ○ヒはオタクにとっての一般教養だろ」
「っ……!」
女の子の髪が逆立ったような、そんな気がした。ジ○リの女の子が髪を総毛立たせる、そんなイメージ。ただ、瞳を今まで以上に乱反射させていて。
「じ、じゃあ……っ!」
女の子はさらに前のめりになって、俺に顔を近付けてくる。
「ら、らき○すたは知ってますか?! クラ○ドとか、け、けい○んとか!」
「知ってる知ってる……。ていうか、全部○アニじゃん」
「っ……、制作会社まで知ってるんですね……」
なんだろうか。急に昔のアニメのタイトルを言い出したかと思ったら急に黙りだした。何か怒らせてしまったのだろうか?
「あ、あのッ!」
かと思いきや、さらに顔を近付けて声を上げる。
夜空のような瞳が俺を吸い込んで放さない。
「わたし、この部に入ります!」
どうやら、うだつの上がらないただのオタクにも、ボーイミーツガールは存在してもいいらしい。




