『くま寿司』
◇『くま寿司のカード』
「くま寿司のカードばねー、ちょっと興味あるとよねー」
くま寿司。
有名外食チェーンの回転寿司でCMもよく見る。サーモンの寿司を抱えたクマがマスコットだ。
だが、くま寿司のカードというのは完全に俺の守備範囲外だった。
「ポイントカードじゃなくてカードゲーム……? 寿司屋の?」
「そ! これがまたかわいかとよ~」
スマホの画面越しに見せつけられたくま寿司のカードゲーム『くま寿司もんすたーず』略して『くまもん』は主に回転寿司屋の店内で売られているらしい。
お子様向けのデフォルメの効いたカードが多く、大半がお寿司のネタにちなんでいる。
例えば【サーモン・プリースト】というシャケの召喚僧侶だとか【落とし穴子】【天ぷらいおん】【強欲なサザエ】【メロンソードマン】【ほったて小屋】などなど。
「というわけで今日はこんあとお寿司屋さんに行きたかとですけども!」
「じゃあ予約入れとくよ」
「わーいわーい」
回転寿司屋に行くだけで両手をあげてバンザーイする虎門さん。
女子小学生かな。
いざくま寿司に来店してみれば、テーブルに座るのは三人。
俺と、虎門さんと、妹の久遠。
しかも虎門さんと久遠はこれが初対面だ。お互い、少し緊張して様子見している。
なぜこうなってしまったかといえば、恒例のプチ家出で遊びにきていた妹の久遠にうっかり「今夜は寿司を食べてくる」と言ってしまい、当然「ずるい! あたしも連れてって!」とせがまれた。
食べざかりの女子中学生に好き勝手に寿司を頼まれるのはなかなかお財布にダメージがでかい。しかしそれ以上の問題は、妹と虎門さんの初顔合わせだ。
虎門さんは「よかよー、いっしょに食べよー」と快諾してくれたが、いざ初対面の人と接するときは借りてきた猫のようにおとなしくなってしまうタイプなので会話に困っている。
一方、久遠はまるで上から目線で品定めするように「ふーん」と腕組して虎門さんを観察する。
「お兄ちゃんの彼女さん、実在してたんだ……! てっきりドローンやAI的なカノジョかと」
「SFかよ! これまで見せた写真は捏造だとでも!?」
「だって陰キャのカードオタクのお兄ちゃんにこんな綺麗な彼女ができるなんて、ちょっとねー」
久遠は俺を小馬鹿にするが、直接は虎門さんに話しかけてないところに緊張が見え隠れする。
「き、綺麗だなんて、やだなぁ~妹ちゃんったら」
虎門さんは照れ笑いしてるが、わかりやすく標準語で他人行儀になっている。
なかなか気まずい状況だ。
なにか打開策はないか、と視線を右往左往させるうちにくまもんカードを思い出す。
「なぁ、ちょっとカードゲームをやってみないか」
虎門さん、久遠、そして俺の分だけくまもんカードのパックを一つずつ手渡す。
なお1パック4枚入、50円だ。お安い。
「当たったカードの寿司ネタを注文できる。一番合計金額が高かった人の勝ちだ」
「ほほーう、考えよったねー公知くん」
「運試しってわけね! 大トロ当ててやるんだから!」
虎門さん、久遠、俺は三人同じタイミングで一枚ずつ開封した寿司カードをめくる。
「せーの!」
「【落とし穴子】! よし、上穴子を頼んじゃうもんねー!」
「くそっ、【だしまきとかげ】ってことは玉子か……」
「うち【いくらいおん】当たったー! ……【天ぷらいおん】とネタ被っとらん?」
「やった! 【パフェアリー】! 光ってるしパフェ頼めるじゃん!」
「ぐわぁ……! なんだよ【なっとうさぎ】って! うさぎと納豆巻きは無理があるだろ!」
「【天ぷらいおん】やー! ……あ、裏書きにこん子ら兄妹って言い訳がましか設定発見」
そして最後の一枚をめくる。
久遠は【中トロール】で中トロ、虎門さんは【くまサーモン】で贅沢厚切り炙りサーモン。
俺は【かっぱラッパー】でかっぱ巻を頼むことに。
終わってみれば、僅差でパフェが高かった久遠の優勝、俺は100円の安いネタ揃いだった。
「あー! 楽しかった! なかなかやるのね虎門おねえちゃん!」
「勝負ば負けても看板マスコットのくまサーモン当たったからうちは満足とです……」
「あ、これ集めてないから全部あげるー」
「わ! ホント! うれしかー! 【パフェアリー】ほしかったとよー! ありがとー妹ちゃん!」
「いいってことよー」
何であれ、共通の趣味というのは素晴らしいものだ。
初対面の相手と打ち解けるいいきっかけをくれたことに俺は感謝しつつ。
「じゃ、食べたりないしワンモア寿司カード! お兄ちゃん買ってきてー」
寿司カードの第二回戦がさらっとはじまってしまったことに後悔した。
1パック50円は安い、と軽く見たのが大間違い。
さらば、五千円札。




