第15話 押し入り
「いや~よそ者がいても(けが人とか)丁寧に扱えるようにならないのかな」
「強さ以外の恐れも必要だろ」
「そう言うときもあるけど、ちょっと考え古くない?てかさ、背中にでっかくてえぐい傷痕ある人たちいたじゃん?あれ何?」
違和感を覚えたように首を傾げる赤毛の男。
「ん?ああ、ありゃ奴隷よ」
心の中、あの傷痕が想起される。
それは弱者の烙印。おぞましいその想像を振り払うように、赤毛の男は額を叩いた。
「ふーん……そうなんだ」
日は昇り、足元に丸い影落ちる時。
琥珀の少女と赤毛の男は屋根屋根を走り、その上から道を飛び超える。
風が吹いた。
その風は声を運び、その風はふたりの耳を吹き抜ける。
『南へ行け』
琥珀の少女は首をかしげる。
「お。長じゃん。聞こえた?」
赤毛の男は口を開く。
「ああ、あっちのほう行って来いと」
右側前方を指す。
屋根で足を止めたふたり。琥珀の少女は歯を剝くように声を強める。
「はぁ!?ナーシェ言われてないんだけど。どういうつもり?」
「さっさと行くぞ。ついて来い」
赤毛の男は屋根を伝い、南へ向かって走り、跳び、屋根へ足を付けた。
琥珀の少女は表情を落し、背中を追いかける。
少女の顔に、不安を匂わせる笑顔が作られた。
「めんどくさい?」
「そんな気するな」
赤毛の男は周囲を見回す。
その薄緑の目に映るもの。道路や屋根の上、三人から一人で行動をする流浪の民がいくつか。
少女は口を曲げる。
「少ないね」
男は息を吐く。
「そうだな」
少女は白目を剝くように声をこぼす。
「あーやだなー」
男の足は止まり、その後ろで同じく琥珀の少女。
屋根に立つ彼らの眼前には、そこから見上げるほどの高さある、箱型の屋敷がひとつあった。
「え……?担当そこじゃないよね」
「ああ」
「…………え。シューリフとかレンソブの経験者いるって」
「ああ、いたんだ」
「まぢで何でナーシェたちなの?他は?」
赤毛の男は腕を組む。
「近いからだろ。行くぞ」
男は屋根から飛び降り、屋敷を囲む塀、その正門へ。
少女は口から魂こぼすようなうめき声上げながらその背中を追う。
「うわ……きれいだね」
人が縦に七人並ぶ高さ、その細い柵状の門は破られておらず、閉ざされている。
「開くのかな。お………」
門は内側へ開いた。
ふたりは足を踏み入れる。
少女は鳥肌を立てた。
「ヤな感じ」
館までの前庭を、一本道。
歩を進めるたびに、平凡な箱型の屋敷が、遠のき、膨らむような威圧を放つ。
「うーお腹痛い」
「我慢しろよ」
「は?」
近づくとともに箱型の館はより大きくなる。
「あーお腹痛い」
「うるさい」
「あ?」
ふたりは館の正面玄関前へ着いた。
「あのでっかい犬みたいなのが開けてくれるとか?」
巨人が通れる大きな木製の二枚扉、その丸い取手を、犬の姿した石像がそれぞれ咥えている。
柔らかい粘土のようにその石像は徐々に動き、やがてその大扉は開かれた。
「さっき見たやつとちょっと違うね」
「……………」
「無視?」
その大扉に見合った玄関は、教会と似た空を思わせる高い天井。
床に太陽模した幾何学ある中央、そこにひとりの男と、左右に五人の女、総計十一人。イシュにおける、伝統的で高貴な身分の傍仕えの恰好をしている。服の色、男女ともに濁った黒色、男は細木を思わせる締まった服のつくりであり、女の服は、腰から下が花弁のように膨らんでいた。
硬貨を取り出した赤毛の男は口を開き、その背中で、控えめに硬貨を示す琥珀の少女は唾をのむ。
「徴収に来たロスアリグ」
「ナーシェでぇす…………」
黒衣の男は口を開いた。
その声は若くはないが、枯れてもいない。
「お待ちしておりました。お見送りいたします」
赤毛の男は鼻で笑うように口端を歪めた。
「気持ちだけもらっとく」
熱でゆらめくように、力の高まりによって空気がきしむ。
「え?え?もう?」
琥珀の少女は短剣取り出すことを寸前でこらえた。
赤毛の男は絨毯指すように顎を一度跳ね上げる。
「よごしたくないだろ」
黒衣の男は目を細める。
「結構です。ご心配は」
膨らむ力の気配は、2対11、ふたりは押しのけられている。
赤毛の男は腰に左手を当てた。
「抵抗しなければ身の安全をほしょーする。どさくさどろぼうもゆびくわえて見ることしかできんさ」
琥珀の少女の背中に、逆立つような悪寒走った。
少女は腰から短剣を抜き、背後へ向かって横に半透明の青い一閃。
短剣を抜く。その行為に赤毛の男は少女を睨んだ。
直後その目から血の気は引き、見開かれる。
ひとり、12人目である傍仕えの女が、少女へ包丁で切りかかかっていた。
赤毛の男は道具を鎚と成し、傍仕えたちはふたりを丸く囲い込むように立ち回った。
少女は包丁持つ女を蹴り飛ばそうと構える。
赤毛の男は少女へ叫んだ。
「そっちで(やれ)!」
傍仕えたちと同じ色の、少女の茶色い双眸が周囲を見回す。そこには、両腕を八の字に伸ばし、丸い術陣を構えている傍仕えたち。
大砲の大口ごときその術陣の威圧。
「はいよ!」
包丁を不規則に振り回す女。少女は武器持つ手反対側へ回り込み体に密着、包み込むように包丁持つ手その手首を巧みに捻る。
包丁を右手で取り上げた少女は、左手に道具を鎚と成し女の腹を叩いた。
ぐったりと倒れるその女。
「潮なし!」
少女は女を盾とするように抱え、黒衣の男へ突進。
片眉を吊り上げた赤毛の男は、ただちに少女の背中に隠れ、後を追う。
前方の傍仕えたちは後ろへ下がった。
再び囲まれ、包囲網は抜け出せず。
術陣の威圧感に下がった少女は、苦い顔を作った。
少女の背後を守るように赤毛の男は背中を合わせ、鎚を両手で構える。
「気が変わった[もうけが人出ても知らん]」
その意をすでにくみ取っていた少女は、右側、丸い術陣を構える女たちへ突っ込む。
「おらああああ!」
少女は気絶した女の足を掴んで、全身を上手く使って棒のよう振るう。
女ひとり、薙ぎ払われて絨毯に転がった。
黒衣の男は長袖へ手を入れ、まっすぐ投げる動作をする。
男の目にきらり光るもの映った。それは裁縫に使うような細い針。
少女の首元へ飛んできたそれを、男は鎚の頭で防ぐ。
「針(に気をつけろ)!」
少女は再び肉壁構えて突進し、女またひとり叩き飛ばす。
「助け合い(だよロス)!信じてるし信じて」
術陣から放たれた、狙いすます魔力の細い熱線が側面から。少女の顔へ一直線。
少女は抱えた女の服でそれを防ぐ。吸い込まれるように熱線は吸収された。
「やば。(この服)超まじくそ高級品」
ひとり女を叩く。細い熱線を鎚で防ぐ。
ひとり女を叩く。鎚で針を防ぐ。
ひとり女を叩く。針と熱線を鎚で防ぐ。
「逃げんでよ!」
鎚で叩けず、壁に追いやった女たちが痛みこらえるような動きで立ち上がり始めた。
少女は残った女五人を正面、男は黒衣の男を正面に捉え、玄関口まで下がって距離を取る。
残っている六人は展開した術陣から、拡散させて太い熱線をぱらぱらと打ち、ふたりを正面から囲むように広がって陣形を組む。
ふたりは熱線を躱し、防ぎながら、壁際で倒れた女たちを鎚で殴り力を徴収する。
その速さ、脚が動くたびそよ風が吹き、鎚振るうたび風切る音響く。
熱線の中、黒衣の男は針をまっすぐ投げるように右から左へ腕を振った。
男はそれに合わせ、熱線を鎚で吸収しながらそれを針の射線上に合わせる。
しかし針は来ず。
投げるそぶりだった。
「ナーシェ!」
近づいてくる針の先端が薄緑の瞳にきらめいた。
針を防げば脇腹に熱線を受ける。熱線を防げば針を顔、あるいは首に受ける。
針を躱せば直線上の少女へ、その横腹に刺さる可能性。
頭に繰り返される少女の言葉。
“信じてるし信じて“
「針(来てるぞ)!」
男は体傾けて針を躱し、熱線を鎚で防ぐ。
「あれれぇ…………」
針は服の上からへスっと刺さった。
少女は倒れる。
男は額に血筋を浮かべる。
「馬っ鹿やろうが!」
その少女の無防備な姿に、六人の傍仕えは猛獣のようにじっとまばたきを忘れた。
琥珀の髪が揺れる。
「なんてね」
琥珀の少女は肩に掛けた鞄から拳ほどの球をひとつ取り出し、倒れた姿勢でそれを掲げる。
男が目を閉じたと同時、その玉は白に染め上げる光を放った。
痛みで目を覆う傍仕え6人。
赤毛の男は構えを変え、女たち5人へ迫り、鎚で全員叩き伏せた。
黒衣の男は目を閉じたまま、すでに後ろへ下がっている。
「(指)焦げちゃう!」
“あついあつい“と少女の悲鳴。
横たわった少女は横腹に刺さった針を抜き、閃光で目の潰れた傍仕えの男へすばやく投げつけた。
同時に男は叩き潰さんとするように鎚上に構えて黒衣の男へ迫る。
黒衣の男は、頭を腕で覆って大きく横へ跳び退いて針を躱し、降り下ろされる鎚をその腕で受けた。
力を奪われ、虚脱感に襲われる黒衣の男。
受け身取れず柔らかい絨毯の上で跳ねる。おぼろげだが意識あることが、そのわずかに上下する胸で悟れる。
男は押し込むように黒衣の男の腹へ、かかとを突き刺した。
声にならないうめき声があげる。
「痛そ」
黒衣の男は歯を剝きだすように食いしばって、貴族階級の訛りで叫ぶ。
「恥知らずの盗人どもが」
頭が蹴り飛ばされた。
地面を滑る雑巾のようにくるくる回る。
少女は苦い笑みを作った。
「何で蹴ったの。だめでしょ」
鎚を握る男の手は衝動こらえるようにぎゅっと固くなる。
「余計な徴収なるだろこれ以上(叩けば)」
少女はほほ膨らませるように笑みを作る。
「別に蹴らなくてよかったじゃん。でもちくったりしないから。これも信じて。ね?」
深いため息の音。
「信用できん」
少女はにやりと口端を吊り上げる。
「よく言うよ」
「馬鹿がよ」
赤毛の男は上向く口端を押さえるように、への字に口を曲げた。