第13話 粘土
教会の礼拝堂。
腰曲がりの聖職者と義手の男がいたここはその教会で最も広い場所。そこには次々と気を失った人々が運び込まれ、人丈ほどある生き物の、ごわついた毛皮の上に横たえられる。
教会の出入口に立ち、巻紙を手に持っている流浪の民は、横たわる人々の顔と、手に持つ紙との間で視線を幾度に往復させる。
その流浪の民は片腕を高く上げ、短く大声を出した。
琥珀の少女はそれを見て、息を吐くと同時に目元を僅かに和らげる。
「これで終わりかあ」
琥珀の少女は、その琥珀の髪、前髪から後ろ髪までかき上げるように頭を両手で撫でる。
「力なくてもお金あれば身の安全守れるって、時代は変わるね~」
横たわっている者たちは、この地域において、裕福さをうかがわせる身なりと体つきを持っている。
「はあ?じだい?場所の違いじゃないのか」
教会の壁際、腕を組み、立っている赤毛の男は、隣にいる背の低い琥珀の少女を見下ろす。
「ああ~なんかほら、イシュはこんな感じだけどよそはまだあんまり、ここっていうか、教会?はさ、ちょっとお金と力を等価交換するの嫌がるよね」
「……お前の話にゃ付き合えん。どこの話だよ」
琥珀の少女は唇を尖らせ上目で赤毛の男を睨む。
ふと、横たわる人々の顔に目が留まった。
イシュの民ではない、よそ者であることをうかがわせる顔つきの者がいくつかいる。赤毛の男の脳裏に、“きょうわは”という言葉が琥珀の少女とともに浮かび上がった。
考え事を散らすように、赤毛の男は鼻から吸った空気で肺を膨らませる。
「準備いいか」
教会の中にいるいくつかの流浪の民はとどまり、いくつかは外へ出る。
「いつでもいいよ。ロスは?」
琥珀の少女は、布巻かれた、赤毛の男の腕を指さす。
「見りゃわかるだろ」
赤毛の男は肘を曲げながらその腕を動かして拳を作り、開く。
「じゃあ………あれ?ノアームは?」
琥珀の少女は右を見て、左を見て、下を見て、上を向く。
赤毛の男は口を開いた。
「ねずみ狩りに出てる」
「えなんで?そんな話聞いてないけど」
赤毛の男は肩をすくめる。
「(ねずみが)まだいるのだとよ。まあこいつら恨み買いそうな感じだからな」
赤毛の男は、床で横たわる人々を顎で指した。
「えー?拝領のときまでに戻ってくるよね?」
琥珀の少女は腐った目で上を向いた。
「そうだろ」
赤毛の男は教会の出入口に向かって歩く。
「拝領するときだけ戻ってくるとかじゃないよね」
琥珀の少女は口端を下げる
「さあな」
赤毛の男は両手で頭を掴み、首を捻ってそれを鳴らす。
「えーーーーー」
琥珀の少女は腐り落ちるように肩を落とし、引きずる脚で歩き始めた。
ふたりは並ぶ。
「次ってあっちだよね」
「そうだな」
ふたりは教会の出入口をくぐり、それ前の広場へ出る。
雲により明滅する日の光が降り注いだ。
ふたりは目を閉じる。
そして目を開けた。
「(ねずみ)いないね。寝転がってる人たちみんな日ごろの行い良いのかな」
「次だ。いくぞ……………ん」
ふたりは視線を放物線上に建物を超えるようにし、顎を上げる。
石畳の大きな欠片がくしゃみのように上空へ吹き飛んだ。
「先に向こうだ」
赤毛の男は建物の壁へ向かって走る。
「うん」
琥珀の少女は赤毛の男が向かう、その自らの正面にある建物の屋根へ視線を向ける。
「今更だけど屋根走るの大丈夫だよね?」
赤毛の男は建物の壁を足で二回蹴り屋根に手を掛けよじ登る。
「走れんのはカービュラだ早くしろ」
琥珀の少女は壁へ向かって駆け出し、三度壁を蹴り屋根の端へ手を伸ばす。
その手を赤毛の男は掴み、少女を引き上げた。
「余計だったけどありがとう」
「ああ?」
赤毛の男は目を槍の先端のように光らせた。
「いやだなぁ、ありがとう。頼りにしてるよ?ほらいこ」
「ちっ」
ふたりは駆け、屋根と屋根を大きく跳び跨ぐ。
幾度も跳び上がるふたり、大通りで離れた屋根と屋根を飛び超えているその頂点。
「あれ粘土のやつ!」
建物並みの蛇。
琥珀の少女の目に、大蛇の姿をした粘土の人外三体が四角い広場で、ふたつある通路を塞ぐようにのたうち暴れているのが映った。
広場の中央には、一体の大蛇に巻かれたふたりの流浪の民とその大蛇の牙から逃げ続けるひとりの流浪の民。
ふたりは広場に面した建物の屋根に降り立ち、赤毛の男は拳を握りしめ、琥珀の少女は短剣を握る。
「ナーシェ手前の奴」
「ただの紐相手さっさとちょん切れよ」
「そっちこそ」
赤毛の男は屋根端から真下へ降りて背中の壁を叩き蹴り、広場中央の蛇の頭を足で刺突するように貫く。
大蛇の体は力を放出しながら全身を粉々に砕け散らせた。
もう一体の大蛇は赤毛の男を光のない目で捉える。
「こっちでした!」
琥珀の少女はその大蛇の顎を魔力の刃で下から貫いた。
勢いに打ちあがる顎、琥珀の少女は刃を抜きながらその顎を蹴り、回って身を翻し着地をする。
その大蛇は同じく砕け散った。
「そいつら見てろ」
広場の中央に立った赤毛の男は琥珀の少女に背中を向けて、大蛇に締め付けられていたふたりの流浪の民を指で指す。
「うい」
琥珀の少女は短剣を腰帯に収めてそこへ駆けつけしゃがみ、倒れるふたりの首元を触って、その虚ろな目をのぞき込む。
「ただの紐が蛇面こいてんじゃねえぞ」
残る一体、その大蛇へ砕けた他の蛇の塵が集まり始める。
琥珀の少女はその様子に顔を青くした。
「ナーシェのばか!」
琥珀の少女はまたたきの間に振り向き、開いた両手をでたらめに体の前で薙ぎ払う。
その手は、琥珀の少女へ音無く跳びかかっていた小さな蛇を張り飛ばした。
少女の目に映るは数十匹の蛇。
琥珀の少女は立ち上がり短剣を構えた。
「ねえロス蛇小さくなって増えてる!」
赤毛の男は、体を膨らませ始めた大蛇の、その頭を鎌のように足で切り飛ばしていたと同時に、一人残っていた流浪の民の足首、手に数匹の小さな蛇が噛みついていた。
「何とかしろ!」
琥珀の少女は短剣から伸びる半透明の魔力の刃でそれら蛇を切り払う。
「何とかしてるよでももうひとりが!」
琥珀の少女に守られた倒れるふたりの流浪の民。
そこから離れたひとりの流浪の民へその小さな蛇たちは殺到し、被服の上から牙を突き立て続ける。
着地をした赤毛の男は一足でその下へ移動し、雑草を引き抜くように小さな蛇たちを手でちぎり投げた。
「くそが!」
「もっと丁寧に傷拡がる!」
「うるせえ!」
小さな蛇は湧き水のようにその数を膨らませ続ける。
「ねえなにこれ減らないんだけど!」
琥珀の少女は短剣を下斜めに構え、体を回して蛇たちを薙ぎ払う。
その足元に一匹の蛇。
赤毛の男は琥珀の少女に背を向け、蛇を蹴散らし叫ぶ。
「おい何かねえのか」
「あるけど怪我させちゃうきゃあああ嫌!噛まれた!」
琥珀の少女の、革の脚衣、そのふくらはぎに蛇一匹。
「馬鹿がよお前!」
赤毛の男はその悲鳴に振り向く。
赤毛にかぶさられたその薄緑の目が魔力に色濃くなったとき。
琥珀の少女は動きを止めて口を半開きにする。
「あれ………?」
前触れなく蛇は煙のように崩れて消えた。
琥珀の少女はへたり込む。
「ノアームありがとおおおおお」
「ちっ」
赤毛の男は力の高まりを収め、琥珀の少女の下へ。
「怪我は」
「あ大丈夫。ナーシェの服丈夫だから」
赤毛の男の額に一筋の血管が浮き出る。
琥珀の少女は男のその表情に首を引っ込め、両手を広げて横に振った。
「ごめん新しくしたやつですっかり(性能のこと)忘れてたから!」
赤毛の男は片手で顔を下へ引っ張るように覆う。
「また(人数)減ったな。こいつらは?」
「移動させたほうがいいはず。毒あるかもしれないし(骨)折れてるかも」
赤毛の男は中央のふたりを肩に担いだ。
「よいしょっと」
琥珀の少女は残りのひとりを背中で担いだ。
大通り付近の教会方面、ふたりはその建物へ向かって走り、靴底に小さな鉤爪でもあるように壁を登る。
赤毛の男は琥珀の少女の視線に気が付いた。
「何見てる」
琥珀の少女は目を逸らし、熱くなった頬を手であおぐ。
「見てただけ」
赤毛の男は鼻を鳴らし、ふたりは屋根を跳び超えた。