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異世界チート探偵

 辺境の村シモーヌ。この村には、ある一人の名探偵が住んでいる。

 その探偵はまだ若い女性だが、どんな難事件も百パーセント解決してしまうという。

 そして、今日もまた事件に巻き込まれた者が、事務所を訪ねていた。


「なるほど。殺人事件ですか」

「は、はい! 今朝、私が仕事に出た後、家に戻ったら夫が自宅で倒れていて……」


 年季の入ったソファに座っているのは、この村に住んでいる女性だ。

 最近結婚したばかりだというのに、早くも未亡人になってしまったらしい。

 その対面に座るのが、我らが名探偵クリスである。

 実を言うと、彼女は異世界よりチート能力を付与された能力者である。


 彼女は生前より「探偵って頭が良さそうでカッコいいよね」という理由で探偵に憧れていた。

 そして転生し、チート能力を貰った後、その力で世界を牛耳るのではなく、世のために尽くす名探偵になろうと決意したのだ。


「ふむ……とにかく、現場を見ないといけませんね」

「あの、失礼なのですが、本当に夫を殺した犯人を見つけられるのでしょうか?」


 依頼に来た女性は、不安げな表情でクリスを見た。

 何せ、クリスはそこらにいる村娘にしか見えない。

 彼女が様々な事件を解決した事は噂では知っているが、実際に見るとあまり信用出来ない。


「はっはっは! 奥さん、私に全てお任せを。私がこの村にいる限り、解決出来ない事件など無いのです。何故なら、私は因果を逆転させる事が出来るのです」

「はぁ……」


 何を言っているのか分からないので、女性は首を傾げる。

 だが、クリスはそんな女性の態度にお構いなしにまくし立てる。


「いいですか? 通常、物事には原因があり結果がありますが、私は『解決した』という結果を先に出し、そこから原因を突きとめる能力があるのです。つまり、もう事件は解決したと言っていいでしょう」

「ちょっと意味が分からないんですが……」


 説明されてもさっぱり意味が分からないが、妙に自信たっぷりなので、奥さんは適当に流した。

 とはいえ、辺境の村ではろくな治安維持組織がないので、この「異世界チート探偵」を頼るしかない。


「よし、では早速現場に向かうとしましょう。助手のシェパード君、準備はいい?」

「バッチリだワン!」


 威勢よく隣の部屋から飛び出してきたのは、人の身体に犬の頭を持つ、コボルトと呼ばれる種族だった。


 クリスはこの世界に転生してすぐ、「探偵には助手が必要」という固定観念によって助手探しを始めた。そして、森の中でこのコボルトを発見したのだ。


 コボルトは他にも複数いたが、警察犬として代表的なシェパードっぽい毛並みをしているという理由だけでコイツが助手に選ばれた。シェパードという名もその時クリスが付けた。


 ちなみに「助手なんて面倒な事は嫌だワン」と断ったが、ご褒美に骨つき肉をあげるという条件を出したら尻尾を振って付いてきた。つまり、それくらいの知能の持ち主である。


 とにかく、奥さんに案内され、クリスとシェパードは犯行現場である奥さんの自宅へと案内された。小さな村なので、家の規模もそれほど大きくない木造の平屋である。

 その部屋の真ん中で、彼女の旦那が頭から血を流し、倒れているのが見えた。


「奥さん、犯行現場は特にいじっていませんね?」

「は、はい、私が気付いた時にはもう息を引き取っていて……」

「泣かないで大丈夫だワン。ご主人様は天才探偵だから、全部丸く納めてくれるんだワン!」


 さめざめと泣く奥さんの肩の上に、シェパードが優しく手の平を置く。

 その間、クリスは部屋の様子を丹念に観察する。


「ふむ……部屋の中は荒らされ、金品は強奪されている。被害者の後頭部から血が流れている事と、すぐ近くに転がっている棍棒のようなものから考えると、死因は棍棒による殴打と考えていいだろう」

「すごいワン! 僕、全然分からなかったワン!」

「シェパード君、この部屋にはもう一つ重大なヒントがある。何か分かるかね?」


 クリスにそう促され、シェパードはきょろきょろと部屋を見回すが、


「全然分からないワン! 完全犯罪だワン!」

「やれやれ、あそこを見てみたまえ」


 クリスが溜め息を吐いて指差すと、壁に巨大な穴が開いていた。


「この壁に空いた大きな穴をどう考えるかね、シェパード君」

「それは……出入り口があった方がいいからだと思うワン!」

「そうじゃない。ほら、足元を見てごらん」

「えっ?」


 そう言ってシェパードが足元を見ると、部屋の中には壁を壊した際に散らばった木くずが散乱していた。


「木くずが一杯落ちてるワン。でも、これが何の関係があるのかよく分からないワン」

「つまり、犯人は壁を外側からぶち抜いたんだ。だから部屋の中に木くずが散らばっている」

「す、すごいワン! そんな事言われるまで気付かなかったワン!」

「基本的な事だよ、シェパード君」


 本当に基本的過ぎるが、シェパードは目をキラキラと輝かせてクリスを見た。

 一方、死んだ魚のような目でその二人を見ている人物がいる。奥さんである。


「あ、あの……それで、外から犯人が来たのは分かっているんですが、それが誰なのか調べてもらわないと」

「そう、そこなんですよ。特に怪しいものは見当たりません。一体、誰が何のために?」


 名探偵クリスもお手上げ状態だった。彼女の推理の根拠となる書物は「迷探偵コカイン」のみだ。

 ちなみに迷探偵コカインは、クスリをキメさせられた主人公がどこかに行くたびに殺人事件が起こる漫画だ。探偵というより死神のほうが近いかもしれない。

 そして、その漫画も途中までしか読んでいない。

 当然、他の推理小説はおろか、ドラマその他も一切見ていない。

 早い話、推理能力が極めて低い探偵なのだが、クリス自身は自覚していなかった。


「あ、これ、ゴブリンの匂いだワン!」

「ゴブリン?」

「この棍棒からゴブリンの匂いがするワン! まだ匂いが残ってるから追跡可能だワン!」

「でかしたっ!」


 助手のシェパードは犬に毛が生えた程度の知能しか持っていないが、それでもクリスより有能な時もある。具体的に言うと今である。


「では奥さん。私たちは早速犯人を追います。なに、もう事件は解決していますからご安心を」

「はぁ……」


 ハイライトの消えた目で、奥さんは名探偵と助手を見送った。

 きっと、この事件は迷宮入りするだろう。そう確信を抱きながら。



  ◆◇◆◇◆



「クックック……ゴブリン共、よくやったぞ」

「キキーッ!」


 村から少し離れた森。その奥にある小さな洞窟の中、男が数匹のゴブリンに囲まれていた。

 といっても、襲われている様子は無い。この男こそ、ゴブリンの飼い主である。


「ふふ、我ながらうまい事を考えたもんだぜ。ゴブリン共に村を襲わせれば、俺自身は捕まらねぇからな」


 この男は悪知恵の働く卑劣漢だった。

 人間で徒党を組むと、仲間が捕まってしまった時に自分も売られる危険性がある。

 一方、ゴブリンに村を襲わせれば、喋れない魔物であるからバレようがない。


「そこまでだ! 悪党め!」

「だ、誰だ!?」

「私の名は名探偵クリス! 悪党に名乗る名など無いわぁ!」


 クリスは洞窟の入り口で腕組みしながら大声を張り上げた。


「くっ! な、何故ここが!?」

「名探偵である私の追跡を逃れられると思ったか! 成敗してくれる!」


 ちなみに見つけたのは助手のシェパードである。


「クソッ! 何だか知らねぇが、俺の金は渡さねぇぞ!」

「この期に及んでシラを切る気ね!」

「は?」


 ゴブリンを従えた男は、思わず間抜けな声を出した。

 一体、この女は何を言っているのだろう。


「貴様の本当の目的は知っている……痴情のもつれでしょ!」

「えっ」

「ど、どういう事だワン!?」


 予想外の展開にクリス以外誰も付いて行けず、代表してシェパードが問いただす。


「金品を強奪したのはいわばダミー。本当はあの奥さんの身体が目的だったのよ!」

「違ぇよ!」

「嘘を言っても無駄よ! その冴えない風体! 若々しい奥さんを貰った新婚さんが羨ましくて仕方なかったんでしょ! そんな外道は……私が始末する!」


 前世でお年頃かつ、リア充に対する偏見を持つクリスの思考は若干こじれていた。

 なので、クリスは犯行動機をほぼ確実に「痴情のもつれ」に持ちこむ探偵だった。違うと言っても無駄である。


「訳の分からねぇ事を喚きやがって! ゴブリン共! やっちまえ!」

「キキーーッ!」


 主の号令でゴブリンが一斉にクリスに襲い掛かる。ゴブリンは人間の子供程度の大きさで、粗悪品だが武器も使う。集団で襲いかかられれば、少女とコボルト一匹で対処するのは極めて困難だ。

 

 ――もっとも、ただの少女ならの話だが。


「甘いわっ! 名探偵の技を食らいなさい!」


 ゴブリンの群れに対し、クリスは自ら突進していった。そして、一番手前にいるゴブリンに渾身の蹴りを叩きこむ。その瞬間、ゴブリンの身体がはじけ飛ぶ!


「な、何だと!?」

「これが名探偵奥義、キック力増強キックよ!」


 異世界チート探偵であるクリスは、肉体能力もチートじみている。

 キック力増強キックとは、チートブーストによって強化された蹴りである。

 クリスの一撃でゴブリンは完全に怯み、蜘蛛の子を散らすようにクリスの脇を逃げていく。


「さて、これで残すはあなた一人ね」

「な、何だよ、何なんだよお前は!?」

「私こそ……名探偵クリスよ!」


 クリスは、へたり込んだ犯人の男の前に仁王立ちした。

 頼みの綱のゴブリンも逃げ去ってしまい、もはや完全に戦意を喪失している。


「さて、あの世に行く準備は出来た?」

「ま、待ってくれ! なんでゴブリンは逃がしたのに、俺はあの世に行くんだよ!?」

「あんたがゴブリンをけしかけた。つまり、諸悪の根源はあんた。よって殺す」

「助けて! 殺さないでくれえええええ!」

「黙れぇぇぇ!! 人を殺しておいて加害者が殺されないと思ったかああああーっ!」

「うっぎゃああああああああああああ!!」


 そうして、再びクリスのキック力増強キックが炸裂し、犯人は木っ端みじんに吹き飛んだ。


「ご主人様、すごいワン! これで、ええと……1、2、たくさん犯人を始末したワン!」

「まだ終わってないわ。これからハッピーエンドにしないとね」


 返り血を浴びながら、クリスは笑顔でウィンクした。

 なお、シェパードが2までしか数えられないが、クリスが手を掛けた犯人は軽く三ケタを超えている。

 とんだシリアルキラー探偵である。


「というわけで、旦那さんの仇は討ちました」

「そうですか……ありがとうございます」


 血まみれになって帰って来たクリスに若干引いたが、それでも、奥さんは多少溜飲を下げたようだった。けれど、犯人が死んだからといって、旦那が蘇る訳ではない。

 奥さんは沈んだ表情のままだ。


「奥さん。私は最初に言いましたよね? 私には『解決した』という結果を先に出す事が出来ると」

「はい、未だに意味が分かっていませんが」

「それを今、証明してみせましょう」


 そう言うと、クリスは亡骸(なきがら)となった男性に手を当てる。

 すると、男性の身体が淡く輝き、土気色だった身体に生命の息吹が戻っていく。


「お、俺は? そ、そうだ! 確かゴブリンにやられて……」

「あ、あなた!? よかった……本当に!」


 突如息を吹き返した旦那の胸に、涙にぬれた奥さんが飛び込んだ。

 旦那は状況をよく理解していないようだったが、最愛の妻を思いきり抱きしめた。


「ふふ、言ったでしょう。私は因果を逆転できる能力がある、とね」

「よかったワン!」

「ではお二方、事件は解決したようですので、私たちはお邪魔なので失礼します。何かありましたら、また私たちにお任せを」


 そう言い残し、クリスとシェパードは家を後にした。夫婦は、二人の姿が見えなくなるまでずっとお辞儀をしたままだった。


「さてと、後であの洞窟の奴も生き返らせないとね」

「ご主人様は優しいワン!」


 優しいかどうかはさておき、クリスは生死に関する因果にすら干渉する能力を持っていた。

 なので、凶悪犯はとりあえずぶっ殺し、恐怖を植え付けてから再び生き返していた。

 そして「次やったら倍のパワーでまた殺す。しかも生き返さない」と脅すのだ。


 こうする事で犯人は震えあがり、今の所再犯率はゼロである。

 多少――いや、大分問題はあるが、事件解決という点で、クリスは間違いなく名探偵だった。


「今回の事件も無事解決ね。無償だけど、困っている人を助けるのが探偵だからね。シェパード、今日はあなたも大活躍だったわね」

「褒められて光栄だワン! でも、一つだけ分からない事があるワン!」

「あら? 何かしら?」

「ご主人様が生き返らせる能力があるんなら、被害者を最初に生き返らせて、直接襲われた時の状況を聞いた方が楽だった気がするワン!」

「…………」


 沈黙。


「どうしたんだワン? ご主人、お腹でも痛いのかワン?」

「シェパード、ほら、骨付き肉よ!」


 そう言うと、クリスはおもむろに何も無い空間から骨付き肉を取り出すと、シェパードの前にぶら下げた。シェパードは舌を垂れ下げ、ヨダレを垂らす。


「ほーら! 取ってこーい!」

「ワンワン!」


 そして、クリスは骨付き肉をメジャーリーガーもびっくりのスピードでぶん投げた。

 シェパードはそれを物凄い速度で追っていく。

 戻ってくる頃には、先ほどの疑問も忘れている事だろう。


「……名探偵も楽じゃないわね」


 事件が解決し、再び平穏を取り戻した夕暮れの中、クリスはそう呟いた。


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