【一九九一 日極戦争】 対戦車歩兵
残酷な描写があります。ご注意ください。
~一九九一年(正化三年) 一〇月 日極戦争 那須塩原高原~
【帝国陸軍 決一二二連隊 第一中隊 野中見習士官(曹長待遇)】
「分隊長、子供は?」
分隊長。
それが今の役職だ。
統合士官学校で学生やってるときにこんな戦争が始まった。
あれよあらよと……よくわからんまま戦場で六カ月。
怪我してこんなクソみたいな場所から逃げられると思ったら、治療後また第一線へ。
同期見殺しにして、怪我をして、帰るところの中隊長も連隊長も死んだと聞いて、また第一線に向かったら、空爆で壊滅してバラバラになった。
せっかく戻った部隊も消えちまったなんて笑うに笑えない。
決-二二なんて勇ましい名前がついた連隊に配置が決まっていた。
『決』は文字通り決戦の決。
もうジリ貧で決定打がないから、意地でもお前らが出血して決戦しろということらしい。
まあ、でもみんな知っている。
俺たちに求められているのは決戦なんかじゃない。
ただの時間稼ぎ。
九州の精鋭――機動打撃軍団――の攻勢が始まるまでの時間稼ぎ。
関東から避難した人間をかき集めた部隊だ。
昨日まで大学生してたとか、パン屋だ農家してた奴らの寄せ集め。
たった数週間の教育を受けただけで、前線に来ましたこんにちは、なんて兵隊ばかりだ。
……そこんとこは、春まで統合士官学校で国家戦略だなんだをお勉強してた俺も同じなんだが。
そんな俺にとぼけた質問をしてきたのは『島村』さんだ。
正式には島村二等兵。
歳は三十九で前職は農家、どっかでネギ作ってたとか言っていた。
子供は四人いるらしい。
「この間まで学生していたんだ、女とやってできちゃいましたなんてへまはしてない、つうかできやしない」
そう言って笑った。
「そうだと思った」
島村さんはそう言って笑う。
「人の使い方を見とけばよくわかる」
俺は何を言っているのか理解できなかったが、奴はそう言って笑った。
「野中見習士官」
格式ばって呼ぶのはうちの小隊長しかいない。
前の人が死んじまってから、この人が来た。
四国の部隊から転属してきたそうだ。
「はい」
「命令だ」
「はあ」
「中隊は現在地に置いて陣地防御し敵の侵攻を阻止する、小隊も同じ」
小隊長は右手を動かしメモは必要ないのかと催促する。
俺は胸ポケットから鉛筆とメモ帳を取り出し筆記するふりをした。
まあ、どうせ書く様な内容じゃない。
「一分隊」
「押忍」
俺が答える。
一分隊長だから。
「対戦車中隊に配属」
「配属……?」
「配属完了時刻、一五〇〇、五時間後だ」
「返事は」
「あ、了解」
見知らぬ対戦者中隊に配属。
俺の分隊にある対戦車火器と言ったら八十四ミリ反動砲一門。それと敵から鹵獲した携帯対戦車ロケットが二発。
「対戦に配属ってなにすりゃいいんですか?」
「そりゃ、対戦車中隊のお手伝いだ」
何を言っているんだという顔の小隊長。
「お手伝い」
「あいつらの防護だよ」
「防護」
「いいから早く戻って準備しろ」
まあ、文字通り対戦の奴ら……いや、虎の子の対戦車火器を守れってことだろう。
俺は言われるまま小隊を追い出され、見知らぬ対戦車中隊に顔を出すことになった。。
――いいか、ここに敵が来たらこっちの対戦車ミサイルで撃つから、残った奴をお前らがやってくれ。
防護。
対戦車中隊に行った俺らは防護なんかじゃなかった。
保険。
敵の極東共和国陸軍の奴らは、うちらと違って強烈な機甲部隊を持っている。
俺たちが『ドラム缶』と言っている戦車は八〇式突撃戦車なんていう、五〇トン級の大型戦車だ。
ソヴィエトの戦車をライセンスして無理矢理負荷装甲をつけているせいか、とにかくでかくて重い。
でかくて重いもんだから橋も渡れない、渡ろうとしたら橋が落ちる。
そういう特性からか、うちの連隊はこの国特有の地形――隘路――を使って防御しようとしていた。
もともと対戦車ミサイルなんて敵のアウトレンジからバンバン撃ってぶち壊すというもんだが、なかなかそんな地形はない。
数距離も見通せる線なんぞそんなにないのだ。
「まず遠くからミサイルを撃つ、次にこっちの反射面陣地にあるこの一〇五ミリ対戦車砲を打ち込んで戦車をぶちのめす」
中隊長がそんな説明をしているのをぼーっと聞いていた。
一〇五ミリ対戦車砲なんて名前がついているが、急遽対戦車砲に仕立てた旧式の榴弾砲だ。
ついこの間まで九州のどっかでグリスまみれで眠っていたような代物。
「野中見習い士官」
そもそも対戦車ミサイルなんて言ってもこんな地形じゃ敵の戦車砲の有効射程内での撃ち合いになる。
撃った瞬間撃ち返されて終わりだろう。
「野中!」
「っはい」
ぼけっとするな。
と怒声交じりに言われたが、本物のボスではないから別にどうでもいい。
「お前はこの戦車が通る場所で身構えて、とどめを刺す役だ」
「とどめ」
棒読みで俺は復唱する。
「飛び出てきた奴らを殺せばいいんですか?」
ためいきをつく対戦車中隊長。
「対戦車戦闘の経験は」
「ありません、前は歩兵戦闘のみでした」
「まあいい、戦車ってのはな、運がよけりゃ一発でいけるが、二発や三発じゃ撃破できんときもある、その時に撃ってくれ」
「撃つ」
「そうだ、お前にもあるだろう」
「あんな豆鉄砲で」
「至近距離で横っ腹に三発ぐらい撃ち込めばやれる、やれんでも履帯ぶっこわせば足は止まる」
そういう訳で対戦車戦闘なんかやることになってしまった。
どの面下げて分隊のところに帰ればいいのか。
ドラム缶相手に火遊びしろなんて。
あの鉄の塊に仕込まれた機銃でなぎ倒されるか、あのキャタピラに踏み潰されるか。
敵は殻被っている戦車なので平気で味方の上に榴弾を被せてくれる。それにやられる確立の方が高いかもしれない。
「あと、一番前に出ているのはお前だ、しっかりと敵の状況も送れ……無線機は中隊のを渡すからな」
ありがたくもなんともない。
無線機もたせて、サボるなということだろう。
余計なお世話というものだ。
目の前の高台。
那須高原にある、広い道路がポッコリした山の上を通っている。その山が邪魔をして向こう側とこっち側を完全に隠すような地形だった。
俺たちはこの山をおにぎり山と勝手に名付けていた。
そのおにぎり山。
山の斜面を正面にして俺たちは息を殺して陣地を作っていた。
いわゆる反射面陣地というものだ。
敵は遠距離からは撃てないし、攻撃する地形も山を越すまで見えない。
そういう地形の特性を活かして防御しようとしていた。
そんなところに、ノコノコと敵のデブ戦車がこっちにやってくれば、ドカーンとやる。
そう連隊長が力強く言ってた。
ここを敵の機甲部隊に突破されれば那須塩原の横っ腹がズドンとやられる。
なんとか止めなくてはならない。
敵にとってもここの地形の価値は高い。
だから主力がくるぞ、と。
そんな話をして一週間ぐらいたったころか。
砲弾の雨が降ってきた。
耳栓をしていても鼓膜がやぶれるんじゃないかという音。
目の前の壁の様にたつおにぎり山が俺たちを守ってくれたが、肝心要、虎の子の対戦車ミサイルは少し高いところに陣地を作っていたため、文字通り鉄の雨が降り注いでいた。
中隊本部を何度も呼ぶが無線は繋がらない。
鉄の雨は降り注ぐ。
俺たちがいた中隊の方向も、空中でキラッと光ったかと思うと地表面で土煙が上がっている。
土煙しか見えないが、あの中は鉄の破片が見えないほどのスピードで踊り狂っているのだ。
直感的に、中隊のやつらはほとんど生きていないだろうと思った。
そんなことが小一時間続いていると、地鳴りのようなものを感じた。
敵の戦車のお出ましだ。
俺は諦めるような気持ちでそう思った。
「島村っ」
俺が叫ぶと、鹵獲品の対戦車ロケットを持ったおっちゃんが振り向く。
「馬鹿野郎こっちに向けるな!」
緊張しているのだろうか、顔を向ける時に体も向けたもんだからRPGの先っちょを俺に向けてきた。
「くるぞっ!」
俺は叫ぶ。
対戦車中隊の陣地を振り向くと、五〇〇メートルぐらい離れたところに陣取ってる一〇五㎜対戦車砲が生きているのを確認した。
草の間から出ている砲口が少し動いている。
戦車が一両ぐらいしか動けない道。
奴が見えたら後ろの奴らがぶっ放すつもりでいるらしい。
その時だった。
待ち構えている対戦車砲の方で銃声が聞こえた。
機関銃と小銃だろう。
「歩兵がまわりこんできやがった! ちくしょう! いいか、撃てと言ったら撃て!」
俺は無意識にそう叫んで分隊員に指示していた。
「山野!」
機関銃を持っている、とび職だった三〇過ぎのおっさん。
「おうよっ!」
チンピラみたいなおっさんだったが、いつになくうわずった声だ。
「後ろ、後ろがやられたら敵がこっちに来る、来たら殺せ!」
「おう」
そんなあたりまえのどうでもいい指示をした。
興奮していて、まともな判断力もないから、そんなことしか言えなかった。
だが、そんなことをする前に目の前から突撃してくる戦車に踏みつぶされておしまいかもしれないが。
「まだ撃つなよ!」
戦車も見えていないのにそう叫んでいた。
しょうがない、うわずっているのは奴らだけではない。
俺は狂いそうになっていた。
叫んでいないと頭がおかしくなりそうだった。
「いいか、見えたら撃て、ぶち殺せ」
いや、もう頭はいかれている。
「装軌音!」
島村が叫ぶ。
俺はわかってる、聞こえてると叫んだ、いや、そんなことを自分が叫んだかもわからない。
目の前の騒音の塊。
聞こえないのだ。
そして破裂音。
一瞬真っ白になる視界。
「っかやろう」
俺は叫んだ。
「島村っ! 撃つなら撃つって!」
横を向いた瞬間、おっちゃんがいた場所におっちゃんはいなかった。
島村は砕けていた。
おっちゃんが撃った弾は外れ、戦車から顔を出した奴が重機関銃を撃ってきたのだ。
一センチ以上ある弾。
あんなもんくらったら人間なんかちぎれてしまう。
いや、島村はちぎれる以前に破裂したような状態だったが。
俺は我に返った。
なんで、二発目三発目、無反動砲は撃ってないのかと叫ぶ。
そりゃそうだ。
無反動砲は同じ重機関銃にやられ、胴体がちぎれた野郎の手から外れ、そこに転がっているし、もう一個のRPGを持ってるもう田村はガクガク震えている。
「撃て! バカ! 田村! いいから撃て!」
喉の奥が切れて血がでるんじゃないかというぐらいに声を上げる。
破裂音。
白い煙。
戦車の横っ腹に何かが起こった。
至近距離での爆発のためか音と光で目の前がチカチカする。
「ちくしょう」
俺はそう呻きながらとっさに叫び走り出していた。
砲塔が動く。
ギュインといった感じにこっちを向いたからだ。
それと同時だった。
砲塔の連装銃が俺たちをなぎ倒していく。
RPGを撃った田村が崩れ落ちた。
後ろを振り向くと機関銃を持ったまま鉄帽ごと頭が割れたチンピラが機関銃を抱いていた。
必死になって手榴弾を投げるが、むなしく破裂音と金属片が反射した音が聞こえただけだった。
「ちくしょう」
そんなこと言ったかもわからない。
小銃を構え無反動砲の負い紐引きずったまま戦車に近づく。
重機関銃を構えた男と目が合った。
その時だった、戦車からキラキラ響く火花と白い煙が周りを包んだのは。
「レーザー照射されたぞっ!」
そんな声が聞こえる。同じ日本語を使うんだよなやっぱり。
敵の戦車が対戦車ミサイルを避けるため、発煙弾をばらまいたようだ。
煙の中で俺は戦車の上から上半身を出している男を小銃で撃っていた。
顔面に二発。
奴は崩れ落ちることもできず、開口部に脇を引っかかったまま息絶えている。
「……っ!」
俺は無反動砲に持ち替え戦車に向かって撃ち込んだ。
破裂音と共に戦車が揺れる。
倒れもせず、砲塔がぶっとんだりもしない。
俺がじいっと見てると、すさまじい勢いの炎の渦が重機関銃野郎の開口部から上がった。
すると運転席だろうか、そこの開口部の蓋が開き、炎の渦と共に人の形をした火柱が踊り出てきた。
それはのたうち回るように這い出てきて地面に崩れ落ちた。
俺は無反動砲を捨て、小銃を拾い、単発で一発、二発、三発と撃ち込む。
当たっているにも関わらず、その火柱はぐるぐる地面を泳ぐようにして這いつくばっていた。
そんな光景をみた後、ぼんやりと炎の火柱が立ち上る戦車を見上げていた。
白い発煙が消えるまでずっと。
あの火柱人間も動きを止めたころだった。
地響き。
よろよろと座り込むぐらいに地面が揺れる。
俺が敵の方向を見ると、その姿は一、二両しか見えないが、数十台分の装軌音が響いているように思えた。
逃げようにも、もう体が動かない。
生き残った分隊員が俺の肩を掴み引きずるようにして、物陰に隠れようとする。
「もうないのか、撃て、いいから撃て」
俺は分隊員にそう指示をしたが、こいつらは頭を横に振るばかりだ。
裸であんな化け物に正面から戦うようなバカはいない。
対戦車やってるような奴らだけだ。
頭が狂ってないとできない。
ああ、そうだな。
確かに狂っていないと、あんな化け物に向き合えない。
敵は鉄で囲まれた化け物だ。
俺らはそこらへんのガラスでもばっつり割れる柔肌ひとつ。
「ああ、ちくしょう」
あいつらに踏まれて死ぬのだけはごめんだ。
まだ、銃で撃たれた方がいいんじゃないかとか、変なことを考えだした。
侍じゃねえんだから。
死に方がどうだとか……。
そんなくだらないことを延々と考える。
自分たちの体が跳ねるぐらいの感覚。そんなところまで敵が近づいてきた。
あの五〇トンの化け物があらゆるものを踏みつぶしている音が響く。
その光景が音だけでまざまざと頭の中にイメージとして浮かんだ。
また、光と音が炸裂した。
それ以降は鼓膜がおかしくなってキンキンした耳鳴りしか残っていない。
俺が撃った無反動豆鉄砲なんかとは違う。
そんな爆発音。
敵の横っ腹を突く様に山間から顔を出した対戦車ヘリが飛んでいる。そして、味方の方からは敵よりも軽い音だが、うちの化け物達が突っ込んできているようだった。
数メートル先に落ちる砲塔。
中の戦車砲弾が誘爆でもしてぶっとんだんだろう。
あまりにも重いものだから、落ちた瞬間がっつり地面に固定されている。
もう少し自分たちの方に跳んできていたら押しつぶされていたんじゃないかと思う距離。
砲塔の裏には焦げ付いた何かわからないものが張り付いている。
敵の戦車乗りはさっきみたいに車長が頭を出して重機関銃を構えることが伝統らしい。
だから奴らの上半身ぐらいはついているんじゃないかと想像してじっと見る。
まあ、よく目を凝らしても何が何だかわからない状態だ。
次々に破壊される敵。
不意にやられたせいもあるだろう。
狭い路地でふんずまった敵の後続はどんどん対戦車ヘリに次々と破壊されていった。
虚しいのは俺らと同じ歩兵。
戦車を俺らのようなネズミから守るようにと戦車の周りに張り付いていたのが、戦車の爆発に巻き込まれるか、同時に落とされた榴弾が突き刺さる……いや裂かれるか、運命が決まっていた。
そんな戦場で、俺たちに残されたやるべきことは、とにかく逃げるか隠れることだった。
生き残った男三人は、とにかく身をかがめ小さくしていた。
地面の窪みに体を寄せあう。
もうどうでもいいと叫んで駆け出したい気持ちを抑えながら。
あと一歩で狂う自分を想像しながら。
いや。
三人とも。
少なくとも俺は、もう狂っていたのかもしれない。
意味不明な言葉を俺は一人叫んでいたような気がする。
敵か味方かわからない装軌音、砲弾の破裂音はもう目の前まで迫っていた。
お読みいただきありがとうございました。