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壱-(5)
寝覚めの悪いハジ警視正とのやり取りから逃げ、サリュウが八部本部に向かうと、すでに全員が揃っていた。
夜番だったシャモン、スーリエ、ミヅハ、イブキ――カイデンの姿もある。
朝番のダイナン、ヒナト、フアナ、アスマ。それに緊急招集に従って起きてきた昼番のミヲ、ラギ、ウズメ、キサ、マリカも、まだ眠たげな顔を並べていた。
十五人という分隊にしては多く一部隊にしては少ない彼らは、全員が一堂に会すると椅子にも困る。上段入口から本部の六分の一ほどを占めるフロアデッキ隅のソファを中心に、各自思い思いの場所で座り、やってきたサリュウに挨拶した。
「隊長、遅いですよ。めずらしく寝坊ですか?」
剃りあげた頭。褐色の細長い顔に、にやりと笑いを浮かべて尋ねるのは、夜番をしていたシャモン。当然、サリュウが遅れた事情を察しての発言である。
「やっぱりハジ警視正ですか?」
「他にいるか?」
問い返すだけだが、答えは明白だ。
八部の目付け役として名高い警察庁幹部の名に、一同がおお、とざわついた。
「やだ最悪。寝起きにあのジジイの顔見るくらいだったら、ここから飛び降りたほうがまし」
と顔を顰めるのは、ショートヘアをプラチナとピンクに染め分けたミヲ・マソホ。
ここ、とは[まほら]のことで、飛び降りれば当然命に関わるという彼女流の表現だ。
「右に同じ」と手を挙げて、マリカ、フアナ、ミヅハら女性陣が声を揃える。
「だったら、隊長は何回飛び降りるよ」
一番若いアスマ・ロクショウが笑った。五十回か百回か、とひとつ年上のイブキが指折り数える。
年齢層が若いだけに大学のサークル活動のような境界の曖昧さが漂う一同を、濃い赤毛の男が諌めた。
「ほら、みんな。朝の時間は少ないのですから、ミーティングに入りますよ」
「ありがとう、ラギ」
サリュウは、自身より四つ上のラギ・クレナヰに軽く目礼して切り出す。
「みんなに集まってもらったのは、気づいてのとおり、深夜に起きた爆破事件のことだ」
昨夜――正確には今朝から握り続けている資料で手のひらを叩き、一呼吸入れて、サリュウは事件のあらましを語った。現場ヘ向かった夜番のメンバーも、カイデンさえ通報者の身柄確保を命じたことは知らされていない。
話し終えた後には、微妙に消化しきれていない空気がその場に漂った。
「通報者の資料を回すので、みんな目を通しておいてくれ。……シャモン、まだ写真は出ないんだろうな?」
「俺の技術にも限界があります。ラギ宙佐とカイ宙佐にも見てもらいましたが、修理班を呼んだほうがいいかと」
三等宙佐であるシャモンはすでに資料を見ているらしく、受け取った用紙を隣のスーリエに渡す。接触感応を持つ者も多く、情報伝達は音もなく速やかに全員に行き渡った。
サリュウと同じ二等宙佐のミヲが尋ねる。
「で、この十八才のお嬢さんをどうする気?」
「プリコグニションは貴重な能力だ。それにテレパシストとしてもかなり強い。戦力として期待したい」
話していないはずだが、全員の視線がカイデンに集まる。ごまかしようのない稀人ならではの反応だ。あきらめているのか、カイデンも文句を言わず、おとなしく首をかいている。
――まるで動物だな。
そう思うサリュウの意識は、だがみんなに通じない。通じる程度の能力ならば、この若さで八部隊長など任されていないということだ。
視線に気づいたのか、カイデンが首をかくのをやめ、ぷっと頬をふくらませてそっぽを向いた。ますます動物っぽい。
くだらない思考をめぐらすサリュウを余所に、ミヲが疑問を重ねる。
「だけどその子、今の今まで隠してたのよ? はいそうですかって、簡単に部隊に加わるものなの?」
「わたしたちなんて、小さい頃から訓練受けてきたのに……」
あきらかに聞こえる小声でそう言うのは、ウズメ・ヒソク。長いストレートヘアが目を惹く大和撫子風だが、三等宙佐のすぐ下、一等宙尉の佐官候補生である。
「部隊に加わるかどうかはともかく、訓練は受けさせる。高等教育までは受けているようだし、その点は問題ないだろう」
「本人が承知しなかったら?」
手を挙げて、薄茶色の髪をふわりと横に流したヒナト・シロタヘが問いかけた。
「そういった前例はないが、今でも充分に政府に虚偽の申告をしている可能性が濃厚な状況だ。稀人の正式認定が下れば、他に選択権はない。拒否をしない程度の良識のある相手であることを願うが」
「まずは会わないことには始まらない……ですね」
最年長であるラギの冷静な言葉に、皆無言で同意を示す。体格は立派だがおとなしい、争いごとの嫌いなキサ・ソヒですら戸惑っているようだった。
彼らの不安要素は二つ。
プリコグニションであるらしい彼女の立場づけと、今まで稀人であることをごまかしてきた彼女自身の信用性だ。
重い空気を、カイデンの呟きが破る。
「やっぱ、かわいいかどうかにかかってるよなあ……」
途端、女性陣の非難の声と同時に、彼目がけて紙やペンが飛びかかった。
「なんだよ! 俺は率直な気持ちを言っただけだぞっ」
「率直すぎるのが問題なのよ」
くっきりした顔立ちをしかめ、黒髪褐色の肌のマリカ・トノコが一蹴する。
「純粋だと言ってくれ」
「あーはいはい」
慣れているのか上司である二等宙佐を軽くあしらい、彼女はエキゾチックな顔をサリュウに向けた。
「それで、いつこっちに来るんですか?」
「六時に迎えに行くよう指示を出した。六花市の警邏隊員が仕事をさぼっていなければ、問題なく保護できるはずだ」
現在六時二十分。全員の目が揃って時計を注目した、そのとき。
『――失礼いたします』
ブザーと共に、インターホンから控えめに声がかけられた。
『六花市警察キナリ巡査長、通報者チヒロ・ハナダを同行してまいりました』
マソホ(まそお 真赭):天然の朱から採れる黄みがかった赤
ロクショウ(緑青):岩緑青から採れるくすんだ緑
クレナヰ(くれない 紅色):紅花染めによる美しい赤
ヒソク(秘色色):ごくうすい緑みの青
シロタヘ(しろたえ 白妙):真っ白
ソヒ(纁):茜で染めたくすんだ黄赤
トノコ(砥の粉色):砥の粉のような淡い赤みの黄
キナリ(生成り色):黄みがかった白
…忘れてた。




