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壱-(6)
サリュウが手元の端末をONにすると、入り口のカメラに貼りつくようにして立つ、キナリ巡査の緊張した顔が特大でスクリーンに映し出される。
軽い失笑が室内に湧いた。
「御苦労だった。入りたまえ」
『えーその、ですが……』
どうもこの巡査長、言いたいことをはっきり言わない癖があるらしい。
「どうした。なにか問題が?」
『当人からの要請がございまして……えー、妹と一緒でなければ参らぬと頑迷に申し立てまして』
「一緒に来ているのか?」
『は、はい。その通りでありますっ』
一同は顔を見合わせた。
能力を隠していたことといい、どうもこの人物は癖がありそうだ。
「妹同席でも構わん。入りなさい」
『はいっ』
キナリ巡査長は踵の音も高く敬礼すると、後ろに戻り、なにやら話しかけながら少女たちの誘導をはじめる。
扉は三層構造で、内部からの許可がなければカードチェック、パスワード、指紋等の生体認証の末やっと入る厳重さで、自衛宙軍の上級幹部でも易々とは通れない。開いているはずの通路を、巡査は緊張感が間延びするほどゆっくりと、二人の女性を先導してくる。
一人は明るい鳶色の長髪が眼を惹く、臈長けた雰囲気の少女。
もう一人は、その少女を支えるように付き添う、黒髪おかっぱの眼鏡の少女だ。
再度敬礼する巡査に目顔で立ち去ってよいと許可し、サリュウは、入り口付近で立ち竦む少女たちの前に歩み出た。
名乗りを受けるまでもなく、黒髪の少女に右手を差し出す。
「君がチヒロ・ハナダだな。よろしく。サリュウ・コズミだ」
「あ……どうも」
少女が手を伸ばそうとした途端、聞いたこともない悲鳴をあげて、もうひとりが彼女に抱きついた。身長のそう変わらないチヒロが、よろめきつつ抱きとめる。
「すみません。妹、怖がっちゃって……」
「あ、いや」
唖然とする一同の前で、妹らしい赤毛の少女は激しく頭を振るい、姉の体にしがみついて泣き叫ぶ。いや、叫びというより奇声だ。
「マナ、大丈夫。ここは怖くないから、いい子にしてて」
「いやあ、かえるうぅ~。いやああぁ……っ」
「いい子にしてたらすぐに帰るから、ね?」
「いやあ……あぁっ……!」
すでに泣き声は超音波級だ。泣きながらしがみつく少女をチヒロがなだめる。
「マナ、泣かないの。いい子にできるって、約束したでしょ?」
「いやあ……っ」
「マナ……マナはいい子だから、約束どおりできるよね? それともマナは悪い子なの?」
「いーやーあっ!」
「マナ、悪い子だったらおじさんに頼んで、お家に帰しちゃうよ。それでもいい?」
「いぃーやぁーあぁ……!」
「じゃ、いい子にしよ。マナはできるよね? いい子にして、お話聞いていられる?」
「……ううん」
「できるね。えらいね、マナは」
会話だけ聞いていると、まるで二才児と母親でされているようだ。
チヒロはズボンのポケットからハンカチを出すと、ようやく落ち着いた妹の顔を拭い、髪を整える。
「すみません、お時間とらせました」
「大丈夫、かな?」
「ええ。妹は発達障害があるので、知らないところが苦手なんです。本当は家で待っているように言ったんですけど聞かなくて……」
確かにあの調子で泣かれては断りにくいだろう。
容易にその想像が浮かんで暗然となるサリュウに、ハンカチで手を拭いたチヒロが、改めて握手をしてきた。
「どうも、チヒロ・ハナダです。こちらは妹のマナク・トキ」
ごあいさつは?と小声で促され、マナクという名らしい赤毛の少女は、ぴったり寄り添った姉の背中から、こわごわサリュウを見上げた。
「……こんにちは」
少々ずれた挨拶に、サリュウもこんにちは、と返した。とりあえず座らせようかと一歩近寄ると、マナクがびくっと震え、姉の腕に隠れる。
サリュウは動きを止めた。泣き出すきっかけを作ったのも、そもそも自分かと苦々しく思う。
――これは相当嫌われたな。
「そうでもありません。この子、初めて会うひと全般……とくに男の人が苦手で」
何気なくチヒロが言う。サリュウは蒼ざめた。
――読んだのか?
「え? えっと……ここ、八部の本部ですよね? 普通じゃないんですか?」
サリュウの思考に対し、率直に口に出してチヒロが答える。
その発言と彼の様子に、周囲も気がついた。カイデンが豪快に笑う。
「こりゃすげえ。サリュウに匹敵するテレパシストが現われた」
状況を理解したのか、チヒロが気まずげにおかっぱを掻く。
「あ……なんだ。八部の本部だから、みんなテレパスで会話してるもんだと思い込んでて……失礼しました」
《これは、どれくらいのレベルで読める?》
突然サリュウが、チヒロに念話を送った。余波を受け、マリカやスーリエ、ミヅハといった同じテレパシストが、かすかに顔をしかめる。サリュウの力は強すぎて、あまり近いと負荷がかかるのだ。
一番近くにいるはずのチヒロは、だが平然とした顔で首をひねった。
「すみません。レベルっていうのが分からなくて……受けるだけなら、かなり弱くても読めると思います。発話が苦手で、コントロールがうまくできないんです」
カイデンに向き直り、ぺこりと頭を下げる。
「通信では失礼しました。場所も遠いし気持ちも焦ってて、つい考えなしに使ってしまって」
「いや全然。俺、丈夫だから」
昨夜の出来事への謝罪を、カイデンは手を振って受け流した。笑顔が強ばっているが、サリュウのテレパスのせいではない。
力の統制に長けている上級幹部たちは、皆けろりとした顔だ。防御くらいしなさいよ、とラテンの雰囲気が漂うダイナン・チグサが呟く。
女傑と名高い発火能力者のミヲが、少女に声をかけた。
「じゃあ、あんた。読心専門なの?」
「専門っていうわけでは……」
「サイコメトリーは?」
「物からはあまり……人の記憶は、時々」
「人の記憶? へぇ」
「予知はいつから?」
と、これは声に出してサリュウが問う。
「えっと、六年くらい――」
立ったままチヒロが答えるうちに、またもマナクが泣き出す。チヒロは胸に少女の頭を抱えてなだめながら、
「すみません。この状態でも話はできますから」
「この状態って……」
「ただ、しゃべるのは一度に一人にしてもらえませんか? たくさんの人の声を聞くと、妹がパニックになっちゃうので」
頼んだものの、遅きに失したという感じだ。顔を真っ赤にして、マナクが大粒の涙を流しはじめる。
わめき声は聞きとれないが、どうやら帰る、と言っているらしい。
「マナ……」
語りかける言葉も少女の泣き声にかき消されてしまう、と。
「マナ!」
突然チヒロが強い声で呼びかけ、妹の頭の後ろで指を弾いた。
ぱきっという小気味いい音に、マナクがふり返る。気がつくと彼女の涙は止まっていた。
――催眠を使ったな。
サリュウは、チヒロが呼びかけた瞬間、弱いテレパスをマナクにぶつけたのを感じ取った。先刻サリュウがカイデンの自由を奪ったのと同じ方法である。
精神を一瞬麻痺させて、肉体の動きや思考を一時停止する。効果は大きいが、数秒しか持たないのが欠点だ――暗示にかかりやすいカイデンは別として。
チヒロが、後ろめたそうにサリュウを見上げる。
「反則だけど、他にいい方法がなくて」
またも読まれてしまったサリュウは、ため息をついて口元に手を当てた。
――早くコントロールを教えないと、俺の身がもたないぞ。
《ごめんなさい》
チヒロが今度は念話で謝る。
気を逸らされたマナクは、床に座り込み、持ってきたリュックを開けることに熱中していた。
《他の者が気づかなければいいという問題ではない。読みすぎても君の精神にかかわる。まずは、コントロールが第一の課題だな》
《……すみません。やっぱり、こちらに移らなきゃいけませんか?》
不安そうに尋ねるチヒロを見、それからリュックから嬉しそうにおもちゃを取り出すマナクを眺めて、八部隊長の口から重い息がひとつ流れる。
――これは、長い話し合いになりそうだ。
サリュウは、淡い期待を抱いていた定時帰宅の可能性がなくなることを覚悟した。
※話に出てくる障がいは、すべて創作です。
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トキ(鴇色):鴇の羽のような淡紅色




