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06:50 暁天



 肉まん食べて、おなかいっぱいになったらテンション浮上した。でも眠さも倍増した。

 ときどき眠気に負けて首がかっくんしちゃうけど、最後までがんばりたい。


 チンピラサンタは真面目にクリスマスプレゼント配達を完遂しようとしている。

 半分寝ぼけててもなんとかなるわたしと違って、きちんと狙いを定めなきゃいけないサンタのほうがずっと大変だ。だけど一晩中頑張ってる。

 これは子供達のためだとか、そういうことをひとことも言わずに、黙々とストイックにプレゼントを配っていくサンタが、だんだんいい奴なんじゃないかって思えてきた。チンピラなのに。


 同じくらいがんばらなきゃと思うんだけど、気が付いたら後ろのサンタに寄りかかってうとうとしてて、身体を揺さぶられて起こされた。

 うう、勝手に意識が飛ぶ。あくびを噛み殺して、閉じようとするまぶたをぱちぱちさせて、どうにか目を開けた。

「あのマンションが最後だ。急げ、夜明けが近い」

 ううう眠い。

「朝になっちゃったら、だめなの? ちょっとでも?」

 そりゃサンタさんは子供が寝ている間にプレゼントをくれるものだけど、どうせ見えてないならちょっとくらい遅れてもいいんじゃないのかな。

「駄目だ。 ──仮印の効力は朝日を浴びれば消え失せる。サンタクロースでいられるのはそれまでだ」

「……それって、朝日浴びたら、わたしの鼻の頭の印が消えて、人間の目に映るようになるってこと? 元に戻る?」

「戻る」


「──そう、なんだ……」

 さらっと答えが貰えたことに逆にびっくりしちゃった。最初はあんなにあくどい顔で無理やり手伝わせたくせに。

「もう少し付き合え」

 脅しでも罵声でもなく普通に言われると調子狂うなあ。なんかむずむずする。

 でもがんばりたい。

「最後までやるよ」

 レバーを引いて、戻す。

 がっしょんって音は気持ちいいしね。


 チンピラサンタは的を外さないから、腕はとってもいいのだろう。

 ──りぃ──ん、


 最後のプレゼントの音も、やっぱり澄んでて奇麗だった。



 全部を配達し終わって、ようやくライフルと黒皮手袋のサンドイッチから解放される。

 もう眠くて眠くて、コンクリートの上に転がった。

「疲れた…こんなに頑張ったの、久々な気がする」

「ほとんど寝てたじゃねえか。立て」

「ええーなんでえ」

 ライフルをしまったケースをバイクにくくりつけながら、サンタはまだ何かしようとしてるみたいだった。

「お前ここがどこだかわかってんのか。オートロックの高層マンションの屋上だ。さらに言うならお前の家から300km離れてる」

「ぎゃーこんなとこで人間になりたくないー!!」

 がばっと起き上がったわたしをサンタは鼻で笑う。

 東の空はもうずいぶん明るく色が変わってて、もう今すぐにでも太陽が顔を出しそうな気がする。

「早く帰らないと、地面歩かなきゃいけなくなっちゃうじゃん!」

「タクシー拾う手もあるぜ」

「そんなお金あるか!」

 バイクに跨ってエンジンをかける真っ黒な背中にとびついた。

「は、早く帰ろう、早く。でないと、もし空で朝日浴びちゃったらどうなるの」

「落ちるかもしれないな」

「かもしれないってなにー! なんでそんなにあやふやなんだよう!」

「いいから掴まってろ、行くぞ」

「早くしてえ!」

 帰りのことまで考えてなかったー!



 バイクで飛ぶ朝焼けの空はすっごく奇麗だったけど、いつ天と地の境目からぴっかーっと光が差してくるのかわからなくて、恐怖だった。

 見覚えのある公園とコンビニが見えたときは、あんなとこ二度といくかって思ってたけど、ちょっとほっとした。


 チンピラサンタは公園にバイクを停めて、空を見る。

 わたしはブランコに座って、サンタを見た。

 太陽がゆっくりゆっくり空を昇って、朝の光を街に注ぎ始めている。

 ここに日が当たるのももうすぐだ。


「朝日を浴びたら、サンタは消えちゃうのか」

「違ぇよ、見えなくなるだけだ。お前が周りに誰もいないと思って道端で踊りだしても、俺は見てるぞ」

「踊んないよ!」

 なんでそんなおかしなことしなきゃいけないのさ。

 イーって威嚇してから、ちょっと寂しくなった。

 そっか、わかんなくなるのは、わたしのほうなんだ。


「またいつか、会えるかな」

「さあな」


 ……そっけないの。

 ひしひしとやってくる別れの気配に、なんだかテンション落ちてきた。

 サンタなんか、チンピラのくせに。乱暴なくせに。


「──お前はすぐに凹むなあ。思考は悪いほうに偏りがちだし、浮き沈みが激しい」


 なに、いきなり。

 妙なことを言うサンタは、いい歳した大人のくせに、ジャングルジムに登り始めた。

 てっぺんで立ち上がると、そこだけ朝日が当たってて、薄いオレンジ色の光がサンタにまとわりつく。

「お前にゃ夜明けの力が足りてねえ。闇を切り裂き道を照らし出す、曙光の輝きが」

 黒い皮手袋が、くるくる宙に円を描いた。朝日のきらめきをその指先にひっかけて、集めていく。

「わたあめみたい……」

 わたしが洩らした感想を、チンピラサンタは鼻で笑う。

「食い気優先だな」

 そうしてジャングルジムから飛び降りて、ブランコのとこまでやってきた。

 手のひらに、朝日を集めてつくった金色のリボンをのせて。


「おら手ェ出せ」

「…なんで。なにするの?」

「さっさとしろ」

 乱暴に右腕をひっぱられる。

 サンタはわたしの右手の甲に、金色リボンをぐるぐる巻きつけて、ぎゅっとしばった。

「なにこれえー」

 きったない巻き方、おまけに団子結び!


「お前は最初っから蹴躓いてんだよ。布団でぐずぐずしてねえで早起きしろ。朝日を浴びろ」

「年寄りくさい説教だなあ」

 膝を使ってがつんと脚を小突かれた。女子供を蹴るとかほんとこいつチンピラだ。

 こんなやつがサンタだなんて知ったら、世の中の子供たちはみーんな泣くに違いない。

 ……それも面白いかも。子供に泣かれておたおた慌てればいいんだ。


「なにニヤニヤしてんだ気持ち悪ィな」

「いや別に、なんでもないよ」

 へんなこと考えてたりしてない。してないから。

 ぶるぶる首を横にふるわたしを、チンピラサンタは三白眼でじろじろ見下ろしてきた。

 そのパーマのかかったくるくる頭に、朝日のオレンジが降り注ぐ。

 黒尽くめのくせにぴかぴか光って、器用なやつ。


「ねえ、結局さー。プレゼントって、中身は何なの? 人間の目には見えないし触れもしないし。自分のとこにあるってことも気が付けないんでしょ? 配って歩く意味あるの?」


「プレゼントの中身はな──『可能性』だ。そこにあることは知らなくていい。知らないまま、どの子も開いて、内に秘め、手に入れる。そういうもんだ」

 朝日の中で、きらきら溶けるように輝きながら、サンタはそう言った。


 かのうせい。なにそれ、陳腐でつまんない。


 昨日のわたしなら、そういって鼻で笑っただろう。

 一晩中、寒いのと戦いながら頑張った今は、あんまりひねくれた気持ちにならなかった。

 いいじゃん、かのうせい。そんなの配って歩くサンタが黒尽くめのガラ悪いチンピラとかウケる。


 朝日でできた光のシャワーはサンタをオレンジに染めて、わたしの上にも降ってきた。 

「覚えとけ、サンタは悪い子の所にもいくんだからな。お仕置きしに」

 最後に不穏な台詞を吐いて、サンタの姿はきらきらしながら消えていった。

 右手に巻かれた金色リボンも消えている。

「……じゃあ、わたし家に帰るね」



 すっかり朝日に照らされて、霜できらきら光る道を、わたしは歩いて、家まで帰った。

 ひとりだったけど、ひとりじゃない、帰り道。






 徹夜の大仕事をおえて、わたしの気分はちょっとハイ。

 家に着いて、鍵を開けて、靴を脱いで、ニヤニヤ笑いながら階段を登って、自分の部屋のドアを開ける。

 あくびをしつつコートを脱いでベッドの上に放り投げ、自分の身体も投げ出した。

 さすがに眠い、着替えるのめんどくさいなあ。このまま寝ちゃおうか。


 しょぼしょぼする目を瞬いて──いつの間にかうとうとしてたみたいだった。


 一階の玄関ドアを明け閉めする音にはっとする。

 ヤバい布団もかけずに寝たら風邪引いちゃう。そう思ってもそもそと起き上がった。

 にしてもこんな時間に、誰だろう。お父さんは出張だって言ってたし、お母さんかな。今から出勤なのかな?

 昨日は帰りが遅いって言ってたのにもう仕事だなんて、大変だなあ。

 そんなことを思いつつあくびをしていたら。


「かのとちゃん、帰ってきてるの?!」

 すごく切羽詰まったお母さんの声が聞こえた。階段をかけ上がって来る足音。

「かのと、かのちゃん!」

 どんどんって部屋のドアをノックされてびっくりした。

 ただごとじゃない雰囲気に、おっかなびっくりでドアを開ける。

 なんだろ、怒られるようなことしたっけ……?


 お母さんは、わたしの顔を見るなり脱力したようにへなへなと壁に寄りかかった。

「良かった、かのちゃん帰ってたのね……」

「う、うん。なんで?」

 毎朝ぴしっとスーツを来て会社に行くお母さんが、今朝はなんだかよれよれだ。

 髪はほつれてるし、メイクも崩れてるし、なにより目のクマがひどかった。

 もしかして寝てない?

「お母さん、夜中の一時頃に帰ってきたのだけど、かのちゃんの靴が無かったから……携帯も通じなかったし。充電が切れていたの?」

「あっ」

 ケイタイ、そういえば電源を切ってコートのポケットに入れたまま、忘れてた!

「……ごめん」

 一晩中外にいて、家に帰って来てないのバレてたのか。


 そんなの、気にしてないと思ってた。

 わたしが持ってる靴の数を覚えてるなんて知らなかった。


「いいのよ、ちょっと待ってね、お父さんに連絡するから……」

 お母さんが取り出した携帯を指先でとんとん叩いてすぐ、慌てた大声がそこから洩れ聞こえてくる。

『かのとは!? 見つかったか!』

 お父さんの声だ。

「ええ、いま家にいます。怪我もなさそうだし、大丈夫」

『――そうか、無事なんだな。あと二十分ほどで着くから、また後で』

 お父さん、帰って来るの? 出張だったはずなのに。


 わたしのことなんか、無関心なんだと思ってた。

 いなくなっても気にしない、って。むしろいないほうがいいくらいだと思ってたのに。


 携帯を上着にしまったお母さんは、わたしの前にしゃがみこむと、制服の裾やあちこちを軽く引っ張って、形を整えだした。

 ヤバい、チンピラサンタといろんなとこ駆けずりまわったから、制服めちゃくちゃ汚れてる。とくにスカートの裾と膝がヤバい。

 今度こそ怒られそうだと思っておろおろして、ふと、ベッドの上、枕元に、何かが置いてあるのに気がついた。


 ──ちょっとよれっとした感じの、いかにも長い時間放置されてましたよって感じの、赤と緑の。さっき見た朝焼けの光によく似た、金色のリボンで飾られている、ちいさな箱が。

 ……わたしのとこにも、あったんだ。サンタのプレゼント。配られてたんだ。気が付かなかった──


「……かのちゃん、ずっと外にいたのね。お腹すいてない? 何か食べた?」

「──コンビニの肉まん、一個、食べた」


 膝の泥を払うお母さんの手が、氷みたいに冷たかった。

 ずっと外に、いたんじゃないかってくらいに。


 一晩中、探してくれてたなんて、考えもしなかった。

 いっぱい心配かけてたんだ。

 心配、してくれてた……


 プレゼントは見えなかっただけで、ここにあったんだ。ずっとわたしの傍に。

 わたしがひねた視線で見てたから、見落としてただけなんだ。


 やっと気付けた。


 そう思ったら、目が溶け出した。

 

しゃがんでるお母さんの手の甲に雫がぼとぼと落ちて、泣いてるのを隠す暇もなかった。


 お母さんははっとして、立ち上がる。

「ごめんね、かのちゃん……寂しかったよね、ごめんね」


 ぎゅっと抱き締められた。

 わたしもお母さんもすっかり冷えてて冷たかったけど、だんだん、じんわりと、温もりが広がっていく。

 そのせいでもっと目が溶けた。

「心配かけて、ごめんなさい」






 サンタは全部、知ってたのかもしれない。

 わたし、サンタからいろんなものを貰ってた。



 それなのにろくにお礼もいってない。


 サンタのくせに、黒尽くめで、乱暴で、口が悪くて。

 また会えるって言ってくれなかった、ひどいやつ。



 自分じゃ一生取れない、きったない金色リボンを巻きつけてくれた、ひどいやつだ。



 チンピラサンタめ、許すまじ。




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― 新着の感想 ―
[一言] うわー!!この小説もとても好きです!!素敵なお話でした…!またサンタさんとかのちゃんのお話読めたら嬉しいです。心に残るお話ありがとうございました!
[一言] 面白い作品でした。 色々と考えさせられ、なるほどと納得し、読み進めるとホッコリとした気持ちになる内容でした。 昔は人口も少なくて、煙突のある家ばかりでしたから、サンタは煙突に『可能性』という…
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