18 きき取る、きき分ける
――不用意に兄さんの背後を取らない方がいいよ。反射的に投げ飛ばされるかもしれないから。
ミスリアは忍び足で板張りの床の上を滑りながら、そういえば先日、リーデンがけらけら笑ってそう言っていたのを思い出す。
大きな物音がして庭先に飛び出たら、教団からの郵便物を届けに来た男性が、既に投げ飛ばされた後のことだった。悪びれもなく首を鳴らすゲズゥと腹を抱えて笑うリーデンの姿を見比べて、何があったのかを察することができた。
(郵便屋さんには申し訳なかったけど……)
すごく遠くまで飛ばされたものだから、思わず感心したのである。数秒後にやっと、ミスリアは我に返って駆けつけた。
さて、現時点から長椅子に座るゲズゥの背中まで、あと数歩の距離だ。
ここまで来たらやり遂げるしかない。ふとこんな遊びをしたくなるのは、親しさゆえだ。ついでに言えば、もしかしたら悲惨な結果に――自分が――なるかもしれないと思うと、妙な昂りがある。
ちなみにゲズゥが家の中でのみ座ったままでうたたねをするようになったのは、実に最近のことである――
(よし!)
意を決する。特にかける言葉を決めていなかったので、ミスリアは何も言わずに飛びついた。
首に腕を巻き付け、肩にぴたりとはりつく。
しかし投げ飛ばされるどころか、ゲズゥは身じろぎひとつしない。眠りが深いのかと思いきや、やがて彼は首を巡らせた。どうやら起きていたらしい。
「驚かないんですね」
「お前の足音は独特だ。当然、聴き取れる」
「もしかして人が多いところではぐれても、すぐ見つかるのも……?」
これもまた、最近の話である。
「ああ。聴き分けられるようになった」
しれっと答える彼に、ミスリアは「すごいですね」と感嘆した。元々耳が良いのは知っていたけれど、これほどとは。
「でも寝てなかったなら、ここで何をしてたんですか?」
「何も。お前が近付いて来るのを待っていた」
「それなら呼んでくれればいいじゃないですか」
「…………」
ゲズゥはニヤリと口元を片端だけ吊り上げる。その表情で、大体伝わった。
この人にはかなわないな、と思ってミスリアは腕の締め付けを強めた。




