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『先生、お願いします! ~気付けば悪徳商人の用心棒になっていました~』  作者: ポムぞう
四章

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16/17

其の壱拾五 共闘のあとに


 夕暮れの宿場町。

 俺たちは清太郎さんを連れ、番所へ戻ってきた。

 さっきまでの騒ぎが嘘みたいに、町は静かだった。


 清太郎さんは少し疲れた様子で歩いている。

 けれど、自分の足で歩けている。

 それだけでも十分だった。


 番所の前まで来ると、万凜が大きく伸びをした。

「いやー、今日は動いた動いた!」

 十手を腰に戻しながら、万凜が清太郎さんを見る。


「清太郎、もう大丈夫っしょ?」


 清太郎さんは少し戸惑ったように頭を下げた。

「は、はい……ありがとうございます」


「礼はいいって。あーしらが勝手に首突っ込んだだけだし」

 そう言って、万凜は笑った。


 その横で、みつが番所を見上げる。

「ここが番所か……」

 みつは腕を組み、周囲を見回した。

「思っとったより、普通やな」


 沙夜は黙ったまま、番所の入口へ視線を向けている。

 そして、ふと懐へ手を入れた。

 取り出したのは、材木置き場で拾った小さな紙だった。

 端には、見慣れない印が入っている。

 沙夜はそれをじっと見つめた。


「……やっぱり、気になるわね」


 みつが横から覗き込む。

「さっきの紙か?」


「ええ」

 沙夜は紙をみつへ渡さず、そのまま手に持っている。

「ただの荷の記録とは思えない」


 万凜も紙を覗き込んだ。

「数字が並んでるだけに見えるけど…」


「だから余計に気になるのよ」


「んー?」

 万凜が首を傾げる。


 みつも紙の端にある印へ目を向けた。

「……この印、どっかで見た気がするんやけどな」


 沙夜の表情が、ほんの少しだけ険しくなる。

「まだ決めつけるのは早いわ」


「何か知っとるんか?」


「知らない」

 即答だった。

 だが、沙夜は紙から目を離さない。


「少なくとも、今の段階ではね」


 清太郎さんが、そのやり取りを不安そうに見ている。


「……あの」


 三人が清太郎さんを見る。


「僕が見た荷物のことも……話したほうがいいですよね?」


 万凜が頷いた。

「そりゃ話してもらうよ」


 俺は番所の入口を見ながら

「取り敢えず、番所で清太郎さんを休ませよう。自分たちも疲れて汗かいたし…」


 そう言いながら、俺は女性陣へ視線を送る。


挿絵(By みてみん)


 みつも、万凜も、沙夜も。

 さっきまでの戦いでかなり汗をかいていた。


 髪が少し頬に張りついている。

 着物にも戦いの名残が見える。


(……戦いの最中は、気にしてなかったけど)


(なんか、やたらと色っぽいな)


 ――などと思った、その瞬間。


 万凜が俺の視線に気づいた。


「ん?」


 緑の瞳が、こちらをじっと見る。


「……あんさん、どこ見てんの?」

 にやり。

 嫌な笑みだった。


 みつも俺の視線を追う。


「……?」


 そして、自分の姿を見下ろす。


「……あ」


 みつの頬が、ほんのり赤くなる。


「ちょ、ちょっと待っとっと!」

 慌てて着物の襟元を整える。

「先生、今のは……その……!」


 俺は少し言葉に詰まりながら、三人へ言った。


「と…とりあえず、汗流しに行ってきて下さいっ!。清太郎さんは俺が見てるのでっ!」

 自分でも少し声が上ずった気がする。


 万凜が一瞬きょとんとした。

 それから、にやっと笑う。


「おー? 先生、ずいぶん紳士じゃん」


「……何よ、その顔」

 沙夜が万凜を横目で睨む。


「別にぃ?」

 万凜は肩をすくめた。


 みつはというと、少し困ったように頬を掻いている。

「ほんなら、お言葉に甘えよか」


 そして、俺へ向き直る。

「清太郎のこと、頼んだで」


 万凜も続いた。

「じゃ、あーしも汗流してこよっと」


 そうして、万凜とみつは番所の奥の浴室へ向かった。

 二人の背中を見送ってから、俺は小さく息を吐く。


 何故か、沙夜だけはその場に残った。


 俺を見る。


「……あたしは後でいいわ」


「え?」


「あたしも清太郎の様子を見ておく」

 そう言って、沙夜は視線を逸らした。


「……別に、あんたを信用してないわけじゃないから」


 なんとも素直じゃない。

 その横で清太郎が、小さく笑った。


 「ははは……」


 乾いた笑いが漏れた。

 そして、何気なく沙夜へ目を向ける。


挿絵(By みてみん)


 戦いの最中は、そんなことを気にする余裕なんてなかった。


 だが改めて見ると、沙夜の着物は動きやすいように仕立てられている。

 特に足元は、着流しの部分がスリット状になっていた。

 潜入や戦いの事を考えた軽装なのだろう。

 そう考えると、さっきの戦いで何度も目に入った光景が蘇る。


 踏み込むたびに、ちらりと見えた脚。


(……いや、何を思い出してるんだ、俺は)


 俺は慌てて視線を逸らした。


 すると――


「……何?」

 沙夜の声が飛んできた。


 どうやら、視線を逸らした動きまで見られていたらしい。


 沙夜は警戒するように俺を見ている。


「……何か問題でも?」


 その手が、わずかに刀の柄へ近づく。


 まだ共闘しただけの相手。

 互いの素性も、ほとんど知らない。

 当然と言えば当然の反応だった。


 俺は慌てて手を振った。


「あー! いやいや!」

 自分でも少し声が上ずった気がする。


「戦い方が、無駄のない動きしてたなぁーって」


 沙夜はしばらく黙って俺を見る。

 やがて、刀の柄から手を離した。


「……そう」

 警戒はまだ解けていない。

 けれど、先ほどよりは少しだけ表情が和らいだ。


「あたしは、ああいう戦い方しか知らないのよ」

 そう言って、沙夜は自分の刀へ目を落とす。


「余計な動きをすれば、隙になる」

 一拍置いて、こちらを見る。


「……あなたも、似たような戦い方だったでしょう」

 沙夜の蒼い瞳が、まっすぐ俺を捉える。


「特に、あの足運び」


 俺は少し考えてから答えた。


「俺の場合は……」

 さっきの戦いを思い返す。


「後の先を取って、必要最小限に動いて……」

 一度言葉を切る。

「相手を斬らずに、封じるつもりで戦ってたから」


 沙夜は黙って聞いている。

 やがて、わずかに眉を上げた。


「……斬らない?」

 その言葉を確かめるように、沙夜が聞き返す。


「さっきの連中も、誰一人として斬っていなかったわね」

 沙夜は俺をじっと見る。


「それだけの腕があって、なぜそこまで殺傷を避けるの?」

 声音に、まだ警戒が混じっている。


 俺は沙夜を見る。

「斬らずに済むなら…それに越したことはないかな…。

 ……沙夜さんも……斬ってなかったですよね」


 沙夜の表情が、ほんの少しだけ止まった。


「……そうね」

 自分の刀へ視線を落とす。


「殺す必要がなかっただけよ」

 短く答えてから、俺を見る。


「それに、あたしも無駄なことは嫌いなの」

 淡々とした口調だった。

 けれど、その言葉の奥には何かあるようにも聞こえた。


 沙夜は少し間を置いて続ける。


「……あなたとは理由が違うかもしれないけど」

 そして、わずかに目を細める。

 やっぱり、まだ警戒されている。


 俺たちは共に戦った。

 それでも、互いのことはほとんど知らない。

 その距離は、まだ縮まっていなかった。



 ふと横を見ると、清太郎さんが座ったままウトウトしていた。


「……」


 よほど疲れていたのだろう。

 俺は声を掛けるのをやめ、そのまま静かに身体を支える。

 起こさないように気をつけながら、座敷の端へ横にしてやった。

 清太郎さんは小さく身じろぎしただけで、そのまま眠りについた。



 俺は清太郎さんの寝たのを確認してから、沙夜へ向き直った。


「とりあえず、清太郎さんの親御さんには無事を伝えておいて、今晩は念のため番所で清太郎さんを見守りましょう」


 沙夜は少し考えるように清太郎さんへ目を向ける。


「……そうね。それがいいと思うわ」

 まだ警戒した様子は残っている。

 けれど、先ほどよりは少しだけ空気が柔らかくなっていた。


「明日の朝、改めて話を聞けばいいでしょう」

 そう言って、沙夜は小さく息を吐いた。


 番所の中には、静かな時間が流れていた。


 外から聞こえるのは、通りを行き交う人の声と、時折聞こえる下駄の音。


 俺たちはそれぞれ少し離れた場所に座り、清太郎さんの様子を見守っていた。




 しばらくすると。

 番所の奥から、二人分の足音が近づいてきた。

 

 聞き慣れた、明るい声。


「番所に風呂があるん、便利やなぁ」

「でしょ?中央番所って、意外と設備いいんだよねー」


 襖が開く。


「ただいまー!」


 先に入ってきたのは、万凜だった。

 湯上がりだからか、いつもの元気な表情がさらに柔らかく見える。


 黄色い髪はいつものように後ろでまとめているが、濡れた髪が少しだけ頬にかかり、白い首筋には湯の名残が淡く艶めいていた。


「いやー、やっぱ風呂って最高じゃん!」


 万凜は首元に手を当て、指先で濡れた肌をなぞるようにしながら、気持ちよさそうに息を吐く。


「生き返ったわー」


 その後ろから、みつも入ってくる。


挿絵(By みてみん)


「ほんまやなぁ」

 みつは髪を後ろでまとめ直しながら、にこりと笑った。


 湯気をまとった頬はほんのり赤く、戦いの最中に見せていた鋭い表情とは違う、どこか艶やかな柔らかさを帯びている。

 湯で身体の力が抜けたせいか、歩みも仕草も普段よりゆったりとしていた。


「汗も流せたし、これでようやく一息つけるわ」

 みつはそう言って、軽く肩を回す。


 その動きに合わせて、濡れた衣の襟元がわずかに揺れ、白い肌がちらりとのぞいた。


 ……いや、待て。何をじろじろ見ているんだ、俺は。

 湯上がりの二人を観ながら、心のなかで自分に突っ込む。

 ――戦いの後で気が緩んでいるのは分かる。分かるが、だからといって視線まで緩めていい理由にはならないだろう――


「それにしても……」


 万凜が番所の中を見回す。

「あーしらがいない間、何かあった?」


 沙夜が答える。

「何もないわ」


「清太郎は?」


「寝てる」


「そっか」

 万凜は清太郎へ視線を向ける。

 静かな寝息を立てているのを確認すると、ほっとしたように笑った。

「なら、よかった」


 みつも清太郎の様子を見て、胸を撫で下ろす。

「ほんま、無事でよかったなぁ」

 そう言ってから、みつは一之進たちのいる方へ目を向けた。

「先生も、お疲れさん」


「ああ…、とりあえず、清太郎さんの親御さんには、今のうちに無事を伝えておかないとな」

 俺は二人に向かって続ける。


「今夜は、安全のため清太郎さんを番所で見守ることにしよう」


 万凜はすぐに頷いた。

「了解。じゃ、あーしが親御さんに伝えとくよ」


 みつも真面目な顔で頷く。

「それがええな。清太郎も、今はまだ帰すには疲れすぎとる」


 万凜は眠っている清太郎へ目を向けた。

「蛇牙組に狙われたばっかだしね」


 その言葉に、みつの表情から湯上がりの柔らかさが少し消える。

「……せやな」


 沙夜も静かに口を開いた。

「今夜だけでも、ここで見張っておいた方がいいわ」


 番所の外へ目を向ける。

 すでに日は落ち始めていた。

 宿場町にも、夜の気配が少しずつ広がっている。

 清太郎さんは、何も知らずに眠っている。

 その寝顔を見ながら、万凜が小さく息を吐いた。


「じゃ、親御さんには早めに知らせてくるよ」


「うちも一緒に行こか」

 みつが立ち上がる。


「一人より二人の方が早いやろ」


「おっ、みっちゃん気が利くじゃん」


 そう言って立ち去ろうとする二人を見て、俺は思わず心の中で叫んだ。


(ちょちょっ!沙夜さんと2人で残されるの、気まずいんですけどー!)


その叫びも虚しく、二人はそのまま番所を出ていった。


「じゃ、よろしくねー!」

 万凜が手を振る。


「清太郎のこと、頼んだで」

 みつも振り返り、にこりと笑う。


 二人の姿が、番所の外へ消えていく。


 ……行ってしまった。


(いやいやいやいや)


(ちょっと待て)


(本当に行くの?)


(俺の心の叫び、完全に無視されたんだけど!?)


 俺は心の中で頭を抱える。


(せめて一人くらい残ってくれてもよかったんじゃないか?)


(万凜はともかく、みつ! お前なら俺のこの微妙な空気を察してくれると思ってたぞ!)


 しかし、もう遅い。

 番所の中に残されたのは、眠っている清太郎さん。


 そして――沙夜。

 静かになった。

 妙に静かだ。


(……気まずい)


 さっきまで五人もいたのに。


 今は三人。

 いや、清太郎さんは寝ているから――


(実質、俺と沙夜さんの二人きりじゃねぇか!)


 ちらりと沙夜を見る。

 沙夜もこちらを見ていた。


 目が合う。


 すぐに沙夜が視線を逸らした。


「……何よ」


(いや、こっちが聞きたい)


 もちろん、口には出さない。


 沙夜は腕を組み、少し警戒するような目を向けてくる。


「さっきから、妙に落ち着かないわね」


(そりゃ落ち着かんよ!)


(今日初めてまともに話した女剣士と、夜の番所で二人きりなんだから!)


 しかも相手は、未だに俺を完全には信用していない。


(これ、どうすればいいんだ……)


 眠る清太郎さんを見る。

 起きる気配はない。


(寝てるなぁ……)


 沙夜を見る。

 やっぱりこっちを見ている。


(……詰んだ)


 番所の外では、夜風が静かに吹いていた。


 その静けさが、今はやけに大きく感じられたが…、このままにしておく訳には行かないので口を開く。


「えーと、沙夜さんも汗流しに行ったほうがいいんじゃないですかねぇ……?」


 俺は、至って普通にそう口にした。


 沙夜の眉が、ぴくりと動く。


「……は?」


(あれ?)


 返事が思ってたより低い。


「いえ、その……みつたちも湯屋に行ったので」


「それで?」


(それで? って……)


「沙夜さんも、かなり動いてましたし。汗もかいてるんじゃないかな、と」


 沙夜はしばらく黙って俺を見る。


挿絵(By みてみん)


 やがて、自分の袖口へ視線を落とした。


「……別に。これくらい」


(あ、断るんだ)


 そう思った瞬間――。


「……でも」

 沙夜が小さく呟く。


「確かに、少し汗ばんでるわね」


(おっ)


 話が通じた。

 俺は内心で小さく拳を握る。


(よし! これで一人になれる!)


 ……と思った。


 しかし。

 沙夜は顔を上げると、じっと俺を見る。


「あなたは?」


「え?」


「あなたも汗をかいているでしょう」


(…………)


(そういう流れかぁぁぁ!?)


 俺の中で、何かが崩れ落ちた。


 沙夜は少し首を傾げる。


「まさか、自分だけは平気だと思ってるの?」


(いや、そういう意味じゃないんです)


(俺が言いたかったのは、あなたが湯屋に行けば俺が一人になれるってことで――)


 もちろん、そんなことは口にできない。


 番所の中に、また妙な沈黙が流れた。


 耐えかねて、口を開く

「あ、自分は最後で結構です、はい」


 俺がそう答えると、沙夜はじっと俺を見る。

「……最後?」


「はい。清太郎さんを見てないといけませんし」


「……そう」


 沙夜は短く答えた。


 けれど、その場からすぐには動かなかった。


「……私が先に行った方がいいの?」


「え?」


「いえ」

 沙夜は視線を逸らす。


「あなたがそう言うなら、そうするけど…」


 そう言いながらも、どこか納得していないような顔だった。


(……何だ?)


 沙夜は少しだけ俺を見る。


 その目には、警戒だけではない何かが混じっている。


「……変な人」


「え?」


「何でもないわ」

 沙夜はそう言って、番所の奥へ向かった。


 だが、襖のところで一度だけ振り返る。

「……じゃあ、先に行ってくるわ」


「はい」


「ちゃんと清太郎を見ておいて」


「もちろんです」


「……そう」

 今度は少しだけ表情が和らいだ。

 そして、そのまま外へ出ていった。


(……やっぱり何か引っかかってるよな、あれ)


 俺には、沙夜が何を考えているのかまでは分からなかった。


 ――湯屋にて――


  『思う事…』


  ○ あの人

  △ 布の紋様

 

 ――あの人――




……何なの、あの人。



あたしが汗をかいていると言えば、

すぐに湯屋を勧めてくる。


なのに、自分は最後だと言う。

清太郎を見ているため。



……本当に、それだけ?



あたしを気遣っているのか。


それとも、あたしと一緒にいるのが嫌なのか。

 


……分からない。


でも。


「先に行ってくる」と言った時、


ちゃんと「はい」と返してくれた。



……変な人。



でも、不思議と嫌な感じはしない。



挿絵(By みてみん)

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