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『先生、お願いします! ~気付けば悪徳商人の用心棒になっていました~』  作者: ポムぞう
四章

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14/17

其の壱拾参 行方不明者と、黒髪碧眼の女侍


 御用掲示板の前。


 さっきと変わらぬ場所で、俺たちは貼り紙を眺めていた。

 風が通り抜けるたび、板に貼られた紙の端がぱたぱたと鳴る。

 通りでは荷車が軋み、馬の蹄が乾いた音を響かせていた。

 少し離れたところから、味噌汁の香りが漂ってくる。

 朝餉を済ませた町人たちが行き交い、商家の前では店先を掃く者の姿もあった。


 いつも通りの朝。

 そんな町の一角で、俺たちは御用掲示板を見ていた。


「これやな」

 みつが一枚の紙を指で押さえた。

「人探し」


「報酬、三両か」


 紙には簡潔に依頼内容が書かれている。

 行方不明者、一名。

 報酬――三両。

 難易度――並。


「これなら、あたしも役に立てそう」

 万凜が身を乗り出した。

「人探しなら、岡っ引きの腕の見せどころだよ」


「そうだな」

 俺は頷いた。

「盗賊退治よりは、穏当そうだ」


「なんでや?」

 みつが振り返る。


「いや……」

 俺は少し考えてから答えた。

「俺たち三人で盗賊退治に行ったら、退治する前に何か壊しそうで」


「誰が壊すん?」


「……みつとか」


「なんで私や!」


「なんとなく」


「なんとなくで犯人扱いせんといて!」

 みつが頬を膨らませる。


 万凜がくすくす笑った。

「でも先生、みっちゃんならやりそう」


「万凜まで言うんか!」

 朝の町に、みつの声が響く。


 俺は苦笑しながら、もう一度依頼書を見る。

「人探しでいいだろう」


「決まりやな!」


「じゃあ、依頼主を探そう」


 みつが勢いよく歩き出す。

「おう!」


「ちょっと待って、みっちゃん」


「なんや?」


「依頼書、持っていくの忘れてる」


「あ」


「……」


「……」


「みつ」


「分かっとる」


「今、完全に忘れてたよな」


「分かっとるって!」


 万凜が腹を抱えて笑った。


 その足元を、三毛猫が悠々と横切っていく。

 小福だ。

 こちらをちらりと見上げる。


「お、小福」

 みつがしゃがもうとする。


 だが小福は、みつが手を伸ばすより先にすっと身をかわした。


「逃げた!」


「嫌われたんじゃないか?」


「なんでや!」


「朝から騒がしいから」


「むきいいいいい」


 小福は振り返ることなく、路地の奥へ消えていった。


 ……まあ。

 猫には猫の都合がある。

 俺たちは依頼書を手に、番所へ向かった。


     ◇


 依頼主は番所の一角で待っていた。

 年の頃は五十ほど。

 何度も手を揉みながら、俺たちに頭を下げる。

「息子は清太郎と申します。二十になります」


「三日前から行方が分からないんですね?」

 万凜が尋ねる。


「はい……」

 男の声には、疲れが滲んでいた。


「最後に姿を見たのは?」


「南の荷場へ仕事に向かった朝です。あの子はそこで荷運びをしておりまして」


「荷場か」

 俺は頷く。

「最近、何か変わった様子はなかったですか?」


 男は黙った。


 番所の外から、誰かが走る足音が聞こえてくる。

 しばらくしてから、男はぽつりと口を開いた。

「……少し、妙なことを言うようになりました」


「妙なこと?」


「仕事がある、と」


「仕事?」


「はい。ただ、それだけなら何もおかしくはないのですが……」

 男は膝の上で手を握り直した。

「誰かに呼ばれているような様子でして」


 俺は男の顔を見る。

「誰に呼ばれているのか、聞きました?」


「……聞きました」


「それで?」


 男は口を開きかけ――。

 閉じた。

「……分かりませんでした」


 何かを隠している。

 そんな印象を受けた。

 だが、今ここで問い詰めても仕方がない。


「分かりました。まずは南の荷場を見てみます」


「お願いします……!」

 男は深々と頭を下げた。


     ◇


 南の荷場へ近づくにつれ、町の空気が変わった。

 商家の並ぶ通りとは違い、こちらは人の声が絶えない。

「よいしょ!」「そっちだ!」「気をつけろ!」

 威勢のいい掛け声。

 荷車の車輪が石畳を擦る音。

 馬が鼻を鳴らす音。

 米俵が何段にも積まれ、酒樽が列を作って並んでいる。

 潮の混じった風に、米の匂いと酒の匂いが重なっていた。


「ここで働いてたんか」

 みつが辺りを見回す。


「人、多いな」


「三日前のことを覚えてる人がいるといいけど」

 万凜が呟く。


 俺たちは荷場を管理している男に声を掛けた。


「清太郎という若者を探してるんだが」


「ああ、清太郎か」

 男はすぐに思い出したらしい。


「何か覚えてますか?」


「三日前だったな。背の高い男と話していた」


「どんな男です?」


「黒っぽい着物だった。見慣れない奴だったな」


「その後は?」


「古い蔵の方へ向かった。場所は……」

 具体的な場所を説明をされる。


「蔵……」

 万凜が俺を見る。

 俺も頷いた。


     ◇


 古い蔵は、荷場の外れにひっそりと建っていた。

 長い間使われていないのか、壁には薄汚れた跡が残り、軒下には蜘蛛の巣が張っている。

 風が吹くと、半ば壊れた戸がかすかに揺れた。


 ギィ……。


「……いる?」

 みつが小声になる。


「分からない」

 俺は地面を見た。

 土の上に、いくつかの足跡が残っている。


「新しいな」


 万凜もしゃがみ込んだ。

「確かに」


 俺たちは足音を殺して蔵へ近づいた。

 中は薄暗かった。

 板張りの床。

 積み上げられた木箱。

 古びた樽。

 埃っぽい空気。

 外から差し込む細い光が、舞い上がった埃を照らしている。


 その奥から――。


 ガサッ。


「……!」


 三人が同時に振り向いた。

 木箱の陰から、若い男が飛び出した。


「俺は何も知らねえ!」


「……まだ何も聞いてないけど」


「……あ」

 男が固まる。


 みつがじっと男を見る。

「自分から言うたな」


「いや、これは違う!」


「何が違うんだ?」


「と、とにかく俺は何も――」

 男が逃げようとする。

 だが。


「はい、そこまで」

 万凜が腕を取った。


「うわっ!」

 そのまま男を押さえ込む。

「清太郎を知ってるね?」


「……」


「知ってるよね?」


「……知ってる」


「どこへ行った?」


「東だ」


「東?」


「東の外れにある、古い材木置き場……」

 男の声が震える。


「そこへ連れていかれた」


 みつの表情が変わった。

「誰に?」


 男は答えた。

「蛇牙組だ」


 その名を聞いた瞬間。

 外から複数の足音が響いた。


「……来る」

 俺が小さく言った。


 俺たちは急いで身を隠した。

 戸が開く。


「例の男はもう運んだ」

「東の材木置き場だな?」

「ああ。今夜には――」


 蛇の刺青。

 間違いない。

 蛇牙組だ。

 男たちが蔵へ入ってくる。


 その後ろから――。

 一人の女が姿を現した。

 黒い髪。

 凛と伸びた背筋。

 腰に差した刀。

 歩みに一切の乱れがない。

 男たちとは明らかに違う。


 みつが、俺の袖をほんの少し引いた。

「……先生」


「うん」


「強いで、あれ」


「ああ」

 俺も同じことを思った。


 立っているだけで分かる。

 足の運び。

 肩の位置。

 視線。

 重心。

 すべてが静かだった。


 静かすぎる。


 嵐の前の風みたいな、不気味な静けさだった。


「何だ?」

 蛇牙組の男が振り返る。


「お前、誰だ?」


 女は答えなかった。

 ただ、刀の柄に手を添えた。


 次の瞬間――。


 抜いた。


「――っ!」


 刃が閃く。

 男の刀が弾き飛ばされた。


 間髪入れず、二人目。

 懐へ入り、腕を取る。

 身体をひねる。

 男の身体が崩れる。


 三人目が斬りかかった。

 女は半歩だけ身を引いた。

 刃が空を切る。

 その懐へ入り込むと、柄で相手の手を打つ。

 刀が落ちた。


「な……!」


 別の男が背後から迫る。

 女は振り返りもしない。

 わずかに身体を傾ける。

 刀が髪を掠める。

 そのまま肘を打ち、男の動きを止める。


 そして最後の一人。

 男が叫びながら刀を振り上げる。

 女は真正面から踏み込んだ。


 ――カンッ!


 甲高い音。

 刀が弾かれる。

 男は尻餅をついた。


 静寂。


 ほんの数瞬だった。

 だが、蔵の中にいた蛇牙組の男たちは全員、地面に転がされていた。


 女は刀を納めた。


挿絵(By みてみん)


「……」

 俺は思わず息を吐いた。


 みつも黙っている。


 万凜だけが、小声で呟いた。


「……ねえ」


「なんだ?」


「二人とも、戦ってるところ見てる顔が怖いよ」


「怖い?」


「うん。なんか、『どこから斬ればいいかな』って顔してる」


「してない」

「してへん」


「息ぴったりだね」


 こんな状況で何を言っているんだ、こいつは。


 ……いや。

 否定はできないが。

 俺が女侍を見る。


 女もこちらを見た。

 碧い瞳だった。

 鋭い。

 けれど、妙に澄んでいる。


「……そこにいる者」

 低く、静かな声。

「出てこい」


 完全に気づかれていた。

 俺はため息をついた。


「みつ、万凜。出よう」


「せやな」


「うん」

 三人で物陰から出る。


 女は刀を抜かない。

 ただ、こちらを見ていた。


 俺は軽く頭を下げた

「どうも」


 女は答えない。

 そのまま倒れている蛇牙組の男たちへ歩み寄る。

 そして、落ちていた縄を拾い上げた。


「……?」


 俺たちは黙って見ていた。


 女は手際よく男たちの腕を後ろへ回し、一人ずつ縛っていく。

 きつく。

 しかし、動けなくするために必要なだけ。

 慣れている。


 みつが小声で呟いた。

「手際ええな……」


「うん」

 万凜も感心したように頷く。


 最後の一人を縛り終えたあと

 男たちの懐から何かを探っている様子だった。


 一通り探り終えた後に

 女は立ち上がった。

 そして、俺たちへ向き直る。


挿絵(By みてみん)


「……あなた達は?」

 短い問いだった。


 俺は一歩前へ出る。

「黒沢一之進。こっちは一条みつと万凜」


「一条みつや」


「あたしは万凜」

 二人もそれぞれ名乗った。


 女は三人の顔を順に見た。


「黒峰沙夜」


 それだけ。

 名乗ったのは、名前だけだった。


「……で、何しにここへ?」

 みつが尋ねる。


 沙夜は少しだけ視線を動かし、先ほどまで蛇牙組の男たちが話していた方を見る。


「蛇牙組を追っている」


「蛇牙組を?」

 万凜が聞き返す。


 沙夜は頷いた。

「あなた達は?」


「俺たちは人探しだ」


「人探し?」


「清太郎っていう若者を探してる。三日前から行方が分からなくなってるんだ」


「……清太郎」

 沙夜の表情がわずかに変わった。

「なら、目的は同じね」


「え?」

 みつが目を丸くする。


 沙夜は踵を返した。

「清太郎は東の材木置き場へ運ばれた」


「ちょ、ちょっと待って!」

 万凜が慌てて声を掛ける。


「今から行くの?」


「そう」


「蛇牙組がいるんだろ?」


「いる」


「何人くらい?」


「分からない」


「……」

 三人とも黙った。


 みつが俺を見る。

「先生」


「うん」


「どうする?」


 俺は少し考えた。

 危険なのは間違いない。

 だが――。


「行こう」

 俺が答える。


 みつがニヤッと笑った。

「やっぱりそう言うと思ったわ」


「依頼を受けた以上、清太郎を放っておくわけにもいかないだろ」


「そうやな」


 万凜も頷く。

「じゃあ、急ごう」


「……ああ」


 沙夜はそれ以上何も言わなかった。

 ただ、一足先に歩き出す。


「先生、置いてかれるで」


「分かってるよ」

 俺たちも後を追った。


 その途中。

 前を歩く沙夜が、ふと横を向いた。


 風に黒髪が揺れる。

 その横顔。

 そして、こちらを振り返った碧い瞳。


「……」


 ――美人だ。

 不意に、そう思った。


 さっきまで男たちを次々と制していた姿を見ている間は、そんなことを考える余裕などなかった。

 ただ、強い。

 それしか頭になかった。


 だが。

 こうして少し落ち着いて見ると――。

 黒髪に、あの碧い瞳。

 凛とした顔立ち。


 ……いや。

 かなり美人だな、この人。


「先生」

 みつの声。


「……何だ?」


「今、見惚れとったやろ」


「見惚れてない」


「見惚れとった」


 万凜まで笑う。

「先生、分かりやすいね」


「いや、違うって」


「顔に出とるで」


「出てない」


「出てるよ」


「二人とも、今はそれどころじゃないだろ」


「誤魔化した」


「誤魔化したな」


「……」

 俺は黙った。


 何をやってるんだ、俺は。

 行方不明者を探している最中だぞ。

 しかも、これから蛇牙組の根城へ向かうんだ。

 なのに――。


 前を歩く黒髪の女侍が、もう一度こちらを振り返った。


 碧い瞳と目が合う。


 俺は慌てて前を向いた。


「……」


「先生」


「何だ?」


「耳、赤いで」


「走ってるからだ」


「まだ走ってへんやろ」


「……」

 みつの指摘が鋭すぎる。


 俺は咳払いをした。

「ほら、急ぐぞ」


「はいはい」


「ふふっ」


 二人の笑い声が後ろから聞こえる。

 前を行く沙夜は、何も言わない。

 ただ、歩みだけは止めなかった。


 東の外れ。

 古い材木置き場。

 そこに清太郎がいる。

 そして――。

 蛇牙組の連中もいる。


 俺は腰の刀に手をやった。

 できれば、抜きたくはない。

 だが。

 今度ばかりは、そう簡単には済まないかもしれない。


 朝の町を抜ける風が、少し冷たく感じられた。


 俺たちは、清太郎が運び込まれたという東の材木置き場へ向かった。


 

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