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『先生、お願いします! ~気付けば悪徳商人の用心棒になっていました~』  作者: ポムぞう
三章

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12/17

其の壱拾壱 金の話は腹が減る


 ――一之進が黒金屋の玄関先へ出ると。


「先生!」


 聞き覚えのある声が飛んできた。

 一之進が顔を上げる。

 そこにいたのは、一条みつだった。


「……一条さん?」


「おう!」

 みつは元気よく手を上げる。

 朝っぱらから妙に勢いがある。

 その後ろでは、宗一が何とも言えない顔をしていた。


 ――嫌な予感がする。


 一之進の経験上。

 この勢いでやって来る人間が、ただ挨拶だけして帰ることはない。


「どうされたんです?」


「先生、仕事や!」


「仕事?」


「そうや!」

 みつは胸を張った。

「万凜から聞いたんや。街には、仕事を探せる掲示板があるんやろ?」


「ああ……」


 一之進は思い出した。

 宿場町の各所にある御用掲示板。

 そこには町人からの頼み事から、腕の立つ者を必要とする仕事まで、様々な依頼が貼り出されている。


「それを見に行きたいんですか?」


「そういうことや!」

 即答だった。


「うちも行く!」


「……」


 一之進は黙ってみつを見る。

 その目は完全に「行く」と言っている。

 断るという選択肢は、最初から存在していないらしい。


「まあ……構いませんが」


「先生が一人で行ったら、怪しまれるやろからな!」


「……あなたが一人で行ったほうが、よほど怪しまれると思いますが」


「なんでや!」


「朝から元気すぎるので」


「失礼やな!」

 みつが頬を膨らませる。


 

 その様子を見ていた宗一が、咳払いをした。


「先生、出立なさる前に、一つ確認しておいたほうがよろしいかと」


「何でしょう?」


「――金でございます」


「金?」


「はい」

 宗一は真顔で頷いた。


「依頼を受けるにしても、旅をするにしても、相場を知らぬままでは話になりません」


 一之進は頷いた。

「確かに」

 宿場町で仕事を探すなら、報酬だけを見るわけにはいかない。

 依頼までの交通費。

 食事代。

 宿代。

 場合によっては武具の修繕費。

 それらを差し引かなければ、本当に割の良い仕事なのか分からない。


「では、出る前に整理しておきましょう」

 宗一が頷いた。


「お願いいたします」


 ◆


 ――まず、この町で使われる貨幣について。

 一之進は頭の中で整理する。

 この国で一般に使われる貨幣は三種類。


挿絵(By みてみん)


 両、分、文。


 両は金貨。

 分は銀貨。

 文は銅貨。


 そして換算は、


 一両=四分=四千文。


 つまり、

 一分=千文。

 これが基本だ。


 大きな買い物には両。

 中程度の支払いには分。

 日々の細かな買い物には文。

 そう覚えておけば分かりやすい。


「では、まず普段の暮らしからでございますな」

 宗一が言う。


「綾乃さんに聞いておきましょう」


 綾乃を呼ぶ。

 しばらくして、店の中から綾乃がやって来た。


「お呼びですか?」


「宿と飯の相場を教えていただきたいのですが」


「まあ、そういうことでしたら」

 綾乃は慣れた様子で答える。


【宿・食事の相場】


・団子一本――一八〇文

・握り飯一個――二五〇文

・蕎麦一杯――三五〇文

・酒一升――九五〇文

・旅籠・素泊まり――六〇〇文

・旅籠・一泊二食付き――一分五〇〇文

・湯屋――一二〇文


「なるほど……」

 一之進が頷く。

「一泊二食付きで一分五百文ですか」


「はい」


 宗一が補足する。

「つまり一両の四分の一より少し高い程度。長旅ともなれば、宿代だけでも馬鹿にはなりません」


「なるほど」


 そこで一之進は気づいた。


「…ってあれ?、みつさんは――」


 玄関の外を見る。

 姿がない。


「……?」


「一条さんなら、店の外でございます」

 宗一が苦笑した。


「お一人で茶屋へ」


 嫌な予感がする。

 外へ目を向ける。

 案の定。

 少し離れた茶屋で、みつが団子を頬張っていた。


挿絵(By みてみん)



「…………」


 こちらに気づいたらしい。

 みつが手を振る。

 口いっぱいに団子を咥えたまま。


 ――話を聞く気はあるのだろうか。


 まあ、いい。

 こちらはこちらで進めよう。


「次は日用品ですね」


 弥助が呼ばれた。

 弥助は腕を組み、淡々と口を開く。


「日用品なら、だいたいこの辺りで…」


【日用品の相場】


・塩一升――二〇〇文

・味噌一升――四〇〇文

・醤油一升――六〇〇文

・手拭い一枚――一五〇文

・草履一足――四八〇文

・番傘一本――一分二〇〇文

・木綿の着物――二分二〇〇文

・上質な絹の着物――四分八〇〇文


「米は?」


「米一俵なら、二分八〇〇文です」

 弥助は淡々と答える。


「毎日の飯を考えるなら、米の値は覚えておいたほうがいいですね」


「米一俵で二分八百文……」


 宗一が補足する

「一両には届きませんね」


「そういうことです」

 弥助はそれだけ言うと、黙った。


 ――実に簡潔である。

 助かる。


「では、次は武具か」


 辰蔵が豪快に笑った。


「そいつぁ俺の出番だな!」


「お願いします」


「刀から行くぞ!」


 辰蔵が指を一本立てる。


【武器・防具の相場】


・脇差(並品)――三分二〇〇文

・並打ちの刀――八分

・業物の刀――一両二分

・名工の刀――二両一分

・家宝級の名刀――十両


 さらに続ける。


・槍(並品)――四分五〇〇文

・弓(並品)――二分四〇〇文

・甲冑一式(足軽用)――一両八分

・甲冑一式(武士用)――三両二分

・火縄銃――一両五分


「……刀って、結構するんですね」


「当たり前だ!」


 辰蔵が豪快に笑う。

「鉄を鍛えて、刃を作って、柄を拵えて、鞘まで仕立てるんだ。安物でもただじゃねえ!」


「確かに」


 弥助が横から淡々と付け加えた。

「ただし、値段だけで刀の価値は決まらない」


「というと?」


「使い手との相性もある」


「なるほど」


 もっともな話だ。


 どれほど高価な刀でも、使い手が振り回せなければ意味がない。

 逆に、並の刀でも腕の立つ者が扱えば十分な武器になる。


「ところで先生」

 宗一が言った。


「依頼を受けるのであれば、報酬の相場も必要でしょう」


「そうですね」


 今度は辰蔵が腕を組んだ。


【依頼・報酬の相場】


・用心棒一日――二分五〇〇文

・浪人一人の護衛――一二分

・人探し(簡単なもの)――八分八〇〇文

・山賊討伐(小規模)――一五分

・山賊討伐(中規模)――四〇分

・山賊討伐(大規模)――一両

・指名手配犯の賞金――一両四分

・大悪党の首――六両


「……」


 一之進は表を眺めた。


「山賊討伐で一両……」


「規模によるがな」

 辰蔵が言う。

「命懸けなんだ。安い仕事じゃねえ」


「なるほど」


 宗一も頷いた。

「報酬だけで判断してはいけません。危険度、距離、必要な日数。すべてを考えて受けるべきでしょう」


「ええ」


 これは大事なことだ。

 依頼掲示板を見るなら、なおさら。

 高額だから良い仕事とは限らない。

 低額だから悪い仕事とも限らない。

 その仕事にどれだけの時間と危険が伴うのか。

 そこまで見なければならない。


「土地や家を買う場合は?」


 宗一が応える。

「それも一応、覚えておきましょう」


【土地・建物の相場】


・農地一反――三両

・農地一町歩――三十両

・小さな長屋――四両二分

・小規模な町家――十五両二分

・中級の商家――二十五両

・下級武士の屋敷――八十両

・中級武士の屋敷――百五十両

・大名屋敷級――六百両


挿絵(By みてみん)



「……六百両」

 一之進が呟く。


「大名屋敷ともなると、やはり桁が違いますな」

 宗一が言った。


 六百両。


 一両が四分。

 つまり二千四百分。

 文に直せば――二百四十万文。


「……」

 一之進は少し黙った。

 数字にすると、とんでもない額である。


「先生?」


「いえ」

 一之進は首を振る。


「金というのは、面白いですね」


「何がです?」

 弥助が尋ねる。


「団子一本なら一八〇文。それが屋敷ともなれば六百両」


「金額の桁が違うだけです」


「それはそうですが」


 宗一が静かに笑う。

「だからこそ、商いでは金勘定が重要なのでございます」


 なるほど。

 これだけ差があるなら、確かに相場を知らずに商売などできない。


「……ところで」

 弥助が淡々と言った。

「さっきから一つ気になるんですが」


「何でしょう?」


「外の一条みつが…」


「はい?」


「団子、何本目です?」


「…………」


 一之進は再び外を見る。


 みつは茶屋で、実に幸せそうな顔をしていた。

 一本。

 二本。

 三本。

 そして今、四本目を手にしている。


「……四本目ですね」


 弥助が頷いた。

「一八〇文だから、四本で七二〇文」


「…………」


 宗一が苦笑する。

「勉強熱心なのか、食いしん坊なのか……」


 辰蔵が豪快に笑った。

「どっちでもいいだろ! 腹が減ってちゃ仕事もできねえ!」


「確かに」

 一之進も苦笑した。


 しかし。

 ここで一つ、重要なことに気づく。


「……宗一さん」


「はい?」


「依頼を受けた後、食事代が自腹なら――」


「当然、自腹の場合もございます」


「……」


 外を見る。

 みつは五本目を注文していた。


「…………」


 ――仕事に出る前から、依頼料の一部が団子になって消えている。


「一条さん!」


 思わず声を掛けた。


「なんやー?」


「その団子、誰が払うんです?」


 みつは一瞬、固まった。


「…………」


 そして。


 ゆっくり一之進を見る。


「先生」


「はい」


「仕事、行くんやろ?」


「ええ」


「うちも行く」


「はい」


「ほんなら――」


 みつはにっこり笑った。


「団子代くらい、経費にしてくれてもええやろ?」


「…………」


 一之進は無言になった。

 宗一も無言。

 弥助も無言。

 辰蔵だけが腹を抱えて笑っている。


「がはははは!」


「いや、経費ではありません」


「なんでや!」


「仕事と関係ありませんから」


「関係ある!」


「どこがです?」


「腹が減ったら力が出ん!」


「……」


 もっともらしい。

 もっともらしいが。


「それなら一本で十分でしょう」


「五本食う!」


「食べすぎです」


「ケチ!」


「ケチではありません」


「黒金屋の用心棒やろ!」


「私の財布は黒金屋の財布ではありません」


「細かい男やな!」


「金の話をしていたところでしょう!」


 思わず言い返してしまう。

 みつがきょとんとした。


 そして――。


「……せやったな」

 ぽつり。


「金の話しとったんやった」


「そうです」


「なら、うちの団子代も相場に入れといてや!」


「それは相場ではありません」


 再び辰蔵の笑い声が響いた。

 朝の黒金屋。

 その玄関先は、すっかり賑やかになっていた。


 ――さて。


 金の勘定は終わった。

 あとは依頼掲示板へ向かうだけだ。

 一之進は腰の刀を確かめる。


「では、行きましょうか」


「おう!」


 みつが立ち上がる。

 手には――最後の団子。


「……食べながら行くんですか?」


「もちろんや」


「…………」


 一之進は空を見上げた。

 朝から金の話をしていたというのに。

 なぜか一番印象に残ったのは――

 団子の値段だった。


 そして、どういうわけか

 少し腹が減ってきた。


 ――金の話は、腹が減る。


 そんな妙な結論を胸に、一之進はみつと並んで歩き出した。

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