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『先生、お願いします! ~気付けば悪徳商人の用心棒になっていました~』  作者: ポムぞう
序章

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其之零 夕暮れの街道

この作品を、

―日本一の用心棒役「5万回斬られた男」―

故・福本清三 さんに捧げます。

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/3127553/blogkey/3703822/


挿絵(By みてみん)


 夕暮れの街道を、一人の男が歩いていた。


 西の空は茜色に染まり、山の稜線へ沈みかけた陽が、街道を長く照らしている。

 昼間の喧騒も薄れ、行き交う人影もまばらになっていた。

 男は肩に荷を掛け、特に急ぐ様子もなく歩いていた。


「……腹減ったな」

 ぽつりと呟く。


 今日の仕事は終わった。

 金も入った。

 天気も悪くない。

 ならば、あとは飯を食って寝る。


 実に平和な一日だ。


 ――そう思っていた。



 遠くから、馬の嘶きが聞こえた。

 続いて、人の怒鳴り声。


 男は足を止めた。


「……ん?」


 街道の先。

 土煙が上がっている。


 その向こうから、荷馬車が一台、こちらへ向かって走ってくる。


 いや。

 よく見ると、逃げている。


 馬車を囲むように、数人の男たちが刀を抜いている。

護衛の者もいるようだが、明らかに分が悪そうだった。


「おいおい」

 男は目を細める。


 襲撃。


 どう見ても襲撃だった。


「……よりによって俺の帰り道でやるかね」


 関わらない。

 それが一番だ。

 面倒事には近づかない。

 見なかったことにして、そのまま通り過ぎる。


 それが大人というものだ。


 男は一歩、脇へ避けた。


 ――その直後。


「助けてくれ!」


 馬車から男の声が響いた。


 男は足を止めた。


「…………」


 振り返る。


 襲撃者の一人が馬車へ飛び乗り、御者を斬りつけようとしていた。


 その瞬間。


 男の表情から、わずかに笑みが消えた。


「……あーあ」

 ため息。


 そして、頭を掻く。


「見ちまったか」


 見なければよかった。

 本当に。

 見なければ、今頃は宿で飯でも食っていた。

 だが、見てしまった。


 それに――。


「助けを求められて、無視するほど落ちちゃいねぇんだよな」


 男は腰の刀へ手を添えた。

 ゆっくりと歩き出す。


 襲撃者の一人がこちらに気づいた。


「何だ、てめぇ!」


 男は答えない。

 ただ歩く。


「止まれ!」

 怒鳴り声。


 さらに一人が刀を抜いた。

「関係ねぇ奴は失せろ!」


 男は足を止めた。

 そして、困ったように笑った。

「それが出来たら、そうしてるんだけどな」


「何?」


「こっちも夕飯前なんだ。出来れば早く終わらせたい」


「舐めやがって!」


 男が迫る。


 刀が振り上げられた。


 その瞬間だった。


 男の身体が、僅かに沈んだ。


 次の瞬間。


 ――キンッ。


 乾いた金属音。

 襲撃者の刀が、宙を舞った。


「な……」

 男は既に、その懐へ入っていた。


 刀は抜かれている。


 だが、その切っ先は相手の喉元ではない。


 肩口。

 腕を狙った一閃。


 男が柄で相手の手首を打つ。


「ぐっ!」

 刀を落とした男が尻餅をつく。


 周囲の襲撃者たちが、一斉にこちらを見る。


 男は小さく息を吐いた。

「……お前ら」


 刀を構える。


「飯前の人間を怒らせるもんじゃないぞ」


 次の瞬間。

 男の姿が、夕暮れの街道から一瞬だけ消えた。


 ――いや。

 消えたように見えただけだった。


 一人。

 二人。

 三人。


 襲撃者たちの手から、次々と刀が弾き飛ばされていく。


 斬らない。

 殺さない。

 ただ、戦う意思だけを叩き折る。


 最後の一人が恐怖に顔を歪めた。

「な、なんだ……てめぇ……」


 男は刀を鞘へ収めた。

「通りすがりだ」


「通りすがり……だと?」


「そう」

 男は肩をすくめる。

「俺も、こんな予定じゃなかったんだけどな」


 静寂が戻る。


 襲撃者たちは、もはや戦う気力を失っていた。


 その時。


「……もし」

 馬車の中から、声がした。


 男が振り返る。


 そこには、商家の者らしき男たちがいた。

 そしてその中心に――一人の恰幅のいい男がいる。


 男は震える手で着物の埃を払いながら、こちらへ歩いてきた。

「お怪我は……?」


「こちらは何とも」


「そうですか……」

 恰幅のいい男は、助かった安堵からか、大きく息を吐いた。

 そして男を見上げる。

「いやはや……まさか、あれほどの腕前とは」


「大したことじゃありませんよ」


「大したことがない?」

 男は苦笑した。


 大したことはある。

 自分でも、それくらいは分かっている。

 だが、わざわざ自慢することでもない。


 すると、恰幅のいい男が深々と頭を下げた。

「このご恩、決して忘れません」


「いやいや、頭を上げてください」


「しかし――」


「本当に。俺はたまたま通りかかっただけですから」


「たまたま……ですか」


 男は頷いた。

「ええ」

 そして街道の先を見る。

 もう陽は山の向こうへ沈みかけていた。


「……ところで」

 男は腹を押さえた。

「…ついでと言ったらなんですが」


「はい?」


「この辺りに、飯を食えるところってあります?」



 しばしの沈黙。


 やがて、恰幅のいい男が吹き出した。


「はははっ!」


「……何かおかしいですか?」


「いえ、これは失礼」

 恰幅のいい男は笑いながら頭を下げる。


「私は黒金屋喜兵衛と申します」


 その名を聞いた瞬間。

 男は、ほんの僅かに眉を上げた。


 黒金屋。


 この宿場町で、その名を知らぬ者はいない。


 表向きは大きな商家。

 米、反物、旅籠、運送。

 町の人間なら、一度くらいは黒金屋の世話になったことがある。


 だが――。


 それだけではない。


 男も、この商人がただの商人ではないことくらい知っていた。


「……黒金屋の旦那ですか」


「おや、ご存じでしたか」


「そりゃあ、この辺りじゃ有名ですから」


 喜兵衛はにこりと笑った。

「では、改めまして」

 そして再び、深々と頭を下げる。

「本日は、誠にありがとうございました」


「いや、だからそんなに――」


「ところで」

 喜兵衛は顔を上げた。


 その目が、商人らしい笑みに変わる。


「もし差し支えなければ――」


「はい?」


「我が黒金屋で、少しばかりお力をお借りすることはできませんかな?」


 男は固まった。


「…………」


 嫌な予感がした。

 ものすごく嫌な予感がする。


 夕暮れの空を見上げる。

 さっきまで、ただの平和な一日だった。


 飯を食って。

 酒を飲んで。

 寝る。

 それだけだったはずなのに。


「……旦那」


「はい」


「俺、今の一件だけで十分厄介事に巻き込まれてる気がするんですが」


「お気のせいでしょう」


「その笑顔で言われると、余計に信用できないんですが」


 喜兵衛は笑った。


 男は頭を抱えた。


 ――この時はまだ、知らなかった。


 この小さな出会いが。


 黒金屋を巡る裏の争いへ繋がり。


 蓮華の会、蛇牙組、そしてこの宿場町に潜む様々な人間たちと関わることになるなど。


 そして後に、自分がこの町で――


 「先生」


 そう呼ばれるようになることなど。


 この時、その男…

 ――黒沢(くろさわ) 一之進(いちのしん)は知る由もなかった。


あとがき


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


まずは無事、序章を書き終えることができました。


そもそも

この物語を作るキッカケは…


時代劇には、お約束のシーン


悪徳商人がいる。

何やら怪しい取引をしている。

そこへ正義の味方が乗り込んでくる。


すると――


「先生……お願いします!」


奥から用心棒が現れる。


「どぉれ……」


……そう、あの人である。


その用心棒を主人公にしたら面白いんじゃないか?」という、かなり単純な発想から始まりました。


……本当に、それだけです。


ところが主人公を考え、舞台となる宿場町を考え、悪徳商人を考え、周囲の人々を考えているうちに、


「あれ? 用心棒の話だったはずなのに、商売の話まで始まってない?」


という状態になりました。


剣を抜けば強い。

けれど、できることなら抜きたくない。


そんな主人公が、いったい何を考え、誰と出会い、どんな騒動に巻き込まれていくのか。


ここから物語は本格的に動き始めます。


時代劇らしい勧善懲悪……になるのか。

それとも、もっと面倒くさいことになるのか。


そのあたりも含めて、楽しんでいただければ幸いです。


それでは次章も、どうぞよろしくお願いします。


――さて、次はどんな厄介事が「先生」を待っていることやら。

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