初出勤
王宮の建物であるお城とは、防衛施設だ。
お外の城郭を打ち破ってきた敵国兵がこのお城を攻めた……というような実話は1エピソードも残ってない。だけど、王宮が頑丈な防衛施設の中にあるという事が広く知られている事に意味がある。それがあるだけで、このオルダニア王国に攻めようという敵国や魔物を事前に防げてきたからだ。だからこのヴァルモンド城の頑丈さはそこそこの評判というわけ。
そんな役割でもあるお城の中は、洞窟みたいに暗くて寒い。
それが、いよいよ王宮書記官室に入ってみると、いい感じで採光窓がある。
電気代の掛かるスタンドライトはない代りに、ロウソク代の掛かる灯りはある。でも文官の仕事は書類を調べたり書き上げる事だから、読み間違いを減らす上でもできるだけ外光は欠かせない。
この仕事場では、爽やかなのはそんな採光窓から見える外の景色だけだった、かもしれない。
書記官らしき人・その1が、50人ほどの書記官さんや算術士さんらしき人たちを全員集めて、私を取り囲む。
「今日から見習いとなったエレナ・ペティットで……す。」
文官さん50人中、女性ゼロ人、おそらく20代男性もゼロ人、楽しい事をお話ししてくれる人ゼロ人。特に歓迎もなくみんな各々の机に戻っていく。
この職場パターンか~。オジサマたちだけが蠢く部署。私……13歳の小娘なんですけど。
書記官さんらしき人・その2が、私を部屋の奥の一角に連れていく。
「こちらの机がエレナ君の持ち場だ。誰が何から教えるのかな。ま、座っていてくれたまえ。」
「はい、ありがとうございます。決まってない……んですね。」
机の席は、文官さんたちの机からちょっと離れ小島のような、臨時作業机みたいな位置だ。
意外な事に、私はあのホローブン書記官の監視直下に置かれる、というわけでもなかった。視線をよこす風でもない。
考えてみると分かる。私は算術ができるとしても、本当に適正があるのか、まずは見習い事を学んでいけるのかを確かめられないといけないはずだ。誰かが私への本採用試験問題みたいなものを作ってくれているに違いない。
私の認識の中では、オジサマたちにまだ名前はない。書記官さんらしき人・その3が、鉄胆インクの瓶を持って、私に話しかけてくれる。
「インクの材料はここにあるから。君、作ったことある?」
「はい、自分で何度もやってました。」
この時代は証書類に使うインクなんて売ってなくて、文官が自分で作る。私も作り方を家庭教師ミレーヌ先生から材料を揃えてもらって教わっていた。
「ああ、そう……。」
気にかけてもらっても会話はそこまででした。
インクは生物なの。考えてみましょう、筆先に付くまでは液体じゃないといけなくて、書き味には粘度が求められ、羊皮紙に馴染んで滲まず、早く乾かせる。そうして何百年も記録として残らないといけないのが、文官が使うインクという混合液なのね。
そんな液体は一晩置いたらもう使えなくなってしまうから、文官は毎朝、自分の書き癖具合に合わせて幾つかの液体と粉末を混ぜてその日の分を配合するところから仕事が始まる。ここの書記官さんや算術士さんもその通りだわ。机の上にあるインク瓶は空だったので、私もそこに色々混ぜて、削ってある羽ペンで裏紙に試し書きをする。
そうしていると、室内の緊張感が少し変わる。5人ほどの女性陣だ。
その一人は洗濯物干し場で会っていた知人。
「あ、カルザさんですよね。」
「今日からでしたね、エレナさま。」
「ほんとだ、お若い見習いさんだわ。間違えて雑用を言われたりしたら、すぐに私らを呼びに来るのよ。」
「そうですよ~、お勉強するのが見習いさんのお仕事ですからね。」
早朝のお掃除は済ませてあって、文官さんたちが揃ってからこうして庶務係で混ざってくれるようだ。
こっちの5人とはすぐに全員と名前を憶え合いました。




