セレマ魔術学院【第二話】
馬車がゆっくりと速度を落とした。
「到着しました。セレマ魔術学院です」
御者の声が響く。
シオンは静かに目を開き、席を立った。
「では、参りましょうか」
「えっと……この人は?」
私は眠りこけているアランを指差す。
「彼は目的地が別ですので、このまま放置で問題ありません」
……問題ある気もするけど。
本人が気にしていないならいいのだろう。
私はシオンの後を追って馬車を降りた。
そして、思わず足を止める。
目の前にそびえ立っていたのは、巨大な白い建物だった。
セレマ魔術学院。
高く伸びた門。
空へ突き刺さるような尖塔。
磨き上げられた白い石壁。
まるで城みたいだ。
門を抜け、エントランスへ入る。
そこには既に、大勢の受験者たちが集まっていた。
年齢は私と同じくらい。
けれど、纏っている服も、立ち振る舞いも、全部が違う。
上品な布地。
磨かれた靴。
自信に満ちた視線。
……場違いだな。
自分の薄汚れた服が、急に気になった。
「では、私はこれで・
シオンは軽く一礼すると、そのまま学院の奥へ消えていく。
私は慌てて呼び止めた。
「あ、あの~……」
シオンが振り返る。
「……私、試験とか受けるんですよね?」
「当然ですが?」
即答だった。
「…………」
『学院に連れて来い』
その言葉から、少しくらい特別扱いされるのかと思っていた。
……どうやら、そんな都合のいい話ではないらしい。
周囲から、ひそひそと話し声が聞こえてくる。
「何あれ?」
「貧相な恰好」
「なんであんなのが来てるの?」
「みすぼらしい」
……まぁ当然か。
この場において、私は明らかに”異端児”だ。
好奇の目を向けられるのも、客観的に見れば”正しい”反応だろう。
そんなことを考えていると、不意に右肩を軽く叩かれた。
振り返ると、赤髪をぼさぼさに伸ばした眼鏡の少年が立っていた。
「あ、えっと……ご、ごめん!キ、キミ珍しい格好だね。ど、どこから来たの?」
私は無言で、自分の肩をぱしぱし払う。
「え……?」
少年が困惑した顔をする。
……知らない人に突然触られたんだから、汚れくらい落としたくなるでしょ。
「……アズール地区」
私が答えた瞬間、また周囲がざわついた。
少年は少し慌てたように笑う。
「アズール……そ、そっか。ぼ、僕の名前はジルベルト・レオンモーニ。キミは?」
「リリー・マリーノ」
「リ、リリーね……よろしく!」
ジルベルトはおずおずと手を差し出してきた。
私はその手を見つめる。
「あのさ」
「な、何?」
「何なの?さっきから。馴れ馴れしいんだけど?」
「え!?えっと……あはは、そうだよね。ご、ごめん……」
ジルベルトはしゅんとした様子で手を引っ込めた。
「きゃー、こわいですわー♪おそろしいですわー♪」
芝居がかった声が後ろから聞こえた。
振り返ると、金髪のサイドテールの少女が口元を隠しながらこちらを見ていた。
「野蛮人が紛れ込んでますわー♪追い出さないといけませんわー♪」
わざとらしくそう言いながら、ずかずかと近づいてくる。
「サンドラ……や、やめろよ」
ジルベルトが慌てて私たちの間へ割って入った。
「な、何するつもりだよ……」
「何って♪」
サンドラは笑顔のまま言った。
「そいつをつまみ出すんだよ♪ほら、どけよ♪」
ジルベルトを乱暴に押しのけ、そのまま私へ歩み寄ってくる。
「はいはい~♪お帰りはこちらですよ~♪」
そう言って、サンドラは私へ手を伸ばす。
私は伸ばされた手を、ぱしりと払い落とした。
「あの……私、試験を受けに来たんだけど?」
サンドラはぴくりと眉を動かした。
そして、
「あの~♪私ぃ、試験を受けに来たんだけどぉ♪」
わざとらしく私の口調を真似し始めた。
周囲から、くすくすと笑い声が漏れる。
……面倒だな。
まぁこういうことも”ある”とは想定していたが。
私は無視して、その場を離れようとする。
だが、サンドラが私の肩を強く掴んだ。
「逃げちゃ、やんやん♪」
……仕方ない。
気は進まないけど、術式を使うか。
私は振り返り、そっと手を伸ばす。
だが、サンドラは反射的に私の手を弾いた。
そして、一瞬で魔力を拳に集中させ、私の腹に殴りかかった。
「ごっ……!」
重い。
とても少女の拳とは思えなかった。
胃がひっくり返り、込み上げた胃液をそのまま吐き出す。
「さ、サンドラ!」
「お~怖い怖い♪」
サンドラは鼻で笑った。
「お前今、何かしようとしただろ♪怖くって思わず殴っちゃった♪」
そのまま私の頭を踏みつけ、吐瀉物へ押し付ける。
「ぐっ……!」
「ん~♪正当防衛♪正当防衛~♪」
ぐりぐりと頭を踏みながら、楽しそうに歌っている。
突然、バチッ!っと空気が弾けた。
ジルベルトが震える手をサンドラへ向けていた。
指先には、青白い電撃が走っている。
「も、もうやめろよ……!」
サンドラはチッ!と舌打ちし、ようやく足をどけた。
「ジルベルトお前さぁ♪」
サンドラはにやにやと笑う。
「中等部じゃ友達いなかったからって、こんなの捕まえちゃって♪」
「…………」
「どうせそいつ不合格だし、お前がぼっちなのは変わらないよ♪」
ジルベルトは何も言い返さなかった。
目を伏せ、唇を噛み締めている。
最悪だ……
頬についた胃液が気持ち悪い。
私はただ、服を少し分解して黙らせる程度で済ませるつもりだったのに。
さすがに”不公平”だ。
そんなことを考えていると、ジルベルトがしゃがみ込んできた。
「だ、大丈夫……?」
差し出されたのは、白いハンカチ。
「ほら、使って?」
「あ……ありがとう。でも、いらない」
「あっ、いや!その、気にしないで?汚れとか……」
「い、いやそうじゃなくてさ……」
ジルベルトは不思議そうに私を見た。
「なんか人のハンカチって……匂いがして気持ち悪いっていうか……だからいらない」
「え!?あ、あぁそう……」
ジルベルトは苦笑いをしながら、ハンカチを引っ込めた。




