吾輩は猫なのか?【第四話】
「は?」
皿はそのまま机の外へ滑るように移動し――
ガシャアン!
勢いよく床へ落下した。
皿の割れる音が、食堂中へ響き渡る。
「な、何これ……?」
私は割れた皿を見つめる。
「も、もしかして……これも授業の一環とか?」
「い、いや……それはないと思うけど……」
ジルも困惑した顔で床を見ていた。
私はゆっくり、ぶちまけられた料理へ手を伸ばす。
ふと、くすくすと笑い声が聞こえた。
顔を上げる。
サンドラの両隣に座る男女――エリックとアイリスが、こちらを見て笑っていた。
「あ、あいつら……!」
ジルが立ち上がろうとする。
私は片手を上げ、それを制した。
――なるほど?
つまり、そういうことか。
サンドラは、どうしても私にご執心らしい。
私は再び、床へ落ちた皿へ手を伸ばした。
まず、皿へ触れる。
破片がひつつずつ宙へ浮かび上がり、元の形へ戻っていく。
次に料理へ触れる。
ぶちまけられていた料理が、皿へ吸い寄せられるように戻っていった。
そして再び、皿へ指先を触れる。
料理に混ざった”ゴミ”を空中へ集め――そのまま、サンドラの皿へ”分別”した。
「なっ……!?」
サンドラが目を見開く。
隣のエリックとアイリスは青ざめていた。
サンドラは立ち上がり、そのままこちらへ歩いてくる。
「ちょ、落ち着いて……!」
間に入ろうとしたジルを、サンドラは乱暴に押しのけた。
そして、私の胸ぐらに笑顔で掴みかかった。
「どういうつもりかな♪」
「どうも何も……やられたことを返しただけ。それが”公平”でしょ?」
「返した……?」
サンドラはゆっくり後ろを振り返った。
エリックとアイリスが、びくっと肩を震わせる。
「私、何もしてないんだけど?」
「とぼけなくていいよ?」
私はそう言って、サンドラの腕を掴もうとした。
だが、サンドラは瞬時に手を引いた。
食堂が静まり返る。
私とサンドラは、互いに睨みあった。
その空気を破るように、エリックとアイリスが慌てて駆け寄ってきた。
「わ、悪ぃサンドラ!」
「わ、私たちの分あげるから!」
二人は不安そうにサンドラを見る。
サンドラは小さくため息をつき、二人の肩を軽く叩いた。
「別に♪ お腹すいてなかったから大丈夫♪」
そう笑ってみせた。
そして、再び私に向き直る。
「――ってことなんだけど♪ 何か言うことある?」
……はあ?
つまり、後ろのバカ二人が勝手にやったってことか?
だとしても……
「別に何もないけど? 今まで、私が勘違いするようなことしてきたのはそっちでしょ? 私は悪くない!」
……とは言ったものの。
正直、少しだけサンドラに対して罪悪感はあった。
私は、それを押しつぶすように続ける。
「というかさ? 私にだけ謝罪を求めるみたいな空気になってるの、あまりに”不公平”なんだけど?」
私はエリックとアイリスを指差した。
「まず、そいつらが謝れよ。そいつらが悪い!」
――そうだ。
私は被害者だ。
私が責められる理由なんてない。
「て、てめぇ……!」
エリックが怒鳴り、私へ殴りかかろうとする。
だが、その腕をサンドラが掴んだ。
エリックは舌打ちしながら腕を下ろす。
サンドラは、私を冷めた目で見つめた。
「お前、心まで貧相なんだな」
低い声だった。
サンドラはそのままポケットへ手を突っ込み、食堂を去っていく。
エリックとアイリスは私を睨みつけると、慌ててその後を追った。
* * *
「意味わかんないよね。私は被害者なのに、なんであいつら”自分は正しい”みないな顔できるんだろ。ねぇ?」
私はジルに返事を促した。
「う、うん……そうだね」
ジルは気まずそうに頷いた。
……なんだろう。
言葉を重ねるほど、胸の奥が重たくなる。
「こんなの”不公平”でしょ……」
私は冷めかけた料理を見る。
「勝手に絡んできて、勝手に怒って……理不尽すぎる……」
そこで、私はふと動きを止めた。
「……理不尽?」
――そうだった。
忘れるところだった。
「思い出したぁ!!」
「え?」
「編入試験の時! 私、サンドラに理不尽に絡まれたでしょ?」
「あぁ……そうだったね」
「その時の”返し”を、まだしてなかったんだよ」
私はすっきりした気分で頷く。
「今回、私もほんの少しだけ、サンドラに理不尽なことしちゃったかもしれないけど? 私もあの時されてたわけだし。これで”公平”だ!」
「え……? えっと……?」
サンドラへの罪悪感は、綺麗さっぱり消えていた。
食欲も戻り始める。
私はスプーンを手に取り、食事を再開した。
ジルは引きつった顔のまま、静かに俯いた。




