吾輩は猫なのか?【第三話】
「アラン・クロウリーが凄いのはそこだけじゃないんだ! 魔術の極致――『踰越幽玄』! その理論を――」
昼休み。
私たちは食堂へ来ていた。
私は食事にも手を付けず、ジルの話も聞かず、ずっと考え事をしていた。
――ヒイラギ。
珍しい名前だ。
そして、珍しい名前といえば。
あの猫――ソーセキ。
思えば、どことなく雰囲気が似ている気もする。
……いや、さすがに考えすぎだろうか?
でも、あれ以来あの猫を見ていないのも確かだった。
そんなことを考えていると、食堂の窓の外を歩くシオンの姿が見えた。
ふと、シオンが人間の姿のまま毛繕いしている光景を想像してしまう。
私は身震いして、ぶんぶんと頭を振った。
「――それで、って聞いてる?」
「……ん? 聞いてるよ。つまり、アラン・クロウリーは猫なんでしょ?」
「なんでそうなるの!?」
ジルは深々とため息をつき、そのまま黙って食事に戻った。
「そうなんだぜ~。実は俺がアラン・クロウリーなんだぜ~」
「ほら、猫もそう言ってるじゃん」
私の言葉を無視して、ジルは黙々と食事を進めている。
机の上で、例の猫が毛繕いしていた。
……ん?
「猫!!」
「そうだぜ~。猫なんだぜ~」
私は反射的に窓の外を見る。
シオンは、まだ普通に歩いていた。
私は深々とため息をついた。
「……で? あなた何なの?」
「何って~? 俺は猫なんだぜ~」
「そうじゃなくて! なんで喋れるの? なんで試験官してたの?」
「やれやれ、仕方ない」
猫は毛繕いをやめると、妙に低い声で言った。
「私の正体……それは……」
私は思わず、ごくりと唾を呑む。
「吾輩は犬である。名前はまだ無い」
「…………」
私は無言で猫の首根っこを掴み、そのまま窓の外へ放り投げた。
* * *
結局、あの猫の正体は分からずしまいだった。
ぎゅるるる……と、お腹が鳴る。
――そろそろ食べるか。
私はようやく、皿へ目を向けた。
「…………」
――にんじんが入っている。
私はちらりとジルを見た。
「ねぇ、ジル」
「…………」
「ねぇって!」
「……何?」
ジルは不機嫌そうに答えた
「何? 機嫌悪いの?」
「別に?」
ジルはむすっとしたまま言う。
「毎回そうなんだ。僕が話しても、みんな途中から聞いてなくて……『勝手に一人で喋ってる』とか、『話がつまらない』とか言われて。それで段々孤立して……」
……めんどくさいな。
さっき話を聞いてなかったの、そんなに引きずってるのか?
たぶん、そういうところだぞ。
「ごめんって。次からちゃんと聞くから」
そう言って皿へ触れる。
にんじんだけが、ふわりと宙へ浮かび上がった。
「ほら、これあげる」
「え!? いいの!?」
……ん?
この反応。
もしかしてこいつ、にんじんが好きなのか?
「うん。なんなら毎日あげる」
「い、いや。それは悪――」
「毎日あげるから!」
「え?……あ、ありがとう!」
ジルはぱっと顔を明るくした。
……やれやれ。
まったく世話の焼ける――
* * *
「見てよ、リリー! 凄いだろ?」
幼いルークは得意げに笑いながら、指先から炎を渦巻かせていた。
「別に。というか、それ何の役に立つわけ?」
私がそう言うと、ルークはむっと頬を膨らませる。
「もういいよ! リリーには二度と見せてやんない!」
そう言って背を向けようとした。
私は、慌ててその腕を掴む。
「ま、待って。もっと凄い形にはできないの?」
「え?」
「例えば……”竜”とか?」
「りゅ、竜は無理だけど……箱くらいならできるよ?」
「あ、じゃあそれ見せて!」
ルークはぱっと表情を明るくした。
炎が揺らめき、ゆっくり箱の形を作っていく。
……ほんと、世話の焼けるやつ。
* * *
「…………」
私はぶんぶんと頭を振り、目の前の食事へ向き直った。
スプーンを手に取る。
しかし――なぜか、皿がふわりと宙へ浮き上がった。




