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『プロローグ』
世界は、いつも静かに、僕たちの記憶をすり抜けていく。
目を開けた瞬間、昨日までの感覚はもうなくて、
音も、匂いも、手触りも、確かめる間もなく消えてしまう。
名前を呼ばれる。
でも、その名前はどこか遠くで聞いたような、
でも確かに胸に響く、そんな感覚。
僕たちは、忘れるために生きているのかもしれない。
でも、忘れてもなお、心は覚えている。
大切な何かを、無意識に探している。
手を伸ばしても、触れられない。
声を出しても、届かない。
涙を流しても、世界は冷たく、沈黙を続ける。
それでも、僕たちは出会う。
偶然か、必然か、運命か――
分からない。
でも、出会う。
そして、何度も忘れて、また思い出す。
何度も離れて、また惹かれる。
誰かの笑顔。
誰かの声。
誰かの手の温もり。
そのすべてが、記憶に残らなくても、
心は覚えている。
だから、僕たちは――
また出会うために、今日も歩き出す。
失くしても、壊れても、消えても。
それでも、もう一度好きになる。
これは、忘れてもなお恋をする物語。
すれ違い、迷い、傷つき、また見つける――
二人の運命の記録。




