第220話:付与魔法使いは里を出る
翌日の朝。俺たちは、里の南門にいた。
アクアディア帝国にいるという精霊リノファに会うため、一度王都を経由するルートで出発する予定だ。そのため、里へ来た道を引き返す形になる。
「ジェノスは昨日から精霊界の南西からほとんど動きがない。ここが魔族の集落かもしれないな」
「呪刻魔法ってそんな正確に位置分かるんですね! アルス凄いです!」
「あえて解放してスパイとして送り込むなんて、思いついてもなかなかやれることじゃないわよ」
そう、俺がジェノスを解放したのは、エルフたちのためだけじゃない。ジェノスは上級魔族への報告のために必ず拠点へ戻る。呪刻魔法で刻み込んだ俺の魔力により、その位置を特定するのが狙いだった。ジェノスから魔族や魔王の居場所を聞かなかったのは、聞く必要がなかったからだ。
リノファから狙い通りの情報を聞き出せれば、精霊と俺の情報の両面を合わせることによって、より解像度の高い情報になるはず。
と、それはともかく。
俺たちへの見送りのため、里のエルフが総出で門の前に集まってくれていた。
「アルス、セリア、ユキナ、そしてシルフィ様。我らの里への尽力、本当に感謝じゃ。お主らがいなければ、今頃里はなかったであろう。……そして、これは約束の品じゃ」
ソフィアが、俺に渡してくれたのは、分厚い革の表紙で装丁された四冊の本。内一冊は魔王に関する記述があったという、あの古代文字の本の写本だ。
「ありがとう。だが、これは……?」
約束は一冊だったはずだが、ソフィアが持ってきたのは全部で四冊。俺が疑問符を浮かべると、説明してくれた。
「お主が引用元も確認したいと言っておったじゃろう。昨夜、里の者たちで手分けして、関連する本も全て写しておいたのじゃ」
「は⁉︎ 一晩で⁉︎」
確かに言ったが、まさか用意してくれるとは思っていなかった。一冊だけでも相当な労力だったはずだ。彼らなりの心からの感謝の印なのだろう。それなら、返す言葉は——
「本当に、助かった。ありがとう」
「うむ」
俺が感謝を述べると、今度はニーナとマリアが前に出てきた。
「アルスさん、これも」
ニーナの手には、緑色の綺麗な石が握られていた。
「……? これは?」
「『深緑の浄化石』と言って、どんなに汚れた水でも、これに触れれば飲めるようになるんです。この里の近くでしか採れない貴重な石なんです。きっと役に立つはずです!」
「えっ、いいのか⁉︎」
話を聞く限り、貴重と形容するには軽すぎるくらいの代物なんじゃないだろうか……? 俺がこれまで存在すら知らなかったので、少なくともカネを出せば手に入るようなものではないはず。
「これが里のエルフみんなの気持ちです! 受け取ってください!」
と、マリア。
「……」
ここに集まっているエルフたちを見渡すと、異議がありそうな者はいなかった。くれるというならありがたいし、何より彼女たちの純粋な気持ちを無下にはできない。
「ありがとう。大切に使わせてもらうよ」
俺が『深緑の浄化石』を受け取ると、今度はジュピラがニーナとマリアの二人を掻き分けるように顔を出した。
「なあ、師匠……本当に行くのか?」
その声は、少し寂しげだった。初対面の時の険しい表情はどこにもない。
「もう少しゆっくりしていけば……いや、アルスたちなら、ここに永住しても、誰も文句は言わんと思うが。なっ、みんなそうだろ?」
こちらも、異議を唱える者は誰一人としていなかった。旧エルフ自治区の誤解は解けたとはいえ、メイル王国との問題はまだ残っている。そんな中で人間である俺たちを認めてくれたという気持ちは素直に嬉しい。
だが——
「ありがたい話だが、そういうわけにもいかないんだ。俺たちにはまだやることが残ってる」
魔王を倒して魔素の発生を止め、平和を取り戻す。ここにきて魔族との遭遇もあり、核心に大分近づいた。やるべき方向性をようやく掴めた。ここからが本番なのだ。ちなみに、これはジュピラにも既に伝えている。
「そうだよな……すまない」
ジュピラはそれ以上何も言わず、ただ静かに頷いた。
「それより……」
不意に、セリアが何かに気づいたように声を上げた。彼女の視線の先には、ジュピラと、その隣に立つクララの姿があった。そして、その二人の手は、固く繋がれていた。
「お二人って、もしかして……」
セリアの言葉に、ジュピラとクララは一瞬顔を見合わせると、照れたようにはにかんだ。ジュピラの頬は微かに赤く染まり、クララは嬉しそうに俯いている。
「ああ……まあ、そういうことだ」
「私たちエルフって、寿命は長いけど……いつ死ぬかなんて分からないからって、ジュピラが」
どうやら、昨晩の間に二人の関係は大きく進展していたらしい。周囲のエルフたちも、二人に温かい眼差しを送っている。
これにはなかなか驚かされた。
確か、ジュピラは昨日の稽古の後、クララは恩人であって、恋愛的に好きなわけではないと言っていた。まさかこんな展開になるとはな。
まったく、人生というのは分からないものだ。
セリアは、そんな二人を羨ましそうに見つめながら、俺の袖をくいと引いた。
「ん?」
「アルス、私たちもそろそろどうですか?」
上目遣いで尋ねてくるセリアに、俺は冷静に返す。
「いや、まだ早いだろう。あの二人は出会ってから百年だぞ。俺たちは初対面から数えてもまだ三年。もう少し互いを知らないとな」
「百年も待ってたら私たち死んじゃいますよ⁉︎」
頬を膨らませるセリアの隣で、ユキナがやれやれといった表情でため息をついた。
「アルスはそれだけガードが硬いということよ。押してダメなら引いてみる。基本でしょ?」
「……? ユキナには何か考えがあるのですか?」
「まあね」
「その心は⁉︎」
「後で作戦会議するから、その時に」
「……! 楽しみにしてます!」
「私も楽しみにしてる〜!」
いつの間にか精霊界から出てきていたシルフィが、楽しそうに茶々を入れた。昨日までの緊張感が嘘のように、今はただ和やかで温かい空気が流れていた。
それにしても、ユキナの作戦ってなんなんだろうな?
さて、そんなことはともかく……そろそろ出発だ。
改めて、里の皆が俺たちの前に並び立った。
「アルスたちよ、本当にありがとう。この恩は、決して忘れん」
ソフィアが、里を代表して深々と頭を下げた。それに倣うように、他のエルフたちも一斉に頭を下げる。その光景に、俺は少しばかり気圧されそうになった。
「またいつでも気軽に立ち寄ってくれ。我らは、いつでもお主らを歓迎する」
「ああ、またお邪魔するよ。必ず」
俺は力強く頷くと、仲間たちと共にエルフの里を後にした。背中に感じる無数の温かい視線が、俺たちの旅路を力強く後押ししてくれているように感じる。
こうして、俺たちは王都へと続く一本道を歩き始めた。
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