伯爵令嬢の聖戦フラグ
◆ 25→
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「……やっぱり、意地悪ですわ。ビビアン様は」
マシェリは、そっぽを向いて口を尖らせた。
「お褒めの言葉、ありがとうございます。――さ、早く会場の控え室に行っちゃってください。フローラ様が首を長くして待ってますよ」
「ええ⁉︎ そ、それって本当の話でしたの?」
「もちろん。私は、嘘が嫌いですから」
にっこりと、ビビアンが胡散臭い笑みを浮かべる。
(そもそもそれが嘘のような気がするわ)
マシェリは若干顔を引きつらせつつ廊下に出ると、先に飛び出して行ったサラを追いかけて行った。
近衛のロイは、軍服の詰襟に指をつっ込み顔をしかめた。――首が擦れて痛い。
何しろ、四人の侍女がひっきりなしに目の前を行き交っていくのだ。金髪の可愛らしい侍女がドレスを抱えて部屋を飛び出して来たかと思えば、ゼイゼイ言いながら階段を駆け下りて来た小太りの侍女が入れ違いに部屋へふらりと入って行く。
護衛の近衛として宮殿の二階に立たされ続けて早一年。ロイは、今日ほど左右に首を振り続けた事はなかった。
優美な佇まいを見せる巨大な宮殿は、フランジア帝国の心臓ともいうべき場所である。
他国からの万一の奇襲に備え、各階の出入り口や廊下には上級の近衛と騎士が配置されており、皇帝陛下の正殿がある三階に至っては、通常の倍の護衛が常駐している。
しかし二階の客室は普段使われる事は少なく、人の出入りもほとんどない。近衛としては新米のロイがその階段脇に配属されたのも、宮殿内では重要度が一番低いからだろう。
「そこをどいて下さいませっ!」
緑色のドレスを抱えた、背の高い侍女が叫ぶ。ロイは咄嗟に体をぱっと隅によけた。侍女のこめかみにクッキリ浮いた血管と、くわっと見開いた大きな瞳が、まるで暴れ馬のそれのようでめちゃくちゃ怖い。
しかし、まあ――侍女達がピリピリするのも無理はない。今夜はフランジア帝国の皇太子様の婚約披露パーティーが行われるのだから。
噂では、妃候補を諦めない公女様が出席するとかしないとか。真偽のほどは不明だが、もしもそれが本当なら、女同士の戦いの火蓋は既に切って落とされてるのかもしれない。
ロイは思わずブルリと身震いした。
(くわばら、くわばら)
いくつかの箱を抱えた黒縁メガネの侍女が階段を上がって行き、二階がいつもの静けさを取り戻すと、ロイはちょっと肩をすくめ、手にしていた槍を持ちなおした。
箱を抱え、階段を上り切ったベルが向かったのは、大広間の隣にある控え室だった。両手が塞がってるため、行儀は悪いが靴でコツン、とドアを蹴る。
「お疲れ様、ベル」
金髪のきついカールが印象的な侍女、リズがドアを大きく開く。灰色の瞳を細めると、赤いリボンをひらつかせながら笑みをこぼした。
「それでもう最後?」
「ええ。全部かっさらって来たわ!」
元気よく返事をした途端、重ねていた箱が崩れそうになる。おっとっと、と千鳥足になるベルを見て、マシェリは思わず椅子から腰を浮かせた。
「どこへ行かれるんですか?マシェリ様」
立ち上がりかけたマシェリの肩を、背後にいたターシャがガシッと掴む。そろそろと振り返ってみると、髪を梳いていたブラシを手に、貼り付けたような笑みを浮かべていた。
「今日はどこにもお出にならないお約束でしたよね?」
「はい……」
仕事の鬼と化したターシャには逆らえない。マシェリは大人しく椅子に座り直した。
決して狭くはない控え室の壁は、ずらりと並ぶ豪華絢爛なドレスで埋め尽くされていた。その前に、それぞれに合わせた靴、宝石が収められた箱が次々に重ねられていく。
全て並べ終えると、ベルは丸い黒縁メガネを外し、曇ったレンズをハンカチで拭いた。
「では、湯浴みに参りましょうマシェリ様。――その間、ベルとラナはドレスと宝石の最終点検。アンとリズはメイク道具を確認しながらドレッサーに移しておいて頂戴。皆、終わったら浴室に来てね」
「「「「はい!」」」」
てきぱきと指示を出しながら、マシェリのドレスの留め具を外す。小柄で浅黒い肌、頬いっぱいのそばかすに、こぼれんばかりの大きな瞳。実年齢の十八歳より少々幼い見た目だが、侍女頭としてのターシャの手腕は『見事』の一言だった。
(それにしても)
バスローブをはおりながら、マシェリはちらりとドレッサーの方を見た。
長い黒髪を背中で一つに束ねた侍女のアンが、木製の箱から次々とメイク道具を取り出し、鏡の前にぽんぽんと置いていく。その傍らではリズがもう一つの箱から取り出したガラス瓶の蓋を開き、鼻を近付け何やら匂いを嗅いでいた。
リズの行動も謎だったが、それよりマシェリが気になったのは、アンが用意したメイク道具の数である。二人がゆうに座れるくらい大きなドレッサーの鏡の前にズラリと並べられた粉おしろいや頬紅、口紅は、どう見ても一回の化粧で使う量ではない。
マシェリは薔薇の花びらが浮かぶ浴槽に肩まで浸かると、後片付けをするターシャの背中に声を掛けた。
「お色直しの時、お化粧ってどうするの?」
「もちろん、ドレスに合わせて施し直しますわ」
……やっぱりか。秒で即答され力が抜けてしまったマシェリが、ぶくぶくとため息を吐きながら深く湯に沈んでいく。そこでようやく気付いたターシャと、ちょうど居合わせたラナが、慌ててマシェリを引き上げた。
「気を付けて下さいませ、マシェリ様!今死んだら今夜のパーティのメインディッシュ、ピリネア魚のパイ生地のせが食べられなくなってしまいますよ⁉︎」
桃色がかった灰色という珍しい髪色のラナは、怒るポイントも若干人とはズレていた。しかしあまりに真剣なその様子に、マシェリもつい苦笑いを浮かべてしまう。
「そうね。確かにそれはもったいないわ。ありがとう、ラナ」
「分かって下されば良いのです!」
ふんす、と鼻息を荒くするラナに、遅れて来た黒髪の侍女が冷ややかな視線を向ける。
「どいて頂戴。――さあ、マシェリ様どうぞこちらへ」
スラリと背が高く、切れ長の大きな瞳に整った鼻梁。一見美しい少年のようなアンは、持って来たタオルを広げ、バスタブから出たマシェリをふわりと包み込んだ。
皆に付き添われ部屋へと戻れば、リズが瓶入りの香油を手に取り、マシェリの赤髪にすり込み始める。
「いい香りね。もしかして、これは貴女が作ったの?」
「ええ。各国の代表的な花の香油なんですよ」
瓶を一つ手に取って見ると、ユリに似た薄紅色の花の絵に、『モンテルア』という花名と説明書きが添えられたラベルが貼ってある。
それはグレンの初恋相手――アズミ姫の住む、ブルーナ公国に咲く花だった。
※ 侍女のベルは本編では準レギュラー。『ラナ』は本編のどこかに一度だけ登場しています。
アンとリズは【裏End編】のみの登場。




