悪戯少女の収穫祭(1)
「先生っ! 次はあのお店に行きましょう!」
日が落ち、辺りが祭りの装飾で照らされる街中を、エルフィムははしゃぎながらかけていく。その後ろをゆっくりと追いかけながら、はいはい、と私は返事をした。そして、私の隣を歩いている人物が話しかけてくる。
「相変わらずエルフィムは元気だね、まるで俺達に娘がいるみたいじゃないか? イヴ先生」
にこにことそんな冗談を言ってのけるその男性に、私は呆れ顔で答える。
「傍からみたら、私も娘側なんだろうがな」
私がそう返事をすると、隣にいたその男性――アンブローズは、少し困った表情で笑った。
「これでも結構頑張ってるんだけど……そんなに老けて見えるかな?」
私の外見年齢は、不老不死になってから変わることがないため、二十代後半くらいのままだった。そんな私を娘に見られるのは些か不満らしい。
四十代前半の彼は、正直な所かなり若く見える。彼が個人的に研究している老化対策の結果が出ているのだと以前言っていたのを私は思い出す。そして随分と整った顔立ちをしている為、余計に彼の年齢不詳さを際立たせていた。
「……さあな。ほら、行くぞ」
私は少しぶっきらぼうに答えると、エルフィムの入っていった店に向かう。また困った笑顔を浮かべている彼は、その後に続いた。
週末、エルフィムと収穫祭へ行く約束をしていた私は、当日の朝、まだベッドの中にいた。祭り自体は夕方以降に始まるため、いつもより少し遅くに起きるつもりだった。だがそんな休日は、扉を叩く音と共に中断される。
「こんにちは。先生、起きてるかい?」
そう呼ぶ大きな声に起こされた私は、その声の主を思い浮かべ、少し苦い顔をしてベッドを抜け出す。
部屋の壁に掛けてあったローブを羽織り、裏口へと向かった。
「……こんな時間にどうした?連絡も寄越さずに来るなんて珍しいな」
私は半分ほどしか開かない目を擦りながら、戸口に立つその男性へ問いかける。
「おはよう、イヴ先生。この時間なら起きてるかなと思ったんだけど、そういえば休日だったね。起こしてごめん、先生」
申し訳なさそうに笑うその男性―― コリウス・アンブローズはそう謝りながら話を続けた。
「今から少し話せないかな? 都合が悪ければ出直すけど」
「……いや、大丈夫だ。上がっていくといい」
私がため息混じりにそう答えると、彼はぱっと表情を明るくした。
「ありがとう! それなら遠慮なくお邪魔させてもらうことにするよ。それと朝食を買ってきたんだ。キッチンを借りてもいいかい?」
「好きに使っていい、とりあえず私は顔でも洗ってくる」
私は眠い頭を抱えながら、キッチンから聞こえ始める音を背に自分の部屋がある二階へと戻る。
身支度を済ませリビングに向かうと、アンブローズが買ってきたのであろう朝食が綺麗に並べられていた。
「おかえり先生、今ちょうどお湯が湧いたからお茶を入れるよ、座って待っててくれ」
私は彼の言うとおりソファへ座り足を組む。慣れた手つきで紅茶を入れる彼を見て、私は呟いた。
「なんだか家政婦がいる気分になるな。フィーもお前も、馴染みすぎだろう。別に悪いとは言わないが……」
欠伸をしつつ、彼から紅茶を受け取りそれを啜る。
「それはもう、先生にここに住んでもらうようになってからかれこれ十年くらい経つんじゃないか? 何度も来てるんだし、慣れもするさ」
もうそんなに経つだろうか。この身体になってから、歳をとることがなくなった私は人と接することの無いように過ごすようにしてきた。そんな中、アンブローズやエルフィムのような知人は稀だといえる。
エルフィムは、その種族の特性から寿命がとても長く、軽く数十年は姿が変わることが無い。アンブローズはただの人間だが、彼個人の研究による成果かここ十年ほど年老いた様子を見せなかった。
そんな知人に囲まれていると、時間の流れに疎くなる。
「そんなに経つのか……なんだかんだお前とも長い付き合いになるな」
「そうだね、先生には本当に感謝してるよ。出来れば俺が生きているうちに、先生の呪いが解けると嬉しいんだけどな」
紅茶のカップを片手に向かい側のソファへ座った彼は、少し寂しそうにそう言った。
「……そうだな、そう言えば先日進展があったよ。お前が紹介してきた青年から情報が出た」
私は先日の出来事を掻い摘んで説明した。それを聞くと、アンブローズは嬉しそうに笑う。
「そうか、カーティスから少しは話を聞いていたが、まさか先生と関係があったなんて。使われていた術はともかくとして、いい結果が得られて何よりだ。俺ももっと貴女の役に立てるよう頑張らないとな」
サラダを摘みながらそう言う彼に、私は忘れていた本題を思い出し問いかける。
「そうだ、すっかり忘れていたが、今日はなんの用があったんだ? 何か急な注文か修理でも入ったのか?」
あっ、と一声漏らした彼は、思い出したように口を開く。
「そうだった。先生、今日は収穫祭があるだろう? もし良ければ一緒に回りたいなと思ったんだけど、どうかな?」
「……収穫祭? フィーに誘われて夕方から行く予定ではあったが、お前が私を祭りに誘うなんて珍しいな、何かあったのか?」
そう聞くと、彼は少し困った顔で話を続けた。
「た、ただ普通に誘っただけだよ。別に何も無いさ……本当だよ?」
少しだけ目を逸らす彼を、私は疑わしげに見る。私の視線に気付いた彼は、少しだけムッとした表情になりながらも微妙な顔をしている。
「まぁ、何か隠していたところで特に問題もないだろう。だがとりあえずはフィーに連絡して聞いてみないとだな」
先に折れた私はそう言うと、連絡をとるために立ち上がろうとした。そこをアンブローズが制止するように手を挙げる。
「あぁ、それなら俺から連絡するよ、俺がわがままを言ってるんだからね。ちょっと通話機を借りてもいいかい?」
私が頷くと、彼は部屋の端へ向かい、エルフィムへと連絡を取り始める。少ししてから、了承を得たと嬉しそうに言い、彼はソファへと戻ってきて座り直した。
「それじゃあ夕方から、エルフィムもここに来るんだろう? 俺も同じくらいに迎えにくるよ」
何故みんな迎えに来たがるんだろうかと、不思議に思いながらも私はまた頷く。その後、昼近くまで仕事の話をした後、彼は一旦家へと帰っていった。




