第1話「私も撮っていいよ」
「莉央、何してるの?」
大学の中庭。
講義棟へ向かう途中、美玲は見覚えのある長い髪を見つけて足を止めた。
瀬戸莉央。
高校生の頃から、美玲が自分と同じくらい可愛いと思っている女の子だ。
すらりとした手足に、華やかな顔立ち。
大学生になった今は明るい髪色もよく似合っていて、遠くからでも目立つ。
高校時代は顔を知っている程度だったけれど、大学で再会してから話すようになった。
その莉央が、知らない男の前に立っている。
いや。
正確には――撮られている。
男が構えたカメラから、小さなシャッター音がした。
「美玲」
莉央がこちらを向く。
「写真撮ってもらってた」
「写真?」
美玲は二人に近づいた。
「写真撮らせてほしいって言われて」
莉央がポーズを取ったまま答えた。
男がカメラから顔を上げる。
少し長めの茶色い髪。
軽そうな雰囲気。
女の子には困らなそう。
「すごく自然体で可愛い」
男はそう言いながら、莉央にレンズを向ける。
カシャ、カシャ、とシャッター音が続いた。
――まあ、顔は悪くない。
「見ていい?」
返事を待たず、美玲はカメラの画面を覗き込んだ。
「写真コンクールがあるんだ」
男が言う。
「テーマが『美しい』なんだよ」
男は莉央を見た。
「俺、綺麗だと思ったものしか撮らないから。ちょうどいいと思って」
そこには、少し横を向いた莉央が写っていた。
風で髪が揺れている。
いつもの華やかさとは少し違う、落ち着いた表情。
「へえ」
美玲は素直に感心した。
「いいじゃん。莉央、真正面よりこういう横顔のほうが綺麗かも」
「それ褒めてる?」
「褒めてるよ。莉央って目が強いから、真正面だと顔がうるさいじゃん」
「一言多いんだけど」
莉央が笑う。
美玲も笑って、そのまま男を見る。
カメラを持っているせいか、さっきより少しだけ格好よく見えた。
写真も上手い。
だったら――。
「ねえ」
「ん?」
「私も撮っていいよ」
上目遣いで男を見る。
男が美玲を見る。
「……何で?」
美玲は一瞬、意味が分からなかった。
「なんでって……撮りたいでしょ?」
男が黙る。
莉央も黙る。
「え?どうしたの?」
男が莉央を見る。
「こいつ、いつもこんな感じ?」
「まあ……そうだよ」
「ちょっと莉央。何よ、この空気」
男が小さく笑った。
「別に撮りたくないけど」
「……は?」
今、なんて?
「莉央は撮るのに?」
男は黙ったまま、今撮った写真を確認している。
手にしているのは、黒いミラーレス一眼。
画面には、風に髪を揺らした莉央の姿が綺麗に写っていた。
「俺、このカメラでは自分が綺麗だと思ったものしか撮らないって決めてるから」
「何それ。じゃあ私も撮りたいでしょ?」
「だって私、可愛いじゃん」
美玲は真顔で言った。
冗談でもなんでもない。
髪も、メイクも、服も。
自分に何が似合うかくらい分かっている。
今日だってちゃんと可愛い。
むしろ、この男の写真ならもっと可愛く写るはずだ。
「一枚くらい撮ってもいいよ」
「撮らない」
「なんでよ」
男は美玲を上から下まで見た。
「あんたみたいな女は撮らない」
「どういう女よ」
「自意識過剰な女は撮らない」
「え? 私のこと言ってる?」
美玲は自分を指さした。
男が頷く。
「お前しかいないだろ」
「何よそれ。初対面なのに失礼じゃない?」
「初対面じゃない」
「え?」
「やっぱ覚えてないんだ。別にいいけど」
男はそれ以上説明する気もないらしい。
カメラを下ろした。
その態度が、さらに腹立たしい。
「ちょっと。何よそれ」
「隠さないで言いなさいよ」
「二人、知り合いだったの?」
莉央が驚いたように言った。
「私は知らないわよ」
男は答えない。
「じゃ、俺行くわ」
男は片手を上げ、そのまま歩いていった。
「ちょっと待ちなさいよ!」
美玲はその背中を睨みつける。
「……何よ、あいつ」
莉央が笑う。
「美玲、珍しいね」
「何が?」
「男の人にあんなこと言われるの」
「そうなのよ!」
美玲は莉央を振り返った。
「おかしくない!? 普通、私が撮っていいって言ったら撮るでしょ!」
「うん。美玲可愛いし、撮りたくなると思った」
「しかも何よ、あの言い方!
私が性格悪いみたいじゃん!」
「それは……」
莉央が視線を逸らした。
「何よ」
「なんでもない」
「莉央?」
「講義始まるよ」
「あ、逃げた!」
二人は講義棟へ向かった。
それでも美玲の頭から、さっきの男の顔が離れない。
絶対、性格悪い。
――あんたにだけは言われたくない。
午後。
美玲は教室の机に頬杖をついていた。
美玲たちが通う大学には、ヘアメイクやファッションデザイン、写真、絵画など、さまざまな専攻がある。
普段はそれぞれ別の分野を学んでいるが、専攻を越えて取り組む課題もあった。
前では教授が次の課題について説明している。
「今回は専攻の違う学生同士でグループを組んでもらいます」
美玲はぼんやりスマホを見た。
「四人一組で、一人の人物をテーマにしてください。ヘアメイク、ファッション、写真、絵画。それぞれの専門から、その人物の魅力を表現してもらいます」
その言葉に、少しだけ顔を上げる。
それは面白そう。
「グループはこちらで決めました」
スクリーンに名前が映し出されていく。
美玲は自分の名前を探した。
あった。
相沢美玲――ヘアメイク。
その下。
瀬戸莉央――ファッションデザイン。
「莉央、一緒じゃん」
「ほんとだ」
ラッキー。
美玲はその下を見る。
榊朔――絵画。
知らない名前。
「あ、榊くんじゃん。いいなあ」
後ろの席から、女の子たちの声が聞こえてきた。
「私、榊くんと同じグループがよかった」
「高校のとき、影でファンクラブまであったんだよ」
「え、そうなの?」
美玲はもう一度、スクリーンを見る。
――そんなに人気あるんだ。
そして最後、
藤堂海斗――写真。
「あ、藤堂くんもいる!」
「いいなあ。高校のとき女子に人気あったよね」
「私、これを機に話したかったなあ」
「……藤堂海斗、写真?」
美玲は隣の莉央を見る。
「これって、まさか……」
莉央が苦笑いする。
「さっきの人」
「嘘でしょ!?」
美玲は教室の後ろを見る。
そこに――いた。
さっきの失礼な男。
海斗もスクリーンを見ていたらしい。
美玲と目が合う。
海斗が露骨に嫌そうな顔をした。
「……最悪」
美玲の眉が跳ね上がった。
「それ、こっちの台詞なんだけど!!」
教室中の視線が二人に集まった。
教授が眼鏡の奥からこちらを見る。
「……相沢、藤堂。知り合いか?」
「違います!」
二人の声が、綺麗に重なった。
美玲は海斗を睨む。
海斗もこちらを見ている。
――なによ、この男。
絶対、嫌い。
このときの美玲は、まだ知らなかった。
自分がいつか、この男のカメラに写りたいと願うことも。
そのカメラが、自分でも知らない顔を写すことも。
■登場人物
■相沢 美玲(20)/ヘアメイク専攻
自分が可愛いことを自覚している、自信家で負けず嫌い。可愛さは努力で作るものだと思っている。海斗を「絶対落とす」と決めるが、いつの間にか自分が恋をしていく。
■藤堂 海斗(20)/写真専攻
気だるげで口数少なめのカメラ男子。「綺麗なものしか撮らない」が信条。最初は美玲に興味を示さないが、彼女の作っていない表情に惹かれていく。
■瀬戸 莉央(20)/ファッションデザイン専攻
華やかで目を引く美人。明るく軽そうに見えるが、服作りには真面目。美玲とは遠慮なく言い合える関係で、朔に恋をする。
■榊 朔(20)/絵画専攻
黒髪の童顔王子系。穏やかで真面目な絵描き。莉央の外見だけでなく、物作りに向き合う姿にも惹かれていく。




