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アストラルエデン 〜最弱なわたしの魔力譲渡に、最強の乙女達が群がる理由〜  作者: 植物めんじゅ
1章 氷の令嬢はわたしの浄化なしでは生きていけない

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第1話 探索者

1章表紙

挿絵(By みてみん)


 無機質なLEDライトが等間隔に並ぶ、巨大トンネルのような地下空間。わたしは背中にのしかかる巨大なリュックサックの重みを背負い直し、ため息を飲み込んだ。視線の先には、特設された煌びやかなステージ。周囲にはわたしと同じように巨大な荷物を背負った同僚達がいるけれど、みんな死んだ魚のような目をしている。帰りたいという全員の心の声が聞こえてくるようだ。わたしの名は桜優菜(さくらゆうな)。こう見えても、世界の花形職業である探索者(シーカー)の端くれだ。三十年前、未曽有の大地震が発生して世界各地にゲートと呼ばれる時空の裂け目が発生した。ゲート内部に広がる異界――ダンジョン。そこから得られる魔石(マナコア)が現代社会のエネルギー源となって久しい今、モンスターを狩る探索者は子供達の憧れの的だ。……まあ、Fランクのわたしは、モンスターを狩るどころか荷物を運ぶだけの底辺職なんだけど。


 いつまでここで待っていればいいんだろう。これから雇い主である大手ギルドのちょっとしたパフォーマンスが始まる予定なのだけど。暇すぎて立ったまま寝そうになったところで、壇上に仕立ての良いスーツを着た男が現れた。壇上の男、神崎透(かんざきとおる)さん。実力はあるけど性格に難ありと噂の雇い主だ。


「よし、皆集まったな! 今回の任務は我がギルド、アークライトインダストリー始まって以来初となる深層への攻略だ!」


 彼が手を広げた瞬間、ピンポン玉サイズの銀色の球体――自律飛行型魔導カメラ『アルマ』が一斉に飛び回る。


『お、社長演説始まったな』


『Aランク探索者にしてCEOとかマジ有能よな』


『神崎社長、マジで深層いくつもりかよ』


『信者乙』


 コンタクトレンズ型スマートデバイスの端に、猛烈な勢いで配信コメントが流れていく。アルマを通して探索者の活動はリアルタイムで配信され、世界でも一大人気コンテンツとなっているのだ。人気の探索者は投げ銭だけで、億を稼ぎ出す人もいるらしい。わたしは底辺の雇われ探索者だから、そんなのとは無縁……。神崎さんの演説は今も続いている。


「我々の使命は一つ! より多くの魔石を持ち帰り、この国のエネルギー産業を牽引することだ! 持続的マナエネルギー社会を維持し、日本の国際競争力を支え……」


『魔石は、今や日本の一番の輸出量だからな。魔石産業は最も重要な産業だよ』


『政府系ギルドは言うことが違いますな。まさに、政府の犬』


『莫大な補助金もらってたら下手なこと言えないだろ』


 魔石は、この世界を支える必要不可欠なエネルギー源。車、スマートフォン、飛行機などなど、石油や電気で動いていたモノは全てマナエネルギーに置き換わっている。それほどまでに、魔石から抽出されるエネルギーは規格外の効率を誇るらしい。資源のない日本にとって、ダンジョンは自国でエネルギーを賄える唯一の場所。生命線と言っても過言ではない。そんな背景があって、世界各国は危険なダンジョンを閉鎖せず、管理しながら維持しているのだ。


「そして今日! 我がギルドに加わった新たな伝説を紹介しよう!」


 神崎さんが大げさに腕を振るう。来る。わたしは思わず背筋を伸ばした。今日の主役。わたしの推し。


氷室玲香(ひむろれいか)氏だ!!」


 ステージの奥から、静寂を纏った女性が歩み出る。アルマが彼女の姿をドアップに映し出した瞬間、ダムが決壊したようにコメントが大量に流れ出す。


『うわぁぁぁぁぁぁ!! 玲香さまぁぁぁぁぁ!!』


『我らが氷の令嬢……。尊い、尊すぎる……』


『美しすぎる……。生きててよかった』


『ずっとフリーだった玲香様がギルドに所属するなんて。あのリーク情報は本当だったのか』


 氷室玲香さん。最高峰のSランク探索者にして、現代最強の剣士の一人。ネットで何度も見た顔なのに、ドアップで映された彼女から目が離せない。肌は雪のように白く、アクアマリンの瞳は切れ長で気品のある美人といった顔立ちであった。スラリと長い手足に、程よく主張している二つの膨らみ、モデル顔負けの完璧なプロポーション。黒のショートパンツ、ふんわりとした白シャツなど女性らしいデザインの服を着て、その上から銀の刺繍が入った無骨な黒のジャケットを羽織っている。腰には銀細工があしらわれた鞘に剣が収まっており、佇まいは一本の剣のようで隙を全く感じさせない。ただ立っているだけなのに、そこだけ空気が張り詰めているようだ。


 本物だ……! 顔ちっさ! 足ながっ! 同性のわたしですら呼吸を忘れる美貌に、他者を寄せつけない圧倒的な強さ。彼女が絶大な人気を誇る理由が分かるというものだ。でも、彼女の魅力はそれだけではない。ここぞという時に氷系のド派手なスキルを使った魅せる戦い方、視聴者に媚びない寡黙でクールな人柄。そんな配信スタイルから彼女は氷の令嬢と呼ばれ、男女問わず幅広い支持を得ていたのだ。ネット配信で何度も見たけれど、実物のオーラは桁違いだった。神崎さんの演説なんて誰も聞いていない。世界中の視線が彼女に釘付けだ。


「今回の任務を成功させアークライトインダストリーは大いなる一歩を踏み出す。君達は歴史の目撃者となるだろう。さぁ、我々と共に冒険へ行こうではないか!」


 神崎さんが力強く拳を振り上げると、コメント欄がそれに呼応して熱狂に包まれた。


『本配信はまもなく開始。チャンネルはそのままで』


 アルマの配信画面に静止画のサムネイルが表示され、ライブ配信が一旦終了となった。周囲は慌ただしくなり、神崎さんがスーツから探索者用の衣装へと着替えながら、指示を飛ばしている。


「十分後、ゲート前へ集合だ! そこの荷物持ち! なにぼさっとしている!」


「は、はいぃ! すみません!」


 神崎さんの怒鳴り声で現実に引き戻された。彼が玲香さんを引き連れて近づいてくる。


「やけにトロい奴だと思ったら、歩くモバイルバッテリーの桜か」


「あはは……。えっと、はい、低容量ですみません…………」


 わたしの固有スキル『魔力譲渡(マナギフト)』は、他人に魔力を渡せるだけの地味スキルだ。しかも効率が悪すぎて、付けられたあだ名がそれだ。


「Fランクのお荷物が、どうしてこんな重要な任務に参加させてもらえているのか理解しているのか?」


「えーと、運が良かったから? えへへ、なんちゃって……」


「このバカが! おまえのスキルがどれだけゴミでも、ないよりはマシだからだ!」


「そうだったんですね」


「はぁー、荷物持ちと氷室の魔力回復要員としてせいぜい役に立て。死んだら置いていくからな。お前が今回の任務で死のうが我が社にとってはどうでもいいことなんだ。肝に銘じておけ」


 吐き捨てるように言って背を向ける神崎さん。最悪だ。推しの前でこんなに怒られるなんて。わたしは恐る恐る、隣に立つ玲香さんを見上げると目が合う。生玲香さん、美人すぎる……と思うと同時にすごく気まずい。わたしはつとめて笑顔で挨拶をする。


「あ、あの……桜優菜です。足を引っ張らないよう頑張りますので、よろしくお願いします!」


「……よろしく」


 冷たい。絶対零度の視線が一瞬だけわたしを射抜き、彼女もまた歩き去ってしまった。まあ、そうだよね。Sランクの雲の上の人からすれば、わたしなんて道端の石ころだもんね……。だとしても、あの玲香さんと話せちゃった! 生の玲香さんやっぱり綺麗だったなぁ。


「えへへ……」


 こらえきれず声を漏らしてしまってから冷静になる。周囲から変質者を見るような視線を向けられていたのだ。これはマズイ……。わたしは慌てて真顔に戻って駆け出した。実はこのスペースからゲートのある場所まですぐに移動できる。昨今のライブ配信の盛り上がりから、ゲート周辺にこうした簡易スタジオも併設されているのが常識になりつつあった。程なくして、ゲートへ辿り着く。空間に大きな裂け目が出来ていて、その先は紫色の模様が(うごめ)いてなんとも不気味だ。神崎さんを先頭に探索者の集団がゲートへ入って行く。いけない、このままじゃ置いてかれちゃう。走ってゲートの中へ入ると視界が暗転。次の瞬間、暗く幻想的な空間が広がる。


「いつ見てもキレイだなぁ」


 ダークブルーの空の下に、淡く光る大小さまざまガラス。地面から生える草木は、すべてステンドグラスのようなガラス質で出来ている。風が吹くたび、シャラシャラとウィンドチャイムのような音が鳴る世界。第一層『水晶の森クリスタル・フォレスト』。美しくも、どこか生命の拒絶を感じる場所だ。


『親の顔より見た水晶の森(クリスタルフォレスト)


『一層目突入!』


 視界の端にあった画面に映像と共にコメントが更新されている。どうやら、アルマによるライブ配信が始まったらしい。任務の参加者は約二十名の大規模パーティーで、その中で荷物持ちと言われる者達は十名もいる。深層と言われる領域までは一週間以上もかかるところにあるのだ。当然、そんな長旅には生活必需品や食事など携帯しないといけないし、道中魔石も回収しないといけない。なので、わたし達荷物持ちはダンジョン探索では必要不可欠な役目なのだけど、やっぱり前線で戦う人と比べると軽視されがちなのが現状だ。荷物持ちだとしても探索者には変わりないので、戦う力もあるし、スキルだって使える。ちなみに、Fランクの参加者は私だけで、他の人達は最低でもDランク。明らかにわたしだけ浮いているのは間違いない。隊列の最後尾で、必死に足を動かしているその時。


「アソボ……、アソボ……」


 不協和音のようなノイズ。水晶の柱の陰から、真っ白なマネキンのような怪物が現れた。 低級モンスター『ドール』だ。ガラス状のパーツと球体関節を組み合わせたそれは、ゆらりとこちらへ腕を伸ばしてくる。


 ヒュンッ!


 わたしが悲鳴を上げるより早く、銀色の閃光が走った。三体のドールが粉々になって、足元には小さな魔石三つが転がる。玲香さんだ。抜刀の動作すら見えなかった。舞うような剣技。砕け散る敵の破片がキラキラと光り、まるで芸術作品のようだ。剣を鞘に戻す動作すら、気品を感じてしまう。すごい……。あ、そうだ。見とれている場合じゃない。サポートしなきゃ!  神崎さんに言われたことを思い出して、わたしは急いで駆け寄る。


「あ……、ふげっ!」


 地面の窪みに足を取られて、躓いてしまった。うぅぅ~、おでこ打った。痛む頭をさすりながら、立ち上がると玲香さんが冷ややかな目で見下ろしていた。


「あ、えと、魔力を!」


「いらない」


「あ……」


 食い気味の拒絶。差し出した手が空中で行き場を失い、声が詰まる。


「大して消費していない。……それと、あまり前に出ないで。危ないから」


 冷徹な声。でも、それはわたしを突き放すというより、どこか苛立っているような響きがあった。彼女はわたしに興味を失ったように、視線を前方へ戻した。そして、その瞳が微かに細められる。彼女の視線の先。水晶の森の奥から、ザッ、ザッ、と軍隊のような足音が響いてきた。アルマの解析アラートが鳴り響く。


『警告。敵性反応多数。推定数……三百六十二体』


「さ、三百……!?」


 こんな数見たことない。こっちは二十人しかいないのに……。


[氷室! 変異体が現れた!]


 神崎さんが血相を変えて叫ぶ。白いドールの群れの最後方、ひときわ巨大な赤色の個体がいた。全身が禍々しい紅蓮の結晶で覆われ、両手が異常に大きく指が鍵爪のような形状になっている。


「変異体は通常のモンスターよりはるかに強力な上に、指揮官のように大勢のモンスターを引き連れる。クソ! なんで、こんなタイミングで!」


「……下がってて」


 取り乱す神崎さんとは対照的に、玲香さんは静かに剣を構えた。その背中には、微塵の恐怖も感じられない。


「私が殲滅する」

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