13 観光
大通りに出ると、石造りの建物が所狭しと並んでいるのが目に入った。地面には舗装された石畳が直線上に続き、その道脇に屋台や露天商がポツポツと店を構えている。
『わぁ、なんだか異国情緒ある街って感じね』
道の真ん中でミラがくるくると回りながら言う。可愛い。
元々想像していた王都アティアはこんな感じだった。王都というからには発展しているはずだし、人の営みも豊かであるはずだろう。
スタートが謎の廃倉庫だったので出端をくじかれたが、いよいよ任務開始だ。早速、猫耳メイドの騎士さんを探しに行こう。あとミラを喜ばせるために騎士っぽいこともしたいし、リコリスラディアータに血も吸わせたい。
後ろからついて来たシズクが、前を見据えながら口を開く。
「私は、『黄昏時の神隠し』に『魔女の遺産』が関係していると思う」
「え? …………あ、ああ、そういえば」
そうだった。一応この任務の目的は『魔女の遺産』の回収だった。すっかり忘れていたが、仕事をサボるのは良くない。研究所から追い出されたら服飾室のアメリアさんにも会えなくなってしまう。それはとても困る。
「まずは黄昏時の神隠しについて探ってみる」
「了解です」
シズクがまともに先輩している。やはり任務に慣れているなあと思う。そんなシズクの姿を——私は二度見した。
「あれ? ニンジャじゃなくなってる……着替えた?」
「……ニンジャのままだと怪しまれるから。聞き込みするなら目立たない服を着るべき」
「確かに……」
シズクはいつの間にか、どこにでもいそうな平民の娘っぽい姿になっていた。
それに比べ私はアインザーム研究所の汎用作業着である。ただの黒いローブなので視覚的には目立たないが、それが逆に怪しまれる要因になる気もする。
「そのうち着替えよう」
ただ今はそもそも着替える先の服がない。アメリアさんのところでもらった服が2着あるが、あれはどちらもミラに着てもらうためのものだ。そしてミラは私以外の人には見えないため、急いで着替える必要もない。
まあその辺の服屋で買えばいいだろう。……そう思って辺りを見渡すと、ある違和感に気付いた。
『……うーん、人が全然いないわね?』
ミラの言う通り、大通りにしては道行く人がほとんどいないし、馬車などの乗り物が通る気配もない。
道端のお店はやっているようだけど、ただ店番をしているというだけで活気もない。
「人が少ないですね」
「王都の大通りなら、時間問わずそこかしこに人が歩いているはず。それがこんなに少ないのは……黄昏時の神隠しのせい、だと思う」
「皆、神隠しに遭うのを恐れてるのかな」
無理もない話だ。もしあの鐘の音と共に無差別に人が消えるなら、この時間の外出を控えるのも分かる。
「……この国にとって、黄昏時は呪われた時間なのかも」
『街並みの夕映えは綺麗なのに、勿体ないわね……』
落陽が静かに照らす大通りは、石造りの人工物を幻想的に演出していて、独特の趣がある。確かに綺麗だが、本来は人が行き交ってこそ完成する景色なのだろう。
「まだ分からないことだらけ」
シズクが歩き出したので、隣に立って進む。店番の人とかに話しかければ何か分かることもあるかな。
少しして、前で街の様子を見ていたミラが声を上げた。
『あら? あそこ、人間……お婆さん? が座り込んでいるわ。話を聞いてみましょう!』
ミラの言う先に目を向けると、道の端で、建物の壁の方を向いてうずくまっている老婆を見つけた。とりあえず最初の参考人だ。慎重に話を聞くとしよう。
「あの、えっと、こんにちは」
少し緊張しながら近づいて話しかけてみたが、特に反応がない。
「……あれ? あのー、聞こえてますか?」
「ああ? あぁ……」
もう一度話しかけると、その老婆がこちらに振り向き、ギョロリとした目を向けた。
老婆は睨みつけるかのように険しい表情をしたかと思えば、にやりと口の端を歪めて話し始める。
「——愚かしい、嘆かわしい……。世が世を腐らせ、潦は澱となり、また沈む……堕ちて堕ちて、際限の無いことだ。家畜は奴隷となり、奴隷は屍となる。……アァ!」
「…………そ、そうですか……」
なんだこの人……。変な人に話しかけちゃったな。
『ふむふむ……つまりどういうことかしら……』
「意味なんかないと思うよ……」
どこから取り出したのか、太縁の眼鏡をかけてメモ帳を手に、真剣に考察しようとするミラ。この老婆は話が通じそうもないし、ただの変な人だと思うが……考えるミラが可愛いし、この姿が見れただけでもまあいいか。
気を取り直して、適当に近くの屋台に向かう。焼き鳥の美味しそうな匂いがして気になっていたのだ。
シズクが私に追いつき、屋台の方を見て言う。
「美味しそう。私が買うね。もも串でいい?」
「あ、はい。2本お願いします」
「わかった。まかせて」
シズクがふんすという表情をしながら屋台に入っていく。程なくして、店員の声が聞こえてきた。
「いらっしゃいませ……今日もまた素晴らしい一日です。ええ、今日は素晴らしい日です。感謝を、祈りを、そしてどうか、祝福と安寧を」
「もも串4本ください」
「金貨6枚です」
「…………はい」
「祈りましょう。畏れましょう。寿ぎましょう。その全てを」
……なんか、店員もさっきの老婆みたいに変な喋り方してるな。この街の人皆そうなのかな……。それとも、それくらい変わった人じゃないとこの時間に外へ出ないのかもしれない。……というか、なんか店員の人、シズクじゃなくて私を見ている。目が合ったので急いで逸らした。
シズクがしょんぼりした顔をして、もも串4本を持って戻ってきた。
「…………高かった」
「……えっと、任務用にもらえるお金ってどのくらいなんですか?」
「……金貨10枚」
「えっ」
シズクからもも串を2本受け取り、1本をミラに渡す。さっき金貨6枚払ってたな……。
『ありがと、アヤ。大事に食べないといけないわね……あむ』
お金の管理はシズクに任せていたが、もう半分以上なくなってしまったらしい。なんとも言えない気分で焼き鳥にかじりつく。
「あむ……もぐもぐ……」
『でもまあ、美味しいわね……』
隣でもふもふともも串を頬張るミラを見る。高かったが味は美味しい。絶妙な焼き加減のもも肉に、少ししょっぱめの甘辛いタレがたっぷりとついている。
ミラが幸せそうだから、まあいいか。お金は必要になったらまた考えよう。
食べ終わったので屋台近くのゴミ箱に串を捨てる。シズクも1本目を食べ終わったところで、もう1本を手に持っている。
「美味しかったですね」
「! 本当? よかった! じゃあ……もう1本、あげる!」
「……え、い、いや……いらない……」
「えっ」
ずいと押し付けられたもも串。だが別にもうお腹は空いていないし、高いのを何本も食べるのは気が引ける。素直にシズクが食べるのが良いと思って断ると。
「そう……」
シズクはもも串と私を交互にチラチラと見た後、残念そうな顔をして引き下がり——先程の老婆に、その1本を差し出していた。
老婆は怪訝そうな顔をして「ああどうも」とそれを受け取り、シズクに何かを渡した後、焼き鳥を一口かじる。
「…………少し……塩辛いな」
……まあ、そうかもね。
シズクが少しだけ笑顔を取り戻して戻ってくる。
「ちょっとだけ返ってきた」
差し出されたてのひらを見ると、そこには老婆から受け取ったらしい金貨2枚があった。……意外といい人だったのかもしれない。
その後も適当に道を歩いていると、前の方から騒がしい声が聞こえてきた。
「何だよ……そんなに悪いことなのかよ!?」
「残念だが厳罰に処すのが決まりだ。例えそれがお前さんのような子供で、偶然の産物だったとしても、だ」
どうやら揉め事の予感。ミラの方を見ると、丁度ミラも私の方を見て目が合った。……これは騎士っぽいことをするチャンスかな。




