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旅館五平荘

【前話までのあらすじ】


 この場所に訪れたこと、月人が気を失ったこと、全てが準備された出来事のように思えた。月人は、この地で唯一見ていない恋人岬の『鐘』に向かった。わずかに目を離した隙に、真心が岬へ続く階段を降りて行った。月人は真心の後をつけ、岬の展望デッキに降り立つ。その場所で鐘を鳴らす真心。その褐色の瞳は、夕陽に染まる海を見ていた。

◇◇◇

 海に伸びた黄金の道が細くなり、紫が空を支配し始めた頃、俺たちは恋人岬を後にした。


 陽が沈むと、まだ秋には早いのに、やたら涼しい風がすり抜ける。


 俺たちは達磨寺に挨拶をすると、その足で旅館「五平荘」のある土肥まで戻った。


 旅館「五平荘」は土肥の海が一望できる沿岸に建つ白壁の旅館だ。


 わざわざ、達磨寺に『盲目の少女を連れた者を五平荘へ案内するように』などと言い伝えられるくらいだ。旅館には斉木博士につながる大きな手掛かりがあるはずだ。


 助手席で眠る真心。


 俺は一瞬、起こすことに躊躇した。今日はあまりにもいろいろなことがありすぎた。



 「真心、着いたよ」


 「あ、ごめんなさい。私眠っちゃった」


 「うん。大丈夫だよ」


 真心の手荷物は太郎が運んでくれた。


 俺はさきに玄関を入り、受付を済ませてしまおうと思った。


 受付に居たのは60歳前後の初老の男性だった。旅館の規模から、ここの主人だろう。


 平日ということもあり部屋は空いていて、俺たちは2階の『海猫の間』に案内された。


 部屋に荷物を降ろすと、太郎がテーブルの上のポットから冷たいほうじ茶を注ぎ始めた。


 洗面台で手を洗い終えた真心を座布団の上に座らせると、俺はさっそく行動を起こすことにした。


 「真心、俺、ちょっと澄徳さんに連絡してくるよ。きっと真心のことを心配しているだろうし」


 「うん」


 意外とあっさりとした返事だった。俺はもしかしたら「一緒に行く」と言うかと思っていた。しかし、それをできないほどに、真心は疲れ切っていることに、今更ながら気が付いた。


 「俺から真心は元気に旅しているって伝えておくよ」


 「うん、月人さん。ごめんね」


 「ああ..」


 2人を部屋に残し、1階の受付横にある公衆電話で五暁寺に電話した。


 電話口に出た澄徳さんは、まっさきに真心の様子を聞いた。真心が行く先々の景色に、心を躍らせていることを告げると、澄徳さんは「それはよかったです」を何度も口にしていた。


 そして、ここからが本題だ。


 俺は気を失ったときに見た新たなヴィジョンを澄徳さんに教えた。このヴィジョンは斎木博士に繋がる映像のはずだ。それならば澄徳さんにも心当たりがある可能性が高い。


 「古都の街並み」「顔のない子供を抱く仏像」を伝えただけで澄徳さんはそこの場所を特定した。


 「月人君、それは木曾路にある奈良井宿ならいじゅくという場所です。そして、その『顔のない仏像』は歴史ある寺『大鳳寺たいほうじ』にある特別な仏像です」


 「大鳳寺..もしかして永承会のメンバーですか?」


 「はい、その通りです。大鳳寺ですか.. 月人君、その寺の住職晴広せいだいさんと斎木博士は大変仲が良かったのを覚えています。もしかしたら、晴広さんなら斎木博士の居所を知っているかもしれません。あるいは、その寺にいるかもしれませんよ」


 「わかりました。ありがとうございます」


 「月人君、気を付けてください。そして真心をよろしく頼みます」


 「はい」


 澄徳さんの話の通りだとして、ひとつ大きな問題があった。もしも、寺の僧侶の一人として斎木博士がいたとしても、俺は斎木博士の顔を知らなかったのだ。


 斎木博士の顔写真は一枚も残っていない。ネットで検索しても斎木博士の写真は一枚もヒットしなかったのだ。


 どんな方法を使ったかはわからないが、斎木博士は身を隠すため、あらゆるサイトから自分の顔写真を完璧にデリートしたのだ。


 真心の顔を見て、斎木博士は自ら声をかけて来るだろうか..


 いや、五暁寺に預けてまで失踪したのだ。斎木博士はおそらく一言も声を漏らさないだろう。


 真心の目さえ見えていれば..


 その時、俺ははっとした。


 —燐炎りんかなら.. 斎木博士を知っているかもしれない。


 いや、彼女を目覚めさせるわけにはいかない。俺はその考えを打ち消した。



 しかし..


 『—私も見えたよ。素晴らしく綺麗な夕陽—』


 あの時、真心が見たあの夕陽は、本当に彼女の瞳に映しだされた景色だったのだろうか..


 どちらにせよ彼女の瞼は、今はまた閉じてしまっている。


 あの時、夕陽に揺れる彼女の瞳が俺の心を茜色に染めていた。


 「..くっ、くそったれ」


 —なぜ、いちいち喜びを閉ざすようなことをしやがるんだ。


 俺は心の中で、俺たちをもてあそぶ何かに文句を言った。



 「娘さんの親御さんにご連絡ですか」


 「え? あっ、まぁ..」


 受付で書類の整理をしていた主人が突然話しかけてきた。


 「目が不自由な娘をもつ親御さんは心配でしょうね。実は私の娘も、幼いころ事故で足に障害を持ちまして.. あの娘さんを見ていると、どうしても他人事とは思えませんでね。でも、あなたのような優しい方が一緒なら親御さんも安心でしょう。何か困ったことがあったら言ってくださいね」


 思いがけないことに、斎木博士と五平荘の主人との共通点が見つかった。


 「ご主人!! 実はお尋ねしたいことがあるのですが!」


 俺の勢いに五平荘の主人は飲みかけの麦茶を書類の上にこぼしてしまった。




◇◇◇

 次回

 3章 海に響く鐘

 『星からの伝言』

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