表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/59

愛を呼ぶ鐘

【前話までのあらすじ】


 達磨寺を訪れた月人と真心は、観光案内をする僧侶から斎木博士に関する思いがけない情報を手に入れた。僧侶は、いつか盲目の女性を連れた誰かが斎木博士の名を出したときに『五平荘』を案内するようにと命じられていたのだった。『五平荘』に向かう前に、月人たちは「恋人岬」に立ち寄るのだった。

◇◇◇

 136号線は海沿いの道だ。達磨寺からでも、青い海に浮かぶ恋人岬を確認することができた。


 しかし、達磨寺で『斎木博士』に繋がる情報は既に入手した。恋人岬に訪れることに意味を見出せなかった。あの場所は俺たちを―達磨寺―に導くためのパンくずのようなもの。今となってはそんな風にしか思えなかった。


 それでも真心が行きたいというのなら、特に断る理由はない。


 「太郎君、君もいくかい?」


 「僕もご一緒していいんですか?」


 「もちろん、いいよ」


 太郎君は、デジカメの電池を交換しはじめた。焼き付く太陽に慌ててかぶった麦わら帽子が地面にくっきり影を落とした。


 車は使わず恋人岬まで徒歩で向かう。


 ほんの数分だ。


 真心はいつものように俺の左側の裾をつまみながら歩く。


 8月の太陽は、海を焼いて潮の香りを強くしていた。


 「日傘を買ってきたらよかったかな」


 「ううん。このままでいいよ。右手に白杖、左手に日傘を持ったら、月人さんを見失っちゃうから」


 県道136号から『恋人岬』に誘導する看板が見えてきた。導かれるまま中へ入ると、目の前には俺のヴィジョンと同じ手のモニュメントが空を指さしていた。


 「真心、あった。これだ。俺が見た手のモニュメントだ」


 「これ、メロイックサインに似てるね」


 太郎が聞きなれない言葉を言った。


 「メロイックサイン?」


 「うん。真心お姉ちゃん、こういう形だよ」


 太郎は真心の手を取って、人差し指と小指以外を折りたたんだ形を作った。


 「へぇ。これってどういう意味なのかな」


 「さぁ、よくわからないけど、ロックのコンサートとかでこんな形を作って手を挙げるんだよ」


 「こんな風に?」


 真心が手を高らかに上げた。


 その瞬間、ヴィジョンと現実が重なった。


 「..っ.... 痛い。頭が割れそうだ.. 真..心..」


 俺は白い世界に包まれ、気を失ってしまった。


 —俺の名を呼ぶ真心の声が遠ざかっていく..


**

 「 ..人さん! 月人さん....」


 俺の手を握るのは.. 誰だ? とても温かい手だ。


 —どうか 離さないでくれ..


 俺の指はしっかりとその手にすがりついていた。


 しかし.. 何も見ることができない。俺は確かに瞼を開いているのに.. 


 「 ..ここは?」


 「あっ! 月人さん。 目を覚ましたのね」


 「ああ、真心。俺はいったいどうしたんだ?」


 「恋人岬で倒れたの。太郎君が達磨寺に知らせに行ってくれて、お寺の方々がここまで運んでくださったの」


 「そうか。救急車は呼んだりしてないよね?」


 「それが.. それが、なぜか救急車の番号に通じなくて..」


 「それはよかった。もう呼ばないでいいから」


 緊急の番号が使えないなんて何とも日本が不安になるような話だが、今回に関しては幸運だった。


 病院などに運ばれようものなら、最悪、国土衛星省と厚生環境省の連中に拘束され東京に連れ戻されてしまう。そのうえ、真心の存在までばれてしまっては面倒な事態に陥ってしまう。


 それだけは、何としても避けなければならない。


 「ところで困った。俺も真心と同じになった」


 「どうしたの?」


 「いま、何も見えないんだ」


 「何も見えないの? やっぱり救急車で病院へ行ったほうがいいよ、月人さん!」


 「待ってくれ。たぶん、これは予兆だ」


 —奇妙だ。普通に考えれば大変なことだが、おかしいくらいに落ち着いている。それは―これら全てのことが初めから予定されていたこと―と俺の心の中で整理をつけてしまっていたからだ。


 「予兆って?」


 「何となくそんな気がするんだ。今は少し休ませてくれ.. 真心、心配かけてごめん」


 「大丈夫だよ、月人さん..」


 涙声か.. 真心は泣いてるんだな。


 —泣かなくていいよ、真心、もうこれ以上。


 しかし、俺が『ごめん』だなんて謝ったのは久しぶりな気がする。


 社会の中で生きていくため、いくつもの嘘の言葉を重ねてきたが、今の『ごめん』は一片の偽りもない俺の素直な気持ちだった。


 そんなことを思いつつ、睡魔に身をゆだねた。


 ・・・・・

 ・・


 ——何だ、これは?


 藁? いや杉玉というやつだ。


 見たことあるぞ。酒蔵に飾ってあるものだ。


 街並みが見える.. 古都の街.. まるで時代劇のセットのようだ。


 そしてこれは仏像か何かか? 顔がないじゃないか。手に子供を抱えている。


 よく見るんだ。よく覚えておくんだ..———


 ・・

 ・・・・・・


 スイッチを切ったように映像が途切れる。


 目覚めた俺の視覚はすっかり回復していた。

 

 スライド写真のように鮮明なヴィジョン。それは「ホテル葉桜」で見た時よりも解像度の良い映像だった。


 それはきっと俺が覚悟をしていたからだろう。視界が塞がれた時点で、俺たちを導く次のヴィジョンが現われる予感がしたのだ..


 そして、記憶にない映像を俺に見せているのは.. おそらく真心だ。


 俺の視覚は、何も見えなくなった時に既に真心の視覚と同調していたに違いない。


 そして、それをすることができる唯一の存在。


 —燐炎りんかだ。


 真心の生態AI燐炎が、俺に寄生する生態AIにこの映像を流し込んだに違いない。



 その結論に至ると、全身の毛穴が開き、身震いが止まらなくなった。



 「月人さん?」


 真心が手探りで俺を探していた。


 その手が近づくと無意識に身を引いてしまった。


 —俺を探すこの手を俺はまた振り払おうというのか..


 いや、そうじゃない。差し伸べる手を探していたのは俺のほうじゃないか。


 —この手を取るべきは俺なんだ。放してはだめだ!


 その小さな手を両手でつかむと『大丈夫だよ』と真心に、そして自分に言葉を綴った。


 「月人さん、気が付いたのね、よかった」


 真心は俺の手を頬にあてた..


 「あっ、月人さんが起きてる!」


 様子を見にきた太郎君は、急いで達磨寺の僧侶に知らせに走った。


 俺は手早く身支度を整えると言った。


 「真心、そろそろ行こうか」


 「どこに? それにまだ動いたらダメだよ」


 「いや、大丈夫だ。俺たちは、もう一度、恋人岬に行くべきなんだ」


 —今はもう夕刻の日の入り.. 丸一日つぶしてしまった。


 しかし、俺が倒れたこと、映像を見たこと、そして今、この時間に目が覚めたこと、すべてが予定された事であったなら、その先に何があるのだろうか。


 俺は、その答えが恋人岬にある気がしてならなかった。


 なぜなら俺はまだ『鐘』を見ていないからだ。


 僧侶には動くことを止められたが、何とか聞き入れてもらった。



 —恋人岬—


 一番の見どころである夕陽が海を照らす時刻であったが、不思議なことに観光客が見当たらない。


 俺は目的の鐘を探すために案内図を探した。


 「真心、ちょっとここに座って待っていてくれ」


 オブジェ横のベンチに真心を置き去りにしたまま、俺は自由に方々を見て回った。


 恋人岬はこの10年間、管理会社の撤退で施設のすべてが潮風で傷んでいた。見つけた案内図は絵が剥がれ落ち、よくわからない。


 他に案内図はないのだろうか。


 「月人さん、真心お姉ちゃんが大変だ!」


 太郎の言葉にベンチを見ると真心の姿が見当たらない。


 ベンチには白杖だけが残されていた。


 白杖だけを残して、どこに歩いて行ったのだ。


 —どこだ、真心! 俺はなんて馬鹿なんだ。さっき放してはだめだと思ったばかりじゃないか。真心をひとりだけ残しておくべきじゃなかった。


 「月人さん、あっちだ! あっちにいるよ」


 太郎が真心の後姿を確認した。


 「呼び止めなきゃ!」


 「 ..待て、太郎君。しばらく、このまま付いて行くんだ」


 後ろから見る真心の足取りは完全に健常者のそれだった。


 と、いうことは——


 真心は岬へと続く長い階段に向かっていた。


**

 海に最も近い展望デッキに到着すると、彼女の身体は、水平線から伸びる夕陽に包まれていた。


 まるで朱色のスクリーンに映る影絵のようだ。黄金色に縁どられた身体から風にそよぐ髪は、舞い上がる光の羽のようだった。


 —あれは燐炎なのか、それとも真心なのだろうか。


 「月人さん、真心お姉ちゃんは目が見えているのかな?」


 「..さぁ、わからない..」


 太郎は何も知らないまま、真心の隣にいくと、夢中でデジカメのシャッターを切っていた。


 「お姉ちゃん、凄く綺麗な夕日だね。」


 「 ..そうね。」


 彼女はそう言うと、おもむろに展望デッキに置いてある『鐘』に近づいていく。


 結ばれたロープに手を伸ばすと、鐘を揺らし始めた。


 コン コン ..


 2つの鐘を鳴らすと彼女は俺を見つめた。俺はその表情をこの先忘れることはないだろう。悲しみと戸惑い、希望というには儚く、縋りつくようなその瞳を..


 こもった錆ついた鐘の音は、俺の心をノックしていた。


 その響きが潮騒の中に消えゆくと、彼女は紐を掴んだまま、力が抜けるように崩れた。


 そしてこう言ったのだ。


 「月人さん、私にも見えたよ。この燃えるような美しい夕日が..」


 その声は燐炎ではなく、間違いなく真心の声だった。


 開いたままの瞼。


 その奥に見えたのは、憂いを残す褐色の瞳だった。




◇◇◇

 次回

 3章 海に響く鐘

 『旅館五平荘』

 どうぞコメント、レビュー、評価をお待ちしています。

 こんぎつねの励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ