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達磨寺

【前話までのあらすじ】


 月人と真心を乗せたミニバンは西伊豆の沿岸を軽快に走る。向かう先は、月人のヴィジョンとして出た恋人岬と達磨寺だ。途中、自転車のパンクで足止めされた14歳の少年田中太郎と出会う。太郎は旅先の景色をカメラで撮影する旅をしていた。太郎が加わったミニバンは、達磨の描かれた看板の前でとまった。

◇◇◇

 数台しか止まれない小さな駐車場に車を置き、山門へと回ると、石標に『達磨寺』と刻まれていた。その苔むした石標には、確かに斎木博士が好んだ『時の流れ』が刻み込まれているようだった。


 「ここだ、真心」


 「うん、お寺のにおいがする」


 夢中でシャッターを切る太郎を残し、俺たちは門を跨いだ。


 俺は真心の手をとり、目の前の階段を1段1段上る。力の入るその指は、父の手がかりに近づく緊張の表れに違いない。


 そして賽銭箱に乗せられた赤いだるまを見ると、再び湧きあがったヴィジョンと一致した。


 地面についた足が粘土を踏むような感触を覚えた。俺は、真心の手をとっさに離した。



 「どうしたの月人さん! 大丈夫?」


 「ああ、ちょっと目眩がした。だが、真心、ここに間違いない」


 「うん、私にも見えた。赤いだるまね」


 「見えた?」


 「うん。月人さんの目を通して、見えたよ」



 『—あなたが私に見せている』


 以前に真心が言った言葉だ。俺は、今、それを実感した。


 俺たちは、標示されている案内どおり本堂に入った。


 台座には仏像ではなく5mほどの巨大な達磨像が鎮座していた。


 像を眺めていると、どこからか僧侶が近づき、達磨寺の由来や達磨像について観光用の説明を始めた。


 そんな観光案内はどうでもよかった。今はとにかく住職から話を聞きたいのだ。


 しかし、隣で興味深く耳を傾ける真心の姿に、いつものように話を遮ることはやめようと思った。


 「———と言われています。ありがとうございました」


 ひととおりの観光案内が終わると、次の案内が始まる前に俺は慌てて割り込んで用件を話した。


 「あの、今日、ここの住職はいないですか?」


 不躾な質問だったが僧侶は笑顔で応えた。


 「大概の事なら私がお応えしますが、何かご質問があればどうぞ」


 「いや、観光の事じゃないんです」


 「、と言われますと..」


 以前の俺ならば、事情の説明などしようとしなかっただろうが、五暁寺の澄徳さんから礼節をわきまえることの大切さを学んだ。そうした方が実りは大きいのだ。


 「実は今、人を探しているんです。科学博士の斎木って人を。あの、俺たちの親が、昔、斎木博士に世話になって.. それで住職に直接お尋ねしたいのですが..」


 それにしても自分の質問下手には辟易とする思いだ。耳が赤くなるのを感じていた。


 そんな俺の腕をグイっと引っ張るのは真心だった。



 その顔には迷いと不安があった。


 「真心、俺は『燐炎りんか』に好き勝手にさせようなんて思ってない。そのためには、どうしても斎木博士の力が必要だ。空振りになろうが聞くだけ聞いてみようよ」


 彼女は小さく首を縦に振った。


 ちなみにその間、太郎は境内をいろいろ探索していたようだ。


 「斎木博士ですか.. 実は、私もその方の名は存じ上げていますよ」


 意外だった。てっきり、この僧侶は観光用のアルバイトか何かかと思っていたのだ。


 「本当ですか?」


 「はい、本当です。ただ、直接お会いしたことはございません。詳しい事情についても聞かされてはおりません」


 「あの、どういうこと?」


 よく呑み込めない話だった。


 僧侶は話を続けた。


 「説明いたしましょう。私が、寺の案内係を務めて5年が経ちます。この係を申し渡された時、住職がおっしゃられました。もしも盲目の女性を連れた誰かが『斎木博士』の名を口にしたら『五平荘ごへいそう』に案内するようにと言われております。私の前任者もそのように命じられたと言っておりました」


 「『五平荘ごへいそう』って何ですか?」


 「ここから少し土肥温泉郷へ戻った海岸線にある民宿でございます」


 僧侶はそれ以上の事は聞かされていないと言っていた。


 —だが『五平荘ごへいそう』という斎木博士との新たな繋がりを見つけた。辿っていけば、斎木博士の居所がわかるかもしれない。


 俺はそんな雲をつかむような期待に、愚かにも胸を躍らせていた。


 「ところで、どうですか?あなた方の望みが叶うようにひとつお札に書いていきませんか?」


 観光用のよくあるものだ。そんなものに—


 「月人さん」


 腕を引く真心は期待に顔を輝かせていた。


 ―やれやれだ。


 お札に書かれた筆跡は俺なんかのとはまったく別次元のものだった。達筆なんてもんじゃない。目が見えなくとも真心は五暁寺できちんと教育を受けていたのだ。



 [—お父さんに文句を言えますように—]



 真心が太鼓を―トントンと叩くと堂内に軽やかに響いた。そして俺たちは達磨寺を後にした。



 しかし.. 誰かが事前にこうなることを予測していたのだろうか。その周到さに少し気味の悪さを覚えた。



 「とりあえず五平荘へ行くよ」


 「うん..」


 真心は何かを言い淀んでいるようだった。


 「何? どうしたの?」


 「あのね.. 私、恋人岬ってところにも行ってみたいの」


 —どうせ見えないのに..   などとは思わなかった。


 きっと、その場所の音、空気、香りを彼女は感じたかったのだろう。いや、もしかしたら、彼女は俺が見た景色が自分に伝わることを期待しているのかもしれない。


 —でも、俺はどんな気持ちで景色を見ればいいのだろう..


 『—いや、ただ素直な気持ちで見ればいいんだ』そんな決意にも似た思いを心に描いた。


 「ふふふ」


 「何? 今度は急に笑ったりしてさ..」


 「なんかね。今、やわらかな白色.. ううん.. もっと暖かい陽の光みたいな色。今ね、月人さんの心の色が見えたんだ」


 —..俺の思いも色のイメージで伝わるのか。真っ黒って言われなくてよかった..


 照れかくしに足早になった俺の裾をつかむ真心は少し満たされた笑みを浮かべていた。


 後を追う太郎が、歩みを止め、後ろ姿を撮っているのがわかった。


 —でも、それもまたいいか。


 俺たちは青い海を背景に『恋人岬』まで歩いていく。


 —俺は潮風に交じるこの想いが、思い出の中に刻まれることを期待していた..

◇◇◇

 次回

 3章 海に響く鐘

 『愛を呼ぶ鐘』

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