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自由の翼~世界の裏側に転生した男~  作者: みれにあむ
序章 世界の裏側に生まれた男
5/5

(5)疾駆!! 我は光差す森の中、気高き一匹の獣となる

 この連休の目標……投稿している作品を、全て一話は更新する。


 なんて目標を掲げてみたけれど、難しいかも?

 何にしても、自由の翼はやっと本話で序章終了です。でも、今回は超がつく説明回ですね……。まだるいかも?

 目を凝らすと、漆黒の闇……否、虚無の中に、灯火(ともしび)ともる。

 新月の夜に、森の中で蝋燭に火を点したかの様な淡い光は、しかし我が周りに昼間の森の姿を映す。


 ――ここに至るまでに、一体どれだけの月日が流れたことだろうか。


 幻燈の様に映し出される風景は、僅かに我の周囲三メートル程の範囲でしかない。

 しかし、そんな鉢植えの中の様な、小さなジオラマを垣間見る光景が在るおかげで、ギリギリ正気を繋ぐことが出来ているのも確かなことだった。


 これは、表側の世界だ。裏側を飛び交う玉や、這い寄る蝸牛もどき。それらの生き物の、表側と繋がっているらしい臓器の周辺を必死で目で追っていった結果、こんがらがったコードの根元を手繰る様に、何とか灯火の如く透かして見ることが出来る様になった表側の世界だ。


 裏側は……動けない裏側は、どうにも正気を蝕む猛毒の様な場所だった。

 恐ろしい化け物がいるというわけではない。

 ただ、無音で、何もいない闇の中で、動くことも出来ずにただそこにいる時間が思考する力をも奪っていく。

 完全な無音室では人は三日で狂うという、それを我が身で体験した。


 裏側が在るのなら、そちらで進化した生き物がいても不思議では無い……なんて考えは、直ぐに意識の外に消え失せた。

 ここはそんな生温い場所ではない。ここでそんな力を持つ何かがいれば、(すべから)くそれは表側でも知れ渡っているに違いない。


 あるいはそれはスライムの様な生き物なのかも知れないが、スライムがそうである様に、どう見ても裏側だけでは成り立たず、表側との関わりが必要になるに違いない。あるいは表側から潜り込んできた生き物という推測すら成り立つだろう。

 もしくは幽霊(レイス)の様な存在もいるのだろうか。ファンタジーな世界なら、非実体モンスターは定番とも言えるが、どうやって裏側で動くことが出来るのか、見つけ出したならどうにも探り出したいものである。いつか出会うその日の為に、これは忘れずに心のメモに書き留めておかねばなるまい。


 然りとて、表側すら碌に知らない我が今の段階で裏側ばかりに思いを馳せるのも、時期尚早で馬鹿馬鹿しいことである。いつもなら気を失っている間に過ぎていただろう裏側の時間に心悩まされているとはいえ、裏側ばかりに思いを募らせ独り勝手に気を滅入らせるのも意味など無いというものだ。


 そんな風に考えていた。



 しかし、この世界に神がいるというならば、それはなかなか皮肉屋の神の様だ。


 幻燈の内に踏み込んできたのは、いつか見た黒鬼によく似た六つ目の巨漢だった。

 だが、顔が違う。前に出会ったのが厳つい(あん)ちゃん黒鬼なら、今度出会ったのはむくつけき壮年の揉上げ黒鬼だ。体もこちらの方が大きいし、横幅も大きく如何にも強そうだった。


 そんな黒鬼が、我に目を向けたとたん、魂消(たまぎ)る叫びを上げて、腰を抜かして座り込んだ。


 音は聞こえない。目は灯火を灯すが如く、表の様子を垣間見れる様にはなったが、耳はそう上手く行くものではなかった。初めから盲目ならば、まだ調整し得たのかも知れないが。


 ……否、目が見えなければ、裏側にいると言うことがそもそも理解出来ない可能性もある。やはり裏側から表側の様子を知るのは生半なことでないに違いない。


 しかし、どうやら表側から裏側を見るのは、そう難しいことではないらしいが……。


 明らかに、怯える黒鬼は我の姿を見て狂乱に陥っている。

 よくよく見てみれば、黒鬼の眼に重なる様にして、裏側に鱗の様なものが在るのが見て取れた。六つの目の内の左上と右中だから、スライムの裏側のような元々の眼の機能の様には見えない。

 不思議に思い、届きもしないのに無意識の内に手を延ばすと――


『――……っっ!!!!』


 眼が飛び出しそうな程に顔面を引き攣らせた黒鬼は、抜けた腰を叱咤する様に足を伸ばし、後ろに飛び退(すさ)ったかと思うと、背後の大木に(したたか)かに背中を打ち付け、跳ね返されて前へと倒れ込む。

 そこはもう、我が手の届く領域だった。


 愕然とした表情で、恐ろ恐る頭を上げる黒鬼のむくつけき。

 そこまで怖がることも無いと思うのに、裏側を垣間見るのはやはりその眼の鱗かと思い、両手でそれぞれ右と左の鱗を、ちょんと摘まんで(むし)り取ってみた。

 毟り取ってみれば、それは容易く指で剥がれ、黒い鱗の裏側の縁には、根の様なものが幾筋も生えているのが見て取れた。


 しかし、黒鬼はこの鱗の力で裏側を見ていた訳ではなかったらしい。

 裏側ではなくても、何か見えていたものが有ったというのか、愕然とした中にも気の抜けた表情で、幾度も我が手と我が顔に視線を交わす。

 興が乗って何となく、「ふはははははは」と高笑いを上げてみれば、そのまま白目を剝いて泡を吹いて倒れてしまった。


 どうやら表側からは、裏側の影のみならず、音も聞こえているらしい。

 裏側からは目を凝らさなければ表側を垣間見ることが出来ない上に、音は自分で立てた音の他には、振動を上げて飛び過ぎる表の虫の裏の玉でさえも何の音も聞こえてこないというのに、何とも不公平な話だった。


 それにしては表にいる時分には、スライムの裏の姿も見えていなかったことを考えると、全てに納得が行くわけでもないが、それは(いず)れ表側に戻ったときに考えればいいことだと棚上げすることにした。


 問題の棚上げなんてものは、昔から特別でもない対応の仕方だ。理不尽に対する処置なんていうのはそんなものだと思う。

 昔と違って、解決したところで救いが無い様な問題で無いところは救いとも言えるかも知れないが、何にしても今解決できる様なものでもない。


 それに今はそれ程優先度も高くは無い。

 今のこの目の前には、未だ嘗て無く大型で人型な生き物と、謎の鱗が有るのだから。



 そして判明したことは、恐るべき、……と言ってもいいのだろうか?

 異世界と思えば、そう畏まる程のことでも無い様には思う。


 ずばり、あの黒い鱗は、その存在を疑問視していた裏側の生き物だったのだ!


 と、テンションも高く言い放てれば良かったが、よくよく考えればあの黒鬼に心底怯えられた我自身が、裏側の生き物の様なものだということに思い至り、そんなものかと気が抜けたのも事実だ。


 ともあれ、この世界の裏側の生き物は、表の生き物に寄生することで、移動とあとおそらくは養分の補給を得ているらしいということが分かった。

 まぁ、なかなかに生存戦略がしっかりしていると言えるだろうか。


 尤も、そうなると、裏側から表側の生き物にしがみつくことが出来なければ話にならないが――これに関してはあの黒鬼には悪いことをしてしまったかも知れない。

 我がしがみつけるのは、あの気絶した黒鬼ばかりだと思って、子供の胴回り程もありそうなその二の腕に、手を伸ばして何とか掴もうとしていたときのことだ。

 スカスカと手が掴めもせずに素通りする内に、初めは黒い肌で分からなかったがその二の腕がぐずぐずと爛れていった様に思えた。

 爛れていた腕の肉が、掴もうとする手が通り過ぎたときに、ふっと消え失せて骨を晒したのは、呻いていた黒鬼が目を覚ました後だったか前だったか……。

 結局悲鳴を上げる黒鬼には逃げられてしまったが、怯えられていた理由も分かろうというものだ。

 こちらからは手が出せないのに、いつの間にか触れられる様なことがあれば、スライムに食べられるが如く肉を失っている。

 何となく、奇妙に体をくねらせたポーズで、我が名を誇らしく叫んでみたい様な気にもなるが、ネタが通じる人がいても痛々しいのに、誰もいない場所ではいっそ哀れに過ぎる。それに、『クロ ネコー!』なんて叫びは、どうにも締まらない。

 只でさえ近づきたくも無いものだろうに、益々もってそんなものには我も近づきたくは無いだろう。


 残された二枚の黒鱗をじっと見る。

 この鱗程度の寄生なら、我の様に表の肉体を貪り過ぎることも無く、きっと多少貧血気味になったり、疲れやすかったりする程度で済むのだろう。

 きっと、この世界の生き物は、そんな風にして共存共栄を果たしてきたのだ。


 透き通った黒の鱗を透かしてみる表の世界は、サーモグラフィの絵面の様に、温度で色が変わって見える、常とは違った視界だった。


「スキル:温度感知を手に入れた!」


 RPG的な異世界転移もの風に、システマチックな口調で告げたその台詞が、この世界のスキルに関する真実を突いていたとは、その時の我には思いも寄らぬことだった。




 そして更に数ヶ月。とは雖も、月の周期など未だに知り得ないが。

 表側にいる間に、何度も空に昇る月を見ていた。この世界にも月は昇る。

 遠き月を裏側から見る(すべ)は未だに持ち得ないが、前世に合わせれば百日やそこらだ。

 我は時折飛び過ぎる虫の裏側の玉や、スライムの異次元胃袋を目につく端から摘み取りながら、変わらぬ日々を過ごしていた。


 玉、玉、スライム、玉、玉、玉。稀に通る紐の様な何か。


 裏側の何かは、(すべから)く何らかの特殊な力を持つだろうという予測は、今のところ外れは無い。

 最も多いのは、スライムも持っている異次元胃袋だ。表側から引き込む際に、分解しているだろう機構は未だに分からないが、爪も使って上手いこと剥ぎ取れば、袋の部分だけが手元に残る。


 スライム自身はさすがに異次元胃袋を剥ぎ取られると死んでしまうのか、元から柔らかいスライムな蝸牛もどきの残骸が裏側でぐずぐずに崩れ、裏側からはそのまま形を無くして消えてしまう。どうやら消えた分は表側に吐き出されていらしいと気が付いたのは、むにむにと表側に押し出される粘体の様子を捉えた我が(まなこ)による。

 少しは眼を鍛えた甲斐があったらしい。


 そうなると、手元に残るのは剥ぎ取った異次元胃袋のみとなる。

 ……否、胃袋というのは正確では無かった。この袋には、食べた物を消化吸収する仕組みは無い。

 縞栗鼠の頬袋の様な、単なる袋だ。ただし、裏側においても、空間拡張のされた、という文面が追加されるが。


 虫の裏側の玉も、ほとんどがこの異次元胃袋の類いだった。そうなると、あるいはスライムも虫の(くく)りなのかも知れないが、スライムの異次元袋と違い、虫の異次元胃袋は確かに消化吸収に近い力も僅かにある様なので、確かに違う進化の賜物(たまもの)なのだろう。


 とは雖も、虫の消化能力のある袋なんていう物は、使い所にも悩む物であるが、これは数々の実験が解決してくれた。

 剥ぎ取った袋にも栄養を与えねば萎びてしまうのではとの懸念から、スライムの異次元袋の切断面に、指の腹で磨り潰した虫の異次元胃袋を与え続けていたところ、異次元袋の大きさは変わらずに、容量が増えたのだ。

 更に言うならば、餌を与えて容量を増やした異次元袋は、何も与えなかった袋と比べても、袋自体の強度が増している様だった。引っ張ってしまったときの手応えが違う。


 結局のところ、いくつか確保していたスライム袋の様子から、餌をやらずとも萎びることは無さそうだったが、先の理由により手に入れたスライム袋は切断周りを袋状に折り返し、蛇の背筋より抜き取ったプラスチックの様な針状の筋でもって縫い付けて、手軽な腰袋へと加工した。腰に縛り付けているのも蛇の筋だ。

 即ち、袋状の折り返しに、磨り潰した餌を詰め込んでおくのだ。

 そんな袋が腰に三つ。全裸の男が腰袋だけを付けて佇んでいるのが今の我だ。

 その腰袋の中にも、スライム袋を初めとした数多くの裏側素材が詰め込んである。


 紐代わりに使っている蛇の筋は、初めは只の紐としてしか使っていなかったが、袋の口を縛り上げた紐の端を弄りながら、ゴム紐の様な物は無いかと想いを巡らせていた時に、ピクリと紐が動いてからは、認識を改めている。

 どうやら蛇の筋は思念に応じて自由に形を変化させる様だ。

 その思念を通すというのが初めはまるで感覚が掴めなかったが、稀にしか裏側を通り過ぎるものもいないとなれば時間はたっぷりとあった。

 今では何とか触るだけで袋の口を緩める程度は出来る様になっている。

 そんな謎の能力を獲得したのも、我自身が裏側の生き物になっているからと、無理矢理納得するしか無いだろう。


 尤も未だに用途の分からない素材の方が多い。

 袋以外のスライム素材がその最たるものだ。裏側を通り過ぎる殆どの物がスライムか虫な現状でも、解き明かすのは尋常ならざる閃きと実験が必要になるに違いない。


 だとしても、異次元袋を手に入れられたのは僥倖だと考える。前世で溢れる程の本の置き場に困っていた我だからこそ、そのありがたみは身に沁みて感じられる。

 せいぜい手持ち鞄程の大きさな袋に、入っても段ボール箱二箱分とはいえ、持てる荷物が増えるのは、これから生きていく中で大きな助けになるに違いない。



 そうして機械的に裏側素材を集めながら、更に数ヶ月が過ぎた。

 我は何かをする意思もなく、気力も絶え、永遠に続くかの様な闇の中で、ただひたすら裏側の素材を摘み取り回収する。

 時折通り過ぎる森の動物を撫でようとして、哀れな犠牲者を積み上げる。

 その度に裏側の体を力が駆け巡る様な気はするが、それに何かを感じる心はもう擦り切れてしまった。

 見通す眼は二十メートル近く先まで見通すことが出来る様になり、葉擦れの音も聞こえる様になってはいたが、それが何の慰めにもならないまま、無為な時間を積み上げるばかり。


 今日もまた、虚ろな眼差しで、表側を跳ねる兎に手を延ばす。

 指が兎の頭蓋を通り過ぎると、ビクンと痙攣して兎は動かなくなる。

 兎を優しく撫でる。

 撫でる毎に兎は崩れ、そして消える。


 我のいる場所の表側には、既に草も木も土も無く、兎がいたのも抉れた地面の土の底だ。

 手探りする我が手に呑まれ、全ては表側から消えてしまった。

 消えたものは何処へ行った?

 表側から呑み込む度に感じていた力の巡りが、兎を呑み込んだことで、我に『満ちた』との感覚を生じさせる。

 注ぎ込まれた力が、既に器を満たし、安定したという感覚だ。

 髪の毛の先まで、必要な材料が満足された。


 余った力が我を押し出す。

 全身をゼリーの様な何かが包み込んだ感覚の後に、何処かに向かって押し流される感じだ。

 その何処かを通り過ぎた途端、我は満たされた空気と、(まばゆ)い太陽の光を瞼に感じる。

 懐かしき森の匂い、鮮烈な数多の色、髪を揺らす風の息吹。

 心を止めていた我は、森の中、独り呆然と立ち尽くす。



 帰ってきた、還ってきた、我は今ここに帰還した!


「ウォォオオオオオオオ!!」


 雄叫びを上げた、大地を踏みしめた、四つ足で駆けだした!


「ガウッ! ガゥッ! ガオーーーッッッ!!」


 心の儘に吠え、疾駆し、目に付いた物には片っ端から噛み付いた。


 昂ぶる野生が、我が背中を押している。

 留まることを知らない歓喜が、咆吼となって(ほとばし)る。


 木々を掻き分けた先に現れたのは、一匹の四つ目の狼。

 倍程の体躯を誇るその巨狼に、何時ぞやの仇とばかりに飛び掛かった。


「ウゴアアアアアアッッッ!!」


 摩羅先の仇を喉で討つとばかりに、目を血走らせて全力で喉元に喰らい付く。

 四つ目狼にしても、完全に油断していた上に、現れた我が姿に動揺していたのだろう。

 ゴリッと顎の辺りから音がした後には、食い千切った毛皮の塊が口の中にあり、四つ目狼はふらりと体勢を崩した後には、ドシンと地響きすら立てて横倒れる。


「ウォオオオオオ!! ウアオッ!! ガォォオオオオオオッッッ!!」


 勝利の雄叫びを雄々しく響き渡らせる。

 この時、我は勘違いをしていたのだ。余りに敵のいない裏側の状況が続いた為に、表側での我も無敵になっているのだと……。


 そのまま猛る野生を発散させる相手を求めて、森の中を疾走した我は、謎の衝撃波を発する兎に呆気なく胸に大穴を開けられて、再びの裏側の闇に堕ちたのだった。


 裏側に慣れてしまった故か、気を失うことも出来ないままに。



 裏側の闇の中で考えた。

 初心、忘れるべからず……と。

 もしくは驕れる人は久しからず、油断大敵、死亡フラグ……。言い表す言葉は色々とあるだろうが、要するに調子に乗っていたのだと。


 仮令(たとえ)裏側では敵無しに近くても、表側の森では底辺に近い弱者なのだ。

 臆病な程の慎重さ、重ねに重ねた裏を突く為の工夫、切り札となるべき何か。それらが無ければ、上には上がれないと理解していた筈なのだ。


 我は何を勘違いしていたのだろうか。


 弱者には弱者の戦い方がある。

 歯軋り故に犬歯も磨り潰されているというなら、再び歯を生やす方法を模索しよう。

 肉体自身再生するなら、歯の一本など何ということがあるだろうか。

 爪先が丸く鋭さが無いというなら、鋭き石爪を指に纏おう。

 種としての格差を埋める為にこそ、我が知性は備わっているのだから。


 今はまた裏側の闇に堕ちてしまった。

 ならば今出来ることをすればいい。

 まずは我が裏側の肉体の持つ力を把握すること。

 そして、裏側が齎す力に対して、対抗策を講じること。


 裏側に対して、我は非常に強者の立場にある。

 裏側に生じた斬撃ならば、我が裏側の肉体は、防がずとも弾くだろう。

 しかし、裏側の影響で表側に生じる諸々の影響は、その限りでは無かったのだ。

 兎が操る謎の衝撃波が、裏側の粒状の何かを核として生じるとする。

 裏側の肉体が裏側の粒状の核は完璧に弾いたとしても、裏側の核が裏側の肉体に届く前に、表側では核が纏っていた衝撃波が既に表側の肉体を抉っている。

 裏側の核が弾かれても、その瞬間に表側の衝撃波が掻き消されるというので無ければ、やはり我が表側の肉体は抉られる。


 つまり、いくら裏側の肉体が強かろうが、何か策を講じない限り、避ける他に出来ることは無いのだ。

 つまるところ、策を講じる必要があるのである。


 裏側の肉体が強くても、裏側の肉体で弾く前に、表側の肉体が抉られる。――なら、表側の肉体とは別に裏側の肉体を動かして、表側の肉体に攻撃が届く前に弾いてしまえばいいのでは無いだろうか? ……だがしかし、それは裏側にいる現状、試すことは出来ない。ならば、何でもいいから(つぶて)になる様な裏側素材を集めておいて、遠距離攻撃ならばそれをぶつけて潰してしまえばいい。――とか、

 仮令(たとえ)今は我が裏側で相当強い存在だとしても、復活にも関わっているだろう裏側の肉体を僅かでも脅かす存在が無いとは言えず、ならば真っ()は拙いだろうと、裏側の衣服の調達を重要事項として心に留めたり。――とか、

 敵が持つ力は兎も角、我が手の道具は鍛え上げるべきだろうと、裏側素材にはしっかりと餌をやり、強化することにした。――とか。


 幸いなことに、裏側の体に括り付けていた腰袋は、危ういながらも腰に引っ掛かったまま残っており、折角集めた素材を無駄にすること無く済んでいた。これは生かさずにはいられないだろう。


 永遠に続くかに思われた裏側での囚われの時間は、限りある物であると示された。

 表側への解放条件も既に明らかだ。

 ならば、最早有限の闇に打ち拉がれる必要は無い。

 今こそは雌伏の時。雄飛する時を想い、備える時間だ。


 まず、蛇の筋をフレームにして、黒鬼に寄生していた黒鱗を使っての黒鱗眼鏡(サーモグラス)(温度感知眼鏡)を作り上げた。

 隠れている適正動物を見つけるのに、きっと役立ってくれることだろう。


 三つ作った異次元腰袋の一つは、裏側素材の餌袋と割り切った。

 粘液となるまで磨り潰した不要な素材をそこに詰め、黒鱗眼鏡やまだ加工していない各種素材を漬け込んで、常に養分が行き渡る様に考慮した。


 腰袋を縛り付ける蛇紐は、幾つかの蛇紐を縒り合わせて、強度を上げて外れない様に配慮した。

 蛇紐の入手数は少ない。(いず)れ餌袋で強化した蛇紐が出来たなら、今の蛇紐とは入れ替える予定である。

 鞭の様にした蛇紐を用意すれば、色々と役に立ちそうだったが、優先度からは後回しだろう。


 そこはかとなく裏側での準備を進めながら、表側でも手の届く周囲の木々を、我が元へ倒れ込む様に、手で根元を薙いで傾かせる。

 タンパク質やオレイン酸がどうとか、不足過不足はあれど、草食動物が生きていける位だから、植物だけでも表の体を構成するのに不足はあるまいと、そのまま表側の木々を吸収し続けると、木々の二本も取り込んだ頃に、すぐに表側への帰還が出来そうな気配が感じ取れた。


 遣り方が分かってみれば、雌伏というのも短いものだと思いながら、再びの表側へ。


 そして(すべから)く暫しの後に裏側へ。


 と繰り返しながら、素材を集め、強化し、また表と裏を繰り返す内にスライムの様に一部(足の裏)だけ表に出現させて移動できるようになったり、また表側に出た後に裏側に戻ることが出来るようにもなった。

 何度も繰り返す内に、表に戻るのに取り込む量が満ちるのを待ち切れなかった我は、分量の少ない子供の姿で顕現したこともあった。ひ弱な子供はすぐに裏側に戻ることになったが、どうやら復活の際の姿もコントロール出来るらしいと分かった。


 数々の素材も集め、その中でも特筆すべきは、以下のものになるだろう。


 狩りに便利なのが、数は少ないが兎の衝撃波玉だ。裏側素材で作り上げたパチンコで飛ばせば、兎が使うよりも強力な遠距離攻撃となり、いざという時の奥の手として充分な代物となった。


 蛇紐の持ち主とよく似た大蛇が持っていた大蛇紐は、何の加工もしていないが、頼りになる大鞭として数を増やした異次元袋の一つを占めている。

 我が身よりはまだ弱いが、思念を込めて伸ばせば二十メートルにもなる大鞭は、様々な役に立つことだろう。


 オカギンチャクと名付けた陸生の磯巾着様の生き物は、表側ではその身の回りに怪しげなオーラを漂わせて威嚇する、そんな生き物だったが、裏側ではオーラと同色の布をはためかせる舞台装置の様な生き物だった。

 初めに見つけた威圧する黒の他、凍える青、沸き立たせる赤、痺れる黄、裏側の気配遮断の白、表側まで光学迷彩な透明、等々などと各色取り揃えて確保しており、特に裏側を見えなくする白は、裏側と表側の肉体を別個に動かすことが出来る様になった今となっては、普段着として非常に重宝していた。


 そうして強化した裏側素材を使い倒す内に、新たな事実も判明した。

 充分に強化した裏側素材は、我が肉体が表側に現れる際にも崩れない様に、形を保って表側に現れることがあるのだと。

 幾度目かの復活の際に、我が復活に巻き込まれたのか、森に現れた我は裏側素材の白い服を着ていたことから判明したことである。


 それが判明してから実験したことには、表側で倒した兎やスライム達も、極稀に衝撃玉や崩れ掛けた異次元袋を残すことが有る様だということだ。

 殆どの場合、裏側素材は裏側で回収し尽くしていたから気が付かなかったことである。

 表側に押し出した裏側素材は、裏側での能力を一部留めた、所謂(いわゆる)魔法の品となっていたことが興味深いところだ。

 更に裏側素材の強化を進め、日用品の裏側素材での製作を含め、生産活動にも精を出すこととなったが、裏側素材品の物は兎も角、表側素材は裏側に持ち込むと、特殊な処理をしないと崩れてしまう為、完全な異次元収納は実現していない。

 裏側では重さを感じない為、表側からの持ち込みに制限が無ければ非常に便利なのだが、流石に万能とは行かないのだろう。


 持ち込む際の特殊な処理……ここ暫くの内に判明した、我が裏側の肉体の持つ力の一つ、『何となく我が力で包み込んで確保しておく力』は、特訓に特訓を重ねた今でも、何とか両手で抱えられる程の量しか確保出来ない。

 表側で異次元袋に入れてから裏側に押し込むという裏技も有るには有るが、異次元袋内がしっかり別空間となる様に口を閉じておかないと、結局のところ崩壊が進んでしまうと言う罠が有る。

 そうやって崩れた物品は、最終的には裏側素材の餌袋行きだ。

 裏側は、思ったよりも厳しい環境なのであった。


 常の在り方は獣の如く。

 野生が知らせる危険を避けながら、吠え、唸り、大地を駆けて、生命の躍進を歓喜と共に謳歌する。

 道具を作り、試行錯誤し、実験する。そんな時だけ人に戻る。――(いや)、人の知性を持ちし獣として、我が能力の全てを活用すると言った方がいいだろうか。

 この世界に棲む知性持つ生き物が、六つ目の黒鬼の様なものだけならば、人としての我には既に居場所は無い。


 そんな生活に一石を投じたのは、森の探索を進めて辿り着いた燭台樹も疎らな森の一角、そこに生えていた、エラ・ダ・イーラのルビ・ラ・カフと名乗る白い大樹だった。


 だが、木が喋ったところで、獣たる我にはそんなことは知ったことでは無い。

 その時の我にとっては、その木が食料になるのかということと、裏側にまで張り出された細い枝に咲く、音と映像と意味を含めた虹色の光を投げ掛けてきた虹の花のみが、その興味の対象だった。


 がおっと飛び付いて、表側の一番下の太い枝に噛み付いた。

 口の中に広がる味に、清水の様な仄かな甘みが感じられる様な気はしたが、確かな味が有る訳でも無く、サラダの様に貪れる物でも無い。


「がうっがうっがうっ!」


 オマエ、食エルノカ!? との意識を込めて、表と裏から樹へ向かって吠え立てる。

 木が、怯えた様にまた何か言っていた様だが、我は只、苛立ちを込めて、行き掛けの駄賃とばかりに裏側の虹の花を数輪引っ掴んで、その木の元から駆け去ったのだ。


 我に返って木の言葉を考える様になったのは、その時(ねぐら)としていた樹上の我が住み()へと戻ってからのことだ。熊の様に周囲の枝葉を掻き寄せて、我独り眠れる場所を作っては、森の生き物に襲われない一時(ひととき)の安寧を気取っていた。


 人の心で思い返せば、木はただ挨拶をしてきただけである。

 我が身を脅かす訳でも無い相手に、あの振る舞いは無かったのではないかと思うものの、裏側の枝葉を折り取らなかったのは、流石の我が野生も敵と味方の区別を付けたのだろうと判断する。

 因みに、敵か味方かと言えば、どちらでも無い、が現状である。

 敵でも味方でも食べ物でもない者に話し掛けられて、喧嘩を売るつもりでも無ければ余計なちょっかいは出さないのが普通というものだ。

 花を毟ったのは――幾つも咲いていたというのも有るが――ご愛敬、と言うところでどうだろうか。


 (いず)れにしても、相手は木なのだから、近付かなければ問題ないと思いたい。


 エラ・ダ・イーラ――虹光で送られてきたイメージからは、『王白した樹精』と読み取れるその種族――の、ルビ・ラ・カフ――カフが所属で、ルビ・ラが一続きで呼び名の様だ――は、何だか色々と言っていた様に思うが、その中で我が名をも問われていた様に思える。


 そう思って、思い出そうとしてみるが、どんな名前だったか思い出せない。

 『クロネコ』というのを考えはしたが、これは前世での妄想から浮かんだ名前だ。

 我が名は一体、何だっただろうか?


 思えば、前世でも自分の名前を思い出せなくなったことが有った。

 自分の過去を無意味と断じ、無意識の領域(イドの底)にて否定してしまったその時から、記憶は分断され、自身の名前すら出てこなくなった。

 落ち着くまでも数年を要し、それでも記憶の取り出し口は錆び付いた様にガタガタで、興味を無くした事柄は、砂の様に記憶は零れていった。


 今また思い出せないということは、既に前世への興味を無くしているということだろう。

 決して辿り着けない場所。好きな女もいた筈だが、最早その運命が交わるはずも無い彼方。

 嘗ての我は零れ落ち、我を巡る因果に既に過去は関係なく、今こそ我は再誕したのだ。

 我は光差す森の中、表と裏の両面を行き来しながら、知性持つ気高き獣の一匹として産声を上げた。


 虹花素材で作った虹花眼鏡と、花弁をそのままあしらった虹光器は、我が見る世界の色を変えた。

 虹花眼鏡は相手の思っていることを何となくだが読み取れる。虹光器の機能は言わずもがな。

 尤も、裏側にしっかりと目と耳のある我のことだ、やり方さえ分かれば、生身で同じことも出来そうなものである。この身のポテンシャルは、驚く程高い。

 ともあれ、森での会話能力を手に入れた我は、白い木の他には唯一出会った知的生物である黒鬼の集落を、気配遮断の白服と光学迷彩の透明ローブを羽織って渡り歩く。

 聞こえてくる数々の噂話。四つ目狼や角大蛇の類いまでが、有る噂に畏れを持って花を咲かせていた。


 曰く、狂った様な吠え声を上げながら、暴れ狂う化け物がいると。

 曰く、殺した筈の化け物だが、何度でも現れると。

 曰く、ひ弱な見た目にも拘わらず、相対(あいたい)すれば即ち死ぬと。

 曰く、倒れた化け物にも近付けば喰われると。

 曰く、見たら逃げろ。嗅げば逃げろ。感じれば逃げろと。


 このコクカリと呼ばれる異世界の森の中、我は『狂吼』と呼ばれ畏れられていた。

 主人公の魅力がーありませんがー、

 設定は気に入っているので、同じ世界観でそのうち話を膨らませるかもねー。

 リアルの鬱が酷くて、酷くて! ……やっぱ、ストレスが掛かってると、書き進めるのにも筆が進まないね……。

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