【番外編】リリアーナに恋文が届いた
オルカがリリアーナに愛の告白をしてから数日後。
二人の仲は進展していないが、それでもお互いを信頼する気持ちは深まったように思われた。
これは、そんなある日のお話。
*
ある日、グランデストラーダ邸にいるリリアーナの元に一通の手紙が届いた。
リリアーナはそれを見て驚く。
「まあ! こ、これは!」
いつものようにリリアーナの部屋には、紅茶を入れに来たオルカが控えていた。
オルカが尋ねる。
「どうかしたのですか? お嬢様」
「オルカ、どうしましょう……。これは……、恋文だわ!」
それを聞いたオルカは言葉を失った。
「……」
リリアーナはオルカの反応を窺う。
「あら? 何も言ってくれないの? オルカ」
オルカはゆっくり口を開く。
「どう申し上げてよいのか考えていました」
リリアーナはオルカの心が読めずに戸惑う。
「えっと……。何を考えているのか教えてくれない?」
「わかりました。私は今、その手紙の内容がとても気になっています。
そして、お嬢様がどういう気持ちなのかを考えると私はとても不安です」
「オルカ……」
「ですが、その手紙はお嬢様のプライバシーであり、差出人の方への敬意を示すためにも、私が恋文について詮索するのは適切ではないと思います」
「そうね……」
「でも私は今、自分を恥じています」
「え。恥じて……? なぜ?」
「私はその恋文に嫉妬しているからです」
「まあ、それって、つまり……」
「勿論、私がリリアーナお嬢様を好きだからです」
いつものことながらリリアーナは頬を染めてしまう。
「あ、あなたはいつも、堂々と告白してくれるのね」
「ええ。口に出さないと気持ちは伝わらないと思っていますので。
ですが、こういう告白は嫌でしょうか?」
「いいえ。嬉しいわ。好きって言われるのは。素直に。わたくしもす、好きです。オルカ」
「ありがとうございます」
が、リリアーナは意外な一言を口にする。
「でもね。わたくし、この差出人に会おうと思うの」
オルカは驚いた。
「え。今の話の流れだと、お断りされるのかと思いました」
「ええ。でも、あなたも知っての通り、あなたと会う前のわたくしはずっと引きこもっていたから、恋文をもらったのはこれが初めてなの……」
リリアーナが恥ずかしそうに言うと、オルカが応える。
「……そうでしたか」
オルカはリリアーナの思いに気づけなかった自分を不甲斐ないと感じた。
リリアーナは言葉を続ける。
「けれど、あなたが心配することはないわ」
「と、言いますと?」
「だってこの手紙の差出人は、フォルテ伯爵のご令息よ」
「ということは、確か……」
「ええ。そう。彼はまだ十二歳の男の子だから」
それを聞くとオルカは安堵の笑みを見せた。
まるで天使のような笑みを。
*
一週間後、リリアーナは市街の薔薇園に赴いた。
フォルテ伯爵の令息、フィリッポ・ディ・フォルテとここで会う約束を交わしたからだ。
フィリッポは十二歳とは言え、金髪碧眼の整った容姿で、手には薔薇の花束を持っていた。
リリアーナは一人でフィリッポに近づいた。
邪魔をしないために今日は、オルカは付き添っていない。
その代わりにリリアーナの侍女を務めるキアーラが遠目から見守っている。
リリアーナと対面したフィリッポが声を掛けた。
「こ、こんにちは。リリアーナ嬢。きょ、今日もとても美しい」
緊張しているのかフィリッポの言動は初々しい。
リリアーナが応える。
「ありがとう。フィリッポさん。あなたもとても凛々しいわ」
「あ、ありがとう。あの、こ、これを君に!」
そう言ってフィリッポは薔薇の花束を渡す。
この行為は男性の自己満足と捉えられる行為だが、リリアーナはフィリッポの好意を無碍にはしない。
「ありがとう。フィリッポさん。とても綺麗だわ」
「はは。気に入ってもらえて良かった。
それで、恋文のことなんだけど……」
リリアーナは優しく応える。
「とても嬉しかったわ。わたくし、実は恋文をもらったのは初めてでしたの」
「そ、そうか。じゃ、じゃあ、僕の気持ちは分かってもらえたかな?
僕の頭の中は君のことでいっぱいなんだ!
どうか、ぼ、僕と付き合って欲しい!」
真っ赤になったフィリッポ。
そんなフィリッポにリリアーナは一呼吸置いて──。
「……ごめんなさい」
「……」
「わたくし、好きな方がいるの」
「そ、そう……」
「でも本当にあなたの気持ちは嬉しかったの。本当にありがとう」
リリアーナはお辞儀した。
が──。
「あ、あなたの好きな人は執事の人!?」
突然、フィリッポが余計なことを口にした。
リリアーナは少し考えてから答える。
「……ええ。そうよ」
するとフィリッポは感情を露わにした。
「こ、公爵令嬢ともあろう人が、執事と恋仲になるなんて、は、はしたないと思う!」
リリアーナは少しイラッとしたが、抑えて聞く。
「なぜかしら?」
「そ、それは、君も僕も貴族だから。貴族は由緒正しい人と付き合うべきだ!」
「……それはあなたの考え? それともご両親から言われたのかしら?」
「両親もそう言うし、僕もそう思います!」
リリアーナは顔を曇らせる。
「では、あなたがわたくしを好きだと言ってくれたのは、わたくしが公爵家の人間だからなのね……。少し悲しいわ」
「で、でも……」
「わたくしはあなたの価値観を否定しない。
わたくしも貴族として生まれたことを利用しているのだし」
「じゃあ……」
「けれど、わたくしには貴族の殿方より執事の彼の方が何倍も素敵に見えるわ。
身分など気にならないほどに」
「なら、あなたは彼のために身分を捨てられるの!?」
子どものような問いかけをするフィリッポ。
リリアーナは少し思案する。
「……」
そして口を開いた。
「身分を捨てる必要なんてない」
「え!?」
予想外の答えに驚くフィリッポ。
「身分も好きな人も保持する。それじゃだめかしら?」
「な、なんて人だ……」
傲慢な答えに格の違いを見せつけられた、という様子のフィリッポ。
そこで、リリアーナは潮時だと感じた。
「では、わたくしはもう行きますわね。綺麗な薔薇をありがとう」
「あ、あの!?」
「……何か?」
「執事の彼を悪く言ったことを謝罪します」
フィリッポは頭を下げた。
リリアーナはその豹変ぶりに驚く。
「まあ」
そこでフィリッポはキッと前を向く。
「でも僕は彼に負けない! 僕は大きくなったら彼を超えるような、いい男になってみせる!」
その眼差しは輝きに満ちていた。
そんなフィリッポにリリアーナは笑みを向ける。
「ふふ。フィリッポさん。あなたならその素質があると思います。応援していますわ」
それを聞いたフィリッポは嬉しそうに応えた。
「はい!」
そうしてフィリッポの失恋は幕を閉じたのだ。
*
翌日のグランデストラーダ邸。
リリアーナはまたオルカと話す。
「オルカ。何も聞いてくれないの?」
オルカは淡々と応える。
「何をでしょう?」
「フィリッポとのこと……」
「……お嬢様のプライバシーですから」
「そう……」
リリアーナは少し悲しい表情をした。
「ですが──」
「え?」
「正直に申しますと、気になって昨日は仕事に集中出来ませんでした」
オルカは恥ずかしそうに言った。
「まあ。嬉しいわ」
「よければお話を聞かせていただけませんか?」
「ふふ。ええ。なかなか良い子だったわ。将来はいい殿方になるかも」
「そうですか」
「勿論、恋文の件は丁重にお断りしたわ」
「そうですか」
「まあ、反応が薄いわね」
「失礼しました。私は今、とても安堵しています」
「ふふ。ありがとう」
と、会話が一区切りついたところでオルカは切り出した。
「あの、お嬢様。実はお渡ししたいものがあるのです」
「……? 何かしら?」
オルカは恥ずかしそうに言うと、ポケットからあるものを取り出した。
「て、手紙を認めて来ました」
「まあ、それってもしかして」
「こ、恋文です。私の人生初の」
「素敵! とても嬉しい!」
「拙い文章ですので、どうかこっそりと読んで下さい」
「分かったわ。大切にする。ありがとうオルカ!」
「ええ。では、私はこれで」
そう言うとオルカは照れながら去って言った。
リリアーナは急いで手紙の封を開け、文を読む。
"リリアーナお嬢様。
私はあなたのことが好きです。
あなたの頑張っている姿が。
あなたが迷いや悩みを抱えていても強くあろうとする心が。
普通の少女としての部分も持っているあなたが。
詩的な表現や美しい表現は出来ませんが、私は全力であなたを支えたい。
何があっても私はあなたを愛します。
あなたと出会えて本当に良かった。
オルカ"
リリアーナはその手紙をそっと胸に押し当てた。
「ありがとうオルカ。わたくしもあなたに出会えて良かった……」
目を瞑って感慨に耽るリリアーナ。
──好きな人から手紙をもらえるだけで、これほど心が温まるとは……。
やがて、その手紙はリリアーナの宝物として、大事にしまわれることになるのだった。
番外編 完
読んでいただきありがとうございました!
需要はないかもしれませんが過去編を書いてます。
でも書けば書くほどつまらない話になって……。
推敲しているので、投稿できるのはだいぶ先になりそうです。