うちのメンバー結構良心的だった
太勇も去ったしパンも食べ終えたので、アソウギに挨拶してからパン屋を出る。
さて、腹ごなしに歩きつつ家探しをしなくては。
「……っていうかアソウギに聞けば良かったか……」
でも今から戻って聞くのも何だし。
「何か聞きたい事でもあんのか?」
「うわっ!? えっあっムイラだ!」
「何だよその反応は」
紫色でうっすら人型っぽく見えるスライムボディのムイラが、肩をすくめるようなジェスチャーをする。
粘液ボディなので、ちゃんとした肩は無いけれど。
「いや気配全然察してなかったからビックリして……」
「お前の髪飾りはマジな飾りか? 一応気配察知能力付与されてんだろその髪飾り」
今日は耳元を軽く編み込んでピンで留めるだけの簡単な髪型らしいが、それでもピンにはちゃんと効果がある。
カトリコは髪型についての説明はしても装飾品の能力については言わないので知らなかったが、このピンには気配察知系の能力が付与されていたらしい。
……っていうか普通に鑑定使えば良い話か……。
鑑定癖がどうにもつかない。
「うん、まあ良いんだよそんな事は。いざとなればクダが守ってくれるから」
「そのクダってヤツ、お前の胸元で寝てるように見えるけど」
「多分大丈夫!」
太勇の時も全然出てこなかったが、七十五分の一クダはわりとこういう感じなのでいつもの事だ。
こちらが単独行動に慣れる為なのか大分放任な感じ。
でも前に何かヤバそうなヤツがいきなり攻撃してきた時などはちゃんと教えてくれたので、そういう時だけ手出しや口出しをするという事にしているんだろう。
基本的に手出しはせず見守る、はじめてのおつかい的なアレと思おう。
「で、どうした。アソウギに聞けば良かったとか呟いてたけど」
「……ムイラ、今時間ある?」
「無かったらわざわざ声掛けねえわ。時間に余裕があるから何があったかなんて呑気な事聞けんだよ」
「わあい辛辣ぅ」
言動は辛辣だけれど話は聞いてくれるらしいのでありがたい。
「ちょっと今、仲間……っていうか奴隷が増えてさ」
「おう」
近くにあるベンチに腰掛け、そう話し出す。
ムイラも隣に座ったが、腰掛けている上半身部分とベンチ下に落ちている下半身部分で微妙に分離されているのは大丈夫なんだろうか。
ベンチから垂れている分がほんのり繋がっているように見えるけれど、ほぼ分離状態。
……まあ、大丈夫なんだろうし、うん、良いか。
スライムじゃないのでアウトセーフ判定がサッパリだけれど、本人が大丈夫そうなら大丈夫と思っておこう。
人間的に考えると靴脱げてるけど大丈夫!? って心配されるような事かもしれないし。
そりゃ靴が脱げるくらい大丈夫だわ。
……実際どうかは知らないけどさ。
でも人外の基準てわりとそんなレベルだったりする。
「この町以外に行く予定も現状無いから、お家買った方が良いのかなーって悩んでるとこ」
「ああ、宿屋暮らしなのか」
「いえーす」
「ちなみに一応確認だけど、全員の種族は?」
「人間、管狐、重種ケンタウロス、コカトリス、ウサギ獣人二人」
「ならまだマシだな」
「えっ」
中々のラインナップだと思うのだが、ムイラはさらりとそう言った。
「人外から見てこれってマシなラインナップなの?」
「人外から見てっつーか、普通に考えた場合だよ。少なくとも生き物だろそいつら。管狐はそこまで詳しくないが、見てる限り妖怪系の狐。なら分類は魔族だが、基本的には狐だ。
ケンタウロスも魔族だが生態的には馬獣人とほぼ同じ。コカトリスは鳥人タイプか有翼人タイプかハルピュイアタイプかでまた変わってくるだろうが」
「あ、ハルピュイアタイプだよ」
「うん、問題ねえな。まあ鳥系で専用のを揃える必要が出るのはハルピュイアタイプなんだが、今問題無く過ごせてんなら大丈夫だ」
……あー、確かにそうなるか。
有翼人は見た目人寄りで背中に翼が生えているタイプ。
なので実質人間と変わらない感じらしい。
鳥人系は頭部が鳥で、骨格は人間寄りで、翼は背中だったり手だったり個体差があるらしい。
それでもハルピュイアに比べて翼を手のように扱える個体も多いんだとか。
……あれだよね、アメリカの方で原形残してるタイプの擬人化。
ああいう系統の鳥モデルキャラは腕の形が翼でも問題無く手のように使っているイメージだ。
リアルに考えると羽根の構造どうなってるんだと言いたくなるが、この世界ではリアルにそういう事が出来る人も居るというファンタジー。
流石人外、と納得しておこう。
「ウサギ獣人に至っては普通に獣人だから、ラインナップとしてはスタンダードな方だろ」
「ちなみにスタンダードじゃないラインナップは」
「巨人、小人、人魚、マイコニド、森人……まあ、そんなところか?」
「その理由は」
「巨人はその通りデカイからデカイ家が要る。向こうの方に巨人用の巨人街があるから、正直そっちで買う事になるだろうぜ。あっちじゃ十メートルサイズの巨人どころかそれ以上のヤツも普通に居るから、人間くらいのサイズじゃ逆に生きにくいだろうけどな」
「おおう小人視点ライフ……」
「そういう意味じゃ小人の場合も多少面倒だぜ。飛べるタイプなら良いが、飛べないタイプの小人だと移動距離が桁違いになる上、油断すると踏み潰しかねない」
確かに。
「えっ、待ってそうなると普段の小人達ってどう生活してるの!?」
「小人用の地下道使ってるよ。日の光が苦手なヤツとか、地中の方が生活に適してる奴らも多いんだが、そいつらはそこまで動かねえから地下道作っても問題無し。あと小人用のはちゃんと補強されてっし地中で活動するヤツと鉢合わせる事もねえ」
「……スコップで適当なところ掘ったらこんにちはしたりしないよね?」
「流石にそこまで浅くねえよ」
良かったと胸を撫でおろす。
……本屋にも小人用スペースあったし、もうちょっと足元気を付けた方が良いかなあ……。
気を付けると逆に踏んづけかねないけれど。
意識してなければ向こうが察して避けてくれたりするが、お互い意識すると何故か鉢合ったりするのだ。
道端で日本人が時々やらかす、気遣いの結果のカバディ的なアレ。
やっぱあんまり気にしないでおこう。
気にし過ぎて相手の想定してない動きをしてしまってプチッとしてしまったら後悔してもしきれない。
……うーん我ながら考えの結論が無責任コース。
そこはもうちょっと気を付けようとならんのか自分。
「あと人魚なんかの場合はソイツ用の風呂かプール……要するに水を大量に入れる事が可能な場所が必要だし、森人の場合は土が必須だ。プランターでも良いけど実際は隔たれてない地面に根を下ろす方が良いらしいし、人魚もどうせなら適した水と繋がってるような場所が良いらしいけどな」
「海の人魚なら底が海と繋がってるようなプールだと良いよね、みたいな? 実質海と繋がってる湖状態の」
「そういう事。それらを考えりゃそこまでサイズ差無くてほぼ全員恒温動物で普通の部屋でも生活可能ってのはマシだろ?」
「うん、とってもマシ。めっちゃわかりやすかった」
一室で済んでいる時点でお察しだが、アレはありがたい事だったのか。
いやまあ室内の構造次第では人魚も森人も問題無く一室で済むだろうけれど。
「ところでムイラ、そんなメンバーが住めそうな良い感じの物件に心当たりは」
「俺にあると思ってんのか。わざわざ不動産確認したりしねえよ。上級スライムだぞ俺は」
口の位置はよくわからないが、呆れたように溜め息を吐かれた。
「一応適当なとこに住んでるけど、自浄作用もあるスライムは下水道でも全然構わねんだからそういうのは期待すんな。正直ちょっとした隙間があればそこに収まれるし。花壇に使われてるレンガの隙間とかで充分」
「流石軟体生物……」
「ただの軟体生物よりも変幻自在って事忘れんなよ」
まあ確かに。
生物の場合は決まった形があるけれど、スライムに関してはマジで決まった形が無い存在。
不定形でこそのスライムだ。
「ま、不動産なら所属してるギルド、あるいは商人ギルドに行けば教えてもらえるだろ。あとはお前の人外タラシを利用して適当な人外を口説き落として家を貰うか」
「後半の発想を実行したら私はクズの烙印を押されると思うんだわ」
「種族によっちゃ持て余してる館の三つくらい持ってるヤツ居るぞ」
「居るの!?」
「エルフなんかの長命種族なんかだと、別荘持ってても数十年単位で来なかったりすっからな。その間の維持費代わりに住まわせる、ってのはよくある」
「成る程……」
人間だと数年単位で来なかったりするような感覚なんだろうけれど、エルフ基準でやると劣化速度が物凄い事になりそうだ。
家っていうのは住まないで居るとすぐに住めなくなるって言うし。
「お前は人外ウケ良いから、そっちたぶらかす方が良い結果になるんじゃね?」
「嫌な言い方するなあ」
「ハハ」
じゃあな、とムイラはベンチからずるりと滑り落ちたかと思うと、そのままべしょりと下に垂れていた分と混ざり、元の大きさに戻ってずりずりと這いながら去って行った。
……んー、でも、ギルドか……。
結局ギルドに戻る事になるっぽいが、やっぱりここは冒険者ギルドで聞いた方が良いだろう。
なにせあそこは顔見知りが居る。
……商人ギルドなら一応メニデが居るはずだけど、喋ったのはあの一回きりだしねー。
あと首飾りの件もあるからと気合い入れて物凄いお家を用意されるという可能性もあるので、マジで見つからなかった時に頼ろうと思う。
人外の方々はこっちが思うよりもスケール大き目だったりするし。
「よし、良い家あるか聞ーこうっと」
「おやおや、聞きたい事があるなら僕に聞いてくださっても良いのですよ?」
立ち上がった直後、背後から聞こえた声に肩を跳ねさせ振り返る。
そこに居たのは、いつも通りあぐらを掻くように一部だけとぐろを巻いているガルドルだった。
「……いつから居たの?」
「さあ」
しゅるり、とガルドルは舌を出す。
「僕はこの巨体ですが、気付かれずに近付く事を得意としていますので」
「さようで……」
まあ蛇ならそういうものなのかもしれない、と納得しておく。
蛇は蛇でも魔族っぽいから尚の事常識では語れない何かがあるかもしれないし。
「ところで、話を聞いていたところ住まいを欲しているご様子」
「聞いてたんだ」
「ええ。というわけでこちらを」
渡されるのは、文字が書かれた紙片。
恐らくはメモだろう。
「これは?」
「家を持て余していらっしゃる方々の名前と住所です」
「いやそれはちょっと!」
「おや、ご期待に沿えませんでしたか。先日はうちの客が大変なご迷惑を掛けたようでしたので、そのお詫びのつもりだったのですが……」
「お詫び?」
……あっ。
そういえば突然殴り掛かられたが、アレはガルドルの客だったような気がする。
ガルドルが何を仕事にしているかはサッパリだけれど、ぼったくりではあるっぽいし。
そして殴り掛かってきた男は何だか知らないがぼったくられたようなので、多分そうだ。
……すっかり忘れてたけど、そういえば本を買ってもらってるのを見られて殴り掛かられたんだっけ……。
我ながら危機管理能力大丈夫だろうか。
「あの、お詫びなら大丈夫だよ。原因になったとはいえ本買ってもらったしさ。あと私も無事だったから気にしない気にしない」
「……そうですか、わかりました。僕としては納得いきませんが、首領がそう仰るのでしたら」
ガルドルからの首領呼びから危ない香りが漂ってくるのは何故だろう。
「お詫びはまたいずれ、という事に致しましょう」
「いやしなくて良いんだって別に。あーっとほら、ガルドルにオススメしてもらった本面白かったし」
「おや、もう読まれたのですか」
「うん。……いや、まだ読めてないのもあるけど、半分くらいはね?」
ガルドルが追加で買ってくれた方の本は裏社会系の恋愛メインで落ちは情報屋落ちばかりだった。
どうもガルドルは情報屋落ちが好きらしい。
……私も不思議の国のアリスモチーフな作品だとチェシャ猫モデルなキャラを好きになりがちだし、そういう感じかもなあ。
眼鏡やらツンデレやら、ピンポイントで突き刺さる属性というのは誰にだってあるものだ。
わかるわかる。




