歪んだ奴隷使い
奴隷使いだと言う男に絡まれどうしたら良いかわからないし、一応魔法で迎撃とかクダに頼むとかあるものの、対人間に火ぃ吐いてとか頼むわけにもいかないのが現実である。
ポケットに入るタイプのモンスターが居る世界ならともかく、そして今のクダは実質ポケットに入るサイズのモンスターと言っても過言では無いとはいえ、こちらの指示で人を傷付けさせるのはちょっと嫌だ。
やむを得ない状況であればともかく、まだ多分ギリセーフだろうし。
とりあえず、刺激し過ぎない程度に距離を取ろう。
「あの、近いです」
まずは正論。
思いっきり肩を抱かれて抱き寄せられての状態なので、手をついたままだった相手の胸をぐっと押してみようとし、止めた。
アクセサリーなどでこちらの筋力が強化されているのもあるが、体型を隠すぶ厚い上着越しに感じた相手の体格はかなりのガリだ。
押せばふらつくんじゃないかと思わせる薄さという事がわかったし、何より肩を掴む手の力だけは無駄に強いので、体幹を崩させるとこっちまで巻き添いくらって一緒に倒れ込みかねない。
芯はふらふらなのに手だけ力強いとかどういう事だ。
「どうしてお前はそんなに恵まれてんだろうなあ」
こちらの正論は完全に無視し、男は羨ましそうな、恨めしそうな目でこちらを凝視し続けていた。
「腰に提げてるのは古いが上等品。俺ら、どころか普通に生まれて普通に育てられて普通に真っ当に生きてるヤツでも手に入るかどうかの代物だ。貴族でもなけりゃあ手に入らねえ代物だ。
かといってお前から貴族の匂いはしない。ってぇ事はそんだけの稼ぎがある奴隷使い、奴隷商人って事だぁなぁ? ああ?」
「顔近いし何か臭いんで離れてください」
「臭い? 臭いのは当然だろうがよ。この辺の奴らは身なりを整える余裕なんざねえんだから。特に俺みたいな、俺達みたいな嫌われ者は碌に稼げも出来やしねえんだから。
そう、俺達奴隷使いってのはそういう生まれついての負け組なんだ。人に嫌われ、人を攫い、人を売り捌く。それが俺達だろ」
なあ、と男はやけっぱちにも見える笑みを浮かべる。
「だが、仕入れた奴隷さえ高値で売れればそれで良いんだ。そうすれば俺達みたいなヤツでも生活出来る。身なりを整える事だって出来る。
ああそうだ、お前は成功した奴隷使いなんだろうさ。金を持ってる匂いがすんだからさあ」
わかるだろ?
「さあ教えてくれよ同業者。成功してる同業者。成功のコツを教えてくれ。哀れな同業者を助けると思って、裕福なヤツらしくケチケチせずに教えてくれ。
そんだけ整えられる程の利益って事は、そんだけ良い商品を、奴隷を仕入れてるってこったろ? どこで仕入れてるのか教えてくれよ。どの辺りに売れそうな奴らが居るんだ?」
「仕入れてないよ」
「あ? ……あー、あー、成る程成る程成る程なあ」
痛い程に肩を掴んでいた男は手の力を緩め、こちらを凝視していた目を違う方向へと向け、
「適当なの攫って売り払ってるようなのじゃあなくって国に奴隷と認められた罪人を取り扱ってる、取り扱う事を許可されてる上級の奴隷使いだから攫って売り捌くのに適した奴らの居る場所は知りませんってか! ああ!?」
「いッ」
突如激昂した男の手に今まで以上の力が加わり、ギリリと掴まれる痛みが走った。
肩を確認すると相当な力で握り潰そうとしているレベルの血管が浮いているので、多分服とかアクセによるバフのお陰でこの程度で済んでいるらしい。
良かった。
……いやまあ絡まれてる時点で何も良くないんだけどね!
あと耳元で叫ばれるとマジで喧しい。
「ああそうだろうなあ、そりゃそうだよなあ! 俺達みたいな商売の許可を出してもらえない奴隷使いが人間を! 人外を! 手間も危険もある中で攫って移動させて衛兵やらの目を掻い潜って売ってる中! お前らは国から流されてくる商品を売ってるだけなんだから!
のうのうとした商売をして、なのに俺達よりも高値で売って、後ろ指も碌に差される事がねえ勝ち組の立場! 普通そういった勝ち組の奴隷使いは人外だから人間を下に見てるとかの差別があるんだろうと思ってたが、お前も人間の癖に、どうしてその立場に居やがるってんだ!」
「痛い」
「何でお前らばっかり商品を売れるんだ。商品が売れるんだ。俺達が用意するのは罪人よりもずっと従順に躾けられた安全な生き物なのに!
罪人みたいに偏りが生まれるようなのと違って、色んな奴らを取り揃えてるのに! お前らが扱う商品は前科持ちしか居ないのに、どうしてそんな傷物の商品ばかりが高く売れる!」
だから近距離で叫ばないでほしいし、こっちとしては人外の奴隷使いも居るという話自体が初耳のようなものだ。
どうしてどうしてと言われてもひたすらに困るし、お門違いだとしか返せる言葉が無い。
「…………少なくとも、貴方と私の違いを告げるんであれば、私は奴隷商人でも無ければ奴隷を売り物として見たりもしてないってところじゃないかな。私にとって、奴隷は私の大事な家族だから」
「それはおかしい」
ひゅ、と思わず息を飲んだ。
先程まで激昂していた男が、急にすんっとした真顔へと変じたからだ。
凪を感じる真顔ではなく、得体のしれない圧を感じる真顔。
明らかにトーンが幾つか下がっている声で、男はこちらを凝視したまま言う。
「それはあり得ない。俺達はいつだって値踏みされる立場だった」
だってそれが奴隷使いの適性がある人間の宿命だ。
男は静かにそう言った。
「奴隷使いに育つ人間だという目で見られた。奴隷にされないよう誰からも、親にすらも距離を取られた。無関係の人間を奴隷として攫うような性根があるんだろうと嫌悪された。差別された」
「…………」
「だが、だから何だ?」
真顔だった男は、口の端を僅かに持ち上げた。
その笑みは酷く歪で、仮面染みた笑みに見える。
「それが俺達だ。俺達は生まれながらにそうあるべきだと定められた。決められた。決め付けられた。そう、奴隷使いってのはそういうもんなんだ。誰に何を言ったって届きゃしねえ。
誰も俺達を見ない。誰も俺を見ない。見ているのはいつだって、いつ自分に牙を剥くかわからねえ奴隷使いの姿で、俺の姿なんて誰も見ようとしてねえんだ」
無機質な笑みなのに圧が強く、見開かれた目は爛々と輝いていてゾッとする。
まるで発狂した人間やヤバい宗教にハマって狂信者状態になってる人みたいな、アウトとしか言えないタイプの輝きがその目に宿っていた。
「生まれた時点で俺達はもう奴隷使いなんだよ。奴隷使いしか道が無いんだ。他の適性なんて無かった事にされるんだ。奴隷使いの適性があれば、その時点でもう奴隷使いだという認識をされるんだから」
「い、た……痛い痛い痛い爪爪爪! 爪食い込んでる爪!」
「でもさあ、決められてんなら、俺達の道が俺達で決められない程に周囲によって決められてんなら、俺達だって他のヤツの人生を決めたって良いよなあ」
流石に爪の食い込みは普通に痛いので男の手をバシバシ叩いて拒絶するも、離すものかと力を込められて終わった。
急に絡んできて自分語りして爪食い込ませて何なんだコイツは。
……奴隷使いは歪んでて、歪んでない私みたいのは珍しいってよく言われてたけど、歪んでる奴隷使いってこういうヤツの事なのかな……。
歪んでいるというか発狂しているかSAN値が激低にしか見えない男は、尚も続ける。
「そう、俺達が決めれば相手は奴隷になるんだ。農家だろうが貴族だろうが冒険者だろうが娼婦だろうが関係無い。
奴隷使いが奴隷だと言えばそれはもう奴隷だろ? 他の奴らが俺達を、俺を奴隷使いと言ったから、俺が奴隷使いになったように」
まあこっちも流れで奴隷使いになった感があるので何も言えないが、動機については完全に別ルートなので同意を求めるような喋り方するの止めて欲しい。
「だから捕まえるんだ。攫うんだ。そうして売って金にする。俺達はそうするしかない。他にどれだけの才能があったって、奴隷使いの適性があるだけで精神的な異常者って扱いをされるんだから。危険だとみなされるんだから。
俺達はどうにもならないしどうにもなれない。だって他の奴らがそう言うんだから、俺達に逃げ道なんて無い。こうなるしかないんだ。こうなるしかない程追い詰めた奴らを、奴隷になるしかないと定めてやるのは、何もおかしい事じゃねえだろ?」
男は言う。
「どいつもこいつもが俺達を嫌うなら! 俺達は対等に! 全てを商品として見る! それが奴隷使いだろうが!」
「…………いいから、手を離して。あとそっちにも色々あったんだろうから一概に全否定する気は無いけど、私の思う奴隷使いのあり方とは普通に相容れないと思うし」
再び叫び始めた男に出来るだけ冷静な態度でそう告げれば、男はこちらをまじまじと凝視しながら手を離した。
そうしてずいっと顔を近付けてこちらの顔を覗き込んで来たので、思わず二歩引く。
「………………お前、もしかしなくとも奴隷使いに向いてねえんじゃねえか?」
「は?」
「そう、そうだな。そういう事だ。そうに違いねえ。上に立つのに向いてないんだお前は。他のヤツを踏み潰してやろうって気を感じねえ。二度と踏み潰されないよう、立ち上がれない程に踏み潰してやろうって気配がねえんだ」
「無いのが当たり前でしょ」
「あるのが当たり前だ。奴隷使いなら」
それは、歪んだ奴隷使いにとっての当たり前なのではないだろうか。
嫌な予感にまた数歩下がるも、今度は数歩分を詰められる。
「奴隷使いに向いてねえなら、奴隷として売ってやるよ。その方が合ってるんじゃねえか?」
「いやお断りさせて」
「断ったって、攫っちまえば奴隷に出来るんだよ」
ゆっくりと伸びて来る手から逃げようと、後ろに下がってダッシュして逃亡を図ろうと足に力を入れると同時、横から伸びて来た人間らしからぬ大きな手が男の腕をガシリと掴んだ。
「そこまで」
割って入って来たのは、ヨルムンガンドのガルドルだった。
・
相手の腕を掴んだまましゅるりとこちら側に近付いたガルドルは、違和を感じない程の自然な動きでこちらをその大きな背に隠す。
長い尻尾、というか蛇の胴体部分を他の人の邪魔にならないようにか胡坐を搔いているような形に折り曲げるという尋常じゃ無く筋力が要りそうなポーズだが、体躯と胡坐のようになっている部分のお陰でこちらの姿はすっぽり隠れた。
その安心感に、知らず知らず身を強張らせていたのか過剰な力が身から抜けたのを感じる。
「…………ミッドガルドのガルドルが、何の用で出しゃばってきた! こういった治安の悪い場所での行いは、ある程度だったら黙認で見逃しっつーのがこの辺を縄張りにしてる奴らの暗黙の了解ってヤツじゃあねーのかよ!」
「ええまあ、普段ならそうなのですが、彼女に関してはある程度で収まったりしませんので。黙認で見逃せない相手に手を出されそうになれば、当然割って入らざるを得ないという事ですよ」
激昂する男に意も介さず、ガルドルは落ち着いた声色でそう返した。
「なにより彼女は僕のお気に入りでもありますのでね。傷をつけられるのは困ります。ああ、勿論タダで手を引け、と言うつもりはありません」
ガルドルは人差し指を口の前に持って来て、しゅるり、と長く細い舌を出して見せる。
「貴方に情報を与えましょう。そろそろこの辺りから立ち去らなくては足が付きますよ、とね。既に見回りが強化され始めています」
「…………チッ」
男は顔を顰めて舌打ちを零し、こちらの方に視線を向けた。
「金があるヤツは良いよな、すぐこうやって強いヤツを味方につける事が出来るんだから。国に認められてるヤツには、国に認められねえやり方しか道がねえ俺達の事なんざどうでも良いってか!」
酷く不機嫌そうに苛立ったまま、男はそう叫んで去って行った。




