牛獣人の搾乳と……
昨晩は実に楽しい時間を過ごす事が出来た。
ミレツとニキスの手品やファンサもそうだが、ザグテ達から他の種族についての話を聞けたのも楽しかった。
そう思いつつ、町を歩く。
「えーと……ここかな」
胸の谷間に居る小さなクダに視線を向ければ、にっこり笑顔を向けられた。
縦にも横にも首を振らないという事は、そういう事は自分で判断出来るようにねという事だろう。
……実際、一人で町歩けるようにならないと話にならないしね!
そういうわけで七十五分の一クダを胸に挟みながらの単独行動である。
明らかに単独では無いが、七十五分の七十四クダとイーシャは討伐依頼に行っていた。
そもそもこちらも指示を出すわけでは無いし、正直言って戦闘が出来ないので居ても足手纏いになるだけという悲しい事実。
なので、実力知ってて安心出来るし、という事で二人に任せてこちらは町での依頼担当だ。
……普通に宿で待ってたり観光してたりしてて良いよって二人は言ってくれたけど、流石にそこまでヒモ極めるのはちょっと……!
奴隷使い、つまり奴隷を働かせる立場ならそんなもんな気もするけれど、飼い犬がキチンとしてるのに飼い主がだらしないのはちょっと客観的に考えるとアレなので、まあつまりそういう事。
幸いちょっとした手伝いなら出来なくもないので、二人が出ている間は簡単なお手伝い依頼をちまちまこなそうという事である。
……しっかし、どういう依頼なんだか。
良い感じの依頼はないかと見ていたらリャシーにオススメされた依頼なのだが、
「職員が信頼を寄せている相手じゃないとちょっと危ないですし、男性……特に人間の男性は発情しやすいので完全アウトなのですが、人間の女性で人外にも拒絶感を抱こうとしない首領ならよろしいかと!」
一晩で首領呼びが浸透している事に驚いてあれよあれよとその依頼を受けてしまったが、今更ながらどういう依頼なんだろう。
発情しやすい人間の男はアウトとかマジでどういう何なんだ。
娼館とかあるようだし、そういうトコの清掃仕事か何かだろうか。
……ヤダな、そういうトコの清掃仕事。
何とは言わないが色んな液体散らばってそう。
「ま良いや」
とにもかくにも動かなければ始まらん。
そもそも町の外れの方とはいえそういうお店が近くにある感じでも無いので、知らない人からしたら一般家屋系のお店、というわけでも無いだろう。
そう思い、リャシーに教えられた特徴にピッタリな家の扉を叩く。
「すみませーん、何か依頼があるって事で来た冒険者でーす」
「はいはーい」
扉を開けて出て来た牛寄りな牛獣人のお姉さんに、何となく既視感。
「いやあもう痛くなってきてたから助かったよー……って、あれ?」
お姉さんの方も、こちらを見て首を傾げる。
「地図でボられそうになってた子?」
「あっやっぱりあの時のお姉さんですか!? その説はお世話になりましたありがとうございます!」
まさかこんなところで再会するとは。
・
中に招いて貰い、お茶をいただきつつ聞けば、牛獣人のお姉さんの名前はニウと言うらしい。
そしてお子さんが二人居て、下の子は最近乳離れをし始めたんだとか。
「ええと……不躾ですけど、旦那さんは」
「ああ、元々居ないよ。強いオスに子種貰って子供作ったから」
「げほっ!?」
あまりに明け透けな言葉によって飲んでいたお茶が気管に入った。
げほごほ噎せつつ、テーブルの上で出されたクッキーをポリポリ齧っていたクダが心配そうに来てくれたので大丈夫だと人差し指で頭を一撫で。
「げほ、えふっ……失礼しました」
「いやアタシは良いんだけど……大丈夫?」
「ちょっと、人間は大体伴侶居るのが普通だったので意外だったというか……無い発想だったというか」
「あー、そういう事ね」
成る程、とニウが頷く。
「確かに人間はそういうのが多いけど、人外は番いになる種族ならない種族と色々居るからその辺雑なのよ。牛の場合は強いオスの群れにメスのハーレム。あとは余ったオス達で群れる、みたいな感じでね」
「わお」
牛に関しては家畜の牛しか知識が無いのでちょっと驚き。
でもバッファローとか群れてるからそういうものか。
……なにより家畜の牛だと人工授精がメインだって聞くし、そうじゃないだけ不意打ちされたメンタルとしてはまだマシ、かな。
「でも獣人として町で暮らしてるとそういう群れに入るってわけにも行かなくて、普通にそれぞれ好きに暮らすって感じになるの。だから気に入った強いオスに子種貰ったりね」
「それは……牛獣人以外でも?」
「契約をしっかり結べば体格差……ぶっちゃけ交尾の時の負担はほぼ皆無になるから。出産用の契約なら出産時の負担もかなり減るわ」
よくわからん。
「えーと……私あんまりその辺詳しくないんですけど、つまりどういう?」
「まず基本的に人間と人魚の間であれば、人間か人魚が産まれるの。犬獣人と桜森人なら犬獣人か桜森人、ってね。
鳥人の場合は卵を産むけど、そこから人間が産まれる事もあるわよ。あと祖父母に違う種族居たらそれが産まれたりもあるわ」
「わあお」
卵生の人間とは人間で良いんだろうか。
いやでも多分その人間が子供産む時は普通に出産するだろうから、そこは詳しく考えないでおこう。
ここは異世界でファンタジー。ヨォシ。
「一部、人間とエルフだとハーフエルフが産まれるとかあるけど……まあそのくらいね。人間と獣寄り獣人の間に産まれたからって人寄り獣人になるわけでも無いし」
「ふむふむ」
「で、そうなると巨人とワンナイトしたら私の股から巨人が産まれる可能性もあるわけで」
うわ本当だ。
「でもそれ出産、というか孕んでる間にサイズ的な意味で普通は死ぬわよね」
「死にますね」
「それ用に出産用契約があるの。結婚してるなら問題無いんだけど、結婚契約をしてない場合はこっち。
それなら産まれるまでは母体に合わせたサイズや形態だし、産む時も母体に合わせた状態になるわ」
「産まれたら巨人で驚き、とかありそうな話ですね……」
「別に、種を把握してれば驚かないわよ? 把握してないなら何が産まれるかわかんない前提だから驚く以前に覚悟は出来てるし」
「わあい……」
人間には難しい芸当じゃなかろうか、ソレ。
「まとにかくうちはそういう事で旦那無しで二人の子持ちなんだ。種違いのね」
さらっと言うなあ、と思ったが野生動物とかって番いを作るタイプじゃなけりゃそんなもんか。
「そして下の子が乳離れし始めたからもう大変で、いい加減嫌になったから依頼を出したってワケ。
デリケートな部分だから、ギルドが信頼出来るって判断した相手じゃないと受けて貰えなくて正直ほぼ諦めてたんだけど……キミコが来てくれて良かったわ!」
「あ、そこなんですけど」
己は片手でテーブルの上に居るクダの食べかす塗れな口元を軽く拭いつつ、もう片方の手をピッと挙げる。
「何をするかの説明されてなくて色々サッパリなんですが」
「ああ、搾乳だから指示通り動いてくれれば良いわよ?」
「さくにゅう」
脳みそが理解を拒んだので意味がわからないまま復唱したところ、そう、と頷かれた。
「下の子の飲む量が減ったから搾乳しないとお乳が駄目になるしおっぱいも痛くなるんだけど、牛だから乳量多くて面倒なの」
ニウは牛らしくお腹の位置にあるお乳を手で持って揺らす。
中身が詰まっているとわかる、どたぷんとした動きが見えた。
「上の子の時に本当この作業が嫌になって仕方なかったから、搾乳をやってもらおうかと思って」
「搾乳機とかお使いになられないんです!?」
「手搾りよりは楽だけど、手動でやるのもまあまあ面倒なのよ。動物の牛でもバケツ一つ分は出すのに、アタシの場合は獣人だからそれより多いし。量が減って来ててもバケツ一杯分は確実だわ」
「うっわ」
そういえば牛はお乳を二十リットルだか三十リットルだか出すらしい。
人間はそうも出ない、というかお乳の成分はほぼ血液だったはず。
牛の方はあまり知らないが、実質献血のようなものだから人間はあまり量が出ないようになってるとかだろうか。
食べ物から吸収出来る栄養素も関わってそう。
……牛でも体格デカイのに獣人の場合は更に体格大きいし、動物には無い魔力がある分母乳量も多くなってるのかもなあ……。
その状態でお乳が余るとか想像するだけでゾッとする。
お乳とはつまり分泌物なので、きちんと絞っていないと病気になりかねないものだ。
牛だってお乳が出る牛はちゃんと絞らないとお乳の病気になると聞いた事がある。
……あれだよね、尿が溜まってるのに出さなかったら膀胱炎になるみたいなアレ。
微妙に違うかもしれないが、分泌物を溜め込んでて良い事は無い。
必要以上の皮脂はニキビになるし、便を溜めるのは便秘という症状なのだ。
だから搾乳も必須なのだろうが、それにしたって量が多い。
……そりゃ依頼してでも誰かにやってもらいたいってなるよね……。
御屋敷の掃除を一人でやるのは手が回らないのでお手伝いさん雇えると助かるなあ、みたいなアレ。
そう考えるとめっちゃわかる。
「でも私、搾乳体験無いんですけど……搾乳される側もする側も。動物の牛ならやった事ありますが」
それも幼少期に体験コーナーでやった程度の物だ。
親指と人差し指で輪っかを作って順番に指を折り曲げて搾れば良いのは覚えているが、通用するかもわからん。
というか獣寄りな牛顔獣人さんとはいえ恩人であるお姉さんのお乳を搾るとか、こっちが男だったら一体全体どういう設定のエロゲ―だと言いたくなる。
まあ人間の男は発情するからアウト対象だそうだが。
そりゃそうだ。
……独身子持ち巨乳お姉さんとか人間の男が発情する理由しか無いし、そこに加えて搾乳て……。
牛寄りのお顔でお乳も牛らしくお腹の方にあるし形状も牛のお乳感満載だが、それで萎える男ばかりとも限らない。
それで萎えるなら海の女神とかが嫌がるからという理由で船に女を乗せられなかった時の代打としてヤギを乗せたりはしない。
マジなヤギで興奮出来たという事実があるなら、ちょっと見た目が牛寄りなくらいはアクセントでしかなさそう。
馬のチンコを尻に入れて死んだ男性も世界には居るらしいので、人間の性的好奇心は馬鹿にしちゃいけない。
同じ人間だからマジ切実な問題である。
「ああ、大丈夫よ。言った通りにやってくれれば。指示通りに動いてさえくれれば私はその間暇潰しに本とか読んでるし」
大丈夫かなあ。
・
終わった。
どうにか終わった。
殺菌消毒については魔法でどうにかなったが、温かいタオルでニウの胸を温めたりお腹にあるお胸部分が丁度嵌まるようカットされたハンモックにうつ伏せになったニウの指示により乳搾りをしたり、本当に私は何をやっているんだか。
普通の牛相手の搾乳ならばともかく、意思疎通が出来る相手の乳搾りとなると途端にアウト感漂うのが困る。
……うん、まあでも終わったしね!
バケツが一つ満タンになっても足りず、追加のバケツを半分程満たしてようやく終わった。
成る程これは手間が掛かって自分でやるのは相当に面倒。
「いやー、軽くなった軽くなった! ありがとねキミコ!」
「いえー……」
慣れぬ動きに疲れ果てた腕を投げ出してぐったりしながらそう答える。
椅子に座って机に体を預け切っているこちらとは違い、ニウはとても身軽そうだった。
豊満過ぎるお胸も搾乳前に比べると良い感じにスッキリしている。
……というかバケツを一杯と半分満たす程のお乳って、一体どんだけの重量が……。
牛獣人が動物の牛同様に歩ける程の大きさになってから出産するタイプなのであればある程度の重さは許容範囲っぽくも思えるが、そういう事でも無いと思う。
人間なんて首も座ってないレベルで産むが、それでもとんでもない負担と聞く。
それと同じくらいのお乳を抱えるとなったら相当な重量。
端的に言って何かもう色々ヤバい。
「…………というか、搾ったお乳ってどうなるんです? お子さんが飲むんです?」
「いや、普通に売るよ?」
「売る!?」
今母乳を売るとかいうエロ漫画くらいでしか聞いた事の無いワードが。
いやでも確かお乳の分泌量が多い人が母乳バンクとかいうところに提供しているという話もあるので、そういう系だろうか。
早産のお母さんだったりすると母乳の分泌量が少ないとか、そもそもあまり出ないとか、そういう人をフォローする為にあるのが母乳バンクだったはず。
「……ええと、分泌量が少ないお母さんが子供に飲ませる用とかです?」
「まあそれもあるけど、それならどっちかというとヤギ獣人の方が多いわね。ヤギの乳は牛乳よりも優しくて消化しやすいから、正直そっちのが良いの。人間の赤ん坊とかだと牛乳に含まれる栄養素は消化しきれないらしいし、猫系の子とかもお腹壊しかねないし」
「あー」
糖質がどうとかだったか。
確かに猫用ミルクじゃないとお腹を壊すと獣医さんが言ってた。
「だから牛獣人の牛乳は、普通に料理に使われる事が多いわ。動物の牛と違って、獣人には魔力がある。つまり牛獣人による牛乳にも魔力が宿る」
「普通の牛乳は魔力無しなんですね」
「母体に魔力が無いんだもの」
まあそりゃそうか。
「でもこっちには魔力があるから、魔物肉のシチューを作る時とかに使用されるかな。魔力を含んだ料理では、他の材料も魔力を含んだものを多く使うからこその高いお値段ってわけ」
「成る程」
「あとまあ血液を乳にしてるわけだから、牛乳は血液の代用品にもなるのよね。一応人肉食べる種族用の制度もあるとはいえ死刑相当の罪を犯す人間が大量に居るわけでも無いから、魔族である吸血鬼とかは獣人ミルク飲む事が多いわ」
「なぁるほどぉ……」
そういや吸血鬼は牛乳飲むイメージあったが、アレって成分的には実質血液だからだったのか。
そしてやっぱり牛も血液をお乳にしてるのか。
……しっかし、イメージそのままな美しい吸血鬼が他の種族の母乳飲んでるって考えると、微妙な気分になっちゃうなー……。
見た目は普通に牛乳なのに、どうしてこうもアブノーマル感が出てしまうのやら。
・
とりあえずは一週間続行で、という事で話を纏めてニウの家を出た。
今日一日搾乳すれば終わりというわけではないので、様子見も兼ねて一週間。
「一週間で勘弁してくれって言うかもしれないから、そのくらいが丁度良いと思うわ。アタシは自分で搾り始めた時、一週間足らずで嫌になったから」
ニウ曰く、そういう事らしい。
まあ実際あの量を一人で搾乳するとなるとキツそうだ。
機械でやってくれるタイプの搾乳機があれば良いが、無いっぽいし。
……魔法で動くようなの無いのかな?
でもあったら使うだろうし、多分無いんだろう。
あっても微妙に出来が悪いとか、そういう系なのかもしれない。
そう思いつつ観光気分で歩いていると、
「…………うん」
困った事にちょい迷った。
町の外に出るならともかく、町の外れの方をしっかり見た事は無かった。
なので好奇心のままにわき道を覗いたりしていたのだが、正に身から出た錆としか言いようのない迷いっぷり。
胸の谷間に挟まっている七十五分の一クダに聞こうかとも思った、が、
……多分答えてくれないんだよね……。
クダはわりとクールというか、こちらが本気で困っている時は助けてくれるものの自力でどうにか出来る範囲の場合は放置が多め。
それもクダは立場的に使い魔とか式神とかそういう系統に近く、主の意思を尊重するというのが種族的な特徴なんだそうだ。
だから行き先を決めるのも主であるこちらであり、こちらが本気で道に迷って宿の方角もわからないレベルになったらようやく教えてくれるだろうな、という感じ。
まあその方が自力で道を覚えなくては、という気になるので良いんだろうけど。
「なあ、おい」
「え、うわっ!?」
肩に手を置かれたと同時に呼び止められ、振り返ろうとするよりも早く、ぐいっと強く身を引き寄せられた。
思わず相手の胸に手を突いてバランスを取れば、相手が雪国仕様と思われる大きな上着を着ている事に気付いた。
モコモコが付いていて顔が窺いにくいフードを被った男は、ギザギザした歯を見せるように笑みを浮かべる。
「お前、奴隷使いだろ? 鑑定すりゃあわかる。俺と同じ奴隷使いだ。なあ、そうだろ?」
身を屈めて顔を近付けた男は、眉を顰めた獰猛な笑みで下から覗き込むようにこちらを見た。
「なのに何でお前はそうも身なりが整ってんだよ。奴隷使いなんてヤツらは、俺と同じように落ちぶれ切った奴らばっかのはずなのに。何でお前は、お前だけ、お前だけがそんなにも、この世の中に満足してますって面ぁしてんだ」
ぎょろり、と目つきの悪い男は圧のある眼力でこちらを凝視する。
「なあおい、何でなんだよ。なあ。答えろよ」
クソヤバい上に最高レベルで面倒そうなのに絡まれた……。




