↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/121

焦がれる勇者



「はあ……」



 あてがわれた広すぎる部屋のソファに腰掛け、太勇(たゆう)は憂鬱の息を吐く。

 束縛がウザイという理由で恋人に振られ、傷心旅行中に迷子になり、現地の人に道を尋ねていたら何故かその人まで巻き込んだ形で異世界召喚とか、


 ……迷惑過ぎる……!


 しかもこっちは勇者扱いであっちは何か良くない扱い。

 創作小説か何かか。

 部屋に通されても不安でそわそわしてしまって、夕食の時に問いかけたらあの人は遠くに行ったとか言われるし。


 ……ルーエが逃がしてくれたとこっそり教えてくれなかったらSAN値がピンチだ。


 どうも勇者特典なのか、色々試した結果今の自分はとんでもないチートになっていた。

 そんな人間のSAN値を挨拶代わりに削ごうとしないでほしい。

 それで被害被るのは間違い無く城の人間達だって事がわからないんだろうか。


 ……わからないんだろうな……。


 あと勇者として活動を始める前にこちらの世界についてを、と教えてくれるのは良いが、毎回人間の教師なのは何故だろうか。

 そしてそういった教師達はやたらと断言系の言い方をするし、魔王とか魔物の話になると物凄い私情を挟んだ偏見に満ち満ちた言い方をするし、こっちが深堀りしようと質問すると「そういう物だからです」としか答えない。


 ……教師の才能無いんじゃないかあの人達は。


 正直言って空いた時間にこっそり来ては詳しい事情やら裏事情やらについてを正確にわかりやすく教えてくれる人外達の方が好感度は高い。

 というか人間に好感度を上げる理由が無くて本当に困る。


 ……案内してくれようとしたあの人にときめいた次の瞬間には異世界トリップってどういう地獄だ……!


 恋が始まると思ったら勇者人生が幕開けってか喧しいわ。

 勇者としての人生よりも恋の方を開始して欲しかった。

 傷心大学生には嫌そうな顔もせずに道を教えてくれた女性がどれだけ魅力的に映ったか、ここの人間達は知らないんだろうさ。

 いや自分だけが抱いて大事にする思いなので教えてやる気も無いが。



「…………もういっその事、勇者のチートスキルをフルに使って夕食まで逃げるか……?」


「そこで夕食まで、と決める辺りが良い子ですね」


「どおわあっ!?」



 振り向けば、扉のところにルーエが居た。

 扉の開く音がしなかったので多分魔法。恐らく魔法。ルーエはよく魔法でこの部屋にやってくる。

 曰く、頻繁に出入りするところを見られると人間的に都合の悪い事情を吹き込んでいると言われて接触禁止令が出されかねない、んだとか。

 まあ実際裏事情とかも聞かされているので、人間に都合の悪い事情と言えばその通りなのだが。



「ううん……勇者である分相当に様々な能力が底上げされているはずですので、もう少し気配に気を配る事を推奨します。気配に気付けるようになれば、勇者の能力ならすぐに自動で判別可能になるでしょうし」


「やろうと思えばすぐ出来るようになるし、あっという間にオート状態にも出来るレベルで馴染むのは良いけど、何かなあ……」



 ゲームじゃなくてリアルの世界なので、レベル上げ感が無いなあとかは思わない。

 ちょっとだけは思うがそれくらいだ。

 正直言って突然誘拐されてお前の命を見ず知らずのうちの国の為に捧げてねヨロ~♪ とか言われてもふざけんなとしか言えないが、知識が無い状態では逃げるのも逃げられない。

 つまりしばらくはこの環境に居るしかないというわけだ。


 ……ある程度把握すれば勇者として存在を発表し、旅に出て、凶悪な魔物を退治して感覚を掴みつつ魔王を討伐の予定らしいが……。


 大前提として人の予定を当然のように決めんなという感じ。

 傷心旅行中でちょい病んでたタイミングであれば素直に従ったかもしれないが、既に新しい恋に出会った直後だったので無理。

 惚れた瞬間に誘拐された挙句、巻き込まれただけの惚れた相手に対する扱いが悪いというコンボは駄目だろう。



「それでルーエ、今日もまた何か裏事情についてか?」


「いえ、今日は報告ですね」


「報告? 騎士様な国王様が俺に対するほぼお前の趣味だろうがみたいなスパルタ訓練を無しにしてくれるとか?」


「確かに訓練にはすぐに強くなる勇者への興味、好奇心、そして伝説である勇者への憧れが入っているので趣味というのは否定出来ません。ただスパルタ訓練無しというわけではないです」


「なんだ……」



 大分本気で期待してたので思っていたよりガッカリした。

 勇者特典のチートがあるからか体力は凄いし力量も凄いしで苦は無いのだが、モチベーション的なアレがソレなのでちょっと嫌になってきている。

 好きなご飯が一日に一回出て来るのを一週間続けられるならともかく、正直あんまり好きじゃないけど食べられはする部類の物を一日に一回一週間続けられるのは心が折れる。

 魔王よりもお前ら人間が敵じゃないのかと言いたくなってくる始末だ。



「……キミコに会ってきました」



 その言葉に、ソファに横たえた身を跳ね上げて飛び起きる。

 彼女から名前を聞く前に離れ離れになってしまったが、ルーエによって名前は聞かされていた。

 そしてキミコというのは彼女の名。



「無事だったのか!?」


「ええ、とても元気そうに冒険者をしていましたよ。奴隷も二人居て、随分と仲が良さそうでした」


「は? 男か?」


「管狐はメスでしたがケンタウロスはオスでしたね」



 普段なら惚れた相手に近付く異性とか殺意が湧くはずなのに、湧いて来たのは羨ましいという感情だった。

 己は惚れた相手を束縛してしまう癖が、というか行動を把握したがる癖があったが、奴隷という事はつまり束縛される側。

 それだけ必要とされる存在。


 ……うっわなんだそれ羨ましい……!



「俺だって彼女に首輪つけてもらって侍りたい……」


「確かに侍ってはいましたが首輪はありませんでしたよ。必須ではありませんし」


「良いだろ別に束縛されるならそういうのがあると盛り上がるんだ。……はあ…………一緒に居られるだけで羨ましいのに奴隷にしてもらえるなんて……くそ……羨ましい……くそ……」


「勇者なだけあって灰汁が強いのがよくわかるな……」



 随分ドン引きした声だったが知らん。

 直に会いに行って会話したお前には彼女に恋い焦がれて思いを募らせる男子大学生の気持ちなんてわからない。

 人間とエルフというだけでも大分思考に違いがありそうだし。



「俺も彼女に会いたい……彼女から名を聞きたい……」


「勇者として発表し、外に出られるようになれば好きにして構わないと思いますが……目立ちますからね。あと恐らく貴族の町での活動が主になると思いますので多分無理です」


「俺が勇者に選ばれてしまったばっかりに!」



 これはもう顔を覆って泣くしかない。

 選ばれし俺だったせいで惚れた人に道を教えてくれたお礼とついでに自己紹介と自販機の飲み物を奢るくらいしてフラグを立てる事すら出来ず、一緒に異世界へ召喚コースとなってしまうとは。

 異世界人的には世界に二人っきりだけども、こちらの住人が居る以上二人きりとも言い切れないという事実よ。

 いっその事二次創作内で話題になってた〇〇しないと出られないタイプの部屋とかに召喚してくれれば良かったものを。


 ……勇者と奴隷使いという才能のせいで自己紹介すら出来ず離れ離れになるとかある種ロミジュリ感があってロマンチックだが、リアルに考えると普通に辛い……!


 自己紹介する間すら無いというのが相当に痛い。

 この間にも彼女は知らない誰かと仲良くしているんだろうなと思うともっと辛い。



・



 しばらく落ち込み、何となく回復した気がするので立ち上がる。


 ……ほんっとうにどういう趣味なんだか、この世界の服は……。


 身動きをする度に気になるのは自身の服装だ。

 適当な服を着てたのに、能力の付与的なアレコレで着替えさせられた。

 そこまではまあ勇者的に考えれば勇者の装備とか、現地の装備みたいなアレでわからんではない。


 ……だからってこんな誰かの性癖が詰められたような恰好はどうなんだ……!


 露出とかワンポイントがあると付与された能力の効果が強まるらしいが意味わからん。

 こっちは勇者だから正直どうにでもなるし。



「勇者様は良くても服が普通の布ではマグマの中にダイブした際、服が燃えて素っ裸になりますよ」


「待て俺はマグマにダイブさせられる予定があるのか?」



 尚、着替えに応じた理由は以上の会話があったからである。

 魔王討伐の為のレベル上げが必要で、平和の為にも魔王以外の魔物を退治する必要性があるのもわかるが、それにしたってマグマダイブの可能性があるとか一般大学生だった男に課す課題じゃない。

 大学のレポートだってもうちょっとマイルドだ。


 ……まあ、マグマに比べれば殆どが当然のようにマイルドか。


 マグマと比較すれば激辛大盛りカレーだってマイルド枠みたいなものだろう。

 そりゃそうだ。


 ……しかし動きにくいんだか動きやすいんだか……。


 今着ているのはハイネックにノースリーブの黒くピッタリしたインナーに、ぶかっとしたミリタリージャケット。

 下は足のラインが出るデザインの上に靴なんてハイヒールなど履かされているが、付与された効果か勇者チートか足を挫いたりしないのは良い事だろうか。


 ……とはいえ、インナーがな……。


 ハイネックなのもノースリーブなのもやたらとピッタリ感が出ているのも別に良い。

 元々それなりに鍛えていて、見せるのが恥ずかしい体というわけでも無い。

 ただ問題は絶妙に胸下まで布が無い事だ。

 ヘソ出しはヘソ出しなのだが、丈が一般的に想像するヘソ出しインナーよりも短い。


 ……女だったら下乳が出るデザインなのでは……。


 男でも普通に下乳が出るデザインだが、これ作ったヤツは性癖込めすぎだと思う。

 ちなみに上着はオーバーサイズが過ぎるぶっかぶかの上着だったので、ヘソの上でギュッと結んで袖は捲った。

 前腕が出てる事と腰が見える状態になったので太っているとは誤解されないだろうが、鏡で見ると思ってよりも上半身がボリューミーに見えて時々自分で驚く。


 ……まあ最初に一番無難だからと選んだは良いが、明らかに太く見えた時に比べればマシか……。


 肩幅と三頭筋のボリュームがあるような印象になるくらいなので、太く見られるよりは良い。

 そう思いつつ首に手を回せば、右耳につけたピアスのチェーンに触れた。

 チャリ、という金属音にふと思考する。



「…………ルーエ」


「はい」


「お前が俺に着替えさせたのはマグマダイブの可能性やら防御力のアレコレだったけど、ピアスなんかはどうしたら良いんだ? そもそも俺としてはアクセサリーが多い方がテンション上がるタチなんだが」



 傷心旅行中だったのでアクセサリーはピアスだけを身に着けていたが、いつもならバングルやら指輪やらでもう少し飾り立てていた。

 しかし今はそれを取りに行く事も出来ない。

 そして何より、



「マグマダイブで服が危険なら、普通のピアスはセーフか? アウトか?」


「端的に言うとアウトですね。極寒の土地に行ったら凍って皮膚に張り付きそのまま癒着する可能性があります。

 普通なら耳ごともげる可能性がありますが、勇者なら肉体が異様な頑丈さを有してるので多分そこは大丈夫です」


「大丈夫じゃなさそうな事を淡々と言う……」


「温度調節や気温変化無効の魔法を付与されたアクセサリーを身につければ問題はありませんので。

 思い入れがあるようならそちらを加工、思い入れがあるわけではないなら新しく購入するのが良いかと」



 元恋人との思い出が詰まったアクセサリーは振られた翌日に捨てたし、親の形見みたいなストーリーがあるわけでもない。



「なら新しく購入した方が早いとは俺も思うんだが……」


「が?」


「前に色んな服を用意された時、一緒に用意されたアクセサリーがあっただろ」


「ありましたね。最低限を確保してこれだけで良いと叫ばれたので仕舞い直しましたが、取ってきましょうか?」


「いや要らない。デザインが好みじゃなかった」



 そう、あの時用意されたアクセサリーはどれもこれもが夜会とかに似合いそうなお高いデザインだったのだ。

 右耳は大きい物をつけるので物によってはともかく、左耳にはイヤーカフやら小さめのピアスを複数付けたい自分としては、ああいうのはどうにも合わない。

 イヤーカフとか無かったし。



「こういうデザインのは無いのか?」


「貴族街にはありませんね」



 自身の耳を指差し伝えれば、端的にそう答えられた。



「一般の庶民街ならありますので、商人ギルドに頼んで向こう用のを用意していただきましょうか。

 デザインが良くても能力が、という場合は魔石を入れ替えるなり新しくデザイン指定で注文するなりすれば良いですし。元々そのつもりで材料の用意をするよう言ってあります」



 オーダーメイドとなると時間が掛かるんじゃと一瞬思ったが、長期であればルーエの性格上多分言う。

 つまり短期で出来るのだろう。


 ……昔話でも数日で凄い橋を作ったりする人外の話って各地にあるみたいだし、そういうものか。


 魔法もあるしなこの世界。



「ところで勇者様、そろそろ訓練の」


「それ」


「はい?」


「いい加減その勇者様呼びと敬語、止めてくれないか。むず痒い」


「勇者呼びは色々と面倒事を押し付ける先扱いなので勇者様が思う程良い呼称ではありませんよ」


「ならより一層やめてくれよ!」



 薄々察していたが、勇者イコール英雄じゃなく、勇者イコール社畜みたいな感じなんだろう。

 うわ普通に嫌だ。

 元々まだ大学生だったのもあって尚更に嫌な呼称でしかない。



「せめて敬語もやめてくれ。素は敬語じゃないって事は時々漏れてる本音で知ってる」


「いえ、立場的に敬語の方が波が立たないので。本人が良くても、人間は何故か他人の会話に口を突っ込んで来る事がありますからね。

 本人の敬い方と他人の敬い方に差異があるのは当然のはずなのですが、どうもそれがわからないようで」


「ああ……」



 とりあえず敬語を使っておけば面倒が少なくて楽、という事か。

 まあ確かに実質社畜とはいえ肩書きが勇者であると考えれば、ルーエからすると立場的に色々あるのだろう。

 城を出れば勇者がオッケー出すなら良いかという感じになりそうだが、城の中だと国王とかの直属の上司系が居るので面倒になる。

 なにせ他の人にとっての上司ならともかく、ルーエ自身の上司だし。


 ……どうして異世界でまでこんな生々しい事を考えなければ……。


 あの日に傷心旅行じゃなくてヤケ酒でもしていれば良かったんだろうか。

 いやでもそれだと彼女に出逢えてないから嫌だな。



「じゃあ仕方ないとして、もうすぐ訓練の時間なら俺は夕食まで屋根の上とかに逃げるか」


「こらこら。勇者の力で対応出来ているんだからもう少し構ってやってください。

 確かに趣味が大分入った結果スパルタ状態の訓練ですが勇者の力になるのは事実ですし、あの子自身は真面目で純粋な子なんですよ」


「真面目で純粋…………?」



 騎士で国王でやたら無表情で淡々とした会話しかしない男相手に、その言い方はどうなんだ。

 真面目には同意するが、純粋かは知らないし。


 ……そりゃまあ、国王イコール髭もじゃのオッサンというイメージがあった身からすれば、比較的若いようにも見えるが……。


 二十代か三十代くらいだろうなという感じだが、だからといって好印象というわけではないので反応に困る。



「大昔の祖先が残した、隠蔽の為の嘘。それを本当だと純粋に信じている子ですからね。

 子供騙しのような嘘に騙されている人間は多いものですが、あの子もその一人だと思えば可愛いものです」


「国王がそれって……」



 ずっとサンタをマジに信じてる国王って大丈夫なんだろうかその国。

 駄目だこの国がその国だ。終わった。



「そもそも、隠蔽の為の嘘っていうのは何だ」


「魔王は悪だから一刻も早く始末しなければならない、というのは人間側の都合という事ですよ。私は勇者に対してあまりプライベートな会話をするな、と言われているのでこれ以上は言えませんが。

知っておいた方が良い事情は喋っても良い事になっていますが、都合の悪い事情は人間としては隠蔽しておきたい事でしょうからね」



 さらりと言われてこちらは微妙な顔になる。

 この世界には箝口令も契約で順守させる事が可能とか聞いたのでソレ系かと思ったが、ルーエの態度からすると多分そういうわけじゃない。

 つまり言おうとすれば言えるが、まあ別に良いか、みたいな感じで黙ってる事にしたという雰囲気。

 まだ少ししか関われていないが、人外そういうとこあるぞ。


 ……調べて違和感に気付いて行けばわかるだろ、みたいな……。


 漫画の中盤で意味深な態度取ってくるキャラみたいだ。

 終盤で明かす事も多いんだから先に言えと思うアレ。



「……ちなみにどうしてプライベートな事を話すなと言われてるかについては質問しても」


「人外は人間に肩入れする上に、人間の都合を見抜きますからね。真実を語られ過ぎて困る者は、人間側に都合の良い人材と人外を関わらせないようにしたいのですよ。

 まあ人間という種族自体まだ幼いのか物事や道理を理解出来ない事が多いので、教える側に立つとままならない事が多く、結果こちらに頼んでくるのであくまでプライベートだけちょっと、という扱いですが」


「そういうのもあって、トップじゃなくとも上の方の立場には必ず居るのか……」


「あ、いえ、人外が必ず居るようにと細工したのは人外側です。人間だけで放っておくと一瞬で周辺地域を毒で汚染するような兵器作って死滅しそうになるので見てかないと危ないんですよ。

 しかもその後何十年もかけて復興しないといけないのは実行する前にわかるだろうに、まったく考えが及ばなかったという顔で困ったとしか言いませんからね」



 物凄く耳が痛い。

 色々大丈夫なのかみたいなアレコレに頼ってるのは自覚あるし、かといって具体的にどういう何なのかというのを考えた事は無いし、被災地への対応とかも色々アレだ。


 ……海とかも数年で駄目にしては復活させるのに数十年掛けるからな……。


 木を切るのは一瞬、木を育てるには数十年、という事だろう。

 実際にアホをやらかしがちだという自覚のある人間としては、それらを止めてくれる人外が居るのはありがたい。

 人間だけだと止まらない事は地球の歴史が語っている。



「というか、ルーエはそれに対して間違ってると主張したりはしないのか? その考え方にはおかしな点があるとか、筋が通らないとか」


「そんな事(偽り)を書き残してまで馬鹿をやり続けようとする人間も、そんな中身も無い戯言を純粋に信じる人間も、どちらも愚かで可愛いものです」



 ルーエはとてもニッコリと笑う。



「第一おかしな点だらけですから、少し頭を動かせばわかる程度のもの。一言聞けばわかるもの。

 それをわざわざ信じて疑問にも思わず今をだらだら続けたいと言うのであれば、それを尊重するだけですよ。知っても知らずとも短い人生ですしね」



 それ、飼い犬が芸を覚えようが覚えまいが十年ちょっとで死んじゃうしとにかく愛して可愛がるからね! というタイプの飼い主の思考では。



・



「さて、時間ですよ」



 ルーエはニッコリと笑い、部屋の本棚を指差す。



「マリク様のお迎えです」



 ルーエがそう言うと同時、本棚が動いて向こう側にあったらしい隠し通路が現れた。

 そこから当然のように出て来るのは、相変わらず無表情なこの国の騎士王、マリク。



「……訓練の時間」



 言い、国王は室内に居るルーエを見て眉を顰めながら首を僅かに傾ける。

 長い髪がさらりと肩から流れ落ちた。



「勇者からの問いがある時だけ、それに答える。そう言っておいたはず。どうしてここにルーエが」


「マリク様が隠し通路を使って来ると知っていたので、勇者様が驚いて迎撃なさらないようにです」



 凄いさらっと嘘吐かなかったかこの人外。



「…………そう。人外は嘘を吐かない。なら、納得する」



 いや嘘吐いた。吐いてる。

 そう思ってルーエを見たら、国王から見えない位置に魔法によるものか光る文字を浮かせていた。



「嘘ではありませんので」



 つまり真実の一割しか話してなくとも嘘ではない、と。

 確かに会話する時に内容を端折る時もあるが、これは故意に端折っているだろうに。

 まあ面倒は御免だから何も言う気は無いが。



「じゃあ行こう、勇者。私は魔法と剣であなたを攻撃する。あなたはそれを躱し、防御し、打ち払い、時に跳ね返すように」


「ハイ……」



 碌にこっちを見ようともせず、国王は部屋の扉を開けた。

 既に本棚で閉じられているとはいえわざわざ隠し通路から来た理由は何だったんだと思いつつ、その背について行く。



「……あの、さっき隠し通路から出て来ましたよね」


「出て来た」



 オウム返しかと思う程、端的に返される。

 会話のキャッチボールをする気が無いと全力で伝わってくるので今まで国王相手に何かを問いかける気は無かったが、ルーエからの印象を聞いたからか、どうせだし聞いてみようかという気分になっていた。



「わざわざ隠し通路から出て来た理由ってあるんですか?」


「ある」



 また端的に返された。



「…………理由を聞いても良いですか?」


「そうするようにと教育係に言われたから、そうしてる」


「そうするように?」


「国王である以上、扉から出て来るとわかっていれば、そこを狙われる。だからこそ抜け道や隠し通路がある。

 でもどうなっていてどこに繋がっているかを知らなければ、いざという時に使うと同時に自滅する」


「ああ、まあ、確かに……」



 いざという時用の懐中電灯が電池切れでいざという時に使えない、みたいなものだろう。

 実際放置し続けた隠し通路がちゃんと動くか不明だし、最悪の場合は蜘蛛の巣が出来る。


 ……推理漫画でも蜘蛛の巣が新しいかどうかで最近使われた道かどうかを調べてたな……。


 ここだけ蜘蛛の巣が無いからここを使って逃げたな! とかバレる可能性を思えば、日常的に使おうとなるのもわからんではない。

 それで隠し通路と言えるのかは知らないが。



「だから定期的に隠し通路を使って移動するように言われた」


「成る程……」


「とはいえ最初はあまりに規則的な使い方でわかりやすかったので、家臣が先回りするようになり、どうしたらバレないかと問われましてね」



 ルーエが笑う。



「なので決めずにランダム性を持って気まぐれに使うようにすれば良い、と告げたのですよ」


「それでも人外は必ず先回りしてる」



 足を緩める事も無く、こちらに視線を向ける事も無く国王は言う。



「完全にわからないようにしないと」


「完全にわからなくなる方が恐ろしいと思いますよ」



 ピタリ、と足が止まった。

 そのまま国王は、相変わらずの無表情で振り返ってルーエを見る。



「何故」


「何故かはマリク様の身に関わってくる事ですので、ご自分で考えてください」


「……………………」



 国王は無表情をくしゃりと顰めた。

 酷く嫌そうな顔をした国王は、無言のまま顔を正面に戻して再び一定のペースで歩き始める。


 ……多分、神出鬼没の国王ってなって人外にも察知出来なくなると、国王の変装すればどこに居ても良いんじゃって入り込んで来るスパイが来る可能性があるんだろうな……。


 例えばどこにでも居るネズミの鳴き真似をする忍者、とかのイメージがあるが、居ても不思議ではない人物に成りすませば情報収集はスムーズになる。

 しかもあんまり人付き合いしてない様子だし、言葉も壁打ちみたいな言い方なので会話を打ち切ったりしても違和感がない。


 ……スケープゴートにピッタリ過ぎる……。


 そういう事だろうかと国王の背を指差して口パクでルーエに問えば、ルーエは笑みを浮かべたまま光の文字で肯定した。

 国王本人、その危険性には果たして気付いてるんだろうか。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。