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お久しぶり



 朝早く、朝食を終えて奴隷登録の為に三人でギルドへ向かっているわけだけれども、



「……イーシャ、この持ち方何とかならない?」


「えー」



 えー、と言われましても。

 どういう状態かと言えば、イーシャに抱きかかえられている状態だ。

 しかもお姫様抱っことかならまだしも、脇の下に左腕を通して胸の上を通過してまた脇の下、という幼女がぬいぐるみにやるタイプのホールド。

 身長差もあって完全に足が宙ぶらりん。

 流石にそれは腰に悪いと思ったのか右腕で太ももの下を支えつつ手で尻を抱えて安定させてくれているものの、人形抱きかかえる時でももうちょっとまともな持ち方するだろうよ。


 ……赤ちゃん抱きかかえる時ってこんな感じだけど、前後ろが真逆なんだよなあ……。


 イーシャに向かった状態で背に腕を回されてるなら普通の抱っこなのに、イーシャの胸に背を預ける体勢なので本当にどういう体勢なんだコレは。



「だって折角身内枠に入って堂々とくっつける立場になったから」


「から、ってこの持ち方になるかなあ」


「背中に乗せても良いんだけど、それだと抱き締めたり出来ないだろ? 俺の場合はおんぶとも違う体勢になるから尚更ね」


「そういうもんか……」


「そういうもん。あと一緒に寝たり出来ない分、こういう時に満喫したい」


「それなら一緒に寝れば良くない!?」



 人外だからか女として身の危険を感じたりも無いので別に問題無さそうなのに。

 正直今はまだ早朝で人気(ひとけ)が無いから良いものの、もう少し人気(ひとけ)が多かったらこの持ち方は勘弁してもらうところだった。

 つまりこうなるくらいなら一緒に寝る方がなんぼかマシ。

 本当にただの添い寝だろうし。



「いや、俺の場合睡眠時間が違うから。一緒の寝床使いながらちょいちょい起きるとご主人様も気になって眠りが浅くなるかもしれないからさあ」


「成る程……」



 まあ確かにすぐ隣で寝たり起きたりする気配があったら多少気になるかもしれない。

 地球居た事はストーカーさんが寝てる時にやってきてゴミ捨てとかしてくれても全然爆睡してたくらいなので、そういう繊細さにはあんまり自信無いけど。



「それに油断すると体重と体格差の問題で人間くらいなら潰したパン状態にしかねないっていう懸念が」


「こっわ」


「そうだよ怖いんだよ」



 これはもうお互いが怖い話じゃないか。



「あはは、でも主様もなんだかんだ言いながらそういうのにさらっと付き合ってくれるんだね」


「まあ正直言って害があるわけじゃないしねえ」



 横を歩くクダにそう返す。

 そういうの、であるこの持ち方については実際ちょっと恥ずかしいくらいで、実害があるわけではないのだ。



「私にはわかんない害があったら止めるだろうクダも止めないしさ」


「クダは止めないよー。害が無いっていうのは主様もわかってる通りだし、夜の間はクダが主様を独占してたからね! しっかり密着して抱き締めて主様の肉の感触を満喫しつつ独占、っていう満足感はすっごいよ!」


「肉って言うの止めて?」


「でも内臓じゃないよ?」



 そうだけども。

 実際ぎゅうぎゅう抱き締めて感触を楽しむのであれば成分的にそれは肉と分類されるだろうけども、女としては微妙な気分になる言い方だ。

 脂肪と言われんだけマシかもしれないが。



「確かに、何か満足感が強いんだよねえ……前に背中に乗せた時とはまた違う感じ。奴隷の本能か何かが満たされてるのかな」


「いや私に聞かれても常識初心者な私にはわかんないって。クダわかる?」


「群れの絶対的ボスが甘えさせてくれるのってすっごい嬉しいしそれだけ大事にされてる感あって最高って感じ」


「あー」


「納得するんだ……」



 イーシャは納得出来てもこっちはよくわからん。

 まあ悪い事では無いようだし、歩かなくて良いだけこちらは楽をさせてもらえてるわけだし、イーシャの満足に繋がるならそれで良いという事にしておくか。

 理解出来ん部分を掘り下げたって仕方ないので、ラフに雑に把握するくらいが良いだろう。





「はい、登録は完了です。奴隷登録の場合は金銭のアレコレが発生しない分手続きが楽で良いですね。特に好意で奴隷になった系は面倒事が少ないので実にハッピーです。主にこちらが」


「さようで……」



 ラッキーな事に受け付けがサンリだったのでサンリに登録を頼んだのだが、テンションやらは相変わらずのようだった。

 こうして見ると顔面がタンポポの花なので表情が本当にわからん。


 ……獣人とか見てたお陰で動物系の表情変化は結構わかるようになったけど、流石に花の表情変化はなあ……。


 花の表情という日本語自体が最早ヘンテコ。

 まあサンリは表情がわからず声色も結構淡々としているものの、正直過ぎる程正直に色々言ってくれるので何となくわかるのは良い事だ。



「ところでキミコはこの後どういった予定でしょうか」


「というと?」


「現在依頼はまだ受けていないようですが、他に予定があるかどうかの確認ですね。特にこの後の予定が無いようであれば少々お話がありまして。拘束時間がどのくらいになるか不明なので時間に余裕がある時の方が良いかと」


「拘束って私何かしました……?」


「あ、そういう意味での拘束では無いです。単純にキミコとお話をしたいという方がいらっしゃるのですが、お話の時間に指定が無いのでそういった言い方になっただけです」


「あー」



 異世界産ゆえに知らん間にやらかしたんじゃあるまいかと怯えたが、そうではないようで安堵に胸をなでおろす。



「というか、それってお待たせしてるって事になりません? すぐにでも応対した方が良いんじゃ」


「向こうの都合にもう一方の都合を無理矢理捻じ曲げるのは違うでしょう。それは相手がどれだけの立場を持っていようと同じ事です。まあ人間にそれを言うと面倒になるのでごり押しになりがちですが」


「つまりお相手は人外と」


「はい。向こうの方もキミコの都合が良い時で構わない、との事でした。常に仕事は余裕を持って終わらせているし移動手段もあるからそちらに合わせる、と」


「ちなみにどちら様かって聞いても良いです?」



 サンリは葉っぱにしか見えない手の先をひらりと揺らした。



「王城勤務でありこの国の情勢を二百年間裏で支えまくっているエルフのルーエ様ですね」


「えっルーエ!?」



 初日にさっと保護してくれて、最低限の最低限を教えてくれて、お金を用意してくれて、そのまま灯台下暗しとばかりに王城や貴族の町とは壁で隔てられているこの町に移動させてくれたルーエ。

 会えたらお礼を言わなくてはと思っていた恩エルフに会えると理解した瞬間、反射的に言葉を放っていた。



「会いたいです!」


「了解しました、ではリャシーに案内させますのでお部屋の方でお待ちください」



 サンリはさらっと頷いて、葉っぱの先で掲示板の方に居るリャシーを指差しそう言った。





 リャシーに先導され、個室へと案内される。



「この部屋です」


「あ、ちょっと質問良いです? 今更なんだけど」


「それが仕事ですから構いませんよ。人間と会話出来る時間が伸びるのも良い事ですから。どうぞ」



 愚かと言われる事が多い上に同種族ゆえの自覚もあるので、こうして好意を明言されるというのはこそばゆい。

 まあそれは日本人があまり好意を明言しないタチだから、というだけの気もするが。


 ……人外が言う「人間は愚か」って、「バカワイイ犬猫とかつい構っちゃうよね~」くらいの感じっぽいからあんまり気にしなくて良さそうってのもわかるけど。


 ただ愚かのレベルが犬猫とは比べ物にならんレベルじゃなかろうか。

 いや、うん、比べ物にならんレベルの愚行を犯さないようにルーエみたくトップじゃないものの色々物申せる立場に人外が配置されてフォロー、となってるんだろう。

 さておき、今は質問だ。



「ルーエに呼ばれたのは良いんだけど、クダ達って部屋の外で待たせた方が良いかな? 個人的な話だったら後で外に出すのも何だし」


「他言無用であれば本人がそう言うと思いますよ。外に出ていて欲しいならばそう言いますし、ルーエ様ともなれば音声を遮断する魔法くらいは自在に操れますもの」



 リャシーは微笑ましいものを見る目で、ふふ、と微笑んだ。

 待ってもしや私は今すっごい初歩的な事を聞いたのか? 微笑まれるレベルの事なの?



「そしてそもそも奴隷は主、つまり所有者の所有物。ですのでその辺りは特に問題ありません。言うなと命じておけばよろしいだけです」


「しょゆうぶつ」


「買ったパンも貰ったアクセサリーも自分で摘んだ薬草も、全て本人の所有物でしょう? そして奴隷として登録されている以上、所有物として登録したと同義。

 主がきちんと躾けている、あるいは主の為にと奴隷側が自主的に判断して黙秘するならば物言わぬ道具が一緒に居るのと変わりませんわ」



 ふふふ、とリャシーは微笑む。



「そんな事を気にし始めたら、まったく何も無い空間でお互い全裸になって話さなくてはいけませんよ?」


「たしかにぃ……」



 ……裸の付き合いってそういった事すらも気にし始めた結果のヤツだったりして。


 要するにそこを気にする方がおかしい、という事か。

 奴隷の認識が違い過ぎてもうよくわからんが、とりあえず映画とかで組織のボスとかがペット連れ込んで撫でてても誰も何も言わない、みたいなアレだろう。

 正直他の構成員とかよりも機密を守れるだろうな感がある。


 ……言語的なのもあるけど、それ以上に人間みたいな下剋上精神があるって気配も無いからかなあ……。


 まあ普通に考えりゃ快適生活を送らせてくれている相手に反骨精神なんてもんは出さないか。

 過保護と過干渉と快適はまったく別物なので、その辺の差異でストーリーは変化する気もするが。


 ……ペットにルールを課して拘束し過ぎたせいで裏切られてペットがスパイ状態になって組織のボスが敗北コース、とか映画にあったら面白そ。


 ここが日本だったら即座にスマホで、いや即座でなくとも後で検索したら出てきそうなものだが、こちらの世界には映画という概念が存在するかわからないので残念無念。

 いや、うん、似たようなのはあるかもだけど知らないし。



「じゃあ問題無く、クダとイーシャと一緒に中で待ってれば良いって事なのかな」


「あ、いえ、ルーエ様は転移魔法が使えるので連絡した直後にはもうこの部屋に。なので既にお待ちです」


「ねえそれ最重要事項じゃない!?」



 慌てて案内に礼を言いつつ扉を開け、ソファに腰掛けている見覚えのある姿に叫ぶ。



「すみませんお待たせしましたご要望の冒険者一丁お届きです!」


「ぶはっ」



 混乱の余り意味わからん事を口走ってしまったがどうやらウケたらしく、ククク、と彼はソファに腰掛けたまま笑いを殺すように背を丸めた。



「…………ふぅー、いや、まさかいきなりそんな発言とはね。別に扉向こうの会話も普通に聞いてたから気にしなくて良いのに」



 あはは、と涙が滲んだ目元を指先で拭い、彼はこちらへと顔を向ける。



「可愛らしい人間のままである事に安心したよ。元気そうで何よりだ、キミコ」



 そう言って、ルーエは四百年以上生きてるとは思えない若々しい顔を笑みにした。

 ところでその可愛らしい人間って言葉、可愛らしいの部分にポンコツってルビ振られてたりしない?



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