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一章 人喰イギロチン 第十二話


    × × × ×


『今晩、あんた裏潜る予定よね?

 だったら、ちょっと孤実も連れて行ってやって。

 あっちもなんだかんだで大変みたいだから、お互い様――ってことで。


 じゃ、頼んだから』



「………と、いう果てしなく身勝手な内容のメールを受け取ったわけだが……」

「だから……どうするの?」

 にやり、と孤実は含みのある怪しげな笑みを浮かべて見せた。

 時刻は午後七時。まだ夜も始まったばかりで夏も近づく空にはまだ若干の青みが伺え、これからやってくる夏を思わせる時間。

 しかしそんな空の色も、周りにそれを覆い隠すような不穏な色がなかったときに美しさと予感を持つのであり、この場所――――年中明るさを同じくするこの土地において、その価値は一切ないとまで言えた。


 硲市、裏市街。

 NASの目を逃れ、国家権力から突き放され、明かりの元からはじき出された、そんな外れた者たちが集う……いわゆる裏社会の玄関口。

 昼間でこそ寂れた繁華街程度の認識で済むこの場所も、夜ともなればそこはもう、表舞台とは土台を同じくしながら完全に異なる場所。生半可な認識で歩けばあっという間に搾取されてしまいかねない、危険地帯だ。

「別に、いやならいいわ。私一人でも別にどうにかならないってわけじゃないし、目的地も微妙にずれてるでしょ?」

「そういうわけにはいくかよ。昼間に普通なら全治数週間モノの大怪我しといて、その夜に裏―なんて無茶、目の前でやられちゃかなわん」

 ふふふ、と孤実は眼を細めて笑った。

「あら……私の体質知ってながらそんなこと気にするなんて、変わってるのね」

「変わってるのは前からだ。ほっとけ」

 言いながらも、俺は裏市街への入り口である通り――ため池通りへと歩を進める。

 一見すればネオンちらつく普通の繁華街、どこの町でも危険地帯になりうる場所ではあるが、ここは別格だ。制服着たまま入って四歩、もう四方は敵意の目線でビンビンですってね。

「………それで、そっちはどこ行くの? 私はちょっとした馴染みの経営してる店に行こうと思ってるんだけど………」

「どこ?」

「『蜻蛉(かげろう)薬品店』」

「ああ、あのどこからどう見てもあばら家にしか見えねぇ薬屋か」

 表の目に晒されない裏で『薬屋』、と聞けば連想するのはアッチの天国だか地獄だかよくわからないモンが見える白い粉とか、一発で人を浮世のしがらみから解き放つ素敵なお注射とかのイメージがあるが、あそこだけは別。『そういうもの』も扱ってはいるが、むしろそれは副業程度、本業は効きはいいのに事情があって表に出せない、わけ有り物品だったりする。

 あの店は……確か孤実の馴染みの奴がいたっけか。

「だったら、それほど遠いってわけでもねぇな。送ってくよ」

「うん、じゃあお願いするわね。こんな状況で、一人なんて危なすぎるから」

 こんな状況――ね。

 確かに、今の状況は普通に考えれば………ヤバい。


 360度全方位から投げかけられる敵意の目線。

 背筋がむずむずするような、殺気の感触。

 ちらちらと見え隠れする、路地裏の人影。

 明らかに歓迎ではない『歓迎』、平和的じゃない『セレモニー』の準備。そんな感じの何かが、今着々と目の前で進行中である。

 背後からの目線が一、二、三、四――――七人分、正面の店の二階から三人、路地裏からはと……ああ、銃器持ちだな。多分軽機関銃の――PPs 43か? おいおい、戦争でもやらかすつもりかよ……。

「随分な歓迎ね」

「……だな。一応聞いとくけど、防弾か?」

「もちろん。一般生徒比1.5倍、柊工房三代目特製防弾繊維服。ナギのよりは丈夫よ、これ」

 確かに俺の制服と比べると布地がわずかに厚く、色もやや金属色だ。襟が肩を覆うほどに長くて、袖口がやけに広いのは改造だとして……確かに丈夫そうである。

 よしよし。

「武器は?」

「クリスが二本とペンガン、それにいつものナイフが二本。そっちは?」

「拳銃一丁と予備弾倉一本、それにいつものナイフが一本ってとこだな」

「平気そうね」

「もちろん」

 軽く言い交わしながら、太目の道へと歩を進める。

 無論、その先に広がっているのは路地の暗がりと、両脇からやってくる無数の気配だ。

 でもまあ、大丈夫だとは思う。裏の情報網は素早く広い。俺も孤実も裏相手に何度かやらかしてるから確実に名前は知られてるだろうし、それにそもそも実力の高い魔眼持ちのNASと知られている時点で、安泰はほぼ確定といっていい。

 しかし……だ。


「なぁ、孤実………」

「何?」

「何か連中、やけに殺気立ってないか?」

 そう、いつもなら多少はおとなしくしているはずの連中が、妙に攻撃的に目に付く。いつもなら路地から武器もって覗くにしたってせいぜい上着の中に片手程度なのに、今日は堂々と短機関銃(サブマシンガン)だ。見つめる視線も妙に背中に痛いのが多いし、それに通行人も俺たちにやけに目を向けてる。

 明らかにいつもと違う。

 でも俺は何かしたわけじゃない

 となると………だ。

「あ、多分それ、私のせいよ」

「……やっぱりか」

「ちょっと昨日の夜、公社に仕事騙されて殺人組織の支部一つ潰しちゃったのよ。たぶんそのあたりから情報流れたんじゃない?」

「…………どこだ」

「『DDD』」

「………っ」

 なんてことを。『DDD』、『廃楽園渇望者(デザート・デザート・デザート)』。思いっきりタカ派の殺人派、ついでに言えばど真ん中組織。そんなところの支部一人で潰したりなんてすりゃあ、こんなムードにもなる。危険人物、処理したい、でも仲間に欲しい、だけど怖い、ってとこか。気の毒に。

「……面倒なことにならなきゃいいけどな……」

「大丈夫よ、多分。情報封鎖は当てにしてないけど、二人で潰した、って触れ込みなら手出しできないでしょ。それにナギまで一緒にいるんだから……柳先輩でも連れてこない限り、安全だと思うけど」

「……っ、確かに、アレをつれてこられりゃちょっとキツいな…」

 神楽柳、硲学院NAS特待生ナンバー1、『魔術師』。

 確かにあの人が来れば、逃げるしかない。

「でもそう考えたら案外危険な状況よね……。ほら、あの人ってかなり奔放な人だから、どこで何やっててもおかしくなさそうでしょ? それに私がナギと一緒にいる、なんてこと知られて、連中から頼まれでもしたら――――」

「うっわー、考えうる限り最低の状況だな、それ」

 てかそんなことしてもおかしくないってのが怖い。横にも縦にも顔の広いあの人のことだ、間違いなく全派閥に一人ずつは最低でも人脈あるはずだし、そうなったらこっちのことなんて筒抜けで…………

 ぞわり。

 寒気がした。

「まあ、もしそんなことになったとしたら、ナギ置いてとっとと逃げるからよろしくね」

「おいおい?! 俺は餌か?」

「あの人の狙いがナギなんだから、当然でしょ?」

 当たり前のことを言うようなさめた表情だった。

 うぅ……現在はただの友人とは言え、惨劇で背中合わせ手戦ったこともある仲なのに、この扱いは何なんだろうか。


「………  、          」

「え?」

 何事かを呟いた孤実に、ちらりと目線を向ける。

 表情は、暗く沈んでいた。

「なんでもないわ」

 憮然とした様子で言い放ち、言葉を絶つ孤実。

「それで……そっちの裏での用って何なの? 事件に関わってる……分けないわよね?」

「いや、そのまさかだ」

「え……」

 赤目を見開いて驚愕を表す孤実。顔立ちは整っているのだが、もとが人形っぽい上アルビノだから眼も怖いから顔も怖かった。

「………巻き込まれ型?」

「いや、一応そうなるんだろうけど公社の依頼は俺に来た奴だ」

「ならお金の関係?」

「昨日に六十万ちょっと現ナマが入ったばっかり」

「となると……友人がらみ、とか?」

「んー、一応正解、になるのかな……?」

「ん………」

 考え込むように口元に手をやる孤実。

 そのまま一切の表情の変化のない時間が数秒間流れる。角を曲がって、路地の奥へ。視線は緩和されて、変わりに暗闇は厳しくなる。

「ああ、名織のせいね、今回の。大方名織がナギへ来た依頼を勝手に受けて、勝手に自分で解決してナギに負担掛けないようにした。そんなところじゃない?」

「…………すごいな、お前……」

 ほとんどどころかまったくといっていいほど情報やってないのに……なぜそこまでわかる。

 俺の内心をよそに、孤実は呆れたようなため息をつく。

「………呆れたわね……。部外者でも昨日のやり取りと普段の情報だけでここまでわかったのに、どうして同居していながらわからないのかしら」

「おいおい、そこまで言うほどか?」

「ええ。部外者から見ても、見え見えよ。そろそろ自覚したら?」

「自覚っていわれてもなぁ………」

 昭和の路地を思わせる木造建築の多い通りへと歩を進める。道幅はそこそこだが、左右が身長ほどの木製の塀で覆われているため、危険度はそれなりに高い。両脇からスラッグでも使われたら、それこそ目も当てられない。

「そんな兆候も全然ねぇんだ、予想も何もねぇだろうよ」

「………嘆かわしい」

 思い切りため息を付かれながら言われてしまった。

「ふぅ………これじゃ萌木も苦労するわけね。同居までして進展がないなんて、どうかしてるとしか思えないけど………」

「……………」

 おい、孤実。わが友夜陵孤実よ。なにを考えている。


「まあ、今はどうでもいいわ」

 いいのかよ。

「それで―――一体名織から何に巻き込まれたの? 事件の名前は?」

「『人食いギロチン』」

「ああ――なるほどね。ようやくNASも重い腰を上げた……ってところかしら。――でも、どうしてそれで裏なの?」

「どうにも……腑に落ちなくてな」

 そう、思えば最初から腑に落ちない。

 基本的に公社は事件解決に自ら踏み入ることはしない。公社のシステム上、まず一般NASにフリーの依頼という形で公募を出し、それを達成したものに報酬を与えるという、なんだかゲームによくありそうなシステムをとっているのだ。

 つまり、緊急性の低い事件は放置されてしかるべきである。

 にもかかわらずその事件……一見すれば緊急性が低いようにしか見えず、犠牲者数も今だ二桁に達したばかりという事件がNAS特待生の下に『個人宛』で送られてきている、というのはどうにも――――腑に落ちない。

 だからこそ、表だけでは見えない犠牲者や裏から裏へと消えた被害者の存在が隠れている可能性を、否定できなくなった。

 その可能性が肯定されるのか否定されるのかはともかく、確認しておく価値は最低でも存在するはずだ。


「そっちは? 『DDD』相手取ったって聞いたけど、それか?」

「いえ。そっちはもう片付いてるから。片付いてないのは、昼間のほうよ」

「ああ」

 昼間のあの戦闘ね。

「結局、誰が相手だったんだ?」

 まあ、大方のところ予想は付いているが。

「《十三剣》よ。面白すぎたわ、あいつ」

 ふふふ、と凄絶な笑みを浮かべる孤実。

 が……やっぱり《十三剣》、か。

 ふと考える。《十三剣》が孤実を襲撃する理由。孤実のほうから仕掛けた、たまたまパッシングした、『DDD』と何らかの協力関係――――は、ないな。アレがそんな簡単に転ぶわけがない。

 となると……やっぱりアレか。

 ふむ……そうなると…………

「あいつか………」

「あら? 会ったこと、あるの?」

「全力戦闘やらかしたこともある。僅差も僅差で引き分け。結局『男』か『女』かもわからずじまいだ」

 まあ、実際は全力戦闘の末にギリギリで勝利もぎ取ったわけですが。その辺はまあ、言わなくても別に害はないだろう。

「と、なると……さっさと聞いてきたほうがよさそうね……」

 路地を一本、孤実が折れる。

 その先にあるのは、このネオンや街灯閃く裏市街に似つかわしくもない穏やかな風体の古風な商店街だ。

「帰りはどうする?」

「そうね……会えたら会いましょう。話、どうなるかもわからないし、それにそもそもこのまま帰るって保証もないもの」

「了解」

 路地へと歩を進める白髪の背中を見送る。


「…………」

 さて、後はあいつがどこまで《十三剣》に肉薄できるかだが――――。

 ………その辺は、無関係だな。

 内心で思い、通りをさらに奥へと進む。

 両側木造塀の通りを抜け、百パーセントコンクリート作りの奇々怪々な道を抜け、集合団地のようなマンション立ち並ぶ階段を上り、階段上の広場のようなところへ。

 街灯がぼんやりと照らしあげる芝生の庭園。ガス灯を思わせるオレンジの明かりに浮かび上がったのは、奇々怪々なコンクリートの建物だった。

 まず、直方体である。

 どう言うわけか窓のわずかな出っ張りや空調の室外機までもが建物の壁にぴったりとあわせて作られており、定規を当ててもズレが見つかりそうにない。

 次に、地面にめり込んでいる。

 正確に言えば『地面から生えている』、とでも言えばいいのだろうか。地上から見て0.5階に相当する場所の窓が半分ほど地面から顔が見えていて、その下にもまだ部屋の存在を感じさせる。

 とどめに、その建物につけられた看板。


『屋敷戸楽器店』


 楽器屋である。

 入り口らしき入り口もなく、搬入口らしき搬入口もない、にもかかわらず看板が一人前に壁に張り付いていて(それまで壁と一体化)、ここが楽器屋であることを示している。

 相変わらずの変な建物、しかしそれも慣れてしまえばどうと言うことはない。

 看板の真下の窓、そこだけカーテンがかかっている窓をノックし、


「いるか、オッサン」


 言葉と共にカーテンが開かれた。


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