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一章 人喰イギロチン 第八話


    ××××


 鬼風紀に追い掛け回されたり屋上で狙撃戦したり、昼過ぎに先輩とお茶したり名織探して町練り歩いたり、懐かしい顔と戦争して再会したり名織見つけてぶっ倒れて被害者家に招いたりした一日から一夜明けて、翌日。

 見ている時計は進まない、見ているやかんは沸かない、などとはよく言ったものだ。逆説的にそれは見てなきゃ時計はよく進み、見てなきゃやかんは素早く沸く、とも解釈できる。その意味ではまさしく昨日と言う日は俺にとって見てない時計で、見てないやかんなのだろう。

 んで、たぶん今日も………

 恐らくは、そんな日になるだろう。


かなめ~! いるか~!」

 硲学院の敷地に到着し、真っ先に向かったのは校舎の端っこ、こんなところにこんなものがあるのか、と初見のものなら驚愕するであろうレンガ造りの建物だった。大型の煙突、木製の扉。窓は古びた木枠のもので、相当曇っているため内側を見ることはできない。見ようによっては古びた火葬場に見えないこともない建物なのだが、あいにくここは火葬と一切縁のない場所である。

「お~い、要! いないのか~!」

 入り口の扉の前で、再び声を張り上げる。ちなみに眼前の扉にはノッカーなる上品なものが付いているが、これを使ったところでどうせこの建物の持ち主には届くまい。今の時間にあいつがここにいるとしたら、間違いなく意識はここでないどこかにすっ飛んでいるはずだ。

「おい柊工房三代目武器職人 ひいらぎかなめ! この建物全体は俺の視界の中だ! 早く来なければこのドアもろとも工房がなくなると思え! ではカウント開始! ひとーつ! ふたーつ!」

「わわわわわわわわわわ!!」

 おっと、内側で慌てふためいた声。微妙にパステル加工入ってるとこみると……寝てたな、あいつ。


 経験則的に、俺は扉の前から一歩、左の方向へとずれる。


 ―――― がっしゃん!!


 内側から金属音。


 ―――― がらんがらん!


 内側から金属音(その二)。


 ―――― がとっ! どかっ!

「ぅぅぅぅぅぅ………」


 内側から重量物の転倒音と、随分丸っこい女性の涙声。その直後に扉付近から床を歩く足音が床から聞こえ、足を縺れさせているかのように不規則に動き回り、


 ―――― がちゃっ

「ひゃうっ!?」


 そして内側からとてつもない勢いで扉が開かれ、それと同時に一人の少女が地面に顔面を叩きつけた。

「ぅぅぅぅぅぅ」

 涙声で顔を起こし、顔面を押さえて呻く少女A。まあ、無理もないだろう。反応から見て今日は深夜残業直後、それもまだ制服姿と言う事は家に帰る暇なく作業してたと言うことであり、終了後に一眠りしていたところをたたき起こされてその挙句に顔面強打×2だ。

 ダメージは、かなり大きいだろう。

「……大丈夫か…? 要」

「うぅ……ナギ? うん、大丈夫――――要式に、こうなるのいつものことだから」

 言いながらところどころ微妙な皺と染みのある制服を掃い、立ち上がる。

 肩までの短い茶髪、顔の各パーツが優しげに丸っこい特徴ある造型。顔立ちはきれいと言うよりは可愛いに位置するつくりで、身長は俺よりもやや低い程度だろう。が、脳天から飛び出した一房の髪の長さを含めればほとんど身長差はなくなってしまうはずだ。

 柊要。俺たちと同じNAS特待生サボり組ながら、日々勤労にいそしむ苦学生である。その才能は俺たちと違い殺人以外の方向に突出しており、それを生かすために学院側の待遇も俺たちより良かったりする。

 まあ、その代わりに徹夜続きになることを考えればなんともいえないんだけど……


「で、ナギ…今日は、何のよう……?」

「頼みたいことがある。話は、中でいいか?」

「うん。と、言うより中でないと困ったり。どうぞ~」

 あくびを交えながら、要がレンガの建物の中へ俺を招き入れる。

 木製の床、レンガの壁。床にはこけたテーブルと、その上に乗っていたと思しき工具の類が散乱し、ドアが全開で丸見え状態になっている隣の部屋にある西洋剣やアサルトライフルは倒れている。ちらりと要のほうを伺ってみると……やはりと言うかその健康的な向こう脛にはいくつかの痣がある。


「……要、またやったな………?」

「はぅぅ………その辺には触れないのが暗黙の了解じゃなかったのぉ…?」

「いや、普段なら無視するんだけど今日のはちょっと……な」

 いつもなら倒れてもせいぜい銃一丁か、もしくは西洋剣一本ぐらいだから、今日のはかなり多いほうだ。

「だって、ナギがあんなこと言うし……」

「おいおい、冗談とそうでないのの差ぐらいわかるだろ?」

 俺だって本気で建物を全壊させたりはしない。できるけど。

「ナギのはわかりにくいの! それに、ここは要式に重要な場所なんだよ。冗談でもこわされるかもっておもったら、ああもなるよぉ……」

 弱々しく言いながら、奥の部屋の木製椅子へ座る要。そのまま背もたれに軽く体重をかけ、

「あれ? うひゃう!」

 背もたれがへし折れてそのまま床へ後頭部を強打した。


「ぅぅぅぅぅぅ――――」

 そのまま悶絶する要。

 ………うん、チラッと見えたのがスカートの中身でそれが拳銃だったのはNASクオリティとさせていただこう。

「………壊れてたのか…?」

「痛った~……ううん。確かに昨日の夜は大丈夫だったんだけど……」

 と、なると『アレ』か。まったく、難儀なもんに出くわしたな、お前も。


「それで? 今日は一体、何のようなのかな?」

「ああ………実は、可能なら修理を頼みたくてな」

 言いながら俺はブレザー脇のホルスターから昨日お釈迦になったLCPを取り出し、要の正面の工具がごちゃごちゃ置かれている机の上に置く。

「わわわっ!!!」

 直後に響いたのは、要の小さな叫び。

「なになになに?! 何でこれこんなになってんの!? これってこないだ要式に改造してあげたルガーだよね? なんでもうこんなになってんの?!」

 言いながら慌てた表情でLCPを取り上げ、右から左から上から下から三次元的にじろじろじろじろ。

「うっわ~……これ酷いよ……せっかくロングバレルにしといたのに全部貫通されてるしスライドもずれちゃってるし………えぇ~グリップまで喰らったのぉ…弾倉末端歪んでて出てこないよ。それにそれに衝撃入ったのがまずかったみたいだね……やられてるよ、完璧に」

 がっくり。その効果音以外が当てはまらない様子でLCPを木机の上に置き、顔を落とす。

「……修理は?」

「出来ないこともないよ……でも、ほとんど部品とっかえ。要式だと、この場合は新造か新しく購入だね……はぁ――――作るのに時間かかったのに………前にあげたワルサー、どうしたの?」

「ああ、あれは名織にやった」

「うぅ……ナギ用に作った奴なのに……」

 イジけた様子でがっくりする要。脳天のアホ毛が跳ね、どことなく可愛い。


 NAS特待生№Ⅶ『The Chariot』《戦車》、柊要。

 実践能力もそれなりに持ち、ランクもそれなりに高い優秀なNASではあるのだが、本職はそちらではない。

 本職は、NAS御用達の武装技術者である。

 近接用ナイフからリボルバー、オートマチック、散弾銃、通常ライフルにスナイパーライフル、アサルトライフルから搭載兵器まで、その技術の前に弄繰り回せない武器は存在しないと言ってもいいほど腕の立つ技術者であり、そのためNAS特待生サボり組でありながら唯一鬼風紀に追い掛け回されることのない立場に立っている。俺も入学以前に知り合い、それ以来俺の持つ銃器すべてを任せてみたりも下のだが………その腕ははっきり言って化け物と呼んでも遜色のないものと言えるだろう。

 何しろ拳銃の改造を頼んだ結果、もうこれ以上の改良を望む必要がないほどにのレベルまで弄られてしまったのだ。命中精度、引き金の感度程度までの改造ならまだしも、バレル口径の口径に全体重量までいじくって、なおかつもとの銃の持ち味を損なっていないと言うほどである。

 一度要の武器を使えば市販が屑に見える、とはNAS特待生の合言葉。そうなるほど、要の腕はすさまじい。


「あ~あ……要式芸術品もとうとうお釈迦かぁ……。ナギ、今は何使ってるの?」

「コルト。M1911A1」

「ガバメントかぁ………改造は?」

「してない」

「やらせて! ナギの武器、作らせて!」

 一気に瞳に光を宿し、俺に迫る要。なんだ、この迫力は。さっきがっくりしてた女の子はどこへ行った?

「いいけど………口径とか装弾数とかに不満がある。.45はでかすぎだし、それに装弾数が少ない」

 弾倉を持ち歩くのが面倒だし、何より名織と弾の互換性がないというのは少し厳しい。小春の奴も.38だし。

「38口径の………普通のやつないか?」

「38口径というと……ベレッタとか? M92あたりならちょうどいいんじゃない?」

 M92か……確かに悪い選択じゃない。が、

「定番過ぎ、だな。見ただけで性能わかるってのはちょっと困る」

「う~ん、ならM92FS、Vertecなら? あれならあれならあんまり出回ってなかったはずだし、それに要式の改造も入れとくからそれなりの性能にはなると思うよ?」

「わかった、それでいい。ところで――――あるのか? ベレッタなんて」

「うん、公社の人が一品物の下取りにおいてった新品が。使う予定もないし、パーツ取り用にも使いにくそうだったから未使用のまま残ってるよ」

「そりゃ重畳」

 まるっきり新造で作ってもらうのとすでにあるのを改造してもらうのなら、かかる費用は後者のほうが格段に安い。それは向こうに不必要な銃がそのまま残っていた場合も同じで、言うなればその分の費用は浮いた、と言うわけだ。

 まあ、金銭面以上に必要なものもあったりするんだが。


「なら、金の払いは完成後、と言うことで――――」

 俺はポケットを探り、こんなこともあろうかと用意しておいたものを取り出す。

「――――対価は、これでいいか?」

 言いながら作業台の上に手の中の一品、優雅な華の細工が施された瓶に四色の花弁を入れた物を置く。

「うわぁ……『四季の小瓶』? これって」

「ああ。正真正銘、白樺島直送の本物だ」

「うん。だったら対価としては申し分なし。でも『四季の小瓶』だとちょっとお釣りが来るから、鍵開専用散弾銃マスターキーもサービスしとくね」

「………いいのか?」

「うん。改造品つけて、ちょうどとんとんかな。ベレッタだけだと、余るから」

 ……さすがは『一切技術料を金銭で取らない』技術者なだけはある。『技術料を金銭の代わりに物品で受け取り、その価値に完璧にあった働きをする』と自らに誓った存在だけに、対価が多すぎれば自分の働きで調整するぐらいの事はやるらしい。こんなポリシー持ってて食ってけるのか、と思ったことも一度や二度ではないが、案ずるなかれ。実は技術料取らないのは学生NASとNAS特待生だけで、公社やら一般NASやらの普通の辺りからは相当高価な技術料ふんだくっているのである。

 あくどい稼ぎ方だ、と思わないでもないが――――まあ製作時のリスクを考えれば普通にそれぐらいはもらってもいいだろう。


「まあ、改造任せた俺がいえたことじゃねぇけど、副作用で倒れるなよ。使いすぎで」

 俺の言葉に、ん? と要は顔をあげ、

「何? 心配してくれてるの?」

「当たり前だろ。技術者云々の前に、おんなじ特待生だろうが」

 まあ技術者としての腕が惜しいのも事実ですが。


「ふふ……殊勝な心がけね、ナギ」


「のわっ!」

「ひゃっ!」

 いきなり後ろからかけられた神秘的な声に、要ともども飛び上がる。

「………酷い反応ね、ナギも要も。私がここへ来るのが、そんなに以外かしら?」

「いきなり後ろから声かけといて、何言ってやがる! 狐実!」

 思わず手が銃へ伸びたぞ! 最悪の場合発砲してたからな!

「あら? ちゃんと入り口で声はかけたわよ? でも二人とも中でお話に夢中だったみたいだし……勝手に入らせてもらったわ。空いてるのはわかってたし」

「うぅ~……でも部屋に入ってくるときはノックしてよ~、狐実~」

 よほどびっくりしたのか、作業台のほうへとくねくね崩れ落ちる。その背中に黒鉄の塊を背負った狐実が歩み寄り、

「ふふ――相変わらずね、要。元気してた?」

「うひゃぅ!」

 真っ白な手が、要の背を這い回る。

「ふふふふふふふ……デスクワークばっかりで全身凝り固まってないかって心配してたんだけど、安心したわ。私専用のふかふかクッションは健在みたいね」

「んっ……ちょ、狐実? そんなとこ――――」

「んー、でも前より少し硬くなったかしら? それに……ふふ、増量したみたいね。前よりふかふかじゃない」

「ひゃっ――――だめ……あっ…」

「いい反応ね。ほら、こことか」

「あぅ」

「こことか」

「んんっ」

「あとここ」

「やめい」


 背に張り付いてセクハラを続ける白色幼女の襟首を掴みあげ、吊り上げる。小柄で軽量な狐実相手だから出来る荒業だ。襟の辺りに仕込まれたペンガンがちょっと怖いが、まあノックしなきゃただの筒。何の問題もない。

「………つれないのね、ナギ。あなたも触ってみたいとか思わないの?」

「思うか、バカタレ」

 クラスメイトに欲情するほど、性欲魔人でも欲求不満でもありません。ってかここ着たらいつもセクハラなのかお前は。

「おい、大丈夫か? 要」

「はぁ~ぃ……だいじょうぶで~す」

 ああ、こりゃいかん。気が抜けてやがる。

「あら? 困ったわね。せっかく仕事の依頼に着たのに……」

「お仕事~?」

 作業台に崩れ落ちたまま、力なく言う。

「ええ。とは言っても私はお土産持参係り兼依頼人代行者だけど。ホントの依頼主は、七鳴よ」

「七鳴の!?」

 一気に要の目に光が戻り、背筋が伸びきって一瞬で復活する。おいおい、そんなに楽しみな仕事なのかよ。

「どんなのどんなの?また不具合?弾倉改造?軽量化?それとも修理?だとしたらどこ? バレル?サイト?スライド?弾倉?はたまたストックの交換とか?それとも――――」

「盛り上がってるとこ残念だけど、あいにくながら修理じゃないわ」

 言いながら自らの背に担った黒鉄の塊、その長いほうを作業台の上に置く。

 五つの銃身、五つの銃口。銃身の長さはまちまちで太さもまちまち。サイドについた廃莢用の操作部分もいつつそれぞれが完全に別物で、その大きさはおよそ 長さ1.4m、太さ25cm、重量は恐らく10kgを軽く上回るだろう。

 NAS特待生が誇る究極の狙撃手、緋鹿七鳴が愛銃、五連銃身多目的口径ライフル《アルテミス》。

 5.56mm弾、7.62mm弾、12.7mm弾、12ゲージ散弾、グレネードのすべての弾丸を一本のライフルで狙撃することを可能とした、使いにくさでも実際に使用した際の情況対応能力でも一般ライフルを遥か遠くに抜きさる特注銃である。製作構造考案その他の担当は当然ながら柊工房、つまりは要の家であり、またその製作の多くの箇所には要の手が入っているらしい。

 が、今回はそのライフルのフォルムの中に微妙な異物が見えた。

 紛れもない、第三銃身と第四銃身の間、本来であれば何もないはずのところに見えているのは………なんだろう。

「……なあ、狐実…」

「あら? 何?」

「《アルテミス》って、ライフルだったよな――――?」

「ええ。正確にはグレネードと散弾銃もついてるから、ライフルって呼べるかどうかは微妙だけど」

「いや、それはわかってる。わかってるんだけど――――」

 俺は銃身と銃身の間に存在する、明らかに後付けでしかあり得ない『それ』を指差す。

「――――なら、そこについてるガトリングの銃身は、何なんだ?」

 ライフル銃身の脇、第三銃身と第四銃身の間の窪みに治まる形で取り付けられているのは紛れもない、口径は小さく銃身本数も少ないが――――それは回転銃身式機関銃の、有り体に言えばガトリング砲の銃身だった。

 いくら多目的とは言えど、いくら銃身が多いとは言えど、ライフルにつけるような代物じゃあないだろう……


「あ、それつけたの私」

 なぬ?

「多人数殲滅やるって聞いたから、いるかなって思って」

「………だからといってガトリングはないだろ、ガトリングは」

 お医者さんが作った鬼畜兵器をライフルにつけるなんて、どんな発想だ。

「外したほうが、よくないか?」

「いえ? 少なくとも七鳴は気に入ったみたいよ。それにこれ、取り外し簡単だから」

「……マジか?」

「ええ。ほら」

 言いながら狐実の小さな手がガトリングの銃身にかかり――――ガチョッと奇妙な音を立ててガトリングの銃身と、ストックとほとんど一体化していた弾倉と機構部分が外れる。

 ……なんとお手軽なガトリングだ

 まあ、手間はかかってるんだろうけど。あれだけ緻密な構造で弾丸発射できる銃身なんて、いくらになるか聞きたくもない。


「それで、改造の話なんだけど。ガトリングはいいとして、第四銃身の散弾銃の機構部分の廃莢部分に、スパスみたいな切り替え機構、つけてくれないかしら?」

「切り替え機構?」

「ええ。昨日の夜なんだけど……ポンプアクションだけじゃやっぱり限界あってね。でもセミオートだけにすると、ジャム起こりやすいから切替機構にしてほしいって」

 おいおい、随分無茶な注文だな。普通新造レベルだぞ、その改造って。

「うん、わかった。でも、ちょっと時間かかるよ? 命中精度落ちてもいいなら素早くできるけど、ライフルだから落とせないし」

 って、できるのかよ。

「ええ、わかってるわ。当分はレミントンで済ませるらしいから、その辺の心配は無用よ」

「ん、了解。で、対価は?」

「《DDD》からちょっぱった、スパス12の未使用品でどうかしら?」

「おっけー。ちょうど機構の参考にしたかったから、おいてって」

「はいはい」

 言いながら背に担われたもう一つの黒鉄の塊を取り上げ、ストックを下にして壁に立てかける。しっかし、よく二丁ももってこれたな、狐実。比べてみればはっきりするが、狐実の身長はこれでもかと言うほど小さい。


「あ、そうそう」

 と、俺の内心でも聞こえたのか、狐実がこちらを見上げ、

「ナギ、今日小春がどこにいるか知らない?」

「小春? そりゃまたどうして?」

 あいつなら今日は珍しく教室にいるが――――狐実が小春に用? 一体何のようだ?

 俺の問いかけに、狐実は考え込んでいる時に見せる、目を軽く開いた特有の表情を見せ、

「ちょっと仕事でね。小春の――――と、言うよりは諜報部の力を借りたいの。ほら、あそこなら公社でも知らない情報でも持ってるでしょ? だから、ね」

 ちなみに諜報部というのはこの学校に存在する情報収集を目的とした団体で、学科や教員陣によって構成されているわけではなく、れっきとした『部活動』である。たまに違法行為も行なうと聞くが……何をどうやったのか小春は一年にしてそこの部長を務めている。

「なっとく」「したところで、小春はどこ? なるだけ早く動きたいし、諜報部の交渉材料も知りたいの。教えてくれないかしら?」

「あいつなら、教室だ。今朝からずっといるって話だったから………いまごろ教室はお祭り騒ぎだろうな」

 何気に人望あるくせにクラスに普段いないやつだからな。学生NASたるクラスメイトに取っちゃ、レアものだ。

「教室?」

「ああ、教室」

「どうして?」

 きょとん、とした表情を浮べる狐実の表情。

 自然と顔がにやけてくる。


「………何よ?」

「いや、なんでもない。そろそろ、あの時期だな~って思ってな」

「…………ああ、なるほど」

 狐実も納得がいったのか、いつもの含みある笑みを満面に浮べる。

 そう、内心で俺も楽しみにし、あの小春が教室へ向かい、狐実が聞いても納得できるような行事、それは――――



 春の、緑葉祭である。

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